第37話 先輩、貴女の騎士にしてくれますか(2)



「ちょっとルイリ、泣いてるし!」

「ご……ごめっ……、だって、怖かったんだもん」

 階段を上がるとすぐに出口で、オレたちはやっとの思いでホラーハウスから脱出してきました。


「ええっ? ルイリちゃん、大丈夫? ちょっと、そこのベンチで休もっか?」

「トーリ先輩……っ、ありがとうございます」

「あ、じゃあ先輩、ルイリのことお願いしますね! あたしたち先に行って、カーリ先輩たちと合流してまーす」


 ホラーハウスに行っている間、カーリア先輩とトルファウス先輩だけ2人でどこかへ行ってしまっていたのです。そこで我々は、決めていた待ち合わせ場所へ向かったのですが。


「ちょっとハンナちゃん、あれ大丈夫なの? ルイリちゃん、トーリスと二人にしちゃって。あいつ絶対、ルイリちゃんのこと狙ってるよ?」

「いいんですよ、アンセラ先輩。……実は、ルイリのほうもちょっとその気なんですよね」

「えっ、じゃあもしかして、さっき泣いてたのも作戦!?」

「いやさすがに、あれは本気だと思います。だってめちゃくちゃ怖かったじゃないですか!」


 その言葉に、みんな口々に賛同しながら、視線は自然とエイミリア先輩のほうへと向けられます。

「ミィ様、カッコよかったですぅ」

「エイミ先輩、なんであんな平気だったんですか?」

「え? だって、あれって『ゴースト』っていう設定でしょ?」

「えっ……。いや、そりゃあ『設定』ですけど、でも魔道士が演じているからすっごいリアルじゃなかったですか!?」

「そーですよ! コーガなんかビビりまくって、何回もあたしに抱きついてきたんですから!」

「えぇー!? コーガさんそれセクハラー! サイテー!」

「セクハラじゃないし! 僕ら同期! てか抱きついてないだろ、ウソつくなよアンセラ!」


 みんな、さっきまでの恐怖を追い払うように、バカみたいにはしゃぎながら明るいほうへと逃げていくけれど。先輩はゆっくりとした足取りでその背を追いながら、

「でも、ゴーストだし……」

 ……それより人間のほうがよっぽど怖いでしょ。そんな心の声が、聞こえてきそうです。


 ゴーストなんてもし居ても、きっと先輩の魔法で一掃できるけど。人間はそうはいかないですもんね。

 ゴースト相手だったら、オレに出番はないけれど。先輩、サクサク進んで行っちゃうけど。

 でももしも、人間相手に立ち止まってしまった時は……。その時は、オレにも何かできるのでしょうか。貴女のために、してあげられることはあるのでしょうか。


 先輩、いつかオレを、貴女の騎士にしてくれますか?


「えぇーっ、イヤ! やだ、ムリ。絶対ムリ!」

 ……ああ、び、ビックリした。

 いやべつに、オレの心の声がダダ洩れだったわけじゃないですよ。アリアンナ先輩がいきなり大声で叫んだものだから、ほら、先輩だって……。


 あれ、先輩? なんか元気なさそうですね。

 ホラーハウスでも、最初は楽しそうにされてたのに、途中からなんか、そうでもなくなってしまったような気がしてたのですが。


「なんでですか、アリリン先輩。あれ面白いですよ? 一緒に行きましょうよー」

「イヤ! ムリ! あたしああいうのダメなの。ホントにダメなのぉ」

「じゃあアリア、あっちのカフェで一緒に待っとく? わたしも、ちょっと疲れちゃったし」

「えっ! ミィ様、いいんですかぁ?」


 先輩、やっぱり疲れていらっしゃったんだ。黙ってみんなに合わせてくれていたんですか?

