第2話 合流


街中に砂が舞う街、ガルデア、荒んだ街道に人影はない。

小さな路地を抜けたところに一件の診療所あり、ぼんやりと明かりがついている。

ドアを開け、おくにある地下に続く階段を下りるとまたドアがあった。

「斬頼、俺だ。羚だ」

ノックをして話せば数秒で戸が開いた。

出てきたのは頬の痩けた男、年齢は40前後といったところだろう。怪訝な顔をし、大きく息を吐く。

「…何を背負ってんだ?」

「…油断して腹に穴を開けた海夷だ」

彼らがここについたころにはすっかり日が沈んでいた。

タオルでの止血だけでは出血が止まり切らなかったようで、出血をしていた海夷はぐったりしている。

「テメェは面倒事しか持ってこねぇな」

「ちょっと、これでも意識はなんとかっ……」

自分の無事を伝えたいらしいが、斬頼は聞く耳を持っていないらしい。

自分で歩くと言い張る海夷を不機嫌な顔で受け取ると、喚く海夷の首を絞めながら、羚をそのままに治療室に運んで行った。

残された羚が着ていたワイシャツは紅く染まっていた。

治療室からは悲鳴のような声が聞こえる。

また、麻酔を使っていないのかと呆れながら、ここまで海夷を支えてきた疲れを取ろうと椅子に腰かけた。

銃を手にすると細かい傷が増えている。

真っ白に装飾された愛銃は所々鉄がむき出しになっていた。

少々無理な使い方をしてきたなとここ一年を思い返す。

国境で見てきたものは悪いことばかりではないが、決して良い状況とは言えない風景ばかりだった。

先ほどの連中のように、自分の命を狙う者も減る気配はない。

いつまでこの生活が続くのだろうかと、ゆっくりと目を閉じた。


患者用のベッドで眠る海夷の隣で煙草をふかす斬頼が治療室を出てきたころ、海夷はすっかり疲れ切っていた。

シャツをかえてきた羚は斬頼の煙草にしわを寄せながらベッドの向かい側に座った。

「大丈夫なのか?」

「お前が人の心配をするとは珍しいな」

雨でも降るか?と斬頼が笑う。

「一応仲間なんだ。心配くらいするさ」

ため息をつきながらつぶやくように答える。

「聖羅への償いか?」

「その話はするな」

睨みつけることなど意味はないと知っているのだが、その言葉に苛立ち鋭い視線を送る。

「…ハッ、まだ引きずってんのか。いつまでたってもガキのまんまだな」

「もういいだろ。海夷は大丈夫なのか?」

そっぽを向く羚をからかいながらクククと喉で笑う。

「お前とは違うんだ。仁の兵家を甘く見るな。幼少からちゃんとした技術は学んでいるんだろ。しっかり急所は外している」

不意打ちを食らったとしても海夷はいつでも僅かに急所を外す。

それは一種の本能のようで、彼自身が意識をしなくとも体が動くらしい。

技術面での評価は高くつけている。

煙草の煙が部屋に立ち込める。

慣れてしまった火薬のにおいより幾分かマシと思える臭いに羚は何も言わない。

しばらくの沈黙の中、羚は呟くように口を開いた。

「ルシファーに会おうと思う」

斬頼は黙って聞いている。

「情報はある程度そろった。できるだけ早く、動くつもりだ」

上げた眼には決意が感じられる。

「こいつはどうする?」

すやすやと眠る海夷がいる。

「本部に連れていく。そこで、こいつ自身に決めさせる」

「辛くなるぞ?どちらを選んだとしてもな」

じっと視線を海夷に向けている羚の表情は少し寂しそうだった。

「俺が決めていいことじゃないだろ」

重い空気に放たれた言葉が僅かな沈黙を生む。

灰皿に押し付けられた煙草から白い一筋の煙が立ち上る。

「戦争か。俺はお前が何を求めて争うのか分からねぇな。今の生活に満足しねぇのか?戦争を起こしても失うだけだぞ?」

「今が不満なんじゃない。だが、俺が動かなくちゃならないんだ。その先に、きっと答えがある」

「答え…ねぇ…」

「他に理由がいるのか?」

「いや。ま、お前らしいっていやぁ、お前らしいか…」

不敵な笑みを絶やすことはなく二本目の煙草に火をつける。

「おい、一応怪我人がいるんだぞ」

「戦場の火薬よりマシじゃねぇか」

先ほど同じことを考えて決まったため返す言葉が見当たらない。

