第40話 先輩、優しさは要らないです


「それでそれで? 洞窟の中で、何があったんすか?」

 毎度のことながら、よくもまあファーガウスは、誰にでも何でも気軽に聞くものです。そのスキル、少しだけわけてほしいような。

「いやあ、言えねえ。それだけは言えねえわ」

「なんすか、気色悪いなあ。にやけちゃって」

 ……まあ、ちょっと行き過ぎな気もしますが。


 対するレンスラート先輩は、

「だからさ、マジで口止めされてんだって!」

 なんて言いながら、ものすごく聞いてほしそうなのはナゼでしょう?


 先日の捜索活動で、1人洞窟の奥へと向かったレンスラート先輩は結局、私設団の人たちを見つけて無事に連れ帰ってきました。それからすぐ基地に戻って、単独で隊長の元へ報告に行ってからは、ずっとこの調子です。

 オレも詳しいことはわかりません。洞窟から出てきた時は、みなさん話が要領を得なくて。ただ、そんな中「酒池肉林」なる謎のワードが聞こえてきたような気がするのですが……?


 人がまばらになった終業後、オレたちはレンスラート先輩のデスクの周りに集まって座談会です。

 入隊したてホヤホヤの頃は先輩方とお話しするのも緊張し、着席することさえためらわれていたことを思うと、オレたちもずいぶん進歩したものです。まあ、やっぱりファーガウスはやり過ぎな気もしますが。

 距離のつめ方って、難しいですね……。


「えー、いいじゃないすか。お手柄だったんでしょ? でもレン先輩ってたしか、昔は『出来ないキャラ』だったんすよね。誰かそんなこと言ってなかったっけ。なあ、コーディ?」

「ファーグ!?」

 まったく、オレのほうがヒヤヒヤします。けれどレンスラート先輩は気にする様子もなく、

「おう、マジマジ。研修の頃なんて、トーリスよりひどいくらいだったし。なあ、エイミ!」

「ん、何?」


 ちょうどそこへ、エイミリア先輩が部屋に入って来られたのです。急に話を振られて小首を傾げられる先輩。ホライゾンブルーの髪がサラリと片側へ流れます。

 そこでレンスラート先輩がこれまでのあらすじを説明すると、

「え、知らないよ。だってわたし、魔道士だもん」

 つーんとクールなお返事も素敵です。


 先輩はそのまま、オレたちのほうへ寄って来られて、スッと着席されました。

 おおっとこれは、先輩には珍しいパターンではないでしょうか!? いつもならみんなが盛り上がっていても気にせず、要件だけ済ませてサッと立ち去ってしまわれますからね。

 オレもこの時間まで居残っていた甲斐がありました! ……と小躍りしたいのはやまやまなのですが。

 なんで、その席なんですかね?


 他にも空いている席はあるのに、なぜわざわざ、レンスラート先輩の隣に行くのでしょう。

 いや、まあ、そこが仲の良いアイリーン先輩の席だからですよね?

 でもでも、オレの隣なんて、もともと誰も使っていない席なんですよ?


 そして先輩は、レンスラート先輩とは反対の隣を向くと、

「トーリス、何か忘れていない?」

 そう。トーリス先輩だってその席を避けていたから、空いていたわけですよ。アイリーン先輩はまだ帰宅していないですからね。いつ戻ってくるかわからないですからね。

 しかも、何ですかその気になる発言は……って、いけない、これじゃ完全に八つ当たりですね。


「あ、やっべえ!」

 あちらはあちらで、慌てて自分の席に戻っていくトーリス先輩。そのセリフも、なんだか聞き慣れてしまった気がします。

「おい、コーディ。おまえも手伝え! おまえの研修のやつなんだし――」

「トーリス、それはチューターの仕事でしょ」

 オレの研修の……って、まさか研修評価ですか!?


