第9話 正義

広い廊下を走りながら羚、海夷、リリィ、ディアンの四人は上に繋がる階段を探す。

ベレトの地図によると客間の隣が一番近い階段だ。

やはりここも兵は少なく、楽に抜けることができそうだった。

高価な絵が飾ってある部屋の奥に『白流』がいたこと以外は…

白流 瑛厘はある程度予測はしていた。

今まで姿すら捕えられなかった羚がおとなしく要求をのんだことに四天王全員が疑問に思った。

蛇蔵が場内に行かずに塔から処刑を見ていたのは彼らの意見を聞き入れたからだった。

羚たちが一対一を狙ったと同様に、彼らもまた一対一を望んだ。

それほどに個々の能力には絶対の自信を持っていた。

羚たちが階段の一つ手前の部屋を過ぎようとした時だった。

研ぎ澄まされた感覚が音をとらえ、ドアを吹き飛ばすように白流が斬りかかる。

丁寧に研がれた細い刀の切れ味は見事なものだ。

木製の扉はきれいに二つに割れていた。

真横から現れた刀にいち早く気付いた羚は腕を目いっぱい広げて皆を止めた。

幸い察知が早く刀の餌食になることは避けられたが、廊下には砂埃が舞う。

姿が見えない敵に銃を構えると砂をかき消すように白い刀が突き立てられた。

<キィィン>と高い音を立てて刀と銃がぶつかる。

少し押された羚に海夷、リリィが続き、ディアンは羚を支えた。

「失敗したか…」

冷静に二人の反撃をかわしながら距離をとった白流の姿は、青白い衣を纏い、深い緑の髪に赤い髪留め、白銀の美しい刀は白流の名と共に受け継がれてきた刀、宙を切るその速さは軽く強い剣だと証明しているようだ。

