第35話 先輩、お休みの日は
「コレとか、すごくね?」
「うっわー! 女の子って、なんでこんなの好きなんっすかねえ。こんなの、サン・レヴィのシーズン以外使えなくないっすか?」
お昼休みの終わる頃、F小隊の部屋ではレンスラート先輩とトーリス先輩が、額を突き合わせて雑誌を見ていました。
紙面を埋め尽くすようにギッシリと紹介されているのは、どれもホーリーライト関連の商品です。
年末休暇もいよいよ近くなり、街角にも、そして人々の話題にも、こうしたものが増えてきています。
サン・レヴィ祭のホーリーライトといえば、どこかの異世界の「チョコレートの祭典」における「ホンメイチョコ」なるものに相当するようですからね。若い男女にとっては、重要懸念事項なのです。
オレも後学のためにチラッと見てみたのですが。最近では、定番のリング以外のアクセサリーや、マグカップなどのグッズも人気なんですね。
さらにはカフェでもホーリーライトを
サン・レヴィ商戦、恐るべしです。
オレもいつか、先輩をそんなところへお連れすることができたら……。でも、まずは小さな一歩が大事ですよね。
えへへ。実はオレ、贈っちゃいました、ホーリーライト。先輩に。といっても、リングとかじゃないですけどね。いきなりそれは、やり過ぎですよね? 重たくなっちゃいますもんね?
お休みの日の先輩にお会いするというセレンディピティは、オレの目に映る世界を変えてくれました。先日、公園で先輩にお会いした後の帰り道。何度も通ったはずの道で、ふと気になるお店がありました。
最初はただのお菓子屋さんだと思って、何が目を引いたのかわからなくて、そのまま通り過ぎようとしたんですけど。
窓ガラスに貼られた、お店のロゴらしい『oeuf d’or』という文字。その前を通るときに、小さく振られた読み仮名が見えて、オレはようやく理解しました。
ええ、ええ、もちろん覚えていますよ。まさかこんなところにあったとは。実家に帰るときによく通る道なのに、全然知りませんでした。
お店の名前の意味は「黄金の卵」らしいです。
店先のカートには、手のひら大のクッキーがラッピングされて並んでいました。星型や天使など、サン・レヴィ祭を象徴するモチーフの中には、もちろんホーリーライトも。
その時は犬を連れていたからそのまま帰ったけれど、後日実家に犬を返却しに行った帰りに再訪したのです。女性客が多いお店は、ちょっと勇気が要りましたけどね。
でも、お渡ししたときのエイミリア先輩のご反応を見れば、その甲斐は十分にありました! え? その詳細は、ヒミツですよムフフフフ。
先輩、もう食べてくださったかなあ。オレのハートをバリバリと……。
昨日はまだ、デスクの上にちょこんと立てかけられていたんです。まあでも、サン・レヴィ祭までは置いといていただいたほうが嬉しいですよね? 一応、そういう意味も込めていますし。
あ、もちろん、重くならないように、軽ーい感じでお渡ししたつもりです。魔術を教えていただいたお礼とか、そういうのにかこつけて。たまたま時季だから、ホーリーライトなだけですよ、みたいな。
あれ? オレ、何と言ってお渡ししたでしょう。テンパりすぎて、よく覚えていないです。えへへ。
どうだったでしょうかね、先輩……? って、あれ、本当にエイミリア先輩がいらっしゃったではないですか! オレの願いが通じたのでしょうか。
せっかくなら、オレのこの想いも通じてくれたら。サン・レヴィの奇跡よ起これ! ……なんてことを考えていたら、あれれ、エイミリア先輩はオレの前をさっさと素通りしてしまわれました。他力本願はダメですね。
先輩はそのまま奥のデスクまで行くと、
「レン、これ……」
「おっ、サンキュー!」
え、レンスラート先輩、何を受け取ったんですか? サン・レヴィの贈りものじゃないですよね?
あれは紙束……まさか、長文ラブレター!?
「えー。レンさん、何すかそれ。もしかして、ラブレター?」
いや、そ、そんなわけないですからっ! トーリス先輩まで、何言ってるんですか!
