第15話 採録

※残酷な殺害シーンがあります。

レビア最後の日をディアンの記憶に沿って綴ります。




悔やんでも悔やみきれない。

あの日全ての歯車が回りだした。

歴史の歯車がくるくると



「レバン様、ご決断を…」

目をつむり、眉間にシワを寄せた王は悩んだ。

悩んだ末に、王として最善の決断を下した。

「これより、一騎隊、二騎隊は仁国中央、百山[ハクザン]に向かう!三騎以降は守備にあたれ!」

それはレイが母と共にグラマドへ移った翌月のことだった。

「…」

当時二騎隊の隊長を勤めていたディアンはじっと考えを巡らせていた。

この戦争が悪化していることは明らかで、はじき出した綿密な計画が敵国に漏れているように読まれてしまう。

レビアの戦法が通じないのだ。

「…ディアン…何か言いたげだな」

深刻に考えるディアンの目に透き通る灰色の瞳が微笑む。

「……その」

今は会議の後、部屋に残ったのは二人だけでも、外には人がいる。

「構わないよ。どうせ、聞こえやしない」

会議室の造りは外に声が漏れないようになっていた。

それでも不安が払えないディアンをレバンは奥に招いた。

「幹部に、密告者がいるのでは、ないかと…」

自信はない。

確証がないからだ。

それでも、何かおかしいから、伝えなければならないと思ったのだ。



レバンは真剣な表情を保っていたが、ふわりと柔らかい表情に戻った。

「なんだ、そんな事か…」

「そ、そんな事で済まされるのですか?現に我々の情報が敵国に伝わっているではありませんか」

ディアンが声をあげるのは当然だ。

放っておけば敗戦になりかねない。

「お前は私に国民を疑えというのか?」

優しいレバンにディアンは言葉を返せなかった。

「この国は信頼で成り立ってきた国だ。それを私が破ってどうする?」

会議室に飾られた国旗に目を向けてゆっくり手をかざした。

「密告者を…国民といえるのですか?」

視線を反らしたディアンが唇を噛みしめる。

典型的なレビア国民のディアンは裏切りの行為を許せるはずがなかった。

「だからこそ、お前の隊を戦地に連れて行くのだよ」

目を丸くして驚いたディアンにレバンは次のように続けた。

「私は二騎隊隊長に最も信頼できる者をおく。先陣をきるには欠かせない者。そして、国を決して裏切らない者だ」

ディアンの忠誠心をしり、尚且つ、実力を認めている。

必ず二騎隊を連れて行く理由はそこにあった。

「策は練り直せる。お前のいう密告者とやらがいない場所で」

具体的な戦法は決まっていなかった。

それは敵地で状況を読み取り即座に決断する。

それがレバンの戦法だ。

少人数の一騎、二騎隊のみで向かうのも伝達時間を最小限にし、素早い行動を求めたからだ。

「国の守備は三騎隊隊長に任せる。彼は守りに関しては右に出る者はいない」

この時の三騎隊隊長、オーラン・バルムレイドは頭脳派の隊長だった。

レバンの友人のような存在で部下からの信頼も厚い。


まだ何か言いたげなディアンの目にレバンは笑った。

「私にはそれを見抜く目があるのだよ?人の本質を見抜く目がね」

恐ろしく澄んだ瞳は何かを引き付ける力があった。

コポコポと可愛らしい音は紅茶だった。

「飲んで落ち着きなさい。これから戦地へ赴くというのに、隊長が動揺していては話にならない」

「…すみません」

斜めに落とされた視線は寂しそうだった。

差し出された紅茶を啜るディアンをみてレバンが口を開いた。

「そういえば、三騎隊の彼女とは上手くいっているのかい?」

それはいたずらっ子のような笑みだった。

「Σんぐっ…ゴホッ…な、何ですか?ゴホッゴホッ…突然…」

おもいっきりむせるディアンをレバンは面白そうに見つめる。

「わ、私は騎士ですよ。そのような事に構っている暇などありません」

紅茶をそれ以上飲まずカップを机に置いた。

飲まなかったというのは間違いだ。

突然の問いにそれ以上飲めなかったのだ。

「おやおや、それは残念だ。私がアルシアと出会ったのはちょうどお前くらいの時だったからなぁ。」

懐かしげな表情は穏やかで、とても戦地へ向かう者とは思えない。

「あまり国ばかりを優先すると命を落とすことになりかねないぞ」

冗談なのか本気なのか。

ただ、ディアンにはその言葉の意味が解らなかった。



翌日、陽が昇る前、

「リシャベル様に誓い、栄誉あらん戦いを!」

歓声と共に馬を走らせたレビア軍は真っ直ぐに仁国、百山に向かう。

