第11話 信念


下から音が微かに聞こえる。

暗い階段を見つけた二人は駆け上がっていた。

<カッカッカッカッ>と、リズムの良い音が重なる。

羚が前に出て走っていたが、

「…うっ…」

突然、肩を押さえて壁に倒れかかった。

「おい、羚、大丈夫か?」

「あぁ。心配ない…少し、息があがっただけだ。気にするな」

左肩からは新しい血が滲んでいた。

強がっていることくらい海夷にだってわかる。

しばらく足を止めていた羚は息を調えるとすぐに歩き始めた。

「………」

眉間にしわを寄せて後ろから見ていた海夷は大きな溜め息をつく。

「…そういえば、羚はルシファーのこと信用してんのか?」

後ろから少し笑いを込めた問だった。

「…当たり前だ」

不機嫌に答える羚に

「でも心配していただろ?それって、信用してないのと同じだよ」

海夷は挑発を止めない。

「お前はアイツの何を知ってんだ?」

掴みかかるようににらむ羚の眼に怯むことなく海夷は笑った。

「最高の組織『サタン』のボスだろ?他に何があるんだよ?俺はそれで十分だと思ってるよ」

海夷の言葉に羚は落ち着きを取り戻す。

羚の心配はディアンが無理をしてしまうことだ。

羚はディアンの眼の事もいき過ぎた忠誠心も知っていた。

だからこそ、無理をして最悪の結果になることを恐れた。

自分やリリィや海夷のように『自分の過去とのケリをつける戦い』でないからこそ、巻き込んだ事に罪悪感が生まれていた。

「これは『サタン』が起こした戦争だろ?ボスが負けるわけないじゃないか」

やっと羚が笑った。

(そうだ…アイツは俺の期待を裏切った事はなかったな)

