第31話 先輩、こっち空いてますよ



 実りの秋。

 第4部隊の恒例イベント、薬草採取がやってまいりました。

 そう、実はあれ、毎年春と秋の年2回やっているそうなんです。


「よし、誰が一番多く採れるか、勝負だ!」

 ファーガウス、おまえもか……。

 いるんですよね、こういう、何でも安直に勝負に持ち込もうとするヤツ。

「勝手にやってろ。オレは数より質で勝負だから」

 何せ、今日こそエイミリア先輩から直々に伝授していただいたワザを実践する機会です! 何度も何度も頭の中でシミュレートして、理論の上では完璧です。

 後ろでなんか「逃げるのか卑怯者!」なんて叫んでるやつがいますが、まあ無視しておきましょう。


 そう、あれは春の薬草採取でのこと。オレは先輩に、マンツーマンでみっちり濃厚な指導をしていただいたんですよねえへへへへ……。

 1年目は今回も羊草ですが、2回目となるのでチューターの指導はありません。まあ、あったとしても今度こそトーリス先輩が担当するだけでしょうけれども。

 前回エイミリア先輩にご指導いただけたのは、まさに奇跡という名の愛の力ですよね。


 ちなみにそのトーリス先輩も、春の薬草採取の時にさぼった罰として、今回1年目に交じって羊草だそうです。

 何となく男子3人と女子2人で別のエリアに分かれて採取を始めた1年目の、迷わず女子のほうへ交じっているのは、人数合わせのためではない気がしますが。まあ放っておきましょう。

 先日貼り出された分担表によると、エイミリア先輩は『本部』という役割のようです。

 本部って、何なんでしょう……?


「うわ。コーディくん、そんないいやつ、どこで見つけたの」

 物思う秋の空から引き戻されて、振り返るとカイルがオレのそばに並んだ羊草たちを観察していました。そして、その横に自分で採ったぶんを置いて見せ、

「だってホラ、全然違うくない?」

「おーっ、ホントだ! コーディすげえ!」

「いや、もとの羊草が違うんじゃなくて、掘り方の違いだよ。根っこをキズつけてしまうと、成分が抜けて傷みやすくなるから……」


 そこでオレは、春の薬草採取で先輩から授かった知識と技を、なるべくそのまま伝授しました。それを実行に移したカイルは、

「ホントだ! さっきまでのやつと全然色が違う。見て、コーディくん!」

 さっそく掘り起こした羊草を見比べて、無邪気にはしゃぐのでした。

 先輩、羊草プロジェクトの同志、ゲットしましたよ!


 春の薬草採取から数日後、オレは、エイミリア先輩が他の先輩と話しているのを聞いてしまったのです。質のいい羊草の量がもう少し増えたら、良質のものだけで薬を作って比べてみたいと。

 あ、べつに、盗み聞きじゃないですよ。たまたまそのとき、外の廊下に居合わせただけです。

 一緒くたにされてしまっていた羊草。効果の違いを実証できれば、きっとみんなもわかってくれますよね。地道だけれど、こうやって少しずつでも、理想に近づけていきましょう。


 ウキウキ気分で次の羊草にターゲットを定めたとき、高潔なる志に水を差す不届き者が現れました。

 いえ、すみません。不届き者はオレのほうです。水を差したのは神様で、ポツリ、ポツリと雨粒が地面にシミをつくります。

 さっきまでの青空が嘘のように、あっという間に暗雲が頭上を制圧してしまいました。


「コレ、一回戻ったほうがいいんじゃね?」

 ファーガウスが周囲を見回しながら言いますが、近くに先輩方の姿はなくて、判断しかねます。

 そこへ一年目女子二人も合流して、戻るかとどまるかの議論になりました。

 まあ議論というよりも、おそらく全員が『戻ったほうが良い気がするけど、自分らで決めちゃっていいのコレ?』という考えで。もはやその一致した意見の確認作業です。


「誰か、先輩探して聞いてきたら?」

「あれ? そういえば、トーリス先輩は?」

「あの人、またいないじゃん。肝心なときにいつもだよね」

「仕方ないよ。それより、どうする?」

 そんなことを言いながら、結局誰も動けずにいるうちに、雨足も強くなってきました。


 そろそろ誰かが動くはず――と、たぶんみんなが思っていたところへ、

「おぉーい! 一年目、全員いるかあ?」

 雨よけのマントを着込んで駆けつけてきたのは、F小隊の騎士アルディ先輩でした。

「あっちに休憩用の小屋があっただろ? 採った薬草持って、一旦そこに避難して!」

「先輩、トーリス先輩がいません!」

「あの人なら、とっくに小屋に戻ってる!」


 アルディ先輩はそれだけ言い捨てると、雨の中へ消えて行きました。たぶん、他の隊員たちにも伝令に行ったのでしょう。

 オレたちも、言われた通り薬草を採取カゴに放り込んで、小屋のほうへと走ります。

「おい、コーディ! おたくのチューターどうなってんだよー」

 ファーガウスが冗談めかしてオレをつついてきますが、冗談じゃありません。一番迷惑してるの、オレなんですから。



 雨は次第に強くなり、小屋にたどり着く頃には本降りになっていました。

 そうして小屋サンクチュアリに逃げ込んだオレたちを、優しく迎え入れてくださったのは、天使様です。

「タオル用意してあるから、使ってね。それから、奥に飲み物もあるから、指示があるまでしばらく中で休憩していて」

 ああ、大雨洪水バンザイです!