けれど横からのぞき込んだトーリス先輩はすぐに、オレの密かな懸念を払拭してくれました。
「あ、休暇中のシフトっすか? もうそんな時期っすねー」
「おまえは入れてないのかよ、トーリ?」
「だって、年末はさすがに休みたいっすよ」
なるほど、どうやら年末休暇の休日出勤のハナシみたいです。
でもトーリス先輩、そういうセリフは普段お仕事頑張っておられる方が言うものだと思いますが?
「でも、誰かがやらなきゃいけないでしょ」
「そりゃそうっすけど……」
そうなんですよね、普段頑張っておられる方が、結局こういうときも頑張っちゃうんですよね。
いつも頑張っている貴女のために、オレにできることがあればいいのに。
「エイミは多すぎじゃね? トーリ、1コくらい代われよ」
それならオレが代わりますよ! とは言えない立場のオレは、頑張って書類仕事しているフリして誤魔化します。いえ、まあ、そもそもオレの存在自体、この部屋で誰にも認識されていないと思いますけどね……。ハハハ。
「この時期は、みんなやりたがらないもんね。仕方ないよ」
「けど、イブまで入ってんじゃねえかよ。おい、トーリ!」
「ムリっすよ! さすがにイブは!」
レンスラート先輩に交代を促されて、必死で抵抗するトーリス先輩。でもなんか、3人とも楽しそうですね。
そういえばオレたち1年目が集まって仕事の話題になるときは、研修が大変だとか、先輩のグチだとか、ネガティブな内容が多い気がします。
「イブは『前夜』のことでしょ。わたしは、夜勤はほとんど入れていないから。むしろ夜勤のほうがやりたくないから、助かってる」
「えー。夜勤のほうが手当ていいじゃないっすか。しかも次の日は半休なるし」
「それだけ大変だからでしょ?」
「いやいや、ほとんど寝てたら終わりですって。ねえ、レンさん!」
ほほう、夜勤にはそんな裏事情もあるのですか。たしかに他の先輩方も、収入のために夜勤をやりたいみたいなこと言っているの、聞いたことがありますが。
「でも、眠くなるからヤダ」
え、何ですか先輩、その可愛らしい理由は!
「だから寝たらいいんっすよ! 仮眠はオッケーっすから」
「けどエイミは、けっこう引くよな?」
「うん。今まで4回やって、4回とも出動だった」
「えっ!? 何すか、その引きの良さ! 俺なんて、10回以上やって出動は軽いやつ1回だけっすよ」
「おう、フツーそんなもんだよな! エイミなんて、休日も打率5割だっけ?」
「そんなにないよ。たぶん……4割くらい? 1日で2、3回出動することはあるけど」
「えーっ! おかしいっすよ。4割って、多すぎ! しかも1日に何回もって、そんなことありますか? 魔獣もシフト表見て出てくるんっすかねえ」
なんか……いいですね、こういうの。オレも話に加わりたいものです。
でも、オレはまだまだ研修中だから……なんて言っていないで、まずは目の前の仕事からこなしていかないとですね。少しずつでも、貴女に近づくために。
「けど、そんだけやっても次の日普通に朝からだもんなー」
「そうなんっすよ、休日出勤は割に合わないっす。絶対夜勤のほうがいいって。寝てるだけで臨時収入もらえるんっすよ? 休日なんて、待機中何するんっすか。遊びにも行けないし」
「書類仕事とか、データ解析とか? 人がいなくて静かだから、やりやすいよ」
「えーっ! 休みの日は休まなきゃ、もたないっすよ。エイミさん、そんなんでよく平気っすよね」
ええ、勤務中にサボっているトーリス先輩と違って、エイミリア先輩は平日も働きすぎですからね。
昨日も遅くまで残ってお仕事されていたのに、今朝も始業前の早い時間からコーガさんの魔術指導のようでした。疲れ知らずだなんて、みんなは言うけれど……。
さっきも、年末の出勤『誰かがやらなきゃいけないから』っておっしゃってたし。表に出さないだけで、平気なフリして無理しているんじゃないかって、オレは思うのです。
世の中は、見えている表面が全てではないですからね。多くは語らない先輩の、何が真実なのか、オレがしっかり見極めなければ!