 みんながこれから行こうとしているのは、ジリジリ上がってドーンと落ちるような……まあいわゆる『絶叫系アトラクション』という類のものなので、お疲れの方にはオススメしません。


「あ、だったらついでに何か食べときなよ。あたしたちもアレ順番待ちの間に、近くで何か買って食べとこ? みんな、この後パレード見に行くでしょ」

「カーリア先輩、それいいですね! じゃあ、カフェ行きたい人と、アトラクション行きたい人で別れて、また終わったら集合しましょうよ」


 もちろん、オレは先輩のほうにご一緒させていただきますよ。

 ホラーハウスで抱きついちゃっていただこう計画は、完全なる失敗に終わりましたけれども。次は先輩とのカフェデートです!

 ああ、こんな機会が巡ってくるなんて。サン・レヴィ様、ありがとう。


「うわぁあ! 美味しそうぅ!」

 ……まあ二人きりのデートではなく、アリアンナ先輩もいらっしゃいますけどね。

「ねえねえミィ様、あのケーキ、すっごい美味しそうじゃないですかぁ?」

「うん、そうだね」

「あーでも、大きいかなあ。こっちも食べたいから、全部はムリかなあ。でもやっぱ、美味しそうだしなあ……」

「じゃあ、半分こする?」

 半分こ。先輩が言うと、なんかめっちゃ可愛いです。

 先輩、オレとも半分こしちゃいます? いやでもオレは、先輩をひとり占めしたいですけどね。


「えー! いいんですかあ!?」

「うん、わたしも美味しそうだと思ったし。コウくんはどうするの? お腹空いてたら、なんか食べといたほうがいいと思うよ」

「じゃあオレは、コレか……、あ、こっちにしようかな……」

「いいんじゃない。どっちも美味しそうだね」

 えへへ。一緒にメニュー選ぶとか、なんか本当にデートしているみたいですね。


「じゃあゆっくり選んでて。わたし先に注文してくるね」

 あれ、行っちゃうの? 一緒に選んでくれるフリをして、さっさと行っちゃう……いわゆる放置プレイってやつですね?


「こちらのケーキは、焼き上がりに少々お時間をいただきますが大丈夫ですか?」

「はい、大丈夫です」

 ああ、なるほど。たしかに、ケーキの写真の下に小さく注意書きされています。それも見越しての、ご判断だったのでしょうか。


 そしてお会計を済ませ、お釣りを受け取った先輩は、

「コレでこの2人のぶんもお願いします」

 とそのまま店員さんに返し、

「じゃあわたし、先に席取っとくから。好きなもの頼みなよ。急がなくていいから、ゆっくり選んで」

「えぇっ!? ちょっとミィ様、いいですよぉそんな……」

 トレイを持って立ち去る先輩に、アリアンナ先輩が慌てて声をかけますが、先輩はヒラヒラと手を振って窓際のほうへと去ってしまわれました。


「ミィ様ホント、ああいうとこカッコイイよねぇ……」

「はい、そうですね……」

「ミィ様が男だったら、あたし絶対ソッコーで告ってるわー。あんなカレシいたら最高じゃない? 優しくてカッコよくて、こういう気配りまで完璧だし。あぁ、ミィ様が男だったらよかったのに……」

 うっとりとため息を吐くアリアンナ先輩。この人の『ソッコー』は、たぶん本当に即だと思います。

 よかった、先輩が女性で。……なんて、安心してる場合じゃないですけれども。


「あ、で、コーディくんどーするのぉ?」

 え、そりゃもちろんオレだって……って、そういう話じゃなかった。

 オレは先輩方お二人よりもガッツリメニューになってしまうのが申し訳ない気がしたけど、結局先輩が「美味しそう」と言ってくれたセットメニューの一つを選びました。だって、いまさら違うのにして、ヘンに気を遣ったと思われるのもね。


 ……あれ? もしかして、気を遣わずに選べるように、先に聞いてくれてたんですか? こうなることまでお見通し? ああ、オレ、先輩の罠に嵌められちゃったんですね。

 いやもう、そんなのいくらでも嵌めちゃってくださいよ。オレはもうとっくに貴女に囚われてます。まあでも、どっちかっていうとハメていただくよりはオレが……はい、自主規制。



