第38話 先輩、想うだけなら許されますか
「なんかもう、ムリかも……」
サン・レヴィの休暇も開けて、余韻を残しつつ街は日常に回帰しつつありました。
休みボケを引きずっていた学生の頃と違って、仕事始めの翌日にはもうフル回転の通常業務。といっても、そう簡単にギアを戻せるわけでもなく、なんとなく調子の合わない状態のまま、なんとか最初の週を乗り切った、その週末。
オレは今日も職場の先輩と一緒です。
場所は王都の繁華街。オシャレなカフェのオープンテラスで、所属小隊も違う女性魔道士の先輩と2人きり。そんなシチュエーションに、いま一つ理解が追い付いていません。
「最近さあ、トルルと全然上手く行ってないんだよねえ」
「え? この前みんなで遊びに行った時も、仲良さそうだったじゃないですか」
「あー。あん時もね……、ケンカんなっちゃって。ほら、途中であたしたち2人だけ別行動した時あったじゃん?」
ああ、たしかホラーハウスの時ですよね。
サン・レヴィの休暇中に、職場のみんなでテーマパークに遊びに行って。次はホラーハウスに行こうってなった時に、トルファウス先輩とカーリア先輩だけ他のところに行きたいと言って、別行動になっていたんです。
2人腕を組んで去って行く後ろ姿を見て、みんな羨ましがっていたんですけどね……。
「あたしはみんなと一緒にホラーハウス行きたかったんだけどね、トルルが絶対行かないって言っちゃって。それで別んとこ行ってたんだけど、何でって聞いても何も答えてくれなくてさ。それで、大ゲンカになったの」
え、あの衝撃のホラーハウスの裏側で、そんな修羅場があったんですか。
いやぁ、こっちもいろいろありましたけどね。あの時の先輩も、カッコよかったなあ。ゴーストさんたち畏れさせちゃってたし。
「あの人さ、けっこう女グセ悪いんだよね。前のカノジョとも、まだちゃんと切れてないみたいだし。そういうので、しょっちゅうケンカなるの」
「そうなんですね」
……ところであの、何でオレがこの話をされているのでしょうか? アドバイスとかそういうやつでしたら、オレ全然無理ですよ? むしろオレがアドバイスいただきたいくらいです。
あの日、舞台はすべて整っていたのに。オレは気持ちを伝えることすらできないまま、逃げられてしまったというか……。あれは、拒絶ととるべきなのでしょうか? オレにはもう、望みはないのでしょうか。
まあ、そうですよね。あのタイミングで急に立ち去られたというのは、やっぱり……。
でももしかしたら、急に用事を思い出されたとかかもしれないじゃないですか!?
……って、そんなわけないですよね。
「だから、もう……別れちゃおうかなあって」
休日の昼下がり、街のオシャレなカフェで二人きり。
ああ、これが別の先輩だったらなあ……。
「ねえコーディくん、どう思う?」
……あれ? オレの妄想が具現化した?
その時、川向うの通りを美しい天使が歩いてくるのが見えたのです。風に揺れるホライゾンブルーの髪。遠目にも目立つスラリとした立ち姿。そのまま橋を渡って……。
え、もしかして本物!? ……あ、それと、アリアンナ先輩もいたようです。
「あれっ? カーリー先ぱぁい! こんなところで何してるんですかぁ?」
駆け寄ってくるアリアンナ先輩と、その後からゆっくり歩いてくるエイミリア先輩。
あれ、なんかちょっと、後ろめたいのはなぜでしょう? あのコレ、違いますからね? そういうやつじゃないですからね?
「あれぇー? もしかしてカーリー先輩、浮気ですかぁ? ひどぉーい」
いやだから違いますって! カーリア先輩が相談したいことがあるって言うから付き合っているだけですって。そういうお付き合いじゃないですって。
だから先輩、虫けらを見るような目で見ないでください。虫けらより下等とか言わないでください。
「もぉーう。カーリー先輩ったら、トルルン先輩という人がありながらぁ。あっ、もしかしてあたしたちぃ、お邪魔でしたあ?」
そそそ、そんなことないです! ゼヒ、ここにいてください。特にエイミリア先輩は!
「行こう、アリア」
え!? 先輩、待ってください。せっかくこんなところで運命の出会いを果たしたのに。
「えっ、ミィ様、待って。ねえせっかくだから、みんなで飲みにでも行きません?」
「ごめん、わたし先に帰る」
「えー! 何でですかあ? 行きましょうよお」
「うん……、なんか、疲れちゃったし」
「え、ちょっとだけ。ねえ、いいでしょ、ミィ様?」
「あれっ? おまえら、こんなところで何してんの?」
ふいに声をかけられて4人同時に振り向くと、今度はレンスラート先輩とトーリス先輩が、連れ立ってこちらへ向かってくるところでした。
「え、何おまえら、浮気!? うわ、コウちゃん、やるじゃーん!」
「だから、違いますって!」
わわ、思わず大声出しちゃった。いやべつに、やましい気持ちを隠すためとか、そういうことじゃないですからね。
「そういうお2人は、何されていたんですかあ?」
「あ、俺らはこれからナンパ……じゃなくって、男2人で飲みに行こうって! ね、レンさん!」
「えー。トーリくん、ナンパ?」
「いや違うって! バカ、おい、トーリ!」
「違わないでしょ、先パーイ? 昼間っから男二人で飲みに行くなんてアヤシー!」
「ようし! じゃあみんなで飲みに行くぞぉ!」
「あ、いいっすね。さっすがレンさん! ちょうど男女比もイイ感じじゃないっすか!」
開き直ったレンスラート先輩に、トーリス先輩も調子を合わせます。
何がちょうどいいのかは知りませんけど。まあ、オレもエイミリア先輩とご一緒できるなら、やぶさかではありません。
でも、先輩今日はなんか、本当に気分良くなさそう。いつもなら疲れていても平気なふりして、こっちが心配になるくらいなのに。
いや、気分というより、機嫌が悪い……?