 4か月毎にやってくる、研修報告。課題等の進捗しんちょくと、文章による総括、それにチューターからの評価シートを上層部に提出し、研修を適切に進められているか判定を受けます。

 適切でないと判断されたらどうなるのか……は誰も知らないのですが、3点キッチリそろっていないとそもそも判定してもらえないわけです。

 オレだって、ようやく作文(報告書)を仕上げたからこうして雑談に興じているわけでして。

 他の二つはチェックシートみたいなもので、わりと簡単なはずですが。くうぅ、オレも油断しました。


 隣のファーガウスは、

「それって、今日まででしたっけ? リドル先輩、出してくれたかな」

 なんて悠長に言っていられるのが羨ましいです。

 ところがエイミリア先輩は、

「あ、違うよ。トーリスだけ。他のみんなは、今週末で大丈夫」

 そんな。トーリス先輩だけ特別扱い!? ……って、違う違う。違いますね。ああ、禁断症状が重篤じゅうとくです。


「トーリスは前回期限に間に合わなかったから、今回は2日前に提出してもらうことにしたの。……って、先週も念押ししたよね?」

「もうちょっとでできます! すぐ! すぐっすから!」

「じゃあ、ここで待ってる。すぐ仕上げてね」


 先輩、オレの知らないこんなところでも、オレのためを思って、何ならオレのことを想ってくださっていたのですね。ああ、この感謝を、貴女への想いをオレはどうやって伝えれば良いのでしょう。

 でもお礼を言ったって『え、べつにあなたのためじゃないし。つーん』なんてことになるかもしれないですし……。

 ただでさえ最近、距離が微妙というか。


 この前の任務のときだって。

 洞窟の中でレンスラート先輩を待ちながら、ずっと二人きりだったのに、あんまりオレのほうを見てくださらなかったですし。

 なんとなく、避けられている……? オレの気にしすぎでしょうか。

 以前はもっと上手く話せていたはずと思っても、それがどんな感じだったか考えてみると、よくわからなくて。

 あの頃の貴女の笑顔を探すたび、不安で、不満で、たまらないのです。ああっ、やっぱり禁断症状が!


 でも何か話題を振って、先輩とお話ししたかったのは本当で。向かいに並ぶお二人を見て、オレは以前から気になっていたことを口にしていました。

「そういえば、お二人って、もともと同じ小隊だったんですか?」

「おう。オレ、最初K小隊だった」

「そーいや、そうっすね! レンさん、俺が入隊したときに移ってきたんだっけ。懐かしぃー」

 トーリス先輩が書類そっちのけで話に加わろうとして、エイミリア先輩の鋭い視線に射すくめられ、そしてその横顔にオレが見惚れている――ヒマもなく、隣でファーガウスが騒ぎます。


「えっ、そうなんすか!? つーか、なんでそんなこと知ってんの、コーディ」

「え、いや……」

 オレも、レンスラート先輩がK小隊だったと知っていたわけではないですけれど。

 ファーガウスは、おしゃべり好きで他人の話の輪にもすぐ入っていくかわり、自分が知らないことをオレやカイルが知っていたりすると、すぐ拗ねちゃうんです。

 そのくせ、ついこの前話したことでも覚えていなかったりするから、困りものですね。


 けれど興味がすぐ他へ移るのもまたファーガウスで。

「てか小隊って、そんな変わるもんなんすか?」

 オレが答えないうちに、もうレンスラート先輩のほうへ身を乗り出して訊ねていました。

「んー、そんなでもねえかな。2、3人ってとこ?」

「うん、毎年各小隊で2、3人くらい出入りするかな。だから、全体で5人ほど」

 レンスラート先輩が確認するように隣を向き、エイミリア先輩は同意しつつオレたちへ向けて解説してくださいました。

 こうしてみんなで話しているときは、自然な笑顔も見られるのに。


「しかもアレ、誰が異動になるかギリギリまでわかんねんだよな」

「うん。年度替わりの2、3日前に、ボードに貼りだされるの」

「えーっ!? そんなにギリギリなんすか」

「本人には、事前に知らされるとかじゃなくてですか?」

 オレも、努めて自然に会話に加わろうとしますが……こんな感じで、大丈夫でしょうか?


「そーそー。あん時も、貼りだされたの見て『え、オレかよ!?』って。まあでも、おまえらは異動になんねえから。心配すんな」

「チューターと小隊が別になることはないから。研修の間と、チューターをやっているときは、異動はないよ」

 エイミリア先輩が、またも適切に補足してくださいます。


 そう。そうなんです。オレも後から気づいたのですが、チューターは同じ小隊の先輩がなるものだから、エイミリア先輩とレンスラート先輩が同じチューターについていたということは、当時同じ小隊に所属していたということになりますよね?