「ねえねえ、この後、ホーリーライトのパレードがあるんですよ。すっごいきれいなの! ミィ様も一緒に見に行きましょうね」

 美味しいケーキを堪能したアリアンナ先輩は、すっかりご機嫌で、ハイテンション&ハイトーンボイスにも磨きがかかります。

 その一方で、エイミリア先輩は、

「うん……」


 お返事は上の空の様子。食事中も、楽しそうにおしゃべりしていたかと思うと、考え込むようにぼんやりされる時もありました。

 もともと人の多いようなところはお好きではなさそうだし、お疲れが出てしまったのでしょうか。

 まあオレだって、先輩と一緒じゃなかったら、そろそろ戦線離脱したいところかもしれません。こういう場所って、最初こそテンション上がるけれど、維持するの大変じゃないですか?


「うわ、すっごい人……」

 待ち合わせ場所につく頃には、通りは人であふれ返っていました。

「このホーリーライトのパレード、目玉イベントだからね」

「これもう、はぐれたら現地解散ね!」

 そんな言葉を交わしながら、10人の大所帯は早くも分断されつつあります。


 一応、目当てのスポットはみんなで確認してから移動開始したので、人波にもまれながらも各自そちらを目指して進みますが。

 それにしても、一体どこからこれだけたくさんの人が出てきたのでしょう……? 伯爵さまが地中から掘り起こしちゃったんじゃないでしょうね?

 くっ。こんな時こそ、エイミリア先輩をガードしなければ!


 オレは、エイミリア先輩と一緒にパレードを見るんです! カップルで見ると幸せになれるらしいから!

 まあ、カップルじゃないですけどね! 都市伝説でしょうけどね!

 それでもオレは、なんだか元気を失くしてしまった先輩に、せめて最後のパレードは楽しい思い出として持ち帰ってほしいと思うのです。


 ああっ、先輩がまた流されて行っちゃう!? もう。周りに遠慮して、すぐに譲ってしまわれるんだから。

 ひっきりなしに押し寄せる人の流れを横切って、オレもそちらのほうへ進路を向けます。よし、このまま接近して、先輩を救い出してみせましょう。

 それから、あとは……この先はぐれないように、オレの裾つかんでいてくださいね。なんちゃって!


 けれど、そんな中。

 先輩はふいに足を止めてしまわれました。

 川中に取り残された小石のように。波に打たれて、立ち尽くす先輩。あるいはそのまま、波にのまれて、溺れてしまいそうに見えて。

「先輩、こっち……!」

 オレはその手を取って、流れの中からさらっていました。




 パークの外れにある高台は薄暗く、遠くに街明かりが見下ろせました。

 ここはパーク内で唯一『パーク側』が見えない場所らしいです。ええ、一応、下調べしてきたんです。予習は大事ですよね。


「すみません。パレード、見たかったですか?」

「ううん、人ゴミ苦手だし。それに……」

 ホーリーライトの、パレードですもんね。

 この高台はパーク側が見えないだけでなく、ホーリーライトにあふれ返るこのサン・レヴィのパークの中で、その関連の装飾がない希少な場所でもあります。


 オレが知る中で、たった一つ、先輩の嫌いなモノ。それがホーリーライトだったなんて。

 休暇に入る直前、オレは見てしまいました。オレが渡したホーリーライトのクッキー、先輩のデスクの上に、まだ残されていた。


「あの……、すみませんでした、あの、クッキー」

「えっ?」

「先輩、ホーリーライト嫌いだって。この前、レン先輩と話してる時に言ってたから。オレ、全然知らなくて、あんなもの贈っちゃって。あの、気にせず捨てて——」

「え、あ、ちがうの! あんまり好きじゃないってだけで、……えっと、べつに、嫌いってことじゃないし。それに……、あれは、嬉しかった……ありがとう」

 えっ、そ、そんなふうに言われたら、こ、こっちが焦っちゃうじゃないですか。


「あ、あの……、今日、楽しかったですね……」

「うん、そうだね」

 ああ、思わず話題を切り替えてしまいました。「嬉しかった」ってくだり、もうちょっと深堀したかったですけど。それは、クッキーが好きだから? それとも……なんて。あ、これ墓穴掘るやつですね。


