第43話 先輩、貴女の一番近くに(2)
そんなこんなで今回もまた、私設団の捜索活動となりました。
風がないという点ではやりやすいですが、その一方、奥では魔獣との戦闘が始まっていますし、こちらは私設団の方を保護したばかり。おまけに基地周辺の警護にも解術魔法の上手な魔道士たちを残してこなければならなかったため、遊撃隊は元より人手不足です。
「では、本隊の指揮はカストロスに任せる。流れ弾に警戒し、被救助者と共に基地へ」
というわけで遊撃隊長を務めるQ小隊長自らが他一名を伴って、戦闘区域を避けた場合に考えられるルートの捜索にあたることになりました。
そしてもう一組、最も危険な戦闘区域へ向かうのは、いつものことながら――
「レンスラートとエイミリアは、必要な人数を見繕うといい。本隊のほうも、護衛とはいえ対象は私設団の騎士だからな。問題は、コーガとコーディアスだが……」
そうか。コーガさんのチューターはエイミリア先輩だし、オレもトーリス先輩が遊撃隊に入っていないのでレンスラート先輩の預かりになっているんですよね。
研修中はチューターに同行するのが原則ですが、今回はそういうわけにいかないですよね……と思いきや、
「コーガは自衛ができますので、本人の判断に任せて良いかと」
「あー、コウちゃんも、そんな感じでいいんじゃね? 解術使えんだろ」
ええっ、エイミリア先輩に続いて、レンスラート先輩まで! それでいいんですか!?
「そうか。ではそちらに任せる」
小隊長まで!
目の前に二つの道があって、その片方がエイミリア先輩へと続く道ならば、オレの取る道はもちろん決まっています。
だけど……それを自分で選ぶのって、難しいですよね、コーガさん?
「でも僕なんかが一緒に行って、邪魔になりませんか?」
「邪魔をするつもりなら、来なければいい」
ドS天使様ご降臨! エイミリア先輩は、任務においては甘えを許さぬお方です。オレはできれば、甘えたいというか、どちらかといえば甘えていただきた……いえ、何でもありません。
「……僕は、どちらかといえば防御系なので、本隊で護衛につきたいと思います」
「うん、任せたよ」
しばし迷った末にコーガさんが答えを出すと、エイミリア先輩は天使の微笑みで承諾されました。鞭のち甘~い
「コウちゃんは、どうする? 一緒に来るか?」
え、オレはもちろん、先輩のお側に……
「あ……、いえ。オレも、本隊のほうに行かせてください」
顔を上げることができませんでした。
ここまで来て、オレは何もできなかった。さっきの戦闘だって、足手まといにならないよう気をつけるばかり。今もコーガさんは本隊をちゃんと「選んだ」のに、オレは逃げただけで。
貴女の一番近くにいたいと……そんな不純な動機に、罰が当たったのです。
どんなに近くにいたって、貴女に気付いてもらえなければ意味がないのに。
情けなさに打ちひしがれているうちに、出発の時となりました。そしてエイミリア先輩は、
「イアソンさんは右足を負傷されているようですので、その対応をしてから向かいます」
「わかった。こちらは先に出発する」
「あ、治癒なら僕が!」
ああ……。今のだって、オレが申し出るべきところだったでしょうか。魔道士のコーガさんが、少しでも魔力を温存できるように。何もかもが後手に回っているようで、ますます気が滅入ってしまいます。
オレに出来ることといえば、先輩のうしろ姿を見送るのみ。
ところが、ここで問題が発生しました。
「いや、俺もそっち行くよ。ちょっとでも戦力必要だろ」
「はあ? カスさん、あんた本隊の指揮だってば」
「こちらも人数は要りませんから」
それでも食い下がるカストロス先輩。
「でも俺がそっち行くほうが良くね?」
「じゃあ、わたしが本隊に行くので、レンと一緒に――」
「いやいや! それは、ちょっと……違うだろ」
「違うって何すか? 駄々こねてる場合じゃねえし!」
「ほら、本隊も早く出発しましょうよ」
周囲も説得を試みますが、風も吹かないこの場所で馬耳東風です。
けれどここは戦場。無駄なことに時間をかけてはいられません。そもそもエイミリア先輩は、仕事上の無駄がお嫌いな方です。
「レン、急ごう。早くあの無益な戦闘やめさせないと」
「お、おう!」
そのお言葉に、オレはハッとして顔を上げました。そうか、今回の任務は魔獣の調査であって、討伐ではない――オレを含めて何人が、そのことを忘れたまま任務に就いているのでしょう。
そうしてお二人の姿が木立の向こうに見えなくなったとき、
「あっ……!」
オレの横をすり抜けて、カストロス先輩も後を追って行ってしまいました。
「放っとこう。もともと、あの人アテにしてないし」
「どうせ、エイミリア先輩に守ってもらおうって魂胆なんだぜ」
うしろ姿を横目に見て、誰かが舌打ちします。あの人はへっぽこ魔道士だから、と。
それでも、誰も追及しませんでした。
相手は先輩だから。他の先輩たちも黙認しているから。自分が言える立場じゃないから。……言い訳なら簡単に並べられるけれど、正しいと思うことを口にするのは難しくて。間違っているとわかっていながら、みんなで間違い続けてしまうのです。
そうして取り返しのつかないところへ行き着いてから後悔しても遅いのだと……どうして人は、先に気づくことができないのでしょう。
* * *
「おまえさ、もっと貪欲になれよ」
隊列を整えて基地へ向けて出発するとすぐ、隣を歩くコーガさんに声をかけられました。
「……いや、僕が言うのもアレだけど。でも、今だからわかるっていうか」
自身も研修中であることをはばかってか、ちょっと気恥しそうなコーガさん。けれど今日の働きを見ていれば、じゅうぶんにそれを言える立場であることはわかります。
「僕ってけっこう、自分で言うのも何だけど、要領悪いほうだと思うんだよな。でも、研修成績、わりと良かったみたいで……あ、これ、非公表のやつだけど」
入隊半年の頃は、一年上の先輩との経験年数の差は3倍。それが一年経つ頃には、2倍に縮まっているはずだったのに。
半年前の夏の討伐任務でも、保護した一般人を護衛しつつ基地へと戻る道すがら、エイミリア先輩に注意されていたオレ。足踏みしている間に、どれだけ引き離されてしまったのでしょう。
「エイミ先輩って、僕ら後輩にどんどん経験させてくれるんだよ。討伐も治癒も、自分でやったほうが早いだろうに」
「たしかに、それはオレも、思います」
「何かあっても、フォローしてもらえるって安心感もあるしさ。それに、ちゃんと褒めてくださるだろ? しかも他の人経由で言われたりすると、すごく自信になるんだ」
「ああ、はい……。わかります」
コーガさんの言うことは一々、身に覚えがありすぎて。オレもこの一年で、何度も思ってきたことです。同じことを思っていても、それを活かして研修成績を上げたコーガさんと、進歩のないオレ。この差って、何ですか?