おや。先輩は今、時計をチラ見されましたね? 軽やかに談笑しながらも、もうすぐお昼休みが終わるのを気にされているのでしょう。
ということは、つまり、もっとお話ししていたくとも今はお引止めしないのが正解ですね!
あ、もちろん、オレとお話されているわけじゃないですけどね。わかっていますよ、もちろん。でもホラ、いつだって自分がその立場だと想定して、予行演習しておくことも大事ですしね!?
それに、たまにこうしてF小隊にいらっしゃって、ちょっと離れたところからお姿を見られるだけでも、オレは今日ラッキーだなって思ってしまうのです。
もう少し眺めていたいところだけど、今はお仕事のほうに……と思いきや。
「なあ、エイミだったらこの中から、どれが欲しい?」
「え? なにそれ」
レンスラート先輩が手元の雑誌を示すと、意外にもエイミリア先輩は、お顔を寄せて雑談を続行されています。
くうぅ、やっぱりオレには、先輩は予測困難です。もちろん、少しでも長くここに残ってくださることは嬉しいですけど。
「ホーリーライトの特集だって。休憩室に置いてあった」
つまり、パクってきたという意味ですね。
けれど雑誌を一瞥された先輩は、
「わたしホーリーライトって、あんまり好きじゃないんだよね」
えっ……。
「えぇー! 女の子ってみんなこういうの好きなんじゃねえの?」
「全員とは限らないでしょ。中には嫌いな人だっているんじゃない?」
「いやいや、聞いたことねえって! オレのカノジョだって、今年のサン・レヴィ祭にはホーリーライトの指輪ほしいー! つって、こないだからずーっとおねだりしてくんだぜ?」
あれ? レンスラート先輩、カノジョさんいたんですか。ついこの前もトーリス先輩とナンパに行くとか話してたのに。なんだ、ホッ。
あれ、何の安堵?
「バーカ、いねえよ! オレの妄想カノジョだっつーの! だからそんな悲しそうな顔すんなよな、エイミ」
「してないし」
してないです! してないです……よね、先輩?
「そんなこと言いながらエイミィさん、ちょっとショックって顔してましたよー?」
トーリス先輩は、またしても要らんこと言わんでよろしいですから。
「そもそも、ホーリーライトってサン・レヴィ祭のミサに使われる燭台でしょ? 元々は、古代信仰で生贄として捧げられていた心臓って言われているし。それを身に着けて、嬉しいもの?」
「えっ、そうなのか?」
へえー、そうだったんですか! オレも知りませんでした。
そう考えると……ホーリーライトにあふれるサン・レヴィ祭の街が、これまでとは全く違ったものに見えてきそうです。
「サン・レヴィ祭も、全国的には家族で過ごすのが主流でしょ? 王都は変わっているよね」
「俺、カノジョとデートする日だと思ってたっす!」
「うるせえ、トーリ。オレは寂しい独り者が集まって飲み明かす日だと思ってたっつうの!」
「いや俺だってそっち側っすよ! チクショー、カノジョほしいぜ! コーディ、誰かいい子紹介しろよな」
えっ、オレですか!? いやあ、とても素敵な方ならすぐそばにいらっしゃいますけれども。もちろん紹介なんてしないです。
そして紹介するまでもなく、トーリス先輩はしょうもないことを言いながら絡んでいます。
「エイミさんは、どうするんっすか? サン・レヴィ祭。カレシとデート?」
だから、そういう日じゃないって話をたった今してたとこじゃないですか!? 先輩だって、ちゃんと伝統に従ってご家族で静かに過ごされるんですよね? 浮かれ騒ぐそこらの
ちなみにオレもそっち派ですよ。一緒ですね。え、相手がいない云々とかではなくて、ちゃんと伝統を守ろうという心掛けですからね?
「実家では一応、毎年ディナーしてるよ」
「なんか、エイミさん家のディナーってすごそうっすね。優雅にワイン傾けたりしちゃって?」
トーリス先輩はニヤけた顔で、グラスを揺らすような手つきをします。でもそれ、ワイングラスの持ち方じゃない気がするんですが。
「そんでパパさんが『エイミや、今年は何人の男を手玉に取ったのかね』とか聞くんっすか!?」
何ですか、その勝手なイメージは。先輩のお父様は、そんな成金みたいな、エセみたいなお方じゃないですから!