「えっと、どれが一番楽しかったですか?」

「ホラーハウス、かな」

「え、ホントですか? だって先輩、全然怖くなさそうだったじゃないですか」

「うん、怖くはなかったけど。ああいうの初めてだし、面白かった」

 そうなんだ、よかった。途中から先輩、あんまり楽しくなさそうに見えたから。


「コウくんも、平気そうだったよね」

 それは、貴女が隣にいたから。

 だって先輩が隣にいたら、ビビッてカッコ悪いとこなんて見せられないじゃないですか。

 ……と、はりきっていたのは最初だけで。結局途中からは、先輩があまりにも平然としていらっしゃるから、オレも怖さなんて忘れちゃってたんですよね。

 貴女が隣にいて、安心させられたなんて。情けない。


 パレードの喧騒は遠く、遥かに煌めく星々と、街明かり。ふわっと吹き抜けた風が木々をざわめかせたかと思うと、また静寂が取り囲んでいました。

 今この空間には、オレたち二人だけしかいないような。

「……あ、寒くないですか?」

「うん、大丈夫」

 並んでベンチに腰かけていると、いつもより距離が近いからでしょうか、その笑顔の眩しさに、オレは思わず顔を逸らしてしまいました。


 あ、しまった。こういう時って、ベンチにハンカチでも敷いてさしあげるべきだったでしょうか。

 ついでに、寒がりさんの先輩に、あったかいブランケットでも用意して。いや、何ならこの辺一帯にストーブ並べて……? うわあ、オレのバカバカバカ!

 いや、オレだって、こういう状況を想定してたわけじゃないんです。この場所を調べておいたのだって、べつに打算があったわけじゃなくて。

 オレは、ただ……。


「先輩、あの……」

 この想い、どうやって貴女に伝えたらいいか……。色々考えてはいたんです。何日も前から考えて、正直今日は、寝不足気味です。

 だけどいざ貴女を前にしたら、そんな言葉なんてどうでもよくて。

 こうして並んで、綺麗な夜景を眺める。

 そんな夢のような時間が嬉しくて。


 これ以上近づいたら、貴女は逃げてしまうのでしょうか。この幸せな魔法が、解けてしまうのでしょうか。

 だったらオレは、このまま……貴女の隣にいられる幸せに、浸っているほうがいいのかな。今の関係を壊してしまうくらいなら、変わらないままでいるほうが。

 でもそれは、何の解決にもならないですよね。


 いつの間にか二人とも、腕を横にさげた体勢になっていました。隣同士でベンチについた、オレの右手と先輩の左手。じんわりと、ぬくもりが感じられるほどの距離。

 ほんの少し動かしただけで、触れられそうな近さ。

 右手の小指に、全神経が集中します。

 顔は不自然なほどに真っ直ぐ、前方の夜景を眺めるフリしながら。


 オレはまだ、怖れていました。触れてしまった瞬間に、この手を避けられてしまうんじゃないかって。

「先輩、オレ……」

 そうなってしまったらどうしよう。だけど、もしも、もしも……。

 オレだって、ずっとこのままは嫌なんです。

 苦しくて。心臓が、痛くて。


 曝け出してしまえば、きっとラクに――そう思って口を開きかけた刹那、

「ごめん……、帰る」

 えっ!?

 先輩は急に立ち上がったと思うと、すぐにベンチの後ろを回って階段へ向かわれていました。儚い街灯の下を通り抜けると、もうその背中は闇に溶けてしまいそうです。


 こんな時間だし、送って行くべきなんだろうけど。オレはそこから動けなくて。声をあげることもできなくて。

 もう、何も考えられなくて。

 そのうしろ姿を、また、黙って見送っていました。



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