第7話 対峙


カチカチ価値と時計の音だけ響く。

指導者を失った『サタン』は沈黙の中にあった。

その一角でリリィが海夷の首の手当てをしている。

「海夷、他に傷はない?」

心配をするリリィにも海夷は答えず、虚ろな眼をしていた。

「羚の事なら…気にしちゃダメだよ。羚が、自分で決めたことなんだから」

中には海夷を責める者もいたが、あんなにもあっさりと条件を受け入れられては責任を負わすことはできなかった。

なにより、彼が一番後悔している。

「何か、策でもあるんですかね?」

グリフがポツリとつぶやいた。

「俺達は何も聞いていない」

「まさか…二人だけで国を落とすきか?」

「いくらディアンさんと羚様でも、二人では無理だ」

苛立った声で次々と会話がつながる。

「だいたい、俺達を集めたのはどうしてだ?」

「あぁ、私も気になっていた」

「羚様は無駄な行動を嫌われるのに」

確かに羚の行動は疑問だらけだ。

わざわざ海夷を含めたメンバーの中で戦闘宣言をしたり、未だに多くの仲間をこの本部に残していたこともおかしい。

皆が各々に気になることを挙げていく中、海夷がリリィに問いかけた。

「なぁ、リリィ。どうしてみんな『羚様』って呼ぶんだ?」

空気がピタリと止まる。

そう、海夷だけ羚の秘密を知らなかった。

「話して…いいのかな?」

羚からは口止めをされていた。

だが、この状況で誰が隠そうとするだろうか。

「海夷、きっと信じられないと思う」

リリィは皆の前で、ありのまま全てを話した。

仁国の政策、レビア崩壊、そして、王家クレイバーのこと



「え?……羚が…クレイバー?……じゃぁ、死んだはずのレイ・クレイバーってこと?」

海夷は詰め寄るように尋ねる。

誰もがその様子に疑問を抱いた。

「羚さんが王家だったら…何かあったのか?」

「大ありだよ。俺は王家に少しでも近い人を探して国を出たんだ。まさかすぐ近くに本人がいたなんて」

グリフの問いに海夷は興奮気味に返す。

「見つけ出してどうするつもりだ?まさか、殺そうなんて言わないよな?」

「違う!!そんなんじゃない!!」

不審に思い肩をつかんが腕を引き離して海夷は叫んだ。

奥歯を噛みしめて悔しそうな表情に誰もが言葉を失う。

「ねぇ。教えて。海夷は何がしたかったの?」

リリィの目は確かに海夷を信じていた。

今までそんな大切なことを黙っていたのだと思うと信用されていなかったのではないかと不安だった。

「当事者じゃない俺が言うのもなんだけどさ…レビア戦で仁が使った手段はあまりにも卑劣だった。それを…ちゃんと伝えたくて」

泣きだし問うなか細い声にうつむく者もいた。

思い出される先の戦争は不可解でレビアの当事者は少なく情報も乏しかった。

海夷が取り出したのは古い文献だ。

「軍の秘密書庫から持ってきた。レバン王の最期を記録した文献」

その言葉に皆身を乗り出して注目した。

「海夷、どうしてそれをルシファーに言わなかったの?」

ルシファーことディアン・スネーカーはレビア軍二騎隊の隊長として有名だ。

それこそ王家に限りなく近い存在と言ってもいい。

「言うべきか迷ったよ。でも…クレイバーは滅びたって聞いたから」

王家を諦めたからこそ『サタン』としてレビアに貢献しようと思っていたのだ。

「しかし、よくそんな物持ち出せたな」

グリフは感心していた。

秘密書庫から物を持ちだすことが犯罪であることは明かだ。

「覚悟は出来てた。もう…国に戻らないって」

俯いた瞳は酷く悲しそうだった。

「国を…捨てたのか…」

コクリと頷くと海夷は続けて言う。

「始めは誇りだった。強い国の為になることが夢だった。でも…でも…あの政府は国民の事なんて考えちゃいなかった。書庫にあったのはどれも無責任な不正や歴史の偽造ばかり…そんな国を守ろうなんて、俺にはできない。レビアへの残虐な行為も本当に悪いと思っている。だから……俺は…」