「お前も疲れたろ?早めに休んでおけよ」

わざと煙を部屋の中で吐き、斬来は部屋を出た。

残された羚は斬頼にからかわれているようにしか思えないと頭を抱えた。

「ったく、お前のせいでおかしくなりそうだ」

誰も聞いていないだろうと呟いた。

「悪かったな」

眠っていたはずの海夷がジトっと羚を睨んでいた。

「いつから起きてた?」

少し驚いた表情の羚に海夷は満足げに笑う。

「『一応けが人がいるんだぞ』から。あ゛あぁ~血が足りない。ぼぉっとする」

「当たり前だ、かなり出血していたぞ」

「…羚は無事なのか?」

この状況でも、海夷は羚の心配をしている。

「おかげ様でな」

腕を開いて確認させる。

「俺だけ損かよ」

「なんだ?」

「別に…」

少しふてくされた海夷だが、それなりに自分の失態を後悔しているらしく黙ってしまう。

珍しい沈黙に羚から話を始めた。

「お前の傷が治ったら『サタン』に行く」

「へ?俺は?」

間抜けた声が飛んできた。

「お前もだ」

「俺、まだ、入ってねぇだろ?」

海夷はかなり驚いている。それもそのはず、『サタン』の本拠地など敵国出身者が知るはずがない。

「入りたいと言っただろ?」

「そりゃ、入りたいさ。サタンは仁国でも有名な組織だからな」

「だったらいいだろ?許可は取ってやる」

「俺の意志は無視かよ」

「入るか入らないかは本部で決めろ。」

「そんな急に…痛たた…」

まだ、起き上がる事すらできない海夷は体を起して目を丸くしている。

「慌てる必要は無い。ゆっくり休め」

「…分かった」

羚が本気だと分かると、海夷も観念したようだ。

部屋を出る羚を見送って、海夷はため息をついた。


「…羚は?」

ガルデアに着いて4日が過ぎた。

目を覚ました海夷は羚がいない事に気付く。

「リリィが近くまで来ているそうだ。お前の変わりに迎えに行った」

その場にいない羚に代わり、煙草をくわえて斬頼が答えた。

「は?何でリリィが来てんの?」

その名に海夷は動揺を隠せなかった。

「…依頼でもあったんじゃねぇか?」

リリィとは、羚と同じ『サタン』の一員。海夷も何度か会った事がある。

「…ガルデアに?」

「一つ向こうの街だ」

「何で起こさなかった?」

静かに煙があがる。

「その怪我で歩けるのか?」

「………」

確かに、海夷の怪我は酷かった。家の中ならなんとかなるが、人通りの激しい街中ではもたないだろう。

「ま、直ぐに戻って来るさ」

「…羚なら…いいけど…」

海夷そわそわし、落ち着きの無い。

しきりに窓の外を見ようと背を伸ばしている。

「心配無いだろ?」

何か勝ち誇った斬頼の笑いに、焦りの色を強くなる。

「っ…べ、別に…心配なんか…」

「顔…」

「?」

「赤いぞ」

ニヤニヤしている斬頼の隣で、海夷の顔は真っ赤になった。

「……!!」

口をパクパクしているその様子はまるで金魚のようだった。


ガルデアから数キロ離れた町で羚はコーヒーを飲んでいた。

テーブルの向かい側には黒い髪の女が座る。

右側だけをくくり、左の頬には花の模様が二つ咲く。

彼女がリリィだ。

「こうして外で話すの久しぶりだね。昔みたいに一緒に仕事することなくなったし」

上機嫌のリリィに対し、羚いつも通り静かにカップに口をつけている。

「仕事は終わったのか?」

「うん。ルシファーったら、私に何度の高い仕事くれないんだもの。羚からも言ってよ。私は結構強いんだよって」

「Aランクはくれるんだろ?十分じゃないか」

『サタン』での仕事はD~Sまでの五段階。個人での仕事に加えて本部から与えられる仕事をこなすことでより難度の高い仕事を受けることになる。

「Sランクでもできるよ。銃だって慣れてきたし」

笑うリリィ羚は複雑な気分だった。

しばらくこんな話を続けた後、

「さて、海夷も待っている。ガルデアに行くか。」

「え~もう?」

席を立つ羚を膨れっ面で追う。

「……なんだ?」

「もぉ…相変わらずなんだから…久しぶりの再会くらいゆっくりしたいの」

頭に?を浮かべる羚の腕にしがみつき歩く。

「……お前も相変わらずだな。」

