銃走劇
文目鳥掛巣
第1話 始まり
晴れ渡る空の下、廃屋が連なる街の中に銃声が響く。
国境にある街は戦場の跡を残したまま時を止め、砂と火薬の匂いがしみ込んだ石壁が乾いた風の中で佇んでいた。
時折銃声が聞こえるのは、この街に潜む者が生死をかけた戦いをしているからだ。
戦後、荒れ果てた街では珍しいことではない。
戦争を終えたばかりで犯罪を抑制しきることができないために、無法地帯が多く存在していた。
雲の少ない空を仰ぐ一人の青年が、黒い髪から伸びる赤いハチマキを風になびかせて、大きく深呼吸をする。
頬の下に真っ赤な逆三角形のペイントが青の瞳を一層奇麗に映していた。
元々は商店街だった町の通りの空はどこか色彩を失っている。
木霊する銃声を聞きながら、青年は何を思っているのだろうか。
足音が近づいてくることを確認すると、ホルダーから一丁の銃を取り出して前方に向けて構えた。
聞こえてくる銃声は次第に大きくなり、枝分かれした小さな路地から男が飛び出す。
後方からの追跡者を気にしていて路地ばかりに注意をしている男は青年に気づいていない。
「ごめんね」
つぶやいた青年の銃口から鉛が飛び出す。
音と共に男は倒れ、青白い硝煙が筋を作った。
ゆっくりと銃を下げた頃、男が出てきた路地から金の髪を編んだ青年が歩いてきた。
その手には白い銃が握られている。
「羚[レイ]、お疲れさま」
羚と呼ばれた青年は倒れた男のポケットから財布を抜き出すと名前の書いてある書類を探した。
「海夷[カイイ]、任務終了だ」
名刺とターゲットが一致したのだろう。
羚は海夷に財布を投げ渡し、銃をしまった。
「よっしゃぁぁ!!これで四件全部終わった!」
ガッツポーズで喜ぶ海夷に呆れ、深いため息をつく羚は海夷の元に歩み寄ると
「お前は今回しか動いていないだろ!!」
と、頭をたたいた。
「いってぇぇぇ!関わるなって言ったのは羚のくせに…」
頭を押さえて丸くなる海夷の青い眼が羚を見上げる。
海夷を見下ろしていると思った羚の黒い目はずっと先の空を見ている。
「羚?」
少しおかしな様子に戸惑う海夷をよそに、羚は歩きだす。
「仁国の奴らが来ているらしい。早く引きあげるぞ」
「あ、分かった」
慌てて羚の後を追う。
空は嫌になるくらい澄んでいて銃声も、二人の足音さえも吸いこんでいくようだった。
二人はとあるグループに属する殺し屋で、命を奪い、狙われる立場にあった。
そのため一所にとどまることはなく、帰る場所を持たない。
羚も海夷もそこそこ名が知れているが手配書にも顔は出ていなかった。
神経質な羚が人目につくことを嫌っているためだ。
堂々と人前を歩いても問題はないのだが、もしものことを考えると地下を複雑にめぐる水路を選ぶことになる。
この日も二人は自然と地下水路を黙々と歩いていた。
湿度は高く、所々から水が滴り、かびが不快な臭いを漂わせている。
「なぁ、羚。どこに行くんだ?」
沈黙が続いたことに耐えられなかった海夷がついに口を開いた。
「特に決まっていない。仁国の奴らに見つからない地域までだな」
元々は二つだったこの国は戦争によって一つになった。
現在は戦勝国の『仁』が政権を握っており、敗戦国の『レビア』が抵抗している状況だ。
レビアも仁に劣らない戦闘技術を持っているため、政府もすぐに鎮圧はできないようで不安定な状態がもう何年も続いている。
常に小さな内戦が所々で勃発しているため、仁国政府はその対処に追われており、その地域を避けていくのが当面の条件になりそうだ。
羚と海夷が所属するグループはレビアの人間が多く、仁国政府を敬遠するのは当然の行動であった。
「だったらさ、俺、ガルデアに行きたいな」
ガルデアは元レビア側にある砂漠の町だ。
数年前までは職人の町として栄えていたが、戦争が始まる少し前から治安が悪化し、今ではほとんど人が近寄らない廃墟の町になっている。
「何か用があるのか?」
羚が眉を寄せて振り返る。
機嫌が悪いのは治安の悪さだけではなさそうだ。
「こいつの整備したいんだ。ちゃんとした人に見てもらいたくて」
