第16話 再会(最終話)
『愛しき人々よ
その敬意に応えよう
主等が望む限りに
私は護り続けよう』
仁国の降伏から1ヶ月が過ぎた。
蛇蔵王の死は瞬く間に国中に広がり仁国は混乱の真っ只中だった。
『サタン』はレビアの地へ戻り来るべき復興の時を待ち望んでいた。
白の神殿の中で咲き誇る蓮の花、美しい純白が水面に映る。
その景色を隅から眺める金糸の髪が純白の隙で揺れた。
何重にも巻かれた包帯の上にはゆったりとしたシャツを着ている。
十字の代わりに首に巻き付く白い布は戦場の厳しさを物語っているようだった。
「羚~。あ、いたいた。」
明るい声がこだまする。
この声には何度も助けられたような気がする。
「ルシファーが心配してたぞ。まだ大人しくしてなきゃダメじゃないか」
駆け寄った海夷が除き込むといつもの仏頂面が見えた。
「もう心配ない。」
直ぐに言うことを聞くような人ではないては分かっている。
「そっか。でも、早く戻ってくれよ。ルシファーの為にもさ」
「……?」
ルシファーの為とはどういう事なのか。
ガルデアにいる以上彼の心配はないと思われる。
「何かさ、『羚様を探しに行く』って聞かなくてさ、代わりに俺が来たってわけ」
眉間にシワがよる。
あの忠誠心は健在だ。
慌てふためく姿が容易に想像できる。
「…わかった。直ぐに戻る」
渋々足を進める羚にニコニコとついていた海夷だが、出口辺りでふと思い出す。
「そうだ、これ。ずっと忘れてたよ」
取り出した古い本だった。
彼の本来の目的はこの本をクレイバーに渡すことだ。
「…これは?」
もちろんだが、羚はこの本のことを知らない。
「羚の親父さん…えっと、レバン王の最期が記されている」
「…親父の?」
手にした古い本をじっと見詰めそっと笑った。
「あっ…」
海夷は驚いた。
パラパラとめくったと思ったら蓮の池へと投げたのだ。
「もう、必要ない。親父は…いつでもここにいる」
目に浮かぶ絵は父と母が寄り添い見守る優しい絵だ。
本は池の底に引きずられるように沈んでいった。
「ちょ、ちょっと…羚!」
さっさと出ていった羚を急いで追う。
出ていく直前、風が吹き通った。
振り向いた先に広がる蓮が凛とその姿を誇っている。
気のせいかと思いまた羚の背を追った。
人のいなくなった蓮の池に<チリン、チリン…>と、鈴の音が響いた。
「羚様!いったい何処にいらっしゃったのですか?」
ガルデアの病院に戻ると泣き付くディアンがいた。
「もう、羚、大変だったんだからね…」
リリィがため息をついていた。
どうやら、相当心配されていたようだ。
「お願いですから、傷が治るまでは大人しくしていてください!」
「わ、わかった…だからお前は寝ていろ!俺より悪そうだ」
ディアンの足はふらついていた。
全治一年と言われた傷だというのに他人の心配をしている場合ではない。
「羚の言う通り!ほら、座る座る」
リリィに剥がされたディアンはベッドに腰を下ろし、痛む傷を押さえていた。
「まったく…自分の傷くらい理解しろ…」
椅子に座る羚は頭を抱えていた。
すると、後ろから
「それは人の事言えねぇはずだが?」
殺気の混じるオーラは斬頼のものだ。
ふかした煙草が魔物に見える。
「…いや、少し…蓮をみに…」
羚は振り向く事が出来なかった。
「まぁまぁ、斬頼。羚は平気そうだし…」
海夷がフォローをするがなかなか通じない。
「首に穴開けておいて勝手に出歩くな。死にたいなら俺が殺してやるが?」
メスをもつ斬頼は冗談抜きで恐いものだ。
「何かイライラしてるね」
リリィは見守る事しか出来ない。
「元々あまり人を診ない人ですから」
ディアンも成す術なく見ている。
斬頼は『サタン』の重傷者の手当てをずっとしてきた。
彼は一応殺人者だ。
助けるよりは殺す事が専門で、煙草の量も以前より増えている気がする。
「チッ…まぁいい…俺は寝る。今度勝手に出歩いたら切り刻むからな」
「わ、わかった」