「あの人は、こっちがやる気見せればどんどん先へ引っ張っていってくれるよ。いや、僕もさ、最初のうちは申し訳ないって思ってた。あんなすごい先輩に、僕なんかが時間とらせていいのかなって」
それも、同感だけど。でもコーガさんは、エイミリア先輩がチューターなのだから良いのでは……と思っていると、続く言葉がオレには目からウロコでした。
「でも今は、むしろ逆だと思ってる。積極的に学びにいって、ちょっとでも上達したところを見せられたら……それが、恩返しっていうか? 生意気だけど、エイミ先輩ならそういうのが一番喜んでもらえるんじゃないかって、思うんだ」
言われてみたら、たしかにそうかもしれないけれど。そんなことで……そんな簡単なことで、良いのでしょうか。
「ここだけのハナシ、アリアンナ先輩ってさ、ダメ出しされるとすぐ言い訳したり、むくれるんだよな。だからエイミ先輩も、あんまり言わないようにしてるとこあると思う。あれ、ホントもったいないよ」
基地が見えてきたからか、コーガさんは声を落としていました。
「チューターがトーリス先輩だったのは、正直かわいそうだけどさ。そのかわり、エイミ先輩にけっこう目かけてもらってるだろ? それってすごいラッキーだと思うよ」
「そう、ですよね……」
見かねて仕方なくだろうけれど、それでも、オレがラッキーなのは間違いないです。当り前のことじゃない。そうやって貴女がオレのために割いてくれた時間を、オレは別のことに気をとられて、どれだけムダにしてしまったのでしょう。
あと一年、オレはまた……。
基地に着いて間もなく、新たな
「終わったみたいですね」
「なぁーんだ。結局、陰獣は見つからなかったか。ちょっと期待してたのになあ」
いつの間にかそばに来ていたファーガウスが、唇を尖らせて言います。
「見つかったら見つかったで、大変だから、いいんじゃない?」
苦笑して答えるコーガさん。
「まあ、そうっすけど。あっさり終わったら、つまんなくないすか? オレら何しに来たんだって」
「居もしない魔獣をいつまでも探し回るよりは、いいだろ」
「えー。『居もしない』なんて、なんで言い切れんだよ、コーディ?」
「それは……」
それは、先輩が教えてくれたから。
今日一日のご様子から察するに、先輩は初めから、ここに陰獣は居ないと予測されていたのではないでしょうか。それでもスティングスの隊員である以上、作戦には忠実に従わなくてはならなくて。
『陰獣が、もしもこの谷に住んでいるとしても……』貴女はそう言っていた。
貴女はいつも、たくさんのことをオレに教えてくれていた。言葉で直接だけじゃなく、行動や、態度や、いろいろなところで。オレはそれを、どれだけ活かせているでしょう。
貴女に近づきたくて。でも、近づきすぎるのは怖くて。
一人前になってからとか、せめて研修を終えてからとか、ずっとそんなふうに思ってきたけれど……それはたぶん、オレの甘えで。貴女への想いも、研修のほうも、中途半端なまま。オレは逃げていたのです。
だけどオレは、貴女の幻影をいつまでも追い回していたかったわけじゃない。いつか、貴女の隣に立てるように……オレはもっと、頑張らなくちゃいけないのに。
先輩、オレは決めました。
この恋を葬っても、貴女が学ばせてくれたこと、貴女といた時間、どれ一つ手放したくはない。貴女のくれたすべては、これからもオレの中で生きていくのです。
「コーディ? どしたん?」
「……いや。オレは、甘えすぎてたなって」
「なんだよー! もっともっと、オレに甘えていいんだぜえ?」
ファーガウスがふざけてオレの首に腕を回してきます。ちょっと、苦しいです。
「うん、ありがとう」
「は? ……えっ、いやいや、今のは冗談だって! 真に受けんなよ、コーディ。気持ちワリーな」
「ははは、わかってるって。でも」
でも今は、すべてに感謝したい気分なんです。
すべてに。そして、誰よりも貴女に。
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