「いいじゃない。恋人に見えた方が怪しまれないしね」

「………」

「…何で迷惑そうな顔?」

海夷が知ったら怒るだろうなと、思いながらも、リリィの好きなようにさせる羚は、複雑な感情を読まれまいと、真っすぐ前を向いた。



羚とリリィがガルデアに着いた頃、ちょうど日が暮れるところだった。紅の光が薄くなり、白に青にそして藍色の空へ光の筋を伸ばしていく。

「わぁ。きれい」

白い砂の地平線にゆっくり沈む夕を背にしてリリィは振り返った。

「………」

光のあたる羚の金色の髪は綺麗だったが、リリィは戸惑ってしまう。真っ白な砂漠と夕日の中に佇む羚は本当にきれいだというのに、彼の表情は曇ったままなのだ。

「羚って太陽みたい。もっと笑っていたら本物なのに」

リリィは優しく微笑んだ。

「「ひかり」」

羚の頭に響く声が幾重にも重なった。

太陽は煌々と光を放ちながら、ゆっくりと沈んでいく。

その姿が砂の山に隠れそうになっても、なかなかその輝きを失うことはない。

「俺は太陽にはなれない…」

遠い地平線を眺め、顔を背ける羚の後ろ姿は寂しそうだった。

「羚?」

「…月…だな」

「?」

「良くいって月。太陽の光が無ければ輝けない。本当は自分で輝けない…」

太陽はゆっくり沈む。

赤く染められた景色は徐々に黒くなる。

保ってきたその輝きも、いつしか暗闇に呑まれていった。

「………」

リリィは言葉にすることができなかった。

月は夜の闇を照らすのだと、たとえ輝けなくともその存在は大きいのだと。


「久しぶり。リリィ。」

医務室のベッドから抜け出さないように監視されていた海夷が明らかな喜びを表していた。

犬であれば、千切れんばかりに尾を振っているだろう。

「うわぁ。海夷、大丈夫?聞いていたより酷いね」

一目散に駆け寄るリリィが注目したのは何重にも重ねられた腹部の包帯だ。

「羚。こんな傷で本部に行けるの?」

「斬頼の話だと2日もすれば問題無いそうだ。

羚は腕を組み、入り口付近の壁にもたれかかっている。

「良かった。これで正式に仲間になれるね」

満面の笑みのリリィは心から海夷を歓迎している。

「羚の推薦だから銀だよね?」

「銀?何が?」

「これのこと」

リリィが示したのは十字の首飾りだ。それは『サタン』に所属することを示す。

「色が決まっているのか?」

羚の首飾りは銀色。リリィの首飾りは黒だ。

これは、『サタン』での決まりであり、組織の中でのグループ分けのようなものだ。

「そ。信頼の証だよ。」

まじまじと首飾りを眺めていた海夷がふと羚を見た。

「なぁ、羚、サタンに行くってことは、ボスに会うってことだよな?」

「あぁ、そうだな」

羚は問いに淡々と答えた。

「『サタン』のボスって、銀髪のルシファーだよな?…」

「あぁ。そうだ。」

『銀髪の悪魔ルシファー』元レビア王国の兵士で、レビア崩壊後、殺し屋として名を上げて行く。

もちろん、表の記録によると、だ。

「そのルシファーと肩を並べているのが羚なんだよな?」

「そうよ。二番隊の隊長で、サタンのNo.2なんだから」

リリィは自慢気に話す。

「何か問題でもあるの?」

「…いや、なんでもない」

羚とリリィは疑問符を浮かべたが、海夷はそれ以上話そうとはしなかった。


リリィが一足先にガルデアを去り一週間が過ぎた。

海夷の傷はほとんど回復し元と変わらぬ生活ができるようになっていた。

そんな彼らは今、『サタン』本部に来ている。

「……なんか緊張する…」

大広間前の扉まできて呟く海夷は体を強張らせていた。

「楽にしていけばいい」

無表情の羚をみて、ここで笑ってくれたら…と、無駄な願いを膨らませる。

覚悟を決めてゆっくり扉を開くと、正面に座る人物が目に入る。

ただ広いその部屋には、正面の階段の上にある椅子、いくつかの扉、それ以外物は見当たらない。

その椅子に銀髪の男が座っている。

金色の右目は鋭く光り、左目には縦に大きく目立つ傷があり左目は開いていない。

「はじめまして海夷。『サタン』のルシファーだ」

足を組み、堂々とした姿は『ボス』というイメージにピッタリだった。