この7日後、各国の歴史を変える日が来る。


足音、金属音、叫び、銃声、戦場独特の火薬と血の匂い。

正面からぶつかったレビアと仁。

二騎隊が先陣をきり一騎隊が援護をする。

優秀な一騎隊の狙撃手は正確に敵のみを撃ち抜く。

「余裕ですね。隊長。これくらいの人数なら」

二騎隊の三席ハイル・クラインが笑みを浮かべていた。

「少なすぎますよ。手を抜かないで下さいね、ハイル。」

中央というのに人が少ない。

不吉な予感がする。

大剣で相手を斬り倒していると、後ろからレバンがかけてきた。

一騎隊に命を出し、自ら敵国の王を捕らえる為だ。

「ディアン、ハイル、私と共に城内へ来なさい」

ガチャリと銃に弾を入れる音がした。

白の似合う金の髪が戦地の風に揺れる。

勇ましい表情を生み出す灰色の瞳は仁国の旗をにらんでいる。

レバン、ディアン、ハイルを含め八人が仁国の城内へと駆けていった。


「な、何なんだよ…これ…」

馬から降り、二つ目の門を過ぎたあたりから、不自然な光景が広がる。

「ハイル、あまり気を反らすな」

レバンにも緊張がはしる。

そこには、何十という人が無惨な姿で横たわり、全ての動きが止まっていた。

「レバン様、これは全て刀傷です」

一騎隊副隊長クロウ・ラジアンが一人の傷を診て告げる。

「二騎隊の者はまだ、侵入していないはずです」

つまり、これはレビア軍が行ったものではない。

と、なると

「仲間割れ…ですか?」

ハイルが怒りを露にしている。

仲間思いのハイルにとっては許されない行為なのだろう。


「レイド、刀傷からどちらの国の攻撃か分かるか?」

レバンの申し出に早速検証を始める。

素早く丁寧に傷を測る。

レイドは幼く、戦場に赴くには早いと思われたが、本人の希望と、高い技術により採用されたのだ。

「細く、峰のある刀だと思われます」

仁国の刀は日本刀に近い形をしており、刃と峰がある。

レビアの刀は西洋風の剣、刀傷には差が出るはずだ。

「仁で何が起きたんだ?」

ハイルの疑問はそこにいる八人皆の疑問だ。

その疑問と共に不穏な気配をレバンは感じた。

「バンはレイドを連れて戦地を離れなさい」

幼いレイドを巻き込まないようにするのが優先だ。

最早、安全の確保は難しい。

「はっ。了解致しました」

「えっ?俺だって戦えるよ!」

パコパコとバンの腰を叩くレイドだが、バンは軽々とレイドを抱えて外に走った。




「この人数でいけますか?」

ディアンが不安になるのも無理はない。

たった六人なのだ。

そして、この先にはこの光景を作りだした者がいる。

「なぁに。皆優秀な騎士だからね。私は心配などしていない」

不安を消す表情だった。

「…レバン様、そう言われては死ぬに死ねませんよ」

クロウの後ろについていた四席ファス・サンドライトは笑った。

「貴方の期待を裏切るなんて考えたくもない」

同調したのは五席ダート・ベイリーズ。

彼らはディアン同様、強い忠誠心を持った者だった。

「信用しているよ。」

十分すぎる一言に心が震える。

簡潔で、単純な一言だ。



「……レバン様?」

死の光景が続く。

そんな中でレバンがディアンに囁いた。

「もしもの時はレイを頼む」

と、初めて聞いた弱気な発言だ。

その託された思いが後にディアン自身を救う事となる。

「レバン様!敵襲です!」

十数人の黒い服を纏った男が壁を這い上がり短刀片手に飛びかかる。

「雑魚に用はありません!」

ファスとダートの銃から火花が散る。

男達は皆、六人に触れる前に崩れ落ちた。

すると、突然レバンの左側についていたディアンの剣が、刀を受け止めた。

「!?こ、子供?」

刀の持ち主は十歳前後の子供だった。

青紫の髪と、同様に冷えきった眼を持っていた。

子供はディアンが驚いた隙をつき、さらに刀を振る。

しかしディアンも隊長クラスの実力者だ。

簡単に攻撃を許さない。

刀をすれすれで避けると大剣を振り下ろした。

子供はさっと後ろに下がる。

そこに、ようやく蛇蔵の姿をとらえた。

「わざわざご苦労。お前の首を取る為にレビアに行く手間が省けた。」

隣に戻った子供の頭を撫でて、蛇蔵は笑っていた。

「この国は子供に頼るほど兵士がいないのかい?」

レバンの眼は鋭く光った。

「いや、ただ、この子の出来具合を計ろうと思ったまでさ。なぁ、紫炎」

「はい、蛇蔵王」

そう、その子供とは若き紫炎だ。

この頃から特別な教育を受けていたのだ。

