第5話 決意

レビア王国は長い歴史の中で頻繁に戦いをしていた。豊かな土地を狙う敵は多かった。

戦いで敗けたのはたった一度。最後の仁国のみであった。

戦力はレビアのほうが若干上回っていた。

策をたてることにしても、優秀な役人がいた。

だから、国民は誰も、レビアが『王家の死』という残酷な結末を迎えるとは考えなかった。

仁国の兵がレビアを上回ったのか?

それとも、策を読まれたのか?

羚は納得がいかなかった。

父レバンは王であり、自ら戦場に赴き、指揮をとっていた。もちろん実力も十分あった。

羚にとって尊敬すべき偉大な父であった。

その父が、たった数ヵ月の戦いで仁国に降伏し、殺された。

決して意志を曲げる事などしない父が…降伏を宣言するはずがない。

羚と羚の母だけでなく、レビアの国民はみな信じなかった。

しかし、王は国民の前に姿を現さなかった。

仁国の王、蛇蔵(ダグラ)はレビアの紋章を国民の目の前で燃やした。

その紋章は、王が身につけていたものだった。


国民は絶望し、嘆いた。

その場で自害をするものもいた。

それほどレビア国民の忠誠心は強かった。

ある者は死に、ある者は暴動を起こした。また、ある者は国を出て異国の地へ旅立った。

今、この地に残るレビア人は少ない。

その少ないレビア人のほとんどが指名手配を出される犯罪者。いや、殺し屋だ

そして、ディアンが羚に再会したように、各地で小さなグループがいくつも作られた。

そのグループが集まって作られたのが現在の『サタン』である。

仁国に対する憎しみは他のグループに比べ遥かに大きい。

だが、『復讐』という形で戦争を起こすことは『リシャベルの意』に反する。

だから、これから起こす戦いに憎しみは必要ない。持っていてはいけない。

この戦いは『革命』、レビアを異民族とし差別をする国家へ、力任せに軍中心の国家を築こうとする政府への『革命宣言』だ。

そう羚は思いたい。

戦いに私情を挟んではならない。

この戦いはこれからのために起こす戦い。

レビアの仲間を…守るための戦い。

決して敗ける事を許されない戦い。

そうでなければならない…



本部に戻って数週間が経った。

羚はベレトがまとめた報告書を手に考え込む。

腕はまだ吊るしてあるが戦闘に問題はなくなっていた。

ランプの灯がゆらりとゆれる。

書類を机に置き、立ち上がった羚の眼には一つの決意だ。

大広間に『サタン』のメンバーを集めた。

名を広めた組織にしては少ない人数で、百人もいないだろう。

その中にはリリィも海夷もグリフもいる。

海夷は姿の見えない羚に不安を覚えていた。

ざわざわした空気もルシファーが壇上に立てば静まる。

「みんな、聞いてくれ。知っていると思うが、今、我々レビア人は異民族として差別を受けている。降伏を認めたにもかかわらずだ。

その演説は実に堂々としたものだった。

「二月後、仁国に攻撃を仕掛ける。」

海夷は耳を疑った。

「しかし、この戦いはレビア王国の復讐ではない。あくまでも、これから、この地に住まう者として、不正な政治を行う政府への革命宣言だ。間違えるな。」

ルシファーの言い分は十分理解できる。国民と政府が対立し始めている事も知っていた。けれど、自分が『サタン』に入りわずか数週間で母国を攻めるなど、海夷には考えられなかった。