不機嫌な斬頼は乱暴にドアを閉めて出ていった。
「恐ぇ」
四人の頭には同じような文字が浮かんだことだろう。
「海夷、国には戻らないのか?」
羚の問いかけに海夷が口を曲げて悩む。
「うぅん…大佐も今が一番大変だろうから、手伝いに行きたいけどさ…」
チャリンと十字が揺れる。
「やっぱり、俺は裏切り者に変わりないわけだし、暫くはこっちにいるよ。俺は『サタン』だからね」
いつも通りの笑みだが、どことなく哀しそうだ。
「だったらさ。私とちょっとだけ旅しない?」
身を乗り出して提案したのはリリィだった。
「えっ?リリィと?」
海夷は少し嬉しそうだ。
「私も自分のこと知りたいし。一人じゃ寂しなって思ってたの」
彼女は記憶の途切れた町へ向かう決意をしていた。
「ちょうどいいじゃないか。どうせ暇なんだろ?」
羚が羨まし気に壁にもたれかかる。
「…羚は……無理だよね」
僅かな期待で問いかけるリリィだが、やはり予想通りの返答だった。
「忙しくなるのはこれからだ。それに、斬頼が許さない」
因みにディアンは問題外だ。
あの傷は誰であっても止めるだろう。
「じゃ、決まり。二週間後に出発ね」
リリィは海夷抱きついて喜んだ。
海夷はそれに顔を赤らめる。
「二週間後?早い方がいいんじゃないのか?」
何か二週間に引っ掛かる羚は眉をひそめている。
こういう時は必ず何かある。
「羚知らないの?勝ってやることといえば一つでしょ?」
「そうさ、まだ、やってないもんな」
リリィと海夷がはしゃいでいる。
ディアンに視線を向けても、分からない顔をしている様子から、二人が寝ている間に決まった事なのだろう。
「リリィ、海夷、何があるんだ?」
嫌な予感がする。
大抵、このての予感はあたるものだ。
「「パーティーだよ」」
二人が嬉しそうな反面、羚は明らかに嫌な顔をしていた。
二週間後の夜
「……」
窓際で一人羚は頬杖をついていた。
アルコールに弱く匂いすら受け付けない彼は、主役にもかかわらずパーティーの中心には行けない。
「羚様、無理はならさないで下さいね」
隣にいるのは、斬頼に酒は飲むなと止められたディアンだ。
「しかし、飲酒の出来ない宴は本当に面白くないですね…」
「はしゃいでいるのは酔っぱらいばかりだからな」
中心にはリリィ、海夷はもちろん、グリフやベレト『サタン』メンバーと捕まっていたレビアの住民たちで、仁国の牢獄で出会った者たちも混ざっている。
本当に楽しそうだ。
「羚~。楽しんでる?」
酔ったリリィがふわふわと歩み寄る。
「もう、主役がいなくてどうするんだよ!」
海夷も質の悪い酔っぱらいだ。
「やかましい。俺は飲めないんだよ」
鼻を覆い、足で海夷を押し返す。
ぎゃぁぎゃぁ五月蝿い二人を無視しようと顔を背けると、隣のディアンが入ってきた人影をとらえた。
「やぁ、ディアン。久しぶりだね」
ワイシャツにネクタイの男は爽やかな笑顔を浮かべていた。
「ファス!どうしてここに?」
そう。確実に歳を重ねているが、彼はファス・サンドライト、ディアンと同じ最後の戦いの生き残りだ。
その後も何度か会っていたが、仁国への戦争を決めてからは連絡すらとっていなかった。
「まったく、心配したぞ。連絡はとれないし」
腰に手をあててディアンをにらんだ。
「すみません。すっかり忘れてしまって…」
なぜディアンが小さく見えるのか。
頭をかいて謝るディアンはすでに珍しいものではない。
ファスは少し満足すると羚に向かって丁寧に頭を下げた。
「羚様、お久しぶりです。この度の戦場へお供出来なかったこと、お許しください」
正直、羚はディアン同様の忠誠心をもつこの男が苦手だ。
「いや、そんな事より、今日来てくれた事に感謝するよ」
「ありがとうございます」
ファスが頭をあげると入り口から五歳ほどの男の子がかけてきた。
「あれ?ファスさんのお子さん?」
酔ったリリィがニコニコと問うと
「パパ~」