そう言って見せたのは二丁の黒い銃だ。
それは彼の武器で、この仕事を始めてからずっと共にしている愛銃だ。
いくら自分で毎日手入れをしているとはいえ、精密な整備をしておく必要は十分にある。
「そうか。…分かった。俺も見てもらうか」
羚が手にしたのは海夷の物とは対照的な真っ白の銃だ。
この銃はかなり古い型で、彼もまた、この仕事を始めた頃から一度も手放したことがなかった。
「そうしろよ。羚、あんまり手入れうまくないしさ」
冗談交じりに笑う海夷を羚が睨むと楽しそうに「冗談だよ」とまた笑う。
ガルデアへの道のりは長い。
砂漠地帯にあるため水路はつながっていない。
人目につかないように移動するとなると五日はかかるだろう。
日に日に会話は減っていき、三日も過ぎればただ黙々と歩き続けるだけになっていた。
「羚~、なぁ、羚~」
気まずさと退屈でダラダラと羚を呼ぶ海夷は余分な行動が増えていた。
その回数が増えれば増えるほど羚の眉間にしわが寄る。
「海夷、用もなく呼ぶな。無駄な会話は避けろ」
わざわざ見つからないように地下を歩いているというのに声で見つかってしまっては意味がない。
ふてくされた海夷もそれは理解しているつもりなのだが
「会話なしにひたすら歩くだけって辛いんだけど」
落ち着きのない彼は背伸びをしてみたり、わざと水たまりを踏んでみたりと、とにかく気が散るようだ。
羚はというと、元々口数が少ない為か海夷の行動に気を取られることもなく前を向いて歩いていた。
「羚、なんか言えよ。無視すんなよぉ!!」
「話題もないだろ」
何度も後ろから飛んでくる訴えに、ついに口を開いた羚だが、その表情は呆れている。
コンビを組んでからたいてい同じ場所にいるため、今更話すことも特にない。
話さないと決めたことはお互いに話さないということも承知している。
「えっと、ガルデアに着いてから何をするか?とか」
今までの事を話しても仕方がないと思ったのか、話題はこれから何をするかということになった。
ため息をつきながらも、うるさい声が多少止むならばと、羚も応えることにした。
「まずは、整備士を探すことだな。人がいないことだってあるんだ」
ガルデアは決して住みやすいとはいえない。
好んで住みつくものはめったにおらず、訪れる度にその人口は減っていた。
今まで世話になっていた整備士もいるかどうか怪しいものだ。
「あ、ついでだから斬頼[ザンライ]に顔見せたら?あの人まだあそこにいるんだろ?」
『斬頼』とは彼らの知り合いで、殺人などの罪名での指名手配犯でもある。
免許はともかく医術も心得ており重度の傷を負った場合は彼に治してもらっている。
その名前が出て、羚は少し不機嫌だ。
「…時間があれば、な」
どうやら余程会いたくないらしい。
しまったと思う海夷だが、羚はその後口を開かなかった。
ガルデアから一番近い出口から地上に出た二人は久しぶりの光に目を細めた。
視界に入るのは青い空と一面の砂ばかり。
砂漠の真ん中だ。
少し離れたところにぼんやりと町が見える。
「いつ来ても砂だらけだね」
砂漠なのだから当たり前ではないか、心でそう思いながらも羚は口に出さなかった。
「一応羚が育った町なんだろ?やっぱり、懐かしいとか思うの?」
羚は8歳から15歳までここガルデアで過ごした。
故にどんな町であったか良く知っている。
戦争の最中も戦後も犯罪者が蔓延る無法地帯の町だ。
「いい思い出は一つもないぞ。ろくな町じゃないからな」
乾いた風が砂を巻き上げる。
時折強く吹く風は砂嵐を巻き起こす。
「今日は穏やかだな。風が強くなる前につくと良いが」
砂漠の風は予測がつかない。
大きな砂嵐に巻き込まれてしまえば自分の位置さえも分からなくなってしまう。
最悪、嵐が長引いて砂に埋まってしまうかも知れない。
「この距離なら二時間あればいけるんじゃない?」
砂に足を取られながら進む海夷は楽観的な意見を述べた。
サラサラの砂に足跡が残る。
ときどき膝まで埋まりながらも元気に進む海夷を後ろから眺めながら、羚は頼もしいのか不安にさせているのか複雑な心境だった。