海夷も満足そうに笑った。



階をあがって、ようやく七階にたどり着く。

最上階まであと三階だ。

ピタリと止まったのは海夷の足だった。

「…海夷?」

振り向く羚に視線を合わせず、じっと目の前の扉をにらんだ。

階段に向かい合う大きな扉を前に、動かないのか動けないのか、海夷は目を離そうとはしない。

「羚、悪いけど…こっから別行動だ。ここに大佐がいる」

「…わかった。負ける事は許さないぞ」

静かに響いた声で糸が切れたのか

「それはこっちのセリフだ。羚が負けたら、俺、地獄まで呪ってやる」

羚と顔を合わせてベェっと舌を出した。

「「約束だ」」

銃と銃を重ねる。

<カシャン>と、小さな音が長くこだました。



この戦いは信頼の上に成り立っている。

今、笑っていられるのは羚に出会い、リリィに出会い、ルシファーに出会ったからだ。

重い扉の向こうにいる人も同じくらい大事な事を教えてくれたのだと思い出す。

戦いは守る為にあると教えてくれた、今でも誰よりも尊敬している。

海夷の師にあたる、剋嶺大佐だ。

まさか黒牙の名をもらっていたとはと、海夷の視線が下がる。

一言、伝えたいことがあったはずだ。

そっと押す扉はすんなりと、しかし、ずっしりとした重みを感じさせながら開いた。

もちろん、先にいるのは、

「よく、分かったな。私がここにいると」

「……大佐」

間違えることのないその殺気は、感じ慣れたものだ。

懐かしく、しかし、今は戦うべき相手だ。

「もう、お前がそう俺を呼ぶ理由はない」

にらんだ眼は、あの頃のような優しさを含んでいない。

怒りが伝わる。

「できるなら…戦いたくないんだけど」

「俺はお前を、国に対する反乱者として斬る」

変わりない真っ直ぐな構え。

さぁ、覚悟を決めろ、迷っている場合じゃない

海夷は『仲間を守る戦い』をすると前を向く。

取り出した二丁の銃にはしっかりと弾が込められている。

2つの銃をみて、剋嶺の顔が一瞬曇った。

銃で戦うことを選んだ海夷をに戸惑いを覚えたようにも見えた。

「国を捨てたことを悔やめ」

基本どおりの構えと攻撃、そして、最大の特徴は崩れない基礎の護りは剋嶺の性格ににあった戦闘方法だ。

護る故の攻撃型。

海夷が構えた銃の先で力強く握られた刀は綺麗に研がれていた。

「いきます。大佐」

遠距離は見切られる。

ならば、ギリギリまで近づいて、確実に狙うしかない。

海夷の足は勢いよく床を蹴り跳ぶように前へ進み出た。

左の銃で刀を止めて、右の銃で大佐の肩を狙った。

引き金を引く瞬間に左の銃は力に負けた。

「うわぁ」

振り落とされた海夷の弾は斜めに逸れて花瓶にあたった。

白い花は床に散り水が広がり、それが妙にきれいに輝いて見えた。

その隙を付き、すぐそこに刀が迫っていた。

海夷はとっさに体をひねって、突き刺さる刀を避けた。

「変わらないな。お前の悪い癖だ。すぐ、別のものに気が散る」

剋嶺は刀を抜きながら話していた。

「大佐こそ。相変わらずの刀さばきですよ」

海夷は極力、笑うようにしてみたが、あせる気持ちは隠しきれなかった。

「何も変わらなかったさ。ただ一つ、お前が俺を裏切ったこと以外はな!」

確かに変わったかもしれない。

しかし、『信念』だけは変わっていないと誓える。

「今なら真っ直ぐ立ち向かえます。大佐にも、国にも、自分自身にも」

胸を張って堂々と構える。

奥歯を噛みしめる剋嶺と違い、海夷の心はスッと楽になった。

そうだ、背負ってきた罪の意識は伝えられなかった後悔だ。

この戦いが終わった時、どちらの結末を迎えようと、その意識からは解放されるんだと、

「何を呆けている!」

剋嶺はずっと海夷の前に立っている。

その姿は過去の姿と何の変わりもない。

何も、変わっていないのだ。

「…なんだ。」

思わず笑みがこぼれる。

「大佐、続きを始めましょう。あの時の稽古の」

驚いた剋嶺の顔に戸惑いと光が、しかし、光は瞬く間に隠れていく。

「何を馬鹿な事を…。これは稽古じゃない。」

睨み付ける大佐の表情[カオ]も今では怖くなかった。

離れてわかった剋嶺が護りたかった者たち、戦いの信念も今ならわかる気がした。

これが望まない戦いだということも、剋嶺の意思に迷いがあることもだ。

「大佐、迷いを残して俺を斬れますか?」

挑発的に問いかければピタリと空気が固まる。

「…迷い…など…」

その迷いが…きっと、黒牙への強さであり海夷への弱さだ。

「俺は、自分の行動を信じています。迷いもしたけど、今は真っ直ぐ自分に…大佐にも…向かい合えます。」

それは、海夷が手にした強さだ。

「海夷…」

遮っていた壁が崩れて行く。

