元ヤン、異世界に喧嘩上等
@kyousukekanzaki
第1話 召喚
橘誠司の朝は、朝5時に起床しシャワーを浴びて始まる。
この時間は極端であるが、彼に限らず金融業界に属しているの人間の朝は早いことが多い。
株式市場の開始が朝9時からであり、その前に新聞やニュースアプリなどを通して情報をまとめて整理する必要があるからだ。
基本的に仕事がある日は就寝時間が変わっても全く変わらない時間だ、熟練したボクサーは1ラウンド3分を身体が覚えるというが、誠司も体調の良し悪しに関わらず目覚ましが鳴る前の数分前に目が覚めるようになっていた。
そこからは、新聞に目を遠し早朝の軽い眠気覚ましの運動をこなしてから身支度を整えしてから出社し、始業1時間前には席につく。
入社したての頃、朝早い時間に慣れるため同じリズムで生活しようと思って以来の習慣でなんだかんだ3年ほど続いている。
今日は、先月退職した社員の顧客リストの中から資産、取引状況から自分の大口顧客に成り得る顧客をピックアップしていかなくてはならないので帰社は日が変わるだろう。
あまり愉快な気分になれないことを考えながら軽いランニング後の軽いシャワーを誠司は浴びる。
浴室の鏡の前にはアジア人にはあまり見えない彫りの深い端正な顔立ちが見える。さぞ異性を魅了してやまない造りである。
惜しむらくはただの美形というには眼光に獰猛な光を放ちすぎているし、眉はやや寄せられている、これは単純に目つきが悪いのである。
その目からは、他を寄せ付けないもしくは他に侮らせないという孤高を感じさせる――は多少言い過ぎかもしれない。
率直に言うと「なめてんじゃねーぞ」とチンピラがガンを飛ばしているといったところが近いだろう。
しかし誠司の場合、整っているという容姿以外にも本人が持つ独特の雰囲気からチンピラというより「危険な男」といったものを感じさせる。
シャワーの水滴が身体から弾かれる、その身体は188cmの上背に肥大しすぎない、それでいて力強さを感じるしなやかな筋肉が備わっている。
これは日々の筋トレの成果というより実は生まれつき体格が良かったのだ、日々の運動は体力低下を防ぐためなのであった。
見た目だけでなくその身体は常人とはかけ離れた、それどころかプロのスポーツ選手でさえ及ばない運動能力を誇っており、10代に真っ当に部活動などに勤しんでいたらどの分野でも頂点を狙えるような瞬発力、持久力、動体視力を天から与えられていたのだ。
公式記録としては測りもせず本人にやる気がないためその限界は分からないが、ベンチブレスは200キロを易々と持ち上げえられ足の速さは100mを9秒台で走り切れるだろう。
文句なしどころか人類史に残るような身体能力を持ちながらも、誠司はそれを真っ当なことには活かさない。
実際彼の周りのあらゆる人間が、かなり手を抜きながらも他人よりすぐれたスポーツテストなどで結果を出す彼の身体能力に目を付け、大人や運動部の同級生にもかなり勧誘を受けたりしていたのだ。
そんな機会にも巡まれながらも何故彼は全く何か特定のスポーツや格闘技に興味を示さなかったのか。
問題は本人の気性、どうしようもにないほど救いがたい性さが、ただそれだけなのだ。
何か他人には言えないような家庭事情やそれとも超人ともいえるような人間には凡人にはあずかり知らぬ悩みがあるのだろうか、というわけでは全くない。
彼自身、自分の身体能力が異常といえるものであることは幼少期から気付いており、そんな存在がやる気もないのにズカズカと普通の人間の領分を犯してはならないという思いから何も運動部に所属しなかったというのも微量ながら存在はした――だが、なによりそんな風に何かに所属などしたりしたら心置きなく喧嘩ができねーじゃねぇか、というのが彼の本心なのだ。
そんなどれだけ控えめに見てもしょーもない理由で宝の持ち腐れをしている誠司のことを知れば常識人を自認する世の中の真っ当な大人たちからすれば、怒りと呆れを通りこし茫然なるだろう。
