第44話 先輩、オレに気付いて
「先輩、お話ししたいことがあります」
オレがそう言ったら、貴女はどんなお顔をされるのでしょう。
察しの良い貴女のことだから、オレの用件なんてお見通しかもしれませんね。まあ、それならそれで……って、ダメです。そんなこと期待したらダメですよ!
研修も半分を終えようとする今、オレの目下最大の課題はHE・TA・RE。そう、ちょっぴりカッコつけてみたところで、
サン・レヴィ休暇のとき、オレはちゃんと想いを伝えられなくて。でもどうせバレてるだろうなって、身勝手な期待もして……その結果が今の状態なわけで。
だから、今度こそ逃げません。先輩、オレは貴女にお伝えしたいのです。
あ、でもやっぱり、今すぐじゃなくても。
だって、ほら、今は仕事中ですし? 王都のスティングス本部に帰るまでが、任務ですからね。いや、何なら戻ってからも片付けがあったり、報告書があったり、場合によっては追加でセミナーや訓練が行われたりと、任務は続くよどこまでもなんですけれども……。
も、もちろん! だからといって、どこまでも先延ばしにするつもりはありませんよ。大丈夫、ちゃんと言います。ちゃんと……明日には。
いや、ダメだぁーっ! 今日! 絶対に、今日!! ちゃんとケジメをつけるのです。当たって砕けて、砕け散って……。明日になれば、この谷にも風が戻って、残骸は跡形もなく吹き飛ばされることでしょう。ハハ、ハハハハ……。
それにしても、さっきから続々と戦闘部隊のみなさんが基地に引き上げてきていますが……エイミリア先輩たちは、何をしていらっしゃるのでしょう?
目当ての陰獣は見つからぬまま、今回の作戦は終了となりました。
多少の怪我人はいたものの、やはり奥地で相手にしていた魔物も、元から攻撃性の低い小物ばかりだったようで、簡単な処置のみで済みそうです。
そうなると、片付けなんてしない戦闘部隊は早々に帰路についてしまうんですよね……。できればこの、撤収準備中のちょっとザワついた雰囲気の中で先輩をお呼び止めして、冒頭のセリフを言えれば良かったんですけど。
もちろんこの場で大事な話をするわけではなくて。それさえ言ってしまえば、オレも退路を断たれて「やっぱり何でもありません」なんてわけにはいかないですから。任務中のことを全て記憶していらっしゃるほどのエイミリア先輩相手に、なかったコトにして忘れてくださいと期待することもできませんし。
「コーディくん、これはもう馬車に運んでいいって」
「はい、すぐ行きます!」
そうそう、作戦自体は終了しても、まだ任務は終わっていないのでした。オレも仕事に戻ります。
片付け作業の大部分は他の部隊の一般隊員がやってくれますが、武器に関することなどは騎士・魔道士資格を持つ者でなければなりません。つまり、必然的に第4部隊ということになります。
こんな雑用ばかり……と思ったこともありましたが、そんなオレは調子に乗っていました。こんなオレでもできる仕事があることに、感謝して励まねばなりませんね。
搬送の手伝いを終えて、谷の入口に戻ってくると、ちょうど帰ってきたところなのか、戦闘部隊の一団が見えました。そろそろ、これで最終組くらいでしょうか……と思っていると、その中にようやく見慣れた第4部隊の先輩の姿を見つけて、
「あっ、先輩! お疲れさまです!」
思い切って声をかけると、向こうも集団から離れて一人、こちらへ来てくれます。
「おー、コウちゃん、お疲れ! 腹減ったなー」
「エサ場なら、まだ開いてますよ」
体力や魔力を消耗して戻ってくる隊員たちのために、基地内には給水&軽食ポイントも設けられています。『エサ場』という通称の由縁は、戻ってきた隊員たちの大半が一斉にそちらへ詰めかける様子からご想像いただけると思いますが。
「んじゃ、コウちゃんも一緒に行こうぜ!」
「いや、オレはもう休憩しましたし……」
「つーか、暑くなってきたよな。歩き回ると汗かくわ。あとでエイミにシャワーしてもらお!」
え、何ですかそれ? まさか、何かイカガワシイことの隠語とかじゃないでしょうね!? ……じゃなくて。オレがレンスラート先輩を呼び止めたのは、聞きたいことがあるからでした。
「……それで、ミリア先輩は?」
「いやあ、スゴかったぜ! 第2部隊の連中相手にグイグイ押しまくってさ。ここまで探して痕跡が見つからないなら、これ以上は無駄です! 撤収すべきです! つって、ホントに撤収の決定出させちまうんだもんなぁ」
ギクギク!? 『ここまで押して手ごたえがないなら、諦めるべきです!』って……違う違ーう!
