第12話 期待
カッカッカッカッ
軽くなった足がリズムを刻む。
一人一人がそれぞれの戦いをしていても常に支えられているのだと感じられる。
ズキズキと重たかった体が軽くなったのは未だに支えられている証拠だろう。
そして、その人達の期待を裏切らない為にも最上階へたどり着かなければならない。
「……」
九階の扉は固く閉ざされていた。
先にいるのは炎神だろう。
江河帝でのリベンジと仁王蛇蔵への最終戦として、因縁ともいえよう戦いが始まろうとしている。
時に静かに音もたてず時に荒々しく斬撃を放つ。
燃え上がる焔の如く、錆びた音が小刻みに響いた。
部屋の光が薄暗い中に射し込む。
決して温かな光ではないが、何かの意思を宿したように揺らめいた。
「『火』は悪を意味する言葉だ」
中央の蝋燭に向かい、羚に背を向けて立つ炎神が静かに話す。
「なぜ、悪である『火』が王を護る最後の砦となるのか」
刀を抜き火に触れれば火は刀に移り燃え上がった。
振り向きながら刀を振り払えば火の粉が飛び散り、赤い弧が宙に画かれる。
「時に悪は正義となる。殺人者が英雄と呼ばれるようにな」
突きつけられた切っ先と冷たい視線に応えるかのように羚の銃が構えられる。
「否定はしないさ。俺も、似たようなものだからな」
犠牲を払い生き、それでも尚、人の上に立つ事は同じなのだろう。
「王の為、死んでもらうぞ。レビアの亡霊よ」
刀を右側に構えると姿勢を低くした。
「亡霊かどうかはその目で確かめさせてやるさ」
銃を握る手にいっそう力が入る。
レビアの誇りに賭けて負けるわけにはいかないのだ。
羚と炎神の戦いが始まった頃、ゆっくりと塔に入った人物がいた。
吸っていた煙草を足で踏み潰すと、<ジュッ>と音をたてて火が消えた。
他ならぬ、斬頼だ。
「ったく、面倒な奴だ。」
ギシギシと音をたてはじめた塔が怯える。
「わざわざここまで来てやったんだ。楽しませてくれよ。レイ・クレイバー」
妖しげな笑いが空気をのみ込む。
金色の獣と契約をした狂乱の悪魔が、今、ある契約を利用しにきた。
「俺のいない所で死のうなんて思うなよ。」
悪魔の笑いは崩れゆく塔に消えていった。
最上階に最も近いフロアでは金属がぶつかる音に銃声が時折混ざり込んでいた。
共に戦闘技術は長けている。
一瞬の隙が勝敗を分かつだろう。
刀と銃がぶつかる度に白の塗装が少しずつ剥がれ、銀が顔をのぞかせる。
至近距離での銃というのはなかなか厄介だ。
上手く相手を捕らえられれば確実に当てることができるが、今回の相手、炎神はそう簡単にチャンスをくれはしない。
それどころか一瞬の隙をついて刀を突きつけてくる。
かといって距離をとったところで何も変わりはしない。
弾道をよまれてしまえば何百と撃とうがかわされてしまう。
思考が本能を上回った一瞬、羚の動きが鈍った。
もちろん炎神がこの機会を逃すはずがない。
二つの音が短く啼いた。
赤の滴が一滴床のこぼれる。
一つは炎神の刀が羚の頬をかすめた音、一つは銃が炎神の額に向けられた音だ。
しかし、銃声はいつまで経っても響かない。
「くそっ!」
一発の蹴りを放ち互いに距離をおく。
「不便なものだ、無限の攻撃ができないとはな」
刀の血を拭き取る炎神の前に素早く弾を詰める羚の銃に六発の弾が白にのまれる。
「そうでもないさ。無限なんてこの世界には存在しない」
自信に溢れた眼は相手を威圧する。
ふと刀に目を向ければわずかだが刃こぼれが分かる。
「なるほど…確かに、無限なんてものは無さそうだ」
再び向けられる冷たい視線だ。
「だが、大きな差に変わりはないだろ?クレイバー。」
当たりはしない銃弾と確実に接触するであろう刃の差は歴然だった。
当てる為には不意をつく何かが必要だ。
弾道を読まれない何かが。
「もがかなければ楽に逝けるというのにな」
クルリと回る刀を軽やかに構えると再び狙いを定める。
「もがかなければ手に出来ないものがあったんでね」
生死を分かつ場面はいくらでもあった。
その度に人に出会ってきた。
手放したら二度とつかめないだろうものを手にしたつもりだ。
「俺は生きなければならない。期待を裏切るわけにはいかない」
時には重いプレッシャーになった。
けれど 今はそれが生きる理由となり、幾度も支えられてきた。
この眼は人のためにあるのだと。
「…期待…か」
そう呟く炎神の眼はいっそう冷たく感じられた。
