序章 (3)
アシュタルテはティンが残した
駆け寄せる足音が、洞窟の壁に響いて膨れあがる。
広い洞窟ではない。空洞を埋め尽くすように、ある者は宙を飛び、別の者は地を這い、一斉に兵士たちがアシュタルテに襲い掛かった。殺気に血走った眼。わずかに笑みを浮かべている。
即死を狙った正確な剣だったが、後続の兵士たちは死んだ仲間の身体を盾にして押し寄せる。ある者は短槍を突き出し、別の者は
アシュタルテは盾になった死体の脇の下から相手の胸に短槍を突き入れ、そのまま槍を手放して
死体が地面を埋め尽くし、その数は二十名以上となった。だが、死を恐れぬ兵士たちは次々と湧き出し、仲間の死体を盾にアシュタルテを押し包む。
アシュタルテは死体の盾の隙間を探し、的確に剣を突き入れ、
だが短槍に
五十名以上を
だが、積みあがった死体が狭い洞窟を塞ぎ、兵士たちも一斉に襲い掛かることが難しくなっていた。
「仕上げはおれがしよう!」
がらがら声が
死体の小山の上から、巨大な男の顔が見下ろしていた。ギョロリと目玉が飛び出しそうな怒った険しい顔。逆巻く赤い髪。色鮮やかな宝石で彩られた金の鎖を、ジャラジャラと首に何重にも巻き付けていた。この地で古くから信仰されている雷神バロンの姿だった。
「かつて
「その後、助けてやったろう」
アシュタルテの開いた口から
「五十年後にな。成層圏へ飛ばされないか冷や冷やしたわ!」
油が浸み込んだ布はあっという間に燃え上がり、アシュタルテの全身を炎が包んだ。ちぎれかけた左手と右足が溶けるように繋がっていく。
バロンの眉間に皺が寄る。
「小賢しい真似を! だが、おまえのために三百人の兵を用意した。ただの兵ではないぞ。おれが神経系を操作した死を恐れぬ強(狂)兵だ。逃げ切れると思うな」
「わたしのため?」
血しぶきを浴びた白い顔は無表情のまま、小首を
「気付かなかったのか? おまえは戦争に邪魔なのだ。うっかり大将を暗殺されて戦況をひっくり返されては興が削がれる。戦争は人間同士が死力を尽くすから楽しいのだ」
「相変わらずだが、わたしには理解できない」
「つまらん奴め!」
バロンの背後からぶわっと黒い影が飛び出した。それは兵士たちが投げた数十本の黒い鎖だった。鎖の先には小さな鉄球が付いている。
アシュタルテは炎を
その間に別の兵士たちがアシュタルテの周囲に回り込み、更に鎖を放つ。
空間を埋め尽くす鎖からは逃げられず、数本がアシュタルテの身体に絡まった。
「安心しろ。太子は殺さん。戦う相手がいなくては戦争にならんからな。正統な世継ぎでないラチャイには、このくらいの差でちょうどよかろう」
バロンの頭が白く光り、バリバリと稲妻が
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