 薬草採取の雨宿り、ほんの短い時間だったけれど、得られる実りは案外多かったのです。

 でも、なんだかエイミリア先輩は、その話を深掘りされたくないご様子だったような……?


「その節は、お世話になりましたっ!」

 ボーっとしている間に話は進んでいて。レンスラート先輩が勢いよく頭を下げています。

 K小隊から異動の際、荷物の移動を手伝ってもらったそうで。どうやら、お片付けの天使エイミリア先輩のお世話になっているのは、そんな初期の頃からだったようですね。

「本当だよ。異動はなくてもデスクが変わる可能性はあるから、荷物は整理しておかないとダメだよ」

 ご忠告に、オレも身の引き締まる思いがしたところへ、ドアが開いてアンセラ先輩が外から戻ってきました。


「お疲れさまです。あ、トーリス先輩、来月後半でダメな日ってありますか?」

「え、ナニナニ? 俺とデート?」

 いつもながらしょうもない返事をするトーリス先輩ですが、ここでたまにKY奇跡を呼ぶなファーガウスが仕事しました。

「あ、お疲れ会のやつすか!?」

「そう。一応、予定聞いとかないとと思って」

 トーリス先輩、完全にスルーです。


 春に第4部隊全体で行われた歓迎会とは違って、年度末には小隊ごとに飲み会が行われるそうです。「この1年間お疲れ」と小隊内の親睦を深めるとともに、研修を終える2年目の先輩方に「修了お疲れ」との慰労を兼ねて、俗に「お疲れ会」と呼ぶらしいです。


「けど、それってお疲れされる2年目が自分らで取り仕切るんすね」

 ファーガウスが気にするのはもっともで、2年目ということは来年はオレたちの番なんですよね。

「研修でお世話になった先輩方にお礼っていう意味もあるからね。でも、ぶっちゃけ自分らの好きな店選べるし、あたしはいいと思うな。飲み代は上の人たちが出してくれるしさ」

 恒例行事の飲み会一つとっても、奥深いものです。研修やセミナーだけでなく、オレはこれからそういうところも学んでいかなければ。そしてスマートな大人を目指します! 


「だから、日程調整はチューターの先輩優先で――あっ、アイリン先輩!」

 オレが密かな決意を固めていたとき、今度はその、お探しのアイリーン先輩が入ってきました。

 アンセラ先輩は早速都合を確認しますが、

「あー、ごめん。とりあえず、あたし抜きで決めてくれる? どっちみち行けなくなるかもしれないんだわ」

「え、なんでですか!? アイリン先輩が来てくれないと。先輩優先で日にち決めますから!」

 チューターであるトーリス先輩の時と、扱いの差がすごいです。

 実際、アンセラ先輩のチューターはアイリーン先輩だと思っている隊員が、他の小隊には何人かいるようですが。


 それでもアイリーン先輩は、

「あたし、今から小隊長んとこ行かなきゃなんだ。ごめん、またあとで!」

 戻って来たばかりなのに、すぐまたバタバタと部屋を飛び出していきました。

「なんか最近、忙しそうすよね」

 開け放されたドアを見ながら、ファーガウスが誰にともなく言います。


「え、まさかアイリン先輩まで辞めるなんてこと、ないですよね?」

「あいつが? まっさかぁー!」

「そういや、婚約者がいるんすよね。もしかして寿退職?」

「アイリンさんだったら、結婚しても辞めなさそう」

 本人が去ったあとでは、みんな好き勝手に憶測を述べています。


「婚約者さんの希望でってことも、あるかもしれないですよ」

「あー、家庭に入ってほしい的な?」

「レンさんは、そっちなんですか?」

 けれど本人不在の論争は長続きせず、レンスラート先輩の発言にアンセラ先輩が反応して、そこから話の方向が変わりました。


「だって、家に帰ったらかわいい奥さんが料理作って待っててくれてるとか、最高じゃね?」

「あぁー、いいっすね!」

 男性陣から歓声が上がります。きっと、それぞれに思い描いているんじゃないでしょうか。

 え、オレはもちろん……いえ、何でもないです。ふふふ。

 ホライゾンブルーの髪をなびかせて、『お帰りなさい』なんて……ふふ。どんなエプロンを着ていただこうかなあ。むふふふふ。


「けどやっぱ、相手次第かな。奥さんが『わたし働きたい』って人なら、そうしてもらうかも。すげー仕事頑張ってる人だったら、応援したいし」

「ですって。良かったっすね、エイミィさん!」

 ナゼそこでエイミリア先輩に振る必要があるのでしょうかトーリス先輩!?