「決意の無い者、復讐と切り離せない者は通常の任務に戻れ。参加する者は1週間後、ここにもう一度集まれ。以上だ」

ざわざわと大広間が揺れる。

「俺はいく。ボスについていくぜ」

「私は無理。どうしても復讐を考えてしまう。」

様々な意見が交わされながら、解散した。


「羚!どういう事だよ?俺がいるってわかって決めたのか?」

集会後、海夷が羚に抗議をしたのは当たり前の事だった。

「今更、決定は取り消さない。参加するかしないか貴様が決めろ。」

いつになく、冷たい言い方だった。

横で聞いていたリリィもおろおろしている。

「どうして今なんだよ?確かに、仁国の政治は汚いものが多い。だけど、まだ、様子を見ていてもいいだろ?」

羚のシャツをつかみ、激しく羚を批判した。

「時間が無い。次のチャンスがいつ来るかわからない。もたもたしている場合じゃないんだよ。」

皆、羚の意図がわからない。

少しでも人数の欲しい時に、なぜ、突き放すような言い方をするのか。

「参加したくないならしなければいい。」

海夷の手を離すと一言残して去っていった。

「誰が参加するか!」

海夷は大声で怒鳴り、自分の部屋に戻った。

「海夷…」

リリィは心配そうに、しかし、見守るしかできない。

ルシファーはと言うと、無表情でその会話を聞くと、何もなかったかのようにその場をあとにした。



「いくら何でもあの言い方はないでしょ?」

リリィがすぐに羚を訪ねたのは当然の行為だ。

「海夷だって急に言われたら動揺くらいするに決まってるでしょ?」

必死に説明するリリィをよそに、羚は書類を整理している。

「ねぇ…聞いてる?」

リリィが羚を覗き込もうとすると、資料を目の前につきだされた。

「何?これ…」

「海夷の成績だ」

その資料には、今まで海夷が行った任務の詳しい行動がまとめられていた。

リリィは資料に目を通す。

「……これ…ホント?本当に海夷のデータ?」

「あぁ」

もう一度よく読む。

「嘘…だって……この実績…私以下じゃない。うぅん。こんな成功率低い人いないよ。」

海夷の任務成功率はたった30%だった。

『サタン』内部で50%をきる者はいない。

「訳わかんない。どうしてAランク任務ができて翌週のCランク任務ができないの?」

海夷のデータは無茶苦茶だった。

「安定していない。おそらくまだ、仁国の者を敵にする事に抵抗があるんだろう…」

羚は他の書類をみている。

どれもこれも信じられるような内容ではない。

ただ、海夷ができない任務は決まって、相手が仁国の出身だった。

裏切りの意識を絶てないのか銃を向けることにもためらうようだ。

「だったらなおさら今戦うべきじゃ…ないよね?」

言葉につまったのは羚の吊るされた左腕を思い出したからだ。

治るかわからない大きな傷だった。

「どうして今なの?」

羚の手が止まる。

「条件が悪すぎるよ」

リリィの目には涙がたまっている。

「海夷に言った事…聞いていただろう?時間が無いんだ。」

再び手を動かす。

「時間?」

「仁国は軍人の国を造る気だ。そうなれば、レビアはおろか、国民全員が奴隷になる」

「そんな事わからないでしょ?」

「ベレトの調査がハッキリ示している。これ程信用できる情報はない」

ベレトは国内でも有数の密偵のプロ、間違いなどあり得ない。

「江河帝に紫炎を送りつけたのもその為だ。経済が中央を上回れば軍も動きづらくなる」

紫炎は江河帝を殺しに来たのだろう。

「もうすでに計画は進んでいる。早くしなければ手遅れになる」

羚の意見は『国民の為』と言っているのだろう。

しかし、リリィには言い訳にしか聞こえなかった。


「本当にそれだけ?」

「………」

羚は何も答えない。

「本当に国民の為だけ?違うでしょ?」

ひとすじの涙が落ちる。

「いつもそう。羚はどんな戦いでも、自分の為にはしない。そんなんだから…いつまでたっても気が晴れないんでしょ?」

「自分の為の戦いなんて無意味なんだよ」

羚はイライラしている。

リリィの声を無視して書類に向かう。

リリィは羚の態度が気にくわない。

<バシッ>

「!!!?何を…」

書類が床にばらまかれた。

「バカ羚!そうやって自分だけで思いつめて!」

リリィの握られた手は小さく震えていた。

「私達の為の戦いはできて、自分の為の戦いは一回もないじゃない。」

ポロポロと大粒の涙が絶え間なく流れていた。

「一回くらいさ……羚の為に戦わせてよ…」

羚は眼を大きくしたまま、呆然としていた。

すると

「そうですよ!リリィの言う通りです!羚様の為に戦わせてください」

盗み聞きをしていたのだろう。

メンバーの者が突然ドアを開けてきた。

それも、1人ではない。

数十人ものメンバーが扉の向こう側で待っていた。

「お前ら…いつから…」

羚の問いに1人が答える。

「はい。『時間が無い』からであります。羚様」

その様子はなんとも楽しそうで

「………」

羚を驚かせた。

「あれ?みんな羚の事知ってたっけ?今、羚様って…」

もちろんだが、リリィやグリフは他の者に羚がレビア王家だということを話していない。

「私達が気付かないとでも思われたのですか?」

「私達はレビアの兵士ですよ?」

「羚様に気付かない愚か者などいるはずがありません!」

何時になく元気の良い返事が飛び交う。

「うそ……知らなかった…みんな知ってたなんて…」

これにはさすがのリリィも予測はできず、目を丸くして驚いた。

「……っ…いくら俺の事を知ろうとこの戦いh」

さぁ!羚様の為に全力を尽くすぞ!」

羚の声など無視をして、皆は盛り上がった。

その表情に羚は止める事は無駄だと判断をしたのだった。

「今夜は宴だ!」

その光景は羚にとって心地の良いものだった。




―仁国軍部中央―

軍部中央の最上階。

暗い会議室。

中には二人の影。

<ギィィィィィ>

古い扉がひらく。

「遅い。何をしていた?」

一人は紫炎。

羚に深傷を負わせた炎神だ。

「お前の事だ。また、戦に水をさしに行ったのだろう?」

もう1人は女だった。

「ケッ…こんな所に暫くいなきゃなんねぇんだ。ちょっとは暴れさせろ。」

血の匂いをまとった男は椅子に腰をおろした。

「返り血を浴びたまま来るとはな」

呆れた紫炎は愚痴を溢した。

「うるせぇよ。文句があるなら出ていけ」

ぎろりと睨む眼は獣のようだった。

「紫炎、修水、やめろ。」

耐えかねた女は二人を止めた。

血をまとった男は修水という。青川・修水、紫炎と同じく仁国の四天王である。

「チッ…分かったよ。瑛厘に感謝するんだな」

修水は睨むのをやめた。

女は瑛厘。同じく仁国四天王の白流・瑛厘だ。

紫炎は腕を組んで座った。

「厳山のオヤジはどうしたぁ?」

修水が大声で怒鳴る。

「死んだよ。三月ほど前にね。」

瑛厘は静かに答えた。

「先週、新たに『黒牙』を授かった者がいる。」

紫炎は面倒くさそうに説明をした。

「はっ……ハハハハッざまぁねぇ。あのオヤジ死にやがったか。何が鉄拳だ。死んじまったら意味ねぇよ。ハハハハッ」

「死人の悪口などするな。」

腹を抱えて大笑いする修水は至極楽しそうだった。

「クククク…で?誰がオヤジを殺ったんだ?そこらの馬の骨には無理だろ?」

笑いを必死でこらえ、紫炎に問う。

紫炎が視線を外すと瑛厘が答えた。

「ルシファーだ」

ピタリと笑いが止まる。

「『サタンのボスを語る』銀髪の悪魔。」

「ほぉ…そりゃ面白い。」

ニヤリと笑う。その眼は好奇心の塊であった。

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