その胸で、黒い十字架が鈍く光を放つ。

「羚久しぶり。」

「あぁ。」

「で?領炎寺の者を連れてくるとはどういうことだい?」

初めこそ穏やかな笑みを見せていたが本題に入ると一変し、冷たく鋭い視線になる。

領炎寺とは、仁国の兵士の一族だ。

そして、海夷の家系。レビアを落とした仁国でも有数な武家の家系だ。

「こいつはもう国と関係ない」

海夷は家を、国を捨てて羚とコンビを組んだ。

それ以降、羚と共に祖国を敵として行動してきたつもりだった。

「だからといって直ぐに信用できると?」

ルシファーの顔は笑っているがその目は信用してくれそうにない。

「俺が保証する」

海夷は少し驚いたように羚を見た。

羚と目が合う。

笑ってこそくれないが、海夷を安心させるには十分だった。

「分かったよ。羚がそこまで言い切るなら。人を見る目は君の方が優れているしね」

いかにも「負けました。」と言うような笑みはどこか柔らかく感じた。

「では、海夷、君の口から、その意志を聞かせてくれないか?」

再び強気な目になったルシファーに突然にらまれた海夷は、まさに蛇ににらまれた蛙と言うように硬直してしまう。

「海夷、思ったことを言えばいい」

羚にすら話したことがない理由があった。

純粋に頭の中にある理由を話してしまっても良いのだろうか。

「…………から」

なんとか口から出たのは蚊のように小さな声だった。

「?聞こえないよ」

ルシファーが訪ねると海夷は腹をくくって答えた。

「レビア王国の力を…王家にできるだけ近くの力をこの目でみたいから」

一瞬シンとした空気が流れた。仁国にとってレビアは消し去りたい過去の敵だ。

おそらく、今海夷が言った台詞を仁国の政府に知られれば、には罪人扱いだろう。

だから、羚もルシファーも目を丸くして驚いた。すると

「…ククク…羚、確かに信じても良さそうだ。こんなんじゃ嘘はつけそうにない」

口に手を当てて、必死で笑いを堪えている。

「は?なんだよ、『サタン』にレビアの兵士が多いのは事実だろ?」

バカにされたと思い、言い返す海夷は顔を真っ赤にしていた。

「いや、すまない。あまりにも純粋な理由だったからつい、な」

その表情に敵対心など一切なかった。

「…純粋過ぎですみません」

少々ふて腐れた海夷に溜め息をつきながら羚が見ていた。

「改めまして。ようこそ海夷、悪魔の組織『サタン』へ」

ルシファーが立ち上がり、海夷に手を差し伸べた。


「第一印象はどうだった?」

机を挟んで話しているのは羚とルシファーだ。

海夷の案内をリリィに頼み、二人は奥の部屋で向かい合っていた。

「聞いた通り。真っ直ぐ、濁りのない眼をしていました。領炎寺の者ならば腕は確かでしょう」

敬語を使っているのはルシファーだった。

「しかし、お前が笑い出した時は驚いた。」

「すみません。つい、込み上げてきまして。」

ルシファーはクスクスと思いだし笑いをしている。

「バレたらどうする気だ?」

笑うルシファーを呆れたように咎める羚に、ルシファーは優しく答える。

「本当はバレてもかまわないのでは?」

「………」

机に飾ってある写真たてにはある紋章が入れてある。

「レイ様と再会して、もう十年になりますね」

優しく、悲しい表情。そして何か懐かしい物を見ているようだ。

「…もう、そんなに経つのか…」

立て掛けてある紋章を手にとりまじまじと見つめる。その目はいつもより真剣で寂しそうだった。

「やはり、国が恋しいですか?」

「…いや。あまり王家という自覚はない。」

溜め息混じりの笑い。ルシファーにはそれが強がりだということは分かっている。

「自覚…あるのでしょう?ないのなら、わざわざ腕の刺青を残しておかないですよ」

羚の左腕に目を向ける。羚は腕をまくり包帯を外した。

棘のある赤い蔦に囲まれた一頭のグリフォン。その紋章は紛れもなくレビア王家の紋章だ。

「俺が国を離れたのは七つの時だ。記憶なんてほとんど残っていない。」

羚はレビアが戦場となる前に母と共に国を離れた。

ただ一人、国のために残った父に見送られて。