 ほら、先輩だって、キョトンと可愛らしいお顔をしていらっしゃるじゃないですか。先輩、今のは気にしなくていいですからね!


 でも先輩のお顔は、すぐに優美な微笑みへと変わり、

「終わったの?」

 両手を出して、書類提出を求めるジェスチャー。はい、トーリス先輩撃退です。

「オレはやっぱ、共働きがいいなー。なんかあった時のために、ちょっとでも蓄え増やしときたいじゃないすか」

 その一方で、自己申告しているファーガウスの意見は、意外と堅実ですね。


 スティングスの仕事は危険もあるし、騎士という専門職なこともあって一般の職業より給料も良いのですが……その危険ゆえに、もしも騎士生命を絶たれるようなことになってしまったらと、若干の不安は付きまといます。

 まあ、そんなことは滅多にないようですが。

 あと、けっこうな保障もあるらしいですが。


 だから、オレはやっぱり『お帰りなさい、アナタ』って……。いやでも、お仕事続けたいとおっしゃるなら、それはそれで……。

「コーディは?」

「え? オレは……まあ、その人の希望に合わせたいかな」

 オレが出世して、貴女を養えるようになったとしても。仕事をしているときの貴女も、やっぱり素敵だと思うから。


 問題は、オレが出世したって、先輩はその上を行かれると思うんですよね。はぁ、格差婚というやつですか。そもそも、先輩が希望されてもスティングスがこんな優秀な方を辞めさせてくれるかどうか。じゃあ、場合によってはオレが主夫になってお支えする覚悟で!

 え、タヌキの皮がどうかしましたか?


 って、あれ? 今オレ、ファーガウスに乗せられて言わされてました? あぶない、あぶない。『先輩の』とか言わなくて良かった……!

 まあとにかく、次は女性陣に聞く番ですよね? さあ聞こうじゃありませんか、『その人の希望』を!

 と意気込んだ矢先、新たなゲストの登場です。

「お疲れさまですぅー。あれーえ、何のお話ですかあ?」

 開いていたドアから廊下に筒抜けだったのだと思いますが、アリアンナ先輩はそう聞きながらオレの隣の空席に収まっていました。この人も、話の輪にどんどん入っていける人ですよね。


「えー。あたしだったらぁ……、んー、旦那さんによるかなあ? 稼ぎの少ない人だったら、あたしも働いて支えてあげたほうがいいと思うしぃ」

 さっそく自己申告するあたりも、なんかファーガウスと似てます。

「え、意外。アリリン先輩、結婚したらすぐ辞めそうなのに」

「ええー。ひどぉーい」

 このくだりは、なんだか聞き覚えがある気がします。


「じゃあその『旦那さん』を早く見つけないとっすね!」

 アリアンナ先輩は「募集中」を公言していて、そのことでよく周囲にイジられているのです。でも後輩のおまえまでイジるなよ、ファーガウス。

「そぉなのー! この際年下でもいいから、誰かイイ人紹介してぇ?」

「えー、ひでぇな。年上でも、イイ人いっぱい余ってんのに。なあ、トーリ!」

「そうっすよね、レンさ――あ、すんません!」

 はい、トーリス先輩は、さっさとオレの研修評価を仕上げてください。


「アリリン先輩は、やっぱアレっすか? 高身長・高収入、みたいな?」

「そしたら先輩、働かなくて済みますもんね」

「アンちゃんはぁ、仕事辞めたいのぉ?」

「そりゃ辞めたいですよ、こんな仕事。キツいじゃないですか」

「そういや、アンセラ先輩って、親父さんの私設団入るんすよね。そん中の誰かがお婿さんになったりして?」

「じゃーあー、相手は強い人じゃないとねぇ!」

「え、べつに強くなくていいですよ。父や兄みたいなのが、もう一人増えても困るし」

「アンセラ先輩は、優しい人とかのほうがタイプなんすか?」


 あの、どなたか聞いてください。エイミリア先輩に聞いてください。この方絶対、自己申告なんてしないんだから!

