オリジナル番外編
創作アイドル(晴人・夏生)
▽見習い王子と1月1日の準主役
左手の薬指の中途半端な位置に、見覚えのない指輪が嵌っている。
晴人は寝ぼけ眼のまま、左手を目の高さまで掲げ、指輪を観察した。
色は品のあるゴールドで、華奢でシンプルなデザイン。安っぽさは感じられず、アクセサリーに詳しくない晴人でも、それなりに値の張る品であることは判った。
その指輪は、薬指の第一関節と第二関節の間に収まっていた。おそらく、晴人が仮眠を取っている間にこっそり指輪を嵌めようとして、第二関節に引っかかり、そのまま諦めた形跡だろう。
犯人の目星は一瞬でついた。
東京へ戻るミニバスに揺られながら、晴人は、左隣の座席を見る。そこに座る相棒の夏生は『年末の特大音楽番組出演という大舞台を乗り切り、疲労困憊』という点を踏まえても、不自然なほどに項垂れていた。
「夏生さん。これ」
「触れないで。僕は今、今年に入って一番落ち込んでいるから」
「まだ今年入って四時間ですけど」
「……」
黙り込む夏生を尻目に、晴人は指輪を外しながら、最近の彼の行動を振り返る。
夏生は最近、晴人を相手に「恋人ごっこ」をするのにハマっているらしかった。
本業のモデルに加え、晴人と組んでアイドル的活動もしている夏生は、色恋沙汰の有無が人気、ひいては売上に直結する。加えて『清廉潔白な王子様キャラ』などと余計なものを付け足して売り出してしまったことが、恋愛をさらに遠い存在にしているのだろう。
おそらく夏生は、日常に足りない『恋のドキドキ』というスパイスを補おうと、晴人にじゃれていると思われる。女子高の生徒が、休み時間に理想のシチュエーションを想像して、仲間内で真似て演じて、キャッキャとはしゃぐようなものかもしれない(目撃したことはないが)。
最近の夏生は、些細すぎる晴人の髪型の変化に気が付いて褒めてみたり、部屋に入るときや椅子に座るときにはエスコートしてみたり、晴人が「寒い」とつい口走った時にスマートに上着を掛けてみたり……と、とにかく気遣いが細やかで、過保護なのだ。そして、その度、晴人の引き気味のリアクションを見ては面白がり、本来の彼らしくカラカラと無邪気に笑う。
特に実害があるわけでもなかったし、何より彼が楽しそうだったので、晴人は彼の一連の行動を勝手に『王子様修行』と名付け、好きにさせていた。見た目と反して庶民的すぎる夏生が、舞台や収録で咄嗟に王子様らしく振る舞えるようにする練習だろうと解釈していたので、少しなら協力してやろうという気持ちもあったのだ(最後にイタズラを仕掛けた子供のように笑ってるようじゃ、詰めが甘いように思うけれど)。
とはいえ、ここまで来ると、やりすぎではないかと疑念を抱き始めていた。
最近は特に『王子様修行』がエスカレートしている。元々、夏生からは散々『弟扱い』されてきたので、その延長だと思えば気にならなかったが、今や『お姫様扱い』に限りなく近づいてしまってはいないだろうか。
昨今、男性アイドルがBL商法で生き残りを図ることも、別に珍しくはなくなってきた。が、自分たちは、わざわざ無理をしてまでそれをする必要はないと思っている。世代を選ばない正統派の曲を用意し、舞台上のパフォーマンスも手堅くこなすことで、若い女性だけではなく、幅広い年代に受け入れられ始めている。あまり過度にBL商法を出してしまうと、そういうファン層が離れていきそうで怖い。何より、夏生は黙ってても人を惹きつける魅力の持ち主なのだ。
それに、後腐れないよう、何もないのに高価な金品のやりとりもしたくないな……という気持ちもある。
考えた挙げ句、晴人が「こういうのは将来の彼女にやってください」と言おうとすると、一足先に夏生が口を開いた。
「めちゃくちゃ訓練したんだよ、他人の指に合う指輪の大きさを、こう、触ったり見るだけで当てられるように。まさか、あんなに頑張ったのに……失敗した」
「……なんてくだらないことに労力を使ってるんですか」
「だって、測ってもないのに、スッとピッタリの指輪プレゼントするの、かっこいいじゃん。そういうの、王子様っぽいよね? 『一芸披露』としても使えそうだよね?」
晴人は、番組の一芸披露コーナーで、夏生が次々と共演者の指輪のサイズを的中していく光景を想像してみる。