皆、何も言えなかった。

もし、これが海夷の芝居ならば、たいした役者である。

震えた声は『サタン』の皆に届いたことだろう。

海夷はその場で立ち尽くした。

リリィもグリフも下を向き、何かできないのかと悩んだ。

しかし、結論は出ない。

ルシファーも羚もいないなか、何ができるのだろう。




その頃、大広間に向かう一つの足音があった。

<カツン、カツン>とわざとらしく音をたてて、足音は扉の前まで来ると、勢いよく開けた。

いきなりの登場にほとんどの者が戦闘体勢をとった。

だが、姿を確認するとたちまち安心したのだ。

「よぉ、しけた面並べてんな」

特徴のある嫌みな笑い。

「斬頼さん、あなたでしたか」

誰もがほっとした事を確認すると斬頼は煙草に火をつけた。

そして広間中を見渡し、皆の視線が向けられたままだと気付く。

「あ?どうした?油を売ってる時間はないはずだろ?もう奴らは動き始めたじゃねぇか」

一気に視線が外された。

そして一人が怒りを交えて語った。

「何をしろとおっしゃるのですか?羚様どころか、ルシファーさんさえいないのですよ?策も無しに動いたとしても、仁国にかなうはずがありません」

その通りだと頷く者、ただ俯くだけの者、少なくとも反対する者はいなかった。

そんな情けない『サタン』をみて斬頼は驚いた。

その対象はこの広間にいる者ではない。

何も話さずに動き出した羚に対してもだ。

「あの阿呆が…マジで伝えずにでていったのか…」

斬頼の呟きで微かな光が広間内に生まれた。

リリィは立ち上がり訪ねる。

「斬頼さん、何か知っているの?羚やルシファーが捕まったのには何か理由があるの?」

うっすらと涙が浮かんでいた。

斬頼は煙を吐きながらリリィを、海夷を、皆をみわたす。

「アイツからは何も頼まれちゃいないんだがな……話してやってもいい。だが…」

天井を眺め、すぅと息を吸う。

煙草の先の火がいっそう赤く光る。

「聞いたら最後、戻ることは許されない」

向けられた眼光はかつて『狂乱』の代名詞ともなった殺人者のもの。

鋭く冷たい視線が先の暗い運命を暗示しているかのようだった。

皆息を飲んだ。

生きて帰れる可能性は死ぬ可能性より低いかもしれない。

「それでも…俺は行かなきゃならない。羚は俺のこと…仲間として見てくれた。だから行かなきゃならないんだ」

海夷だった。

仁国を攻めることで、最も辛い思いをするであろう海夷が誰よりも先に立ち上がったのだ。

海夷の眼は真っ直ぐ斬頼に向けられていた。

「迷いはないな」

煙草の煙がゆっくりのぼる。

その早さが妙に遅く感じられた。

「国を出る時に覚悟は決めたはずだった。一度はためらいを感じた。でも、俺たちが動かないで誰が羚やルシファーを助けるんだ?」

光ある瞳だった。

誰もが勇気づけられた。

もう海夷を責める者はいない。

「流石、羚が認めた相棒だな」

グリフの手がポンと海夷の肩を叩いた。

やわらかい空気が今までの暗いムードを消した。

「新入りに負けてられねぇ!俺たちで助けるんだ!」

次々に立ち上がる仲間たちを見て斬頼は笑っていた。

白い煙の後に斬頼が口を開く。

「助けに行くんじゃねぇ。戦いに行くんだ。言ったろ?奴らは動き出したんだ。お前たちは今まさに試されてんだよ」

煙草がゆっくり落ちた。

静まり返る広間に小さな音が響く。

赤い火が燃えている。

ぐしゃりと踏みつければたちまち火は消され、青白いスジが立ち上る。

皆の意識が集まる中で斬頼は歯を見せて告げる。

「死者の復活をその目で見てこい」



仁国の中心に立てられた城が軍と政治の中心である。

捕えられた羚とルシファーは手枷を付けられて国王蛇蔵のいる部屋に連れてこられた。

中央に蛇蔵、周りに数名の役人、警備の者。その中には炎神の姿もある。

背中を蹴られ羚が蛇蔵の前に突き出される。

蹴りつけた相手を射抜くかの様な睨みは誇りと言うべきか威厳と言うべきか、いずれにせよ相手を怯ませるには十分な力があった。

「そのような眼をしていられるのも今のうち。直に許しを請いたくなるだろう」

いかにも偉そうな格好をした男が一人、この男が仁国の王、蛇蔵王である。

「貴様に許せるだけの力があるのか?それは驚いた」

嘲るように笑って見せる。

蛇蔵は眉間にしわを寄せながらも平静を保ち続けた。

「お前は自らの立場も分からぬ愚か者だな」

羚を見下ろす形で愚弄する。

しかし羚は

「はっ。立場の分からぬ愚か者は貴様だろう?貴様に俺の罪を許す権利など無いのだからな」

大きな声で放った言葉は蛇蔵を怒りへ導いた。

おそらく、羚の言葉は国王の威厳に傷をつけたのだろう。

蛇蔵は立ち上がり羚の前に歩みよる。

「……!!!?」

睨み続けていた羚の顔が歪む。

一発、ただ一発の怒りの拳が羚の腹に入った。

蛇蔵の拳には幾つかの指輪がついており、突きの威力が効いたというよりはそれらが突き刺さった事の痛みが酷かった。

蹲る羚を間髪空けず蹴りあげた。

それも一発や二発ではない。

「囚われの身で偉そうな事を!いいか?レビアは既に滅びたのだ!今やクレイバーの力は無に等しい。それを生かしてやったのだ。ありがたく思え!二度と我々に牙を向けるな!」