「あの、そうじゃなくて。今、先輩はどちらに?」
「え? そのへんにいんじゃねえの。さすがにもう戻ってんだろ」
「そんな……」
そんなはずがありません。先輩が基地に戻って来られて、オレが気付かないなんてこと。
二人して、自然と足は同じ方向へ向いていました。エイミリア先輩が基地に戻って来られると、いつも真っ先にされるのは怪我人の状況把握でした。そして、追加の処置が必要な場合や急変のときには、そっと救いの手を差しのべてくださいます。最初の任務での、マルコスさんのときのように。
けれど救護テントをのぞいても、そのお姿はありません。レンスラート先輩が近くにいた隊員たちに訊ねますが、答えは揃って「見かけていない」とのこと。
「おっかしーな。そんな時間かかるはずねえのに」
「一緒に戻って来なかったんですか?」
その質問を、オレは最初にしておくべきでした。谷の奥へと向けられたレンスラート先輩の視線は、いつになく険しくて。
「撤収が決まって、戻る途中で避難小屋みたいのが見えたんだ。そんで、一応確認してこうって……カスさんが」
「探してきます!」
「あっ、待てコウちゃん。オレも行く!」
勢いよく基地を飛び出したものの、オレはどっちへ行ったらよいのかも分かりません。結局、レンスラート先輩を待つしかありませんでした。
早々に基地に戻ってきて体力の余っているオレと違って、まだ十分に休憩をとれていないのでしょう。明らかに疲労の見えるその速度がもどかしくて。それでもレンスラート先輩は、口を動かすのをやめません。
「オレには、先に基地戻って報告しとくようにって。そう言ったのも、カスさんだった。それまでは、黙ってあとついてくるだけだったのに。……クソッ、どういうつもりだよ!」
余計に疲れるだけだから、黙って急いでくださいよ。そう言いたかったけれど、言えませんでした。
「あれだ……!」
小屋らしきものが見えると同時に、叫んだレンスラート先輩の声は息切れさえしていたけれど、足はそこから信じられないほど加速しました。
二人もつれるようにしてドアに駆け寄ります。施錠はされていませんでした。強風対策なのか、屋根の低い平屋で、奥に長く続いているようです。
「エイミ、どこだー?」
レンスラート先輩の声が薄暗い廊下の先へと吸い込まれていきます。少し待っても返事はなくて、レンスラート先輩は、手前の部屋から順番に探し始めるけれど……。
ここにはいない。小屋に入った時点で、オレはそう確信していました。いや、ただの勘ですけど。
「オレ、周辺見てきます!」
「わかった、あんま遠くいくなよ!」
探すといっても、それこそ360度、どっちへ向かったのかさえ見当もつきません。どっちを向いても、似たような木立に、岩肌の多い斜面。そよ風すら吹かない
でもこのどこかに、貴女は居る。
「先輩……」
早く……、早く見つけないと!
周囲を見回すほどに、焦りと不安で頭の中までグルグルとかき回されます。
考えろ。
先輩はどこにいる?
早く見つけなければ。見つけられなければ……ダメだ、そんなことは考えたくない!
「先輩。オレが必ず貴女を見つけます」
固く誓って、もう一度辺りを見回します。
あらゆる情報をかき集めて、あらゆる可能性を考慮して――そう、オレは既に習っていたのです、捜索の基礎を――そこから、もしもここにいたら最も危ないという場所を真っ先に探す!
エイミリア先輩は、きっとカストロス先輩と一緒にいる。
撤収命令が出ているのに戻って来ないのは、動けない状況にあるから? ……いや、それなら
怪我をして動けないのならまだいい。オレが治してあげますから。無理でも、背負って連れ帰る。道に迷っているならそれでもいい。どちらも、あり得ないことだと思うけれど。
それよりもありそうで、しかも一番怖いのは……カストロスが、何らかの理由をつけて別の場所へ連れ出した? 多少強引な理由でも、しつこく押せばあの人は従ってしまうから。
人のあまり来ない部屋。林立する書棚の陰。アイツが何かするなら、決まってそういう場所でした。他に、人のたくさんいる場所なんかでは、軽口を叩いて「仲の良い先輩後輩」のように振舞って。オレも最初は騙された。だけどもう、アイツの本性は知っている!