「……どちらかというと、女慣れしてると思われそうですね。王子様とは少し違うと思います」
「あ〜……なるほど……それはマズイね」
「手、出してください」
指輪を返そうと晴人が左の掌を差し出すと、夏生は、よく躾けられた犬がするように、その上に右手を置いた。
一瞬、指に嵌めて返してみようかと思ったが、意外にも夏生は手が大きく、小指にも入りそうになかった。晴人は諦めて、夏生の掌を仰向けにして、指輪を握らせた。
夏生は、「え〜?」と不服そうに顔を顰める。
「今回は僕が相手だったので難しかったと思いますが、次回、彼女にサプライズするときには、あらかじめさり気なく……指輪屋さん……に立ち寄って、サイズを測ってもらうのがいいんじゃないですか」
「ふむ……『指輪屋さん』にね……ふふ」
ちょっと今小馬鹿にされた。
「それか、寝てる間に巻き尺か何かで……というか、わざわざ正確に測らなくても、フリーサイズの指輪だって存在すると思いますし」
「それも考えたんだけど、負けた気がするんだよね」
「何のプライドですか」
夏生は、自分が晴人へ贈った指輪をつまんで、まじまじと眺めてから、つい先ほど晴人が夏生にしたように、掌を晴人に差し出した。
「手、出して」
「え……」
「僕が持ってても仕方ないから、晴人くんが持ってなよ。小指なら入るでしょ」
「入ると思いますけど……そんな高価な物、頂けません」
「そんなに高いやつじゃないよ僕が手を出せるくらいなんだから。というか……晴人くん、もしかして、今日なんの日か忘れてる?」
「元日ですよ。お正月」
「え〜……」
夏生は晴人の手を取り、半ば強引に小指に指輪を嵌める。そして「はい、できたよ!」と晴人の手の甲をパンパン叩く。
「誕生日おめでとう!」
「……あぁ」
すっかり忘れていた。いや、忘れていたわけではないが、誕生日は忘れられることが多かったので、不意打ちに祝われて少し動揺してしまった。
「ありがとうございます」
礼を告げると、夏生は、芸が成功して褒められるのを待う犬のように、得意げにニコッと口角を上げる。
「個人的には、今年も『あけましておめでとう』よりも『誕生日おめでとう』を先に言いたかったんだけどさ」
カウントダウンの仕事じゃ仕方ないよね、許してねと夏生が笑う。
「気にしないですよ。むしろ今まで、紅白終わった後0時ぴったりに夏生さんから誕生日お祝いメッセージが来る度、複雑だったと言いますか……」
「え」
「夏生さんみたいな人が、そんな時間に暇してる場合じゃないでしょ。もちろん家族と過ごす年末年始も、悪くないですけど。もどかしくて。だから今年は、ああいう舞台に呼ばれて、夏生さんと全世界に向かって『あけましておめでとう』が言えたことが、十分素敵なプレゼントでしたよ」
「いやいや、ちょっと……僕が喜ばそうとしてるのに、僕が喜ばされてどうするの、やだなぁ……晴人くんは、僕のこと買い被りすぎじゃない?」
「僕も夏生さんに対して常にそう思っているので、お互い様ですね」
会話が、途切れる。目が冴えてしまった晴人は、車窓を覆っていたカーテンを少し開け、一定のリズムで流れていく高速道路の照明を眺めた。
しばらく沈黙が流れ、夏生はもう寝ただろう、と思ったときだった。
「来年はさ」
夏生声に振り返ると、晴人と同じく流れる窓の外の風景を眺める、眠たそうな表情の夏生がいた。
「来年はさ……自分たちで……っていうか、僕が、カウントダウン単独ライブ、企画するよ。晴人くんのファン集めてさ」
そこで一つ、緊張感のないあくびをする。
「そしたら会場のみんなで、カウントダウンして、0時になったら誕生日おめでとうって言う。どう?」
「どうって……」
晴人は返答に困って、再び窓の外へ視線を向けた。夏生をそこまで突き動かす原動力もよく解らないが、案外、まんざらでもない自分もいる。
ただ、もっと素直に言えば、来年はそれよりも実現したいことがある。
「……来年は、紅白に出ますから。きっとそれは叶いませんよ」
夏生は「ははっ、それはいいね」と笑った。
短編(読み切り)置き場 梶原 @shun-ka
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