「やっと、呼んでくれましたね。剋嶺大佐」

「お前を…国に連れ戻したかった…」

寂しい笑顔が海夷を見つめていた。

「決めましょう。大佐が勝ったら俺は国に戻ります」

海夷が大きく手を開いて深呼吸をする。

「そのかわり、俺が勝ったら国を落とします」

ガチャリと構えた銃の先の剋嶺は驚きを笑いに変えた。

「ハハハハ。いいだろう。『サタン』での成果をみせてみろ」

何かが吹っ切れたように、重い空気はパッと消え、あの頃と同じ空気が流れるようだった。

「言っときますけど、刀よりこっちの方が上手いんですよ」

「油断すると後悔するぞ。銃対策の訓練があることくらい覚えているだろう?」

刀を構える剋嶺の強さを海夷は知っている。

さぁ、ここからが本番だ。

しかし、負けられない。

今は背負っているものが違う。

『仲間』のために





「行きます!」「行くぞ!」

重なる声と共に攻防が始まる。

銃で刀を防ぎながら機会を伺う。

何発も何回もかすり傷を負わせ負い。

お互いに傷は増えていく。

だけど、致命傷になるようなものは一つもない。

決定打が一つでもあれば終わるのにだ。

「なかなか、良い動きをするようになったじゃないか」

「どうも。」

刀を防ぎながらじゃ返事もろくにできない。

一度おもいっきり弾いて間をとった。

息があがってる。

国を出てからこんな状況はいくらでもあったが、こんな楽しい戦いはなかった。

「次で決めようじゃないか。海夷」

真っ直ぐ構えられた刀の先の眼は今の俺をしっかり捉えている。

「はい。今日こそ、俺が勝ちますよ」

よく考えてみれば、海夷の記憶に剋嶺から勝ちをもぎ取った記憶がない。

今更ながら、バカな約束をしたなどと、妙な余裕があった。

こうなったら先手必勝だ、と剋嶺の目を見て懐に飛び込んだ。

姿勢を低く保って前に走り右の銃で刀を防ぐ。

当然力負けをしてしまうけど、狙いは次だ。

弾かれた右腕を床につきそのまま体を支え、剋嶺の刀を左で防ぐ。

「!?」

剋嶺が驚いている間に、海夷は剋嶺に蹴りをいれた。

<ガシャァァァン>

音を立ててバランスを崩した大佐の足元には

「…水?」

あの花瓶だ。

絨毯の無い床は滑りやすくなるはずだ。

一気に決めるつもりで二発の銃弾が剋嶺を狙う。

ギリギリの体勢で刀で弾く剋嶺はすぐにその足元に気付く。

だが、気付いた時にはもう遅かった。

「………」

額に向けられた銃がカチリと音を立てた。

羚に何度教えられたか分からない間の詰め方だ。

「…俺の勝ちです。剋嶺大佐」

ニコリと笑えば剋嶺の刀はゆっくり下ろされた。

「…強くなったな。海夷。」

眼は真っ直ぐ海夷に向かう。

「お前が自分で選んだのならと、何度も言い聞かせた…だが…どうしても、納得がいかなかったんだ。何も告げずに…離れたことが…」

強く握られた手が後悔を物語る。

不思議と、気持ちがわかる気がした。

近くに仲間に相談もせず実行にうつす奴がいるからかもしれない。

「すみません。ただ、どうしても…あの時じゃないといけなかったんです。決心が…揺らぎそうで…」

今伝えたいのは謝罪なんかじゃないはずだ。

海夷は自分の道が間違いだなんて思わない。

「お前の師でありたかった」

ずっと憧れていた。

その人を裏切るのは辛い。

しかし、海夷の想いはかわらない。

「今でも…俺の師匠は大佐ですよ」

裏切ったつもりはなかった。

海夷の『信念』は常に後悔から教えてもらったことだ。

赤くハチマキがその証拠だった。

「今でも、これからも、俺の師でいてください」

自然に笑みがこぼれる。

「…そうか」

伏せた顔に涙が見えたのは、なかったことにしようと目を反らした。



「これから、どうする?蛇蔵もただでは落ちまい」

刀をしまった剋嶺が扉を開けた。

「羚を追います。アイツなら、必ずやり遂げますから」

羚が負けるなんてあり得ないことだ。

「そうか。なら、これをもっていけ。何か役にたつかもしれん」

渡されたのは一つの古びた鍵だった。

「これは?」

「いずれ、わかるさ。私は場内の乱闘を静めよう。怪我人は少ない方がいい」

二人同時に部屋をでて、海夷は上を剋嶺は下を向く。

「あ、大佐、忘れてた」

大きな声で呼び止められ、不思議そうな顔をする剋嶺に

「黒牙襲名。おめでとうございます」

海夷は敬礼をして階段をかけあがった。

足が軽かった。

全てが終わったらまた、会いにいくつもりだ。

そして、伝えるんだ。

国を飛び出した理由を全て何一つ隠さずに。




「すぐに追い付くからな。羚」


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