「調子に乗っていると足をとられるぞ?」
そう、言ったそばから砂の山から海夷が滑り落ちていった。
砂の上を歩き始めて数十分、少しずつ風が強くなってきた。
「嵐がきそうだな…急ぐぞ、海夷」
「分かってるって」
砂に慣れていないのか海夷の足は砂にどんどん埋まっていき、歩く速度は羚に比べたら遅い。
先に歩き始めたというのに、今は羚が先を歩いている。
ときどき転がるように進んでいたため海夷の服は砂まみれだ。
「ちゃんとした道を歩きたいな。ここまで来たらわざわざ人目を避ける必要ないんだろ?」
パタパタと肩をはたくと白い砂が風に舞う。
彼の文句に何も返すことなく先に進む羚はこの地での生活が長く、普通の道を歩くように砂の上を歩いていた。
ある程度の距離が開くと海夷が走って追いつく、そしてまた距離が開く。
これが彼らのペースだった。
唐突に、先を歩いていた羚の足が止まった。
「ん?どうした?」
数メートル後ろから海夷が覗き込む。
目の前の砂の中、舞い上がる砂嵐の中に人影らしきものが見える。
すぐさま銃を構えた羚はそのまま影に向かって発砲した。
キンッと高い音が乾いた空気に響く。
その音の意味を理解したのか、海夷も銃をかまえた。
ピリピリとした緊張感が走る中、人影はゆっくりとその正体を現す。
「酷いですね。挨拶もなしに発砲なんて。あ、これがあなた方の挨拶ですか?」
くすくすと笑う青年、見た目は羚や海夷よりも若く感じられる。
「的確に狙ってくるんですね。これがなかったら死んでいましたよ」
心臓を狙った羚の銃弾から身を守ったのは腕の防具だった。
鋼鉄でできた頑丈なそれが銃弾を防いだのだった。
「お前、何者だ?」
青年は羚に睨まれてもかまわず笑みを絶やさない。
二人に銃を向けられても平然としていられるのは軍隊の者か、同業者か、どちらにせよあまりよくない状況だ。
砂地は走りにくい上に砂が舞えば視界が遮られてしまう。
標的が見えなくなることは銃を扱う二人にとっては致命的だ。
「掃除屋[スイーパー]ってやつですよ。ガルデアは良い仕事場ですから」
廃れた町というのは隠れ家にするには好都合のようで、政府の目が行きとどかないことを良いことに、犯罪者が巣くう町になる。
戦後、仁に対立する者が隠れ家としてしばしば訪れていたりする。
「いい獲物がいなくてがっかりだったのですが、偶然にもあなた方を見つけまして」
青年は嬉々とした表情で話しだした。
隙を見せまいと視線をそらさない二人とは異なり、目を閉じたり、よそ見をしたり彼が何をたくらんでいるのかが分からない。
「まさか、こんな所で『サタン』のメンバーに会えるとは思ってもみませんでしたよ」
『サタン』というのは羚が所属しているグループ名だ。
そのほとんどが元レビア軍の人々で構成されているため、国から警戒されている。
「その銀の十字架、わざわざ敵に自分の存在を知らせているような者ではないですか」
羚の首にかかる銀色の十字架が砂漠の太陽に照らされて光る。
『サタン』の印でもあるこの十字はメンバーの誰もが銀か黒、いずれかを外から見えるように身に着けていた。
「お前がこの意味を知る必要はない」
「銀と黒、光と闇でも表しているのですか?犯罪者グループには似合わないたとえでしたか」
時折挑発するように笑う青年は胸のポケットに手を入れると、チャラチャラとわざと音を立てながらいくつかの十字架を取り出した。
それは羚が身につけているものと同じデザインのものだった。
「ちょ、それって…」
「僕は、レビア人を専門にしている掃除屋ですから」
青年が手を放せば十字は重力に従って落ちていく。乾いた砂の上に金属音が吸い込まれていく。
音と同時に動き出した羚の動きは、後ろにいた海夷ですら彼がいつ走り出したのか分からなかった。
一発の銃弾と共に一気に間を詰め、眉間に銃口を突き付ける。
トリガーを引く直前、青年がナイフを振りかざし、バランスを崩された。
銃弾は空を切り空に飛ぶ。
銃とナイフが交わり高い音が響いた。
「流石、早いですね」