「その子を兵器にでもする気か?」

「ククク…教育とは素晴らしいものだ。幼い脳に刷り込めば悪は善となり、恐怖も消える。お前も同じではないのか?レバン王。王は神だと教育すれば、神となれるだろう?」

もちろん、レビアではそのような教育はしていない。

レビアの誠心は親から子へ自然と伝わったものだ。

「人が神になどなれはしない」

鋭い視線は常に蛇蔵に向けられていた。

が、次の瞬間、一発の銃声が響く。

「…やはり、お前だったか……クロウ」

レバンに突き付けられた銃から銃弾が飛び出る事はなかった。

「…クロウが…密告者?」

衝撃が走る。

崩れ落ちたクロウの後ろに、銃を構えたファスの姿だった。

「レバン様、貴方の予測、当たりましたね」

銃口からは白い煙が立ち上り、クロウの頭部からは血が溢れた。

「すまないね、ディアン。敵を騙すには味方からというだろう?」

レバンが笑った。

しかし、クロウが殺されてもなお、蛇蔵は笑みを絶やさない。

「そういえば、ガキが混ざっていたな…国直属の兵を数人向かわせたが、見当違いだった」

さて、困った。

いくらバンに実力があると言っても、囲まれては不利だろう。

子供を守りながらきり抜けられるのか?

「ダート、お前の足なら追えるか?」

俊足を誇るダートの足でも間に合うかどうかは微妙だ。

「間に合わせます。レバン様を頼みます。」

ディアンに王を任せダートはバンを追った。



「まったく、危険な思考をお持ちのようだ。」

白い銃が蛇蔵を睨む。

引き金を引くわずか手前、後方から爆音が響いた。

その煙に混じり、青白い着物を着た男が四人、当時の四天王だ。

突然の襲撃にも怯まずディアン、ハイルは剣で受け止め、レバン、ファスは銃撃を浴びせた。

瞬間目が離れた隙に蛇蔵は紫炎を走らせる。

壁の上を駆け、刀を突き立てて飛び降りた。

「レバン様!」

一瞬、躊躇いを感じた。

いくら兵といえども紫炎は子供、無垢であるべき子供なのだ。

「隊長!」「ディアン!」

紫炎の刀を左腕に突き刺し壁に向かって放り投げた。

鈍い音がした。

その刀を抜くと、間髪を容れずに襲いかかった炎神の腹に突き立てた。

「何を迷っていらっしゃる…貴方が迷っていては、皆が迷います。」

血を浴びたディアンはまだ剣を振るう。

「貴方の信頼に応えます。貴方が望む限り」

当時から彼を天使と例える者がいた。

けれど、この時、レバンが彼を例えるならば、グリフォン。

初代レビア王、ロイの祈りに応えたリシャベルのグリフォンだ。

高い忠誠心と獣のような闘争心をもつ、それは頼りになる例えだった。

「そうだな。すまない。ここは頼んだよ」

レバンの言葉に眼を輝かせたのはディアンだけではない。

三人が口を揃えて言うのだ。

「もちろんです!」






あの時、なぜ、あの人の背中をすぐに追わなかったのか。

炎神を斬り倒し、ファスとハイルに残りを頼み、私は奥に向かわれたレバン様を追った。

中庭でみた光景は今でも忘れられない。

私たちが目を離したわずかな時間に何があったのか。

流れる血はレバン様のものだ。

息を乱し地に沈みながらも、瞳だけは蛇蔵に屈しまいと睨みをきかせていた。

「レバン様!」

とっさに刀を抜き駆け寄ろうとした。

しかし、それはかなわない。

「ディアン!来るな!」

声に躊躇し、足を止めた。

その直後、右目が赤をとらえた。

何が起きたか分からない。

ただ、次の瞬間には、恐ろしいほどの激痛が左目を襲った。

「あぁぁぁぁ!」

左目を押さえながら、睨み付けたのは厳山だ。

あまりの痛みに剣を振るえない。

ようやく左目を斬られたのだと理解した。

「さぁ、観客も着いたところで終演にしようか?レバン王。お前の首を切り落とす最高のエンディングだ」

首元に下ろされた刀にも止めたくとも動かない体、私はただひたすら、止めろと叫んだ。

「ディアン、心配などするな。私は私の手で終りを迎えるつもりだ」

まだ、笑っていらっしゃった。

情けなくわめく私に投げたのは愛銃だ。

厳山を突飛ばし拾い上げると、弾はもう残っていないと知った。

背後から奴の刀が降りてくる事などわかっていた。

それでも、目を背ける事はできなかった。

「私の首になど価値はない!尊ぶべき者は国にある!」

肩に走った痛みを掻き消すほどに、響いた声に知らず知らず、右目が涙を溢した。


「ハイル!ファス!最後の命だ!」

どこにそのような力があるのですか?