「お前だけが背負うものだと思うな」
言葉と共に向かってくる白い刃に殺気が増す。
斬撃の勢いも増しているようだ。
「私も王の期待を背負っているのだ。裏切るわけにはいかない」
銃は刀に押さえられた。
硬直が続くと思われた。
が、次の瞬間、炎神は刀を左手でのみ持ち右で脇差しを抜いた。
「!!!」
銃声と共に後ろへ跳んだが、白い羚の服に赤い線が左腕から胸にかけてえがかれた。
銃弾は高い音をたてて燭台に弾かれた。
「私は負けることを許されない。炎神の名を汚さない為にも、王の砦となる為にも」
ただでさえ左腕の古傷の痛みに耐えていた羚は、新たな痛みに苦しんだ。
本当に腕が落ちてしまうのではと思う程に指先の感覚は鈍くなり、まったく上がらない状態だ。
「どうやら、江河帝の傷は治りきっていないようだな」
敵に気付かれまいと平然を装ってきたが、やはり痛みに勝てなかった。
ただ、どんな痛みだろうと変わらない。
鋭く光灰色の眼が炎神を睨み続けた。
「全てを終えて楽になるがいい、クレイバー」
刀を喉元に突き立て青紫の瞳がじっと羚をにらむ。
その手に力が入る。
わずか手前、羚は笑って見せた。
その意味が分からず疑問に捕われた隙をつき、羚の銃弾が一発、炎神の左足を貫いた。
「…っ…しまった」
あわてて刀でつくがすでに羚はしゃがみこみ、血が出る足を狙って蹴りを入れた。
当然炎神はバランスを崩し膝をつく。
「急所ばかりを狙うとでも思ったか?」
その時の羚の眼は、王家クレイバーというよりは獣に近い眼をしていたかもしれない。
背筋が凍るような寒気に、炎神は初めて手が震えていたことに気付く。
だが、彼も炎神の名をもつ者だ。
片足で立てないほど軟弱ではない。
立ち上がった炎神には、これ以上の隙は見せまいと気を張っているのが伺える。
「たった一発でいい気になるな」
力のこもった手に刀がぎしりと握りしめられた。
「たった一発、か…その一発がこの戦いでは勝敗を左右するんだろ?」
不思議なことに流れる汗に対し比例するかのように気持ちは高まる。
まるで、この危機を楽しむかのように、滴る血さえも鮮やかにみえる。
『アレは呪われた血族だ』
ふと、炎神の脳裏をよぎる蛇蔵の言葉は羚を捕えた日に漏らした声だ。
「ハッキリさせよう。レビアか仁か。どちらが王に相応しいかを」
構えた刀が真っ直ぐ羚に向かう。
羚が放った数発の銃弾は炎神から外れ勝利を確信をした。
だが、羚は避ける気配を見せない。
刀が喉にあと十数センチで届くと思われたころ、乾いた音をたてて、銃弾が後ろから炎神の右肩にあたった。
部屋に広がる金属音は刀が落ちた音だけでない。
「燭台…!跳弾、だと?」
無数に備えられた燭台の一つだ。
一番近い燭台が落ちていた。
「あまり、得意じゃないが…役にたったな」
数発放ったのは角度を知るための試し打ちだった。
「こんなにも…正確に…跳弾を当てるのか?」
貫通する威力はないものの、骨を、神経を刺激したため右腕に痺れがはしる。
刀はしばらく握れまい。
「この勝負、俺の勝ちだな」
音をたてて銃が突きつけられた。
「まだ…まだ私は戦える。負けなど認めるものか」
動かない右腕を引きずりながらも炎神はほえた。
「勝負は生死を分かつもの。私はまだ生きているぞ。クレイバー!」
その言葉は『殺せ』と叫んでいるようだった。
たった二発の銃弾に苦しむ炎神の眼は、未だに闘志を絶やさない。
左手に握られた脇差しの刃は羚に向けられている。
「もうお前は戦えない。そんな奴を殺す理由はない」
羚は静かに銃をおろした。
「バカな事を言うな!情けなどいらない。戦いで死ねるのならば本望だ!」
青紫の目がじっと羚を睨む。
「恨まれたって構いはしない。お前が生きようと死のうと俺の知ったことじゃない。これは俺の気紛れだ」
そう言って最後の扉を目指した。
入って来た側の扉からは
「羚~!」
元気のいい海夷の声がした。
傷は浅くはない。
血は未だに流れている。
痛みも増しているというのに、海夷の声が聞こえると安心を覚えた。
「大丈夫か?羚。すげぇ血だけど」
羚の心配をする海夷はほぼ無傷だ。
「お前は戦い方が上手いな」
羚は海夷に聞こえないようにそっと呟いた。
どんな結果であろうと今、彼らは仁王の元に到達したのだ。
四人の兵士を倒して。
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