さすがに真っ当な会社人となってからは、荒事から遠ざかっているものの10歳のころから立派な非行少年であった橘誠司くんは18までは本人がやった回数も覚えていないほど喧嘩に明け暮れていたし、大学生の時分もクラブの警備員や知り合いのボディガードなどをして荒事に困ることはなく満たされていたのだ。
ただでさえ高校を卒業できたのは、奇跡ともいえることであり、それには本人の学業が優秀であったことと共に共同危険行為に勤しんでいた、率直にいうと誠司と一緒に暴走族をしていた友人の親が名士であったため色々便宜をはかってくれて高校は退学にならずに済んだのだ。
そういった事情があっても奇跡といえるのは違いない、実際誠司の友人はほとんど少卒か中卒、高校中退がほとんどだ。
他と違った事情として不良として超えない一線もありはした、例えば薬物には友人や先輩が手を出しても全くやらなかった。ただ余談として、一度勧めてきた友人がいたので前歯を一本直接抜いてやったというの誠司らしいところではある、おかげで地元では誠司の薬物嫌いはかなり有名だ。
また喧嘩にしても陰湿な複数でリンチをしたりすることなどなく、必ず誠司は少数側か一対一、俗にいう対人タイマンしかやったことがない。
しかしそれ以外は立派な非行少年であり単車で犯した交通違反を並べられでもしたら免許100枚じゃたりないだろうし、誠司が病院送りにした人間は両手両足の指では足りないほどであり喧嘩中毒ともいえるほど暴力に彩られた生活を送っていたのだ。
彼は他人より自分が強いことを彼曰く「証明してやる」のが好きであったし、なにより強いフリをしている人間が我が物顔で街を闊歩したり一端の顔役ぶって偉そうにしてくるのが我慢ならなかったそうである。
ただし結構やりすぎなところもあり、顎の骨を砕かれた不幸な少年や膝を潰された不幸な大人などの数を考えれば高校を退学にならなかったのは奇跡どころか魔法のような気がしてくる。
どうしようもない喧嘩好きな気性のせいで彼の生まれながらに与えらたギフトとも言うべき身体能力はスポーツなどには真っ当に使われることもなくただひたすら喧嘩にのみ華を開かさせるのみだったのだ。
多少(あくまで本人の申告)、他人より濃い時間を過ごしたのと3年ほど喧嘩をしていないことが関係しているのか、最近過去をあまり振り返らない誠司でも25という年齢について10代のときの自分含めて周りの変わりようにふと思いを馳はせるときがある。
それは頻繁でもなく決まった時間でもなく本当に不意に、といった具合である。
過去を懐かしむというより
10代の頃のやんちゃな腐れ縁の奴ら――、喧嘩が弱いがいつも我先にと突っ込んでいたバカ野郎はあろうことか漫画かアニメの影響だろう教師、なんて世も末なものになってやがる。
葉っぱでいつもトリップして『badだぜ』なんてイカれてた奴は手堅く公務員をやってるわ、背中に男のアレを彫ろうとしていた顔だけ綺麗な腐れ女は、あろうことか有名私立の幼稚園に娘を通わせ、まさに奥様だ。
それぞれがどういった気持ちを抱いているかは不明ではあるものの、今と向き合いながら過去はどうあれそれなりの妥協、打算、しがらみの渦に飲み込まれていく年齢になっていた。
たまに過去を振り返りながら日々の日常に追われ将来は分からないが今日、明日、ともすれば1ヶ月は変わらないであろう、橘誠司のまぎれもない現実であった。
そして今日も朝から吠える肩書きだけは、偉そうな中年上司の髪が寂しい頭をはたきたくなる衝動を抑えるとこかから始まる。
そんなことを考えながら何に怒っていたかも分からない青春期、当時から変わっていないとすれば車の嗜好ぐらいだろう、今日も跳ね馬の真っ赤な恋人フェラーリに乗り込もうとしたとき――、
――それは起こった。
あたり一面強烈な光に包まれる。いや咄嗟のため、そう感じるがそれは実はあたりではない
だがそれはまるで自分だけを包むよう小円を描く。
急に眩しさを感じ、一瞬目を閉じかけるがその異常な事態に身体が考えるより先に反射で本能で動く。足を踏み出しその円から出ようとする。
だがさらに一瞬、まさに刹那、光が強くなり視界一面、白に覆われ光が輪郭を取り戻したとき、誠司は異質な光景を目にする。
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