そう言いきるまで羚を蹴り続けた。

この間、ルシファーは唇を噛み締めて耐えた。

(邪魔をしてはいけない。ここで止めに入れば羚様の誇りを汚す事になる)

ルシファーの口からは一筋の鮮血が流れている。

散々蹴られた羚はまだ、睨む事を止めなかった。

蛇蔵は羚の髪を掴み目の前に持ち言い放つ。

「その眼…忌々しいレバンと同じだな。お前も父と同じ運命をたどるか?いや、父以上の苦しみの元で死を迎えるがいい」

そう吐き捨て、羚を床へと叩きつけた。

鈍い音が響く。

「父と、同じ?……クククッ……ハハハッ」

誰もが不信に思った。

頭を打っておかしくなったのではないかと、炎神でさえもこの笑いが不気味で仕方がなかった。

ただ、ルシファーだけは悲しい表情だった。

「貴様の目は節穴か?俺の眼が父と同じ?馬鹿をいうな。父は純粋なクレイバーそのものの瞳だっただろう。だが、俺は違う。悪魔に身を委ね殺人者として生きた獣の瞳。何故同じ物と言えよう?」

その声は蛇蔵を、兵を怖じ気付かせた。

羚は珍しく感情的になっている。

「これ以上父を侮辱してみろ。その喉噛みきってくれる」

たとえ戦争に負けたとしても、父レバンは羚の誇り、鋭い眼光に怯えた蛇蔵は一歩後ろへ下がった。

「ろ、牢へ連れていけ!3日後処刑をする。公開処刑だ。全国民に無様な姿をさらしてくれる!」

大声で怒鳴り散らし、腕を振って命令した。

「はっ!腕の良い殺し屋でも連れて来るんだな!俺はお前には殺せねぇよ」

そう吐ききると羚はすんなりと牢へ向かうのだった。

残された蛇蔵は椅子に腰をおろすと

「全く…不気味な一族だ…」

と、呟いたそうだ。



<ドサッ>

と、乱暴に押し込められた暗い牢、ルシファーは両手を後ろで繋がれただけだったが、羚は両足におもりの付いた足枷がつけられた。

「…っ………何で俺だけ足枷までついてんだ?」

じゃらじゃらとそれを不機嫌な顔で羚が睨む。

隣の牢に入れられたルシファーは呆れていた。

「あれだけ暴言を吐けば、どんな愚か者でも警戒しますよ」

牢の間には鉄の棒が並んでいるだけなので、隣の様子は薄暗いが良く見える。

羚は時折顔をしかめながら足枷の鎖をジャラジャラと揺すっていた。

「全く…あなたは無茶をし過ぎですよ」

うっすら血が滲んでいるのは左腕だ。

蹴られた時に傷口が開いてしまったのだろう。

「これくらい…どうってことないだろ?」

いつもの擦り傷だと笑う羚にディアンは、

「あなたを守る立場にある私の身にもなってください。あなたに何かあったらどうするのですか?」

その表情は心からの忠誠を誓った者にしかできないものだった。

「…気にするな。俺が選んでやった事だ」

ばつが悪くなり羚はディアンから視線を反らす。

「あなたはいつもそうだ…私たちに何の相談もなしに危険な道を進もうとする。もっと信用してください」

うっすらと光るものがある。

羚は少しうつむき、

「…すまない」

と答えた。

その様子にディアンはハッと我に返る。

「も、申し訳ありません。謝らせようなどとは考えておりません。つい…感情的になってしまいました」

いくら『サタン』ではトップに立っていようと彼の忠誠に変わりはなく、自分が守るべき人に謝らせる事はその志に反する事だったようだ。

慌てて訂正をするディアンをみて、

「相変わらず…気にしすぎだ」

と思わず笑ってしまう。

互いの目が合うと、二人には珍しい純粋な笑が響いた。

「なぜでしょう?笑っていられる状況ではないですよ?」

ディアンはニコリと羚に聞いてみる。

「そんなことはどうでも良いだろう?…久しぶりだな。こんなに笑ったのは」

羚とディアンの会話を他の死刑囚が聞いていた。

絶望に追い詰められているはずの牢獄でなぜ他愛もない会話ができるのだろうかと、それも3日後に死刑執行を控えてだ。

「覚えていますか?羚様。私と初めて出会った日を」

「あぁ。もちろんだ。俺が4つの時だろ?」

二人とも周りの視線など気にはしなかった。

「えぇ…偶然書物を取りに行った書庫で」

不思議空気が漂う中、二人は過去に浸った。


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