ええ、オレもお会いしたことないですけど。
「けどエイミ、去年のサン・レヴィも帰れなかったんじゃなかったか? あれ、その前もだっけ?」
「うん、微妙に遠いから……」
微笑みながらもお顔に影がさしたように見えるのは、本当は帰りたいと思っていらっしゃるからでしょうか。それとも、仕事以外にも何か帰りづらいご事情があるのでしょうか。
「えー。パパさん、泣いちゃいますよ。帰らなくていいんっすか?」
だったらトーリス先輩、イブの休日出勤を代わってさしあげてくださいよ。
けれどその会話は、エイミリア先輩の一言で打ち切りになりました。
「トーリス、今日チューター会議じゃなかった?」
「あっ、そーだよトーリ! おまえ早く行けよ」
「うわ、やっべえ!」
レンスラート先輩にも尻を叩かれて、トーリス先輩は慌てて部屋を出て行きました。
そうなんです。今日は1年目を受け持つチューターのみなさんで今期最後のミーティングがあるそうで。今回また忘れたりしたら本気でヤバいからと、注意しておくように他のチューターの先輩からも言われ、だからこそオレはこうして、トーリス先輩を見張っていたのです。
書類仕事をするフリしてさっきからあまり進んでいないのは、そのせいですからね。べつに、聞き耳たてたり、盗み見たりするのに忙しいんじゃないですからね。
違いますからね!?
さっきから、チラチラそちらのほうを見ているのだって、そろそろ言わないといけないかな……とタイミングを計っていただけであって。オレから言ったら、逆に文句言われないかなあ、どうしようかなあと、この数分間ずっと迷っていたんですけれども。
気付いて言ってくださるなんて、さすが天使様! 有難いお姿を、もうちょっと拝んでいてもいいでしょうかね?
え、仕事? それはもちろん、あとでやりますよ。
「てかエイミ、それだったらなおさら帰ってやれよ。今年はオレが代わるからさ」
「いいよ、べつに。また来年とかでも。どうせ毎年、かわり映えしないんだから」
「そんなこと言って、また来年もおんなじことになるだろ?」
「それは、そうだけど……」
そうですよ、先輩。「また今度」とか「あとで」とか思っていると、なかなか実現しないものですよ。現にオレだって、さっきから書類1ミリも進んでないんですから!
はい、すみません。お仕事しまーす。
「それを言うなら、レンこそ。夏もまとまった休みとれなかったんでしょ? この休暇くらいは帰省してゆっくりしてきたら」
「いやぁー、オレはさ、最近実家顔出すたびに、まだ結婚しないのかとか、うるさく言われんだよな。こないだなんか、オヤジが見合い話まで持ってきやがるし」
「いい親御さんじゃない。心配してくれて」
「いやいや、余計なお世話だっつーの。エイミのとこはそんなんねえの? いいなぁー」
「それは……まあ、言われたりは、するけど……」
えっ、そ、そうなんですか!? ……じゃなくて、仕事仕事。
「だよなあ。こっちだって、好きで独り身なわけじゃねえっての。……あ! だったらいっそさ、オレら付き合っちゃうってのは? うわ、オレ名案じゃね?」
「ねえ、レン。前から思ってたんだけど……」
「おう、なに? 前からオレのこと、イイって思ってた? 照れんじゃねぇかよー。てかオレが男前だってことくらい、みんな知ってるし!」
「それは知らなかったけど。レンって、バカだよね」
「えーっ、それヒドくねえ!? なあ、コウちゃんもなんか言ってやれよ!」
ふえっ!? ……い、い、いきなりオレに振らないでくださいよ!
「ちょっとレン、いきなり振られても何のことかわからないでしょ。ごめんねコウくん、このバカのことは気にしないで」
「えー、コウちゃん聞いてなかったのかよ! オレの半分本気のマジ告白!」
「えっ!? えっ……と……」
「聞いてるわけないでしょ、自分に関係のない、しょうもない話なんて」
すみません、バッチリ聞いてました。先輩にまつわることは全てオレにとっての重要案件です。
「ていうかレン、さっきの本気だったの? 自分が男前とかいうやつ。鏡見る?」
いや先輩、本気なのはたぶん、そっちの半分じゃないです。
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