ぎりぎりと嫌な音がする。
至近距離で確実に急所を狙いたいが、簡単にはいかない。
ナイフは確実に羚を狙ってくる。
交差していたナイフが急に引いた。
前に崩れた体勢を整える前に青年のナイフが後ろから襲う。
踏みとどまれば確実にナイフは首に刺さる。
判断は早かった。
そのまま伏せた羚は髪を掠めたナイフが振り切られたのを見、足をまわした。
バランスを崩されたあげく、砂が舞った為視界が遮られた青年は一度距離を取ろうと後ろに下がる。
隙を突かれたことに苛立ちナイフを握り締める。
舞いあがった砂が落ち始めると、砂の向こうから銃声が響いた。
今まさに構えようとしていたナイフは赤い血と共に手から滑り落ち、重たい衝撃によりついに砂の上に体が落ちてしまう。
カチャリ
額につく銃口を払いのける手段は青年に残されていなかった。
「あなたの目には何が映っているんですかね。砂で見えないはずなのに」
強がりなのか、状況が分からないのか、青年は未だに笑ったままだ。
口を開かない羚がいつまで待っても答えないと思った青年は目を閉じる。
海夷はひとり、離れた場所で茫然としている。
「俺の出番、なさそうだな…」
出遅れた彼は戦闘をあきらめて銃を下ろしていた。
青年は目を伏せたまま気味悪く笑う。
「あぁ、そうだ。こんな砂漠に僕一人で来ていると思いましたか?」
次に見せた黒の目が嫌に光る。
「海夷!!」
「……!!?」
銃弾と警告が同時に発せられ、海夷が驚いた頃には遅かった。
青年との戦闘はそれなりの時間がかかった。
それは人一人が後ろに回り込むには十分なほどだ。
振り返った海夷は銃を構えるが、現れた人影の腕の仁国特有の刺青が目に入る。
一瞬のためらいが勝敗を分けることは承知している。
それでも彼は戸惑った。
それは、彼自身が仁国の出身者であったからだ。
放った銃弾が相手に当たることはなく、身をひねってナイフを避ける。
しかし、それも少しタイミングが合わなかった。
振り下ろされた刃がシャツを裂き、腹部から赤い血が滴る。
「くそっ!!」
自分の失態に苛立ち反撃を試みる海夷だが、その銃弾は敵の腕や足には当たるが急所には程遠い。
「弱い」
突然詰められた間に対応が遅れ、伸ばした腕が戻らない。
刃はすぐそこまで迫っていた。
<ガウンッ>
後方から聞こえた銃声がやけに大きく聞こえた。
男の眉間にプツリと穴が開く。
「……ひか、り…?」
見開いたその瞳に何が映ったのかは分からない。しかし、確かにそう呟いた。
「…羚」
振り向く海夷は汗だくで、痛みに耐えているのは一目でわかる。
銃をしまった羚はタオルを破り包帯の代わりを作った。
「油断するなと、何度言えば分かるんだ?」
「痛たたた…うるさいな。俺一人でも倒せたって」
止血をしながら頬を膨らませる海夷は子供のようだった。
確かに海夷はそれなりの技量を備えているが、このような状態になってしまうと素直に認められない。
「隙を突かれているようじゃ強がりにしか聞こえないぞ?任務もろくにこなさないくせに…」
「ちょ…任務とこれは別だろ」
時折痛みに顔をしかめながら羚に反抗する。
その羚は必死の海夷を笑いながら
「任務に不意打ちがないとはいえないだろ?」
と言う。
流石に言葉を失った海夷は目をそらす。
その先に、今にも砂にのまれそうな街が遠くに見えた。
「さぁ、どうやって行くか…けが人を担いで歩ける距離じゃないんだが…」
横目でちらりと海夷をみると口をとがらせて歩けると言い張る。
砂から滑る度に腹に開いた傷から血がにじむ。
みかねた羚は大きなため息をつくと、海夷を担いだ。
「…羚…流石に無理があるんじゃ…」
羚と海夷の身長差は差ほどない。
僅かに羚のほうが高いが、体格は海夷に比べれば細身だ。
「うるさい、早く行かないと日が暮れるんだよ。無駄に動かれて意識を失われる方が厄介だ」
その後、二人は互いに文句を言い合いながらガルデアの街を目指した。
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