それなら、二人が向かう方向は……
(こっちだ!)
木の根が張りめぐらされた道を、オレは駆けだしていました。相変わらず、何の変哲もない景色だけれど。その先にかすかな光明が見えた気がしました。
目立たなくて、それなりに人が通れそうな獣道。けれど撤収する戦闘部隊が通らなそうな脇道。そうして辿って行った先に見えたのは、大きな一枚岩でした。裂け目や空洞もない、ただの岩。行き止まりです。
外した!
落胆すると同時に、腹の底から不安がせり上がってきます。こうしている間にも、先輩は……。
重くなる身体を奮い立たせて、もう一度探しに行こうとしたとき。大岩の向こうから緑の光が漏れました。
急いで道を探して、裏に回ると、廃屋のような小さな小屋が。そこで見たものは、まさしくオレが怖れていた光景です。
二人きりの狭い小屋の中、ヘラヘラといやらしい笑みを浮かべたカストロスがエイミリア先輩に手を伸ばし――
「なあ、いいだろ? 今、誰もいねえしさ」
「今、任務中ですよ。ふざけている場合じゃないでしょう」
「ふざけてるとかじゃなくってさ。俺、前からおまえのこと、ちょっとイイなって思ってたし。知ってんだろ?」
はあ!? ちょっとイイ? なにふざけたこと言ってんですか。
言っときますけど、オレの先輩は『めちゃくちゃイイ』お方ですからね!
迫りくるカストロスに向けて、先輩の手から淡い緑の光が溢れるけれど……。
先輩。たぶんそれ、シラフです。陰獣にやられたとかじゃなくて、フツーに発情してるだけです。解術魔法をいくらかけたって効かないですよ。
それより、早く助けないと! 先輩、いま行きますからね。
……なんでドア開かないんだよ。窓ガラスも、いくら叩いても割れないし! コレ、もしかしてバリアとか張られてる?
なんか二人とも、オレの存在にすら気づいてない感じだし。
「なあ、頼むよ……。ちょっとくらい、いいだろ? 一回だけ、な?」
いいわけないだろ! ちょっとって何だよ、一回って何だよ。ダメなもんはダメだ、先輩に触るな。その人は、オレの……!
ああ、先輩が隅に追いつめられて行く。先輩、解術魔法じゃダメですよ、そんなの意味がないんです。そんなヤツ、さっさと強烈な魔法でぶちのめしてくださいよ!
「ここなら誰も見てねえし。俺、誰にも言わねえから。なあ?」
先輩、なんで攻撃しないんですか! そんなヤツ、貴女の魔法だったら一撃でしょう?
いつもみたいに突っぱねて、サラッと毒舌吐いて、冷たく見下ろして……。いつもみたく、何でできないんですか!?
先輩、気付いて。オレここにいます。このバリア破ってくれたら、助けに行きますから。
だから、先輩――!
バンッと派手な音がして、さっきまで手ごたえのなかったドアが突然内側へ外れました。半狂乱に殴りかかっていたオレは、一緒に小屋の中へ倒れ込みそうになるのを踏ん張って、先輩のそばへ駆けつけます。
先輩は青ざめた顔で、攻撃魔法を放ったばかりの右手をギュッと握りしめて。
足元には、ゴミカスが伸びていました。
オレ、どうしたらいいですか?
震えているの、抱きしめてあげたいけど。オレなんかが触れちゃダメですよね。たぶん、男と二人でいるのもイヤだろうけど……。
でもすみません、オレ、貴女をひとりにしてあげることができないです。
そうだ、何か……話したほうが、いいですかね?
「あの……、何で『コクーン』使わなかったんですか?」
「……あれは、近くにいる人、一緒に閉じ込めちゃうから」
あ、そうか。バカだオレ。
もう、どうしたらいいかわからないです。オレなんかですみません。これが他の人……たとえばアイリーン先輩とかだったら、よかったですね。
オレでは、何もしてあげられなくて……。
「先輩?」
「ごめん、……少しだけ」
先輩の震える手が、騎士服の袖をつまんでいました。
こんな状況なのに、すみません、オレ、ちょっと嬉しかったりします。袖の端っこだけでも、貴女がつかまれる存在であったことが。
その手、握るくらいなら、いいですか……?
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