第14話 終結

目を覚ました羚だが、当然、起き上がる事は不可能だ。

「とりあえず、命の保証は出来そうだが、これからの戦いは無理だな」

医療の道具を片付けて煙草に火をつける。

「一度下に降りよう。グリフさんや、大佐に援護を頼めば何とかなるんじゃないかな?」

海夷の提案に反対する者はいなかった。

何よりも優先にすべきは命だ。

海夷が羚を背負い、斬頼がディアンに肩を貸した。

「待て!逃がしはしない!」

五人を止めたのは炎神だった。

刀を支えに立ち上がり睨む。

右腕は相変わらずだらりと垂れ下がっていた。

「王に危害を加える者は許さない」

血で赤く染まった左足を引きずり、右足のみで立ち刀を向けた。

「やめておけ。銃弾はまだお前の腕の中。ヘタをすれば一生使い物にならなくなる」

斬頼が呟いた。

羚の跳弾は腕を貫通せずに、骨に当たって止まった。

つまり、まだ銃弾は炎神の右腕に残っている。

「どのみち私はこれ迄だ」

寂しい瞳が閉じられた。

何処からかガラガラと音がする。

「知っているか?この塔はスイッチ1つで倒壊する。蛇蔵王がそのスイッチを押されたようだ」

よろよろと壁に寄りかかりそっと笑った。

「くそっ!早く降りなきゃ!」

海夷と斬頼が先に降りる。

リリィは出口で炎神に目をやった。

「あなたは?逃げないの?」

「分からないか?私がいるにも関わらず、倒壊を決意された。」

酷く哀しい瞳だった。

「私の存在理由が無くなった。ならば、せめて…私はここで終わりを迎えたい」

ただ、王に仕え戦う為だけに生きた炎神にとって、この蛇蔵の選択は死を命じられたと同然だ。

「蛇蔵王は裏の階段から降りられる。私の役目は終わった」

天井は火の光に揺られ、ぼんやりと照されている。

リリィは何も言えず、黙って四人を追った。

「レビアは…ただの軍事国家ではない。か…今更………」

綴る言葉は音に遮られ、崩れる壁にその姿は消えた。



「走れぇ!」

叫ぶ海夷だが、崩れゆく階段を駆け降りるというよりは落ちているというほうが正確と思われる。

「うるせぇ!黙って降りろ!」

「でも…もう階段って言えないよ!」

斬頼もリリィも走っている感覚ではなく、物凄い勢いで下っていく。

「ねぇ、ねぇ…この階段って何階まで降りれるの?」

リリィがフと問う。

「えっと……四階までかな?」

海夷が慌て答える。

「今って…何階?」

「………えっ?」

海夷が振り向いた。

1人顔色を変えない斬頼が口をひらく。

「四階…だな」

「ってことは?」

海夷とリリィの声が重なる。

と、同時に、

「わぁぁぁぁぁ!」

一気に床が崩れ落ちたのだった。



カラカラと破片が落ちる。

大きな音は無くなった。

どうやら、塔が崩れきったようだ。

「う、うぅん…」

頭をさすり、目を覚ました海夷が見渡すも、辺りは暗く、何が起きたかさえもわからない。

「えっと…確か、階段を降りてて、四階まで来たから、止まろうとして…」

止まりたくても止まれなかった。

四階はすでに倒壊し、落ちてしまった。

「で、ここは…どこだ?羚?…リリィ?」

キョロキョロと見回すと、<シュボッ>と音を立てて火がついた。

「あ、斬頼」

それは斬頼のライターだ。

「よぅ。気が付いたか?」

全く変わりない態度だが、ライターで照らした先には皆がいる。

羚もリリィもディアンもだ。

ただ、落ちた衝撃で気を失っていた。

「運がよかった。落ちた先がこんな場所でな」

言葉につられ辺りをみると大量の藁が山のように積まれている。

「一階にこんな所があったんだ」

海夷は幼い頃に数回、父親と共に訪れたことがあったが、このような場所は聞いたことすらない。