「それでも、あなたには王家の血が流れています。その事実に変わりはありません。」

ルシファーの表情は穏やかだった。

先程海夷に見せた畏怖を含む顔など一切なかった。

「全く。変わらないなお前…いいかげん、レビアを捨ててもいいだろう?ディアン」

「いいえ。私はレビア王家に忠誠を誓った身。あなたが死ぬまでお仕えいたします。」

まるで命を受けた家来のように右手を胸にあて、片膝をついて頭を下げた。

ディアン・スネーカーはレビア軍の二騎隊の隊長を務めていた男だ。

何よりもその忠誠心は誰もが尊敬していた。

「何度もいうが、その心はなんとかならないのか?俺は堅苦しい言葉に馴染めない」

困り顔の羚をしり目にルシファー、いや、ディアンは微笑んで答えた。

「あなたと私との約束ですよ。あなたが私を利用する変わりに私はレイ様と好きなように話すと。」

「利用しているつもりは無い。」

「そうでしたね。」

レビア王家の紋章が、ランプの火に照らされ揺らめいていた。


「ここが海夷の部屋よ。鍵はあの引き出しにあるから。」

リリィに本部内の案内をしてもらった海夷は、与えられた部屋にやって来た。

「案内は以上。何か質問は?」

いつもの笑顔でリリィは振り返った。

「ん~…任務とかっていつ出されるのかな?」

「えっと…だいたい手紙。緑は情報収集。赤は暗殺ね」

物騒だと思うが彼らの本職は殺し屋だ。

もちろん『サタン』に所属している者の多くが指名手配書を出されている。

「しかし、羚が『サタン』のNo.2とは。初めてあった時は気付かなかった。」

「何で?羚って結構有名じゃない?」

『サタンの羚』はそこそこ名の知れた殺し屋だ。

任務は確実に実行し、その姿を見た者は極わずかだった。

だから、勝手な想像が広まった。

「俺はもっと野蛮な奴かと思ってた。」

ベッドに腰をおろし、頬杖をついた。

「確かに、羚はイメージと違ったけど…」

リリィは海夷の隣に座る。

「違ったけど?」

続きが気になるらしく、リリィの顔を覗き込む。

「今の羚だから格好いいんだよ」

にこりと微笑むリリィをみて、ちょっと嫉妬に似た感情が海夷の中に生まれた。

「今の羚…ねぇ…」

そっぽを向いて。溜め息をつく。

「海夷は羚にかなわないね」

「どういう意味?」

海夷は怒って振り向いた。リリィは笑っている。

「こんなんだから」

ちょんと鼻の先をつつかれた。

まるで子供のようだ。

そう感じた海夷は恥ずかしさから少し顔を赤くした。

話を変えよう。そう思った海夷は新たな話題を切り出した。

「そ、そういえば、リリィがここに入った理由は何なの?」

リリィと目は合わせられなかった。

否定できなかった自分がいたからだ。

そんな海夷を知ってか知らずかリリィは微笑み答えた。

「守りたい人がいたから…かな。」

「…………」

羚のことだろうか。と考えていると、リリィは続けて言った。

「私には、何もなかった。辛かった。守ってくれる人も、守るべき人もいなくなって。その人は、私に守る者を示してくれた。やるべきことを示してくれた。だから私はその人の元で戦うの。その人が納得できるまでね」

リリィが何を言っているのか海夷には分からなかった。

ただ、リリィのいう『その人』は羚じゃない。ただ、それだけはっきりした。

「じゃ、私はいくね。これから情報収集だから」

緑の紙をヒラヒラさせて、リリィは歩いて行ってしまった。

「守るべき人…かぁ。」

仰向けになって見れば灰色の天井には小さなシミがいくつか見える。

「俺は何を守りたいんだっけ?」

仁にいた時は国の為にと稽古をしてきた。

自分の国に誇りを持っていたからだ。

しかし、歴史は塗り替えられる。

何度も変えられ、隠され、作られてきた。

その事実を知った時、戦う理由が失われたように思えた。

今、自分はレビアの力を知りたくて、本当の歴史を知りたくて戦っているが、レビア側に入ってから海夷はそんな自分が本物なのか。本当に歴史を知りたいのか。分からなくなっていた。

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