なぜ、自らを捨てて守ってくださる?

助けられていたのは、最初から私達のほうだったのか?

駆け付けたハイルとファスも血だらけだった。

それでも、レバン様の命は絶対だ。

それが最後なら、なおさらのことだ。

「ディアンを連れて逃げなさい!生き延びなさい!」

「しかし、レバン様は…」

有無を言わせぬ鋭い視線にハイルは血が出るほど唇を噛み締めた。

「信用しているよ。お前達を」

ぐっと堪えた涙がわかる。

私は剣を握り、尚も刀を突き刺す厳山を斬った。

致命傷にはならずとも簡単には動けまい。

まだ、戦うつもりでいた。

例え命が尽きようと戦うつもりでいたのだ。

それを止めたのが

「ディアン、お前にはまだ、使命があるだろう?」

レバン様の一言だ。

『もしもの時はレイを頼む』

それが私に課せられた使命ならば、私は死ぬわけにはいかない。

レバン様を裏切るわけにはいかない。

「隊長!行きますよ」

震えたハイルの声が脳に響く。

流れる血が急に痛みを増幅し、私の意識を奪う。

ハイルとファスに担がれて城を飛び出た私は、直ぐに暗闇へと落ちた。


私が目を覚ましたのはその4日後のことで、敗戦が告げられて2日が過ぎていた。

「目が覚めたか…傷は……まだ、動かない方がいい」

ファスが隣で寝ていた。

城を出る途中に襲撃にあったという。

強い消毒の臭いが鼻をつく。

背中が痛い。

点滴も分かる。

視界が狭い。

そして、不自然に思われたのは、ファスが入るの事を私に伝えなかった事だ。

「…ハイルは…殺られてしまったのですか?」

ファスは目を閉じて告げた。

「彼は自ら命を絶ったよ」

驚いた。

敵襲を潜り抜け、私とファスを本陣に連れてきたまでは良かったが、王を残してきた事に罪悪感が生まれたらしく、敗戦が告げられたその日に命を絶ったという。

「俺も…死のうかと思ったさ。けど、それはレバン様が許さないだろう?」

ファスはレバン様の元で長く仕えていた。

あの方が自ら命を絶つ事を望まない事も十分に理解しているのだろう。

「二騎隊の者は責任感が強すぎるから…お前も後に続くのではないかと不安なんだ」

確かに、私がハイルの立場なら同じ事をしていたに違いない。

「ファス、レイドとバンは…ダートはどうなったのですか」

一人でも多く生き残っていることを望んだ。

けれど、現実はそれほど甘くはない。

「レイドは無事だ。直に地方に連れて行かれるさ。バンは、そのレイドを守って死んだ。アイツらしい最期だ」

目に浮かぶ。

彼には同じくらいの子がいたからきっと必死だったのだろう。

「ダートの消息はわからない。敗戦が告げられたその日にいなくなった。奴の事だ。仁に捨て身で攻撃するつもりなんだろう」

気が荒かったが、誰よりも王を尊敬し崇拝していた奴だ。

例え身が砕けようと戦いを止めないだろう。

「ファス、あなたは、どうするのですか?」

「実家に帰るよ。暫くは戦えそうにないし、戦いたくない」

寂しい色の目だった。

彼もまた、王を崇拝していた者の一人だ。

守る対象のなくなったいま、戦う理由がない。

「お前は、使命を果たしに行くのだろ?」

羨ましそうな目に心が痛む。

そう、私には託されたものがあるのだ。

「何でも、用があったら言ってくれ。お前の頼みなら、出来る限りの協力をする」

失ったモノは多く、大きい。

しかし、私達は前を向かなくてはならなかった。

その意志が絶えない限り、レビアは生きていると、信じなくてはならない。


その夜見た夢に白い竜が現れた。

地を這う金色の目の蛇にそっと触れて天に昇る。

短く 儚く 美しい夢だった。

不思議な事に、斬られたはずの左目は傷を残しながらも回復した。

ただ、吐き気がするほど紅い。

慣れるまでに何度嘔吐を繰り返したことか。

「まだ、お前は死ぬなって事だな」

ファスが皮肉を言うように呟いた。

「…そうですね」

血を乗り越えてでも果たすべき使命がそこにある。


白い銃が

私を生かしてくれた。

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