「白流は私に任せてね」

前に出たのはリリィだ。

女性同士ということもあるが、リリィは自ら白流を相手にしたいと言ってきた。

どんな因縁があるのか羚は知らない。

「気をつけろ」

隣を駆け抜ける羚

「任せたよ。リリィ」

後ろ向きに手を振る海夷

「信じます。必ず勝ちなさい」

最後に肩に触れて行ったディアン

リリィは大きく息を吸い

「心配しないで。絶対勝てるもん」

自信に満ちた眼で銃を構えた。

白流が三人を追うことはない。

まるで始めから相手にしていないようだ。

「久しぶりだね。瑛厘」

リリィの漆黒の目に映る感情は何を意味するのか





小さくなる背中を見送って、リリィは白流と向かい合う。

もう、人を頼りにするだけの子供じゃない。

一人でも地を踏んで戦える。

リリィの脳裏にあの日から続く記憶の束縛に終止符を打つという決意が彼女を強くする。

両手の銃がずっしりと重く感じられた。

これが大切な一線であることが分かっているからだ。

白流の実力はよく知っていた。

女の身でありながら四強の名を授けられた、風の如く素早い太刀、決して外さぬ精密機械のような正確さを武器とする人だ。

その強さを知っているからこそ、超えたいと思っていた存在だ。

心音が大きく聞こえる。

落ちてきた埃さえも音を持っているみたいだった。

頬を伝う汗が意志を持った生きものみたいに感じる。

薄暗い廊下で見らみあっているというのに、緊張感と共にリリィの気分は高まるばかりだ。

『戦うことが 嬉しい』

そんな感情が芽生えていた。

「なめられたものね。あなたたちは自らの能力を過大評価しすぎよ」

白流がようやく口を開いた。

そうかもしれないと、心の底で思ったことに少し後悔した。

彼女は誇りを持って戦っているはずなのだ。

「なめてなんかいないよ。あなたの強さを知っているから、一対一で戦いたい」

忘れることのできない銀色の筋が思い出される。

リリィは真っ直ぐライフルを向け直す。

「・・・・・・そう。でも、それは自殺行為にすぎないわ」

白い刃が空中で円を描く。

「そうかもしれない。でも、後悔しなくてすむもの」

「何のために戦うの?」

構えられた刀に集中してリリィは冷静を保つ。


「私の正義の為に」



<ダダだダダダダダダダダ>

小型のライフルから弾が飛ぶ。

正確さに欠ける自らの短所を知ったリリィは数を選んだ。

それは正確さを重視した白流の戦い方とは真っ向から食い違うやり方だ。

ここまで上り詰めた実力は確かなもので、経験と音を使いぎりぎりでかわしていく。

「弾の無駄遣いね。そんな乱暴な攻撃が、私に当たると思ったの?」

言葉に動揺しながらもリリィは攻撃を緩めない。

「あなたの言う『正義』は、本当に『正義』なのかしら?」

ふっとスピードをあげた白流にリリィはついていけなかった。

間一髪で避けたものの、カバーに入った右腕を少し斬られた。

血が流れて肌を伝い床に落ちる。

久しぶりに怪我をした気がすると、思ったよりリリィは冷静だった。

「『正義』って一つだけ?あなたは何の『正義』の為に戦うの?」

『正解』なんて在りはしない。少なくとも白流が言うような『正義』の為に戦わない。

リリィは真っすぐ白流を見つめている。

「法に従い、秩序を守る。これが私の『正義』。それ以外に私の求める『正義』などない」

再び激しい斬撃がくり出される。

白流得意の乱れ撃ち、両手の銃で必死に防ぐけれど数百と休まずくり出す攻撃を全て防ぐことはできなかった。

あちこちに切り傷がつく。

赤い血が白流の白い衣と刃につく。

それが思った以上に綺麗な赤だった。

「どんな性能の武器を持とうと、当たらなければ意味はないのよ」

おそらくリリィのライフルの事を言っているのだろう。

確かに未だ一発も当たってはいない。

しかし、リリィは諦めてはいなかった。

なぜなら、彼女が狙っていたのははじめから最後の瞬間だけだ。

精密機械のように法に従う白流にも人間性は消しきれない。

最後の一振りは必ず間を開ける。

それを知っていたからこそ、眼の光は消えない。

白流がわずかに引いたところを見逃さなかった。

もう動けないと思っていたリリィの手は素早く銃を持ち直し、<ガガガガガ>と少し壊れた音を立てて発砲した。

「…っく」

音は白流の感覚を鈍らせた。

斬撃を防ぐために擦れた銃口は攻撃の重さで形を歪めていたのだ。

不意をついた弾は見事に当たっていた。

「…まだ、動けたの?」

「動けるよ。私は強くなったもの。」

血が流れる体を無視して銃を構える。

「あなたが法の『正義』の為に戦うなら、私はサタンの『正義』の為に戦うわ」

レビアの為に、羚の為にそして、ルシファーの為に

「どうして?法を破ってまで守るものなど在りはしない。」

それもきっと正しいことなんだとリリィは思う。

『正義』なんて人によって違うだけだ。

たまたま、白流の『正義』が法で、リリィの『正義』がサタンだっただけ、ただそれだけだ。

白流が何を思うのかは分からないが、彼女は唇をかみしめていた。