と、子供はディアンに抱きついた。
「じ、ジャック!!?」
抱きつかれたディアンは慌てふためき目を丸くしていた。
が、驚いていたのは彼だけではない。
「「パパ~!!?」」
リリィと海夷が指を指して叫んだ。
どうやら酔いも一気に覚めたようだ。
「何?何?ルシファーの子供?」
よく見ればジャックは父親譲りの銀髪に黄の瞳、どことなく父親の面影がある。
「ま、まま、待って下さい、ファス、じ、ジャックがいるという事は…」
ディアンの首がロボットのように動く。
先にはドレス姿の女の人が凛と立っている。
「ま、マリア…」
彼女こそがディアンの妻だ。
淡い色の美しい髪が輝いて見える。
「ディアン、せっかくだ。家族水入らずで会話でもしてこい」
「☆*∵%~し、しかし、羚様…」
ディアンの顔は真っ赤に染まり、動きもギクシャクしている。
「ほら、わざわざガルデアまで来てくれたんだ。たまにはゆっくり過ごせよ」
羚とファスに促され、ジャックに引っ張られ、冷や汗をかいているディアンはゆっくり妻の元に足を進めた。
「ルシファーって…奥さんも子供もいるって…何歳なんだよ…」
海夷がふと漏らした言葉に
「「………」」
答えをしる羚とファスは目を背けた。
「私、十年もルシファーと一緒なのに気付かなかった」
リリィは呆然としている。
「ファス、お前もせっかくだ、楽しんでくれ」
羚が会場に目を向ければ、ここでの事を全く気にしないで盛り上がる人々をを見つめる羚の眼は何処か切ない。
その会場から一人の少女が羚の元に歩み寄る。
「羚さん、今晩は。先日はありがとうございました。こんな素敵なパーティーに参加できる何て思ってもいませんでした」
きれいに着飾った羅楠だ。
羚は羅楠を見つめ、優しく微笑んだ。
「いや、助けてもらったのは俺のほうだ。今日は楽しんでくれ」
姉妹そろって助けてくれたのだからと付け加えて視線を落とした。
そんな羚を前に、ファスがほほをかく。
「もう一人、連れてきた人がいるのです」
振り返る羚には思いあたる人がいない。
レビアの人で親しい者は皆ここにいる。
「…誰だ?」
「きっと、すぐに、分かります」
笑顔の羅楠とファスに導かれるまま、騒ぐ人や、固まるリリィと海夷を残し、外へ出た。
夜のガルデアは肌寒く快晴の空には星が瞬く。
視線を上から下に向ければ段差に人が座っていた。
「………」
羚には誰だかわからない。
「連れて来たよ
聖羅」
振り向いた漆黒の瞳が見開いた羚の眼をみた。
ちょうど十時を告げる鐘が鳴り響いた時だった。
「……聖…羅?」
もう諦めていた。
わずかな光さえ失われたはずだった。
「クレイ……今は、羚…ね?」
探し続けた声だ。
あの時谷で聞いた声だ。
「生きて…いた?」
一歩一歩、恐る恐る近づく。
まるで幽霊でも見ているかのようだ。
「ごめんなさい。ずっと彼の家でお世話になっていたの」
「何!?」
すぐさま羚はファスの方に振り向く。
彼は崩す事のない笑顔で話しを続ける。
「仕方なかったのですよ。彼女の家は有名な彰宗院。見つかれば確実に処刑ですからね」
「羚さん、姉さんは死んだって、信じ込んでたし…」
戒律に厳しい、兵家だ。
黙っていたことには腹が立つが裏を返せば守っていたということになる。
ファスは温かく見守る。
これ以上、言葉はいらなかった。
触れた手は温かく、確かに生きているのだと、じわりと思いが込み上げた。
「やっぱり。あなたは思った通りの人ね。綺麗な瞳だもの」
この眼もたらした災厄は一度国を巻き込んだ。
しかし、この眼が積み上げた信頼が再び甦り、新たな信頼を築いた。
「…聖羅。伝えたいことが、あったんだ」
それがたとえ、決められたレールだったとしてもこの思いは自分のものだ。
「ありがとう。おかげで使命を果たせた」
静かな夜の闇に
声だけが響いた
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