「一階ねぇ…光も届かないような場所が一回と言えるのか?」

あたりを見渡すとライターの火意外の明かりは見当たらない。

陽の光が差し込まないということは、窓がないということだ。

「って事は…ここは地下?」

冷たい空気が肌を刺激する。

「…光だ」「本当だ…火がある」

どこからか声がする。

それは老若男女を問わない複数の声だ。

共通しているのはどれも唸るような小さく低いことだ。

疲れが露になった声のようだ。

「斬頼。ここって…もしかして」

火の先に見えた目はギラリと光る。

手を伸ばす者もいた。

「温かい…」「久しぶりの灯りだ」

声は徐々に増えていく。

「牢獄らしい…それも、奴隷としてコキ使われるような、な」

罪を犯した一部の者が奴隷として連れてこられ、この窓のない、光が一切届かない部屋に閉じ込められ、過酷な労働を課せられながら監禁されていたのだ。

「…酷い」

慣れてきた目が捉えるのはどれも普通でない光景だ。

痩せ細り骨と化した人、傷が膿み、悪臭を放つ者もいる。

「見えるか?奴らの首筋の刺青が」

斬頼に促されよく見てみると多くの者に同じような刺青があった。

ハートにちかい棘のある刺青だ。

「レビアの国旗を略した図だ。特に信仰の強い地域にあった風習らしい」

「じゃぁ、この人達の罪って…」

それは言うまでもないことだった。

「レビアを信仰した事…この国にとっては最大の禁忌なんじゃねぇのか?」

気持ちの悪い汗がじわじわと海夷の頬を伝う。

女の人や子供が混ざっている事から反乱を起こしたとは考えづらい。

「レビアは一応軍事大国だからな。徹底的に潰すつもりだったんだろう」

あまりにも容赦のない仕打ちだ。

国を奪われ、追い出され、さらには信仰すら禁じられるなんておかしいに決まっている。

「知らなかった。こんな…こんな事…」

海夷の目に溢れた涙が湿った藁に落ちる。

「羚は?…羚は知っているのか?」

振り返った先で微かな呼吸を繰り返し眠る羚の姿だ。

この戦いがレビアの為にあるならば事実を知っていてもおかしくない。

ならば、なぜ、仁国の自分を『サタン』に入れたのか。

不可解な謎も今は解き明かしたいのかさえわからない。

「海夷、あまり奴の名を口に…」

斬頼が気付いた頃にはもう遅かった。

「レイ?…レイと言ったのか?」「クレイバーがいらっしゃったのか?」「リシャベル様が光を与えてくださったのだ」

ぼんやりと火を見ていただけの人々が一斉に目を向けた。

そのどれもが突然光を持ち出した。

「生きていらしたのですね。」「どうか我らに神のご加護を…」

伸ばされた手は我先にと牢の隙間から羚を求めた。

「…レビアの信仰って…こんなに?」

あまり宗教を信じない海夷にとっては驚くべき事だ。

「さぁな。俺には信仰はないからな…」

煙草に火を着けた斬頼が羚をみた。

「…それほど、リシャベルがクレイバーを気に入ったんだろうな」

「えっ?何?」

斬頼の呟きは海夷にすら聞こえないほどだった。

声がずっと続く。

呻き声に限りなくちかい声は、ある女性を苛立たせた。

「うるさいわ。クレイバーがこんなところにいるわけないでしょ?」

女は怒鳴ったが、その声は震えていた。

「あ……えっ~と」

あまりに突然で、海夷は何と羚の事を言えば良いのか戸惑った。

女の声に驚いたのは海夷だけではない。

微かに開けた羚の目は牢の先に立ち手を握りしめ震えている女を捕えた。

声に聞き覚えがあった。

「あの人は谷に落ちたのよ…そう聞いたわ」

震えているが確かに、あの時の声だ。

「谷に落ちただと?」「いい加減な事を…」

「嘘じゃない。だって……姉さんが」

ポロポロと流す涙に皆言葉を失った。

(あぁ、そうか…あの人の、妹だったのか…)