 オレが聞くべきですか? でも、すでに話の流れがズレてきているような……。

「ミリア先輩は?」

 おおっ、来ました!

「ん?」

「先輩の理想のタイプ。どんな人ですか?」

 あ、そっちですか。

 いや、それも大事ですよね。高身長の優しい男、あたりが良いかとオレは思うのですが?


「理想?」

 それか、ちょっと頼りない感じの年下とか?

「そーそー。ミィ様のぉ、好きな男の人! あんまりそういう話、してくれないですよねぇ」

 謎多きエイミリア先輩の理想のタイプ、みんなも興味があるようで。注目が集まる中、先輩は、

「うーん…………」

 そのまま、沈黙の時が訪れました。

 待て、待つのだファーガウス!


 やがてエイミリア先輩は一言、

「……空気?」

 お首を傾げながらおっしゃいました。

「空気?」

「空気って?」

 天使様の放ったワードが、民衆の間にざわめきと共に広まります。

 研修も半分を終えようという今日この頃。ここへ来て、過去最大の難問課題が与えられました。

 空気になる方法を、どなたかオレに教えてください!


「それって、存在感薄いってこと?」

 あ、それならオレは、なかなかイイ線いっていると思います。

「干渉しない人、みたいな?」

 離れた場所からそっと観察するのは、得意ですよ。

「えぇー。でもそれってぇ、居る意味なくないですかあ?」

 ぐはっ。オレの存在価値ナシ。


「まあ、先輩だったら、一人でもタフに生きていけそうですもんねえ」

「あ、それわかる! むしろ『わたしの邪魔しないで』って感じ?」

 またまた、みんな好き勝手に言い出して。先輩は否定も肯定もせず、ただ静かに見守っていらっしゃいます。

 たしかに、先輩は一人で何でもそつなくこなされるけど。孤高の存在というイメージだけど。

 それは、貴女が望んだことなのでしょうか……。


「じゃあ先輩は、結婚しても仕事続ける派ですか?」

 おお、ついに来ました、この質問!

 ところがご本人の回答も待たず、

「そりゃあ、だって、エイミリア先輩だよ?」

「エイミがスティングス辞めるわけねえよな」


 そうして結論が出たかにみえたとき、またしても天使のお言葉が地上をざわつかせます。

「わたしはべつに、スティングスでずっと続けていこうと決めているわけじゃないよ」

「えっ、そうなんですか!?」

「なんか意外!」

 はい。オレも、意外でした。エイミリア先輩はきっとスティングスを辞めたくないだろうって、オレもやっぱり心のどこかで勝手に決めつけていたのです。


「まあ、どっちにしても当分はまだ、ここで続けるつもりだけど」

「当分って?」

「辞めたらどうするんすか? もしかして、私設団?」

 わき起こる疑問を先輩が適度にいなすのを眺めながら、オレは気づいてしまいました。


 オレは、エイミリア先輩はスティングスを辞めないものと思い込んでいたけれど……それはきっと、そうなることをオレ自身が怖れていたのです。

 同じ職場の仲間。それだけは、変わらないものとタカをくくっていたのに。先輩とオレの接点は、それほど儚くもろいものだったのですね。


「……じゃあ先輩、スティングスを辞めたいっていうわけじゃないんですね?」

「うん。あくまで可能性の話だって。仮に辞めるとしても、何年も先のことだろうし」

「わからないですよー? 急に結婚が決まって、寿退職とかするかもしれないじゃないですか」

「えっ、ミィ様、結婚してもここ辞めたらイヤですよ? あたしミィ様に会えなくなったら死んじゃう!」

「なに言ってんの。するわけないでしょ」

 ふふっと笑う貴女の笑顔が、周囲に振りまく優しさが、オレの心を冷たくします。


 貴女の言った「するわけない」は、結婚のことですか? それとも退職のほうですか?

 先輩、オレのこと、見えていますか? 貴女の世界に、オレは存在していますか?


 オレに気付いて。オレ、ここにいます。


 オレはこんなにも貴女のことを想っているのに。こんなに強く、誰かを想ったことなんてないのに。

 だけど……。貴女に届かなければ、そんなの、何の意味もないですよね。

 


  

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