あっ、もしかして、高潔な天使様は浮気現場に遭遇してご機嫌ナナメ? いや、だからこれ、違いますからね。そういうアレじゃないですからね!?
「あたしも行きたーい! コーディくんも行くよね?」
「えっ? いや、オレは……」
だから、カーリア先輩も。手握ったりとか、そういう誤解招くような言動とらないでくださいよ!
ほら、天使様余計に怒っちゃって、
「……じゃあ、わたし先に帰るね」
「え、ダメですよミィ様! 帰っちゃヤダ!」
「そうだよエイミ、帰っちゃヤダ!」
「レン、それちょっとキモチ悪い」
「え、ヒドッ。お詫びに一杯付き合えよ」
「何のお詫びよ? 事実を言っただけでしょ」
「え、だから……、ホントのこと言っちゃったお詫び? お願いエイミ様、付き合って!」
つ、つ、付き合ってとか! なに言ってんですかレンスラート先輩!?
そういうこと、軽々しく言わないでくださいよ!
その一言を言えなかったオレは、この休暇中どれだけ……って、そういう話じゃなかったですね。あれ、みなさん、もう行っちゃうの? ちょっとくらい感傷に浸らせてくださいよ。
行動の速いみなさんによって、すぐに近場で良さげな居酒屋が洗い出され、あれよあれよという間にオレたちは乾杯をしていました。
そうしてペースも速いみなさんはあっという間に杯を重ね、
「ねえ。あたし前から思ってたんですけどー、レンさんとエイミィって、なんかイイ感じじゃないですか?」
「あ、やっぱカーリーさんもそう思います? いや、オレも思ってたんっすよぉ!」
「だよねー、トーリくん! さっきだってさ、エイミィ最初は嫌がってたのに、レンさんに言われたらあっさりついて来ちゃったしさあ」
いやべつに、あっさりついて来たってことはないと思いますけど? 仕方なしの、渋々ですよね。先輩、お優しいですから。
だからほら、こうやって、オレにまで気を遣って、
「コウくん、何か飲む?」
「えっ……?」
言われて手元に視線を落とすと、オレのグラスはほとんど空になっていました。
こういうの、先輩にさせちゃいけないって、頭の片隅ではわかっているけれど。オレはもう考えることに疲れていたのでしょうか。
「あ、じゃあ、同じものを……」
そうやってただ、優しさに甘えてしまうのです。
「ハーイ、ミィ様。あたしもー」
「はいはい、アリアはお水ね」
「あ、じゃあオレ行ってくるわ。オレも次頼みたいし。エイミは?」
「レン、まだ半分残ってるじゃない」
「あのなあ、こういうのは、混ぜて飲むのが美味いんだよ」
「おぉー! さぁっすがレンさん! じゃあオレも、次いきまーっす!」
「よぅし、トーリ。強いやつ行くぞ!」
レンスラート先輩がご機嫌で席を立つと、エイミリア先輩もその後を追います。
「わたしも行くよ。レン一人じゃ持てないでしょ」
「ヒュー、さっすがぁ! 息ピッタリじゃないっすか。よっ、おしどり夫婦!」
「きゃはは。エイミィ、レンさん、いってらっしゃーい」
それを、トーリス先輩とカーリア先輩がはやし立てて。
そしてそれを、オレはただ黙って見ているのでした。
休暇が明けて仕事に戻った頃には、先輩の机の上からホーリーライトのクッキーはなくなっていました。昼休み、いつものパトロールにK小隊を訪れて、気づいてしまったのです。
それでもオレはまだ、決心をつけられずにいます。
だってまだ、何も伝えられていないから。
先輩だって、ハッキリと拒絶を示したわけじゃないと思うんです。少なくとも、オレにとっては。
優しい貴女にそんなことをさせないで、
これ以上追い続けるのは、迷惑かもしれないと。諦めるべきだと何度も自分に言い聞かせては……反動のように、一層強く貴女に惹かれてしまうのです。簡単に引けるわけがないのだと、思い知らされてしまうのです。
こんな気持ちは初めてで。オレも、どうしていいのかわからないけれど……。
貴女を見るたび、嬉しくて、苦しくて。
貴女を想うだけで、明日という日が楽しみで。
貴女の存在が、ただそれだけで、オレの世界を明るくしてくれるから。
いま少し、もう少しだけ、オレは貴女を想い続けても良いでしょうか。
遠くから見ているだけなら、許されるでしょうか。
いつか、貴女が誰かのものになってしまう、その日まで。
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