「えっと…君は?」

海夷がわけも分からず尋ねるが、女はじっと黙ったままだった。



「…聖羅は…君の姉だったのか……」

代わりに口を開いたのは羚で、海夷も女も目を一杯に開いた。

「…あなた…あの時の…どうして…姉さんの名前を?」

女にかまうことなく海夷に向かって続けた。

「海夷、その子は…仁国の…女兵で…俺を…助けた人だ…」

小さくて消えそうだったが、今の羚には精一杯の声だ。

「助けたって…俺と会う前に?」

海夷は『聖羅』なのかと聞く。

伏せた羚は複雑な気持ちだった。

「いや、江河帝の帰りだ…名は…羅楠」

おそらく、斬頼が言った捕まった女兵とは彼女の事だろう。

僅かな希望は消えた。

探していた『聖羅』はやはり…

「…あなたが…レイ・クレイバーだったの?」

羅楠はまだ信じられない様子だ。

「だって…姉さん……あなたと谷に飛び込んだって…」

牢に手をかけ近づき尋ねる。

その目は真剣そのもので、海夷も斬頼も周りの人もじっと黙っていた。

「…確かに…飛び込んだ……俺だけが、助かったようだが…」

ただ天井だけを見つめる眼は何処か悲し気だった。

なんという偶然だろうか。

江河帝殺害後、羚を助けた女がこの牢に閉じ込められ、さらに、彼女は羚が探し続けた『聖羅』の妹だった。



羅楠は困惑した表情で羚を見つめている。

「あ…その…」

雰囲気を和らげようと海夷が口を開いた。

「とりあえず、ここから出る方法を考えよう。話しはそれからでも…」

牢を調べて見るが、鉄の棒は太く、鍵も頑丈だった。

「これは、壊そうったって、簡単にはいかねぇな」

斬頼が手に取って見るが、閉ざされた南京錠の壁は厚く感じられる。

「海夷、誰がここの鍵を持っているか分かるのか?」

再び煙草をふかす。

暗い牢に灰色の煙が漂う。

「鍵って…俺…ここの存在すら知らなかった……!」

海夷の言葉が止まった。

思い返せば剋嶺から鍵を受け取っているではないか。

急いでポケットから鍵を取り出した。

「ほぅ…これは驚いた…」

斬頼がニヤニヤと笑っている。

そんな事に構わず南京錠に鍵を差し込んだ。

古びた鍵はそれでもすんなり回り、固く閉ざされていた錠を開けた。

「大佐……この事を予測して?」

海夷の頭は疑問で一杯だった。




中の人々は喜び、歓声をあげる。

ざわざわと沸き上がる声共を押さえつけたのは斬頼の言葉だ。

「騒ぐな。お前らの王の傷は浅くはないんだぞ」

ピタリと止まった人々の視線が羚に向けられた。

意識はあるものの、十分な呼吸ができないのか苦しそうだ。

羚だけではない。

リリィ、ディアンは意識がない。

「そうだ。早く外に出て、ちゃんと治療しなくちゃ!」

海夷が慌てて出口を探すが、光の射す扉は見当たらない。

すると

「ここの案内なら任せてください」

一人の老人が牢の間を通り扉を開けた。

外はまだ暗い。

「ここは地下です。労働を強いられる間に道は覚えました。上に上がるまでは、わしらが先頭に立ちます」

老人は長い髭を揺らしながら歩いた。

長く伸びた白い眉で目はよく見えないがイキイキしているようだ。

「彼らは我々が背負います」

若い者が名乗りをあげる。

「だてに荷物運びをやっていたわけではありません」

ガッシリとした筋肉を見せつけ丁寧に担ぐ。

「頼もしいねぇ」

「うん。俺も疲れていたから、助かるよ」

斬頼と海夷は男達に混ざり、外を目指した。

羅楠はそっと羚のそばについていった。



その頃、場内は落ち着き始めていた。

剋嶺が白流と合流し白旗を掲げたのだ。

「皆、聞いてくれ!これ以上無駄な血を流さない為にも!」

大きな白旗を掲げ、叫んだ剋嶺の背には崩れゆく塔の影があった。

「あれは…黒牙と白流だ」

ナイフを片手に参戦していたベレトが呟いた。

「…リリィと海夷の相手だろ?二人は大丈夫なのかな?」

スパナで相手を殴っていたグリフも心配をしている。

「羚さんもルシファーさんもいないのが気になりますが…」

「でも、塔が崩れたって事は…」

周りの者が顔を見合わせる。

「「「終わったんだ!!」」」

一斉に武器を上に投げた『サタン』の者に、もはや手を出す者はいなかった。

流れた血は多く、横たわる者の数は数えきれない。

しかし、この瞬間、戦は幕を閉じた。

「国民には、私たちから話すべき…なんだな」

剋嶺の隣で自らの腕を握っていた白流が呟いた。

その声は何か悲し気で、後悔の色が伺える。

「これで…よかったのか?」

まだ、国民を裏切る事になるのではないかと迷いがあるのだ。

「……これで良かったんですよ」

剋嶺は真っ直ぐ場内に向かい合う。

「一度…やり直す必要があったのですよ。国民の為にも…」

守るべき者達を見つめた。

「全てを堂々と公開できる国にしましょう。隠して成り立つ国など、ありはしないのですから」

今回の戦争も過去の戦争も、ありのままの歴史を伝えよう。

剋嶺は決意を固めていた。

たとえ、それが国に対する反感を招く内容だとしてもだ。

「…そうだな」

白流の声は『サタン』がざわめく場内に吸い込まれた。

歓喜と哀愁の混ざる仁国の上空に広がる空は、寂しいくらいに澄み渡り、雲一つ許さない晴天だった。


こうして、両者の王がいない間に一つの戦争が終わりを告げたのだった。

地下から這い出た羚達を大喜びで迎えた『サタン』の人々、じっと剋嶺の話を聞き悲しみに伏せる仁国の人々

「レビアの土地は、彼らに返そう」

反論はない。

たとえ、納得が出来ずとも、この戦争で勝ったのは、レビアなのだから




裏の階段を降りた蛇蔵は怒りを全面に表していた。

しかし、この状況で国民を味方につけるのは厳しい。

見つかれば首をとられるかもしれない。

場内には戻らず裏道に入る。

誰もいないと思われた通りに黒髪のショートカットの女性が立つ。

「王として、責任は果たして下さい。最も、私は一度たりとも、あなたを王とは認めませんが」

響く銃声の後には紅い液体が舞った。

「また、会いましょう。クレイバー」

女性はすっと、その場から姿を消した。


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