何か苦しそうに

「終りにしましょう。全て」

真っすぐに向けられた刀も恐怖にはならなかった。

不思議と不安はなかった。

いくらライフルが遠距離型だと言っても相手は白流だ。

リリィは当たらないことも覚悟して自分の武器を握り締めた。

<コツン>

石の落ちる音を合図に終演を迎える。

何十と連続する銃弾と怯むことなく迫る剣が眼の前に迫った刀が振り下ろされ、リリィは眼を閉じた。


音も光も感覚もない。

全てが終わったのだと

おちて行く



一番初めの記憶は深い黒だ。

どこか分からない地下室に彼女はいた。

たくさんの呻きと悲鳴に囲まれてじっと怯えて蹲っていた。

突然激しく暴れだした周りに驚くも恐怖で足は動かなかった。

一つ一つ消えて行く声に耳を塞いだ。

逃げまどう人に連れられて外に出るが、そこに光はなかった。

太陽に焼かれた大地は蒸気を上げ、所々に赤い霧がたつ。

その地獄絵が彼女の最初の記憶だった。

当時、その街では酷い人買い商が行われていたことを知ったのはずっと後の事だ。

その事実を街ごと消してしまおうという国の計画に参加していたうちの一人が瑛厘だった。

赤い血を纏う瑛厘が彼女を追い詰めた時、恐怖で呼吸も苦しかった。

一緒に逃げてくれた人たちがすぐソバで倒れて行くことに成す術もなく、彼女はひたすら泣いた。

惨めで、弱い自分はこのまま死んで行くのだろうか。

生きる意味も、愛することも知らずに、死の覚悟をして、眼を上げて初めて気付いた。

彼女の前で戦っている人がいる。

真っ赤な血を流して、懸命に、何かを護るようにして立っていた。



銀色の髪は赤く染まり、開かない左目は血でベタベタになっている。

彼女が見た、初めての光だった。

「くそっ。引きあげろ!こいつとは殺り合うな」

実力の差を見切って仁の軍は引きあげた。

息の荒い銀色の剣士は彼女に向かい優しく声をかける。

「大丈夫ですか?ここは危ないですから、隣の街にでも行きなさい」

彼女の目からは大粒の涙があふれた。

「すみません。恐い思いをさせてしまいましたね」

血を拭いながら彼女を気遣う表情は先の姿とはかけ離れていた。

「傷、痛い?」

小さな彼女の手が左目に触れる。

「いえ。古傷が開いただけです」

笑う剣士に彼女もようやく落ち着きを取り戻す。

「…知り合いは?」

「行くところなんてないの。私を知ってる人なんて…いないもん」

彼女は記憶がかけていた。

この街に来る前の記憶の一切をどこかに落としてきたらしい。

銀色の剣士は困った顔をした。

そして

「私も行くところなんてない。良ければ、人探しの手伝いをしてくれませんか?一人よりも、二人の方がずっと楽しいでしょう?」

血を拭い微笑む。

彼女の胸は高鳴り喜んだ。

涙が止まらなかった。

冷たい涙じゃなく暖かい涙だ。

それから彼女はずっとルシファーについて回った。

生きる術 国の歴史そして、銃の使い方、全部教えてもらったことだ。

この戦いは羚の戦い。

でも、それはルシファーにとっても大切な戦いだ。

自分が足を引っ張るなんて許されない。

それはリリィの強い想いだった。



ぼんやりと感覚が戻ってくる。

体中が痛いのだと叫んでいる。

確かに殺されると覚悟をしたはずなのにとリリィは起き上がると瓦礫の上に白流が座っていた。

「勘違いしないで。うまく止めを刺せなかったの」

そっぽをむく白流に疑問を浮かべながら、リリィは壊れたライフルを手にとった

弾は切れている。

「…私もバカじゃない。この国がやってきたことくらい気付いている。…でもね、今更、自分の信じたものを…『正義』を変えることなんて、できなかった」

リリィがゆっくり立ち上がると、白流は寂しげに笑う。

「…この勝負、あなたの勝ちね。私には、もう戦う意味がないもの」

「……」

リリィは何も言えずに立ち尽くす。

「私は、人を護りたかったのに…法を破ることを恐れて、いつしか法にとらわれて自分を見失っていた」

「……知ってる。法は人を護るためにあるんだよね?」

「…人の為にあるのならね」

上を向いた白流がゆっくりと話しだす。

「私はこの国の法を変えて行く。リリィ、あなたのような子を護るために戦うよ」

「…覚えていたの?」

白流は優しく微笑むと刀をしまってリリィと向きあう。

「私は私の仕事をする。あなたを、待っている人がいるんでしょ?」

「……うん」

これから、彼女は彼女の本当の『正義』の為に戦うだろう。

最後に見た一筋の涙がその証だと信じている。

リリィはふらふらの体で上を目指した。

無理をした体は悲鳴をあげる。

動いたせいで開いた傷のせいで、息が苦しかった。

目の前が霞み、階段の途中で足は止まる。

それ以上進めなかった。

「…みんな…」

痛くても苦しくても今なら胸を張って会えるのに

「………」

暗くなった視界の中で、彼女はみんなの無事を祈る。

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