 ファーガウスは薬草の運搬手伝いに呼ばれて行き、オレとカイルはとりあえず飲み物をゲットしたのですが……さて、どうしましょうか。

 手にしたカップの中身をチビチビとやりながら、何となく周囲を見渡します。


 小屋の1階は食堂みたいな感じで、長テーブルとベンチがズラリと並んでいるのですが、どのテーブルにも少しずつ人がいて。こう、諸先輩方が勢ぞろいしている場面って、ファーガウスならともかくオレたちみたいに控えめな後輩には居心地悪く感じてしまうんですよね……。

 特に小隊の違う先輩だと、半年たった今でもほとんど絡んだことのない方もいます。


「おう、おまえら! 無事だったか」

 状況把握に努めていると、ふいに近くのテーブルから声を掛けられました。

「あ、レンスラート先輩。お疲れさまです」

「そこ座れよ。スゲエ降ってきたなー」

「はい。失礼します!」

 渡りに船とばかりに、オレとカイルは揃ってレンスラート先輩の向かいのベンチに腰を下ろします。

 素朴な木製のベンチはちょっと冷たくて。落ち着かない思いで、オレはもう一度周囲を見回し、カイルは先輩に話しかけました。


「あの……先輩、この前は稽古、ありがとうございました」

「おう、またやろーぜ!」

 レンスラート先輩は小隊に関わらずいろんな後輩たちに稽古をつけてくれて、カイルも何度かオレと一緒にお世話になっています。

「あ、そうだ、あの時の技ですけど……」

 カイルが質問しているところへ、近くを通りかかったアイリーン先輩も加わって。雨宿りの小屋の中、4人で剣術談義となりました。


「……へえー。それって、爪で反撃されたりしないんですか?」

「いや、ああいうドラゴンだと、ヤバいのはむしろ尻尾かな。こう……ガッて行ったところで、こっちからビュッて来たりするから」

「そうそう! 思わぬ方向から来ますよね。あたしも自分の剣じゃなくて、尻尾見ながら振り下ろしてる」

 レンスラート先輩の説明は、ノッてくるほど擬音語が増えて。オレはついていけないこともあるけど、アイリーン先輩はさすがです。


 二人とも「論より実践」みたいな人ですけど、意外と剣術の話をするのも好きなようで。F小隊でも、隣同士の席でよくやっています。仕事のことを、楽しく論じられるのって、いいですよね。

 だからオレも、ちゃんと集中して聞かなきゃとは、思うんですけれども。いや、わかってはいるんですけれども……。


「コーディ? どうかした?」

 向かいに座っていたアイリーン先輩が、オレの視線に気づいて、後ろを振り向いて確認しました。

「あっ! いや、えっと……。あの、あれって『本部』の人たちですかね? 忙しそうだなあって。オレたちも手伝ったほうがいいでしょうか」

 だって、1年目ですからね。下っ端ですからね。だから、先輩方のお手伝いをするもんですよね? 不自然じゃ、ないですよね?

 そう、オレはついつい、本部の人たち(というより、その中の特定の一名)を、目で追ってしまっていたのです。


「あー。まあ、この状況だと本部は忙しいよね。でも手伝い必要だったら声掛かるし、気にせず休んでたらいいよ」

「そうですか……?」

 なんだかちょっぴり、残念です。

 意気消沈するオレの隣で、頼れる同期がナイスアシストを出してくれました。

「そういえば『本部』って何なんですか? たしか分担表の一番上にあったやつですよね?」

 そう、それ。オレも気になっていたんです。


「うーん、どう言ったらいいだろ? ……監督?」

 アイリーン先輩が隣を向いて確認すると、レンスラート先輩も向き直って、互いにうなずき合いながら、

「レスキュー隊?」

「ピンチヒッター?」

「連絡係?」

 いろんな単語が出てきますが……。こっちはこっちで、その意味を飲み込めない者同士、顔を見合わせて傾げます。


「薬草採取って、1、2年目は簡単なの担当するけどさ、上にいくほど、森の奥まで入って、難易度高いやつになるんだよね。毒とか怪我とか、けっこうあるわけ。その救護が一番の仕事かな」

 結局、単語だけでは埒があかなくて、アイリーン先輩はちゃんと説明する気になってくれたようです。

「あと、こういう天気悪いときとかに、中止の判断するのもね。最終判断は隊長だけど、状況確認とか伝達は本部の人たちがやるし」

「ああ、だからさっき『本部』のアルディ先輩が呼びに来てくださったんですね」

「そっか。アルディ先輩も、本部の人だったんだ。コーディくん、よく覚えてるね」

「いや、一番上だったから、目についたっていうか……」

 ええ。分担表で、エイミリア先輩と名前の並んでいた方たち、ばっちりチェックしています。羨ましいなと、思いながら。


「風邪で誰か休んだりして、人数足りないところあったらその穴埋めとかもするよな」

 レンスラート先輩が、チラリと本部の人たちを振り返りながら補足します。その横でアイリーン先輩がバンとテーブルを叩いて、

「そうそう。ほら、この前の、春の薬草採取のとき! トーリスがやらかしたやつ!」

「あー、あったなあ! あいつ、チューターのくせに1年目の指導サボったんだっけ。そういや、あれの被害者コウちゃんか」

「あの時も、ミリアは本部だったから、代わりにコーディの指導に入ったんだよね」

 なるほど、そういうカラクリだったのですか(オレはまだ、愛の力と信じてますけど)。当時のオレは、分担表の存在すら知らなかったのです。

 でもオレ的には被害者っていうより、災い転じて超ラッキーな感じでしたけどね。


 あの時のことを思い返していたら、オレの目はついまたエイミリア先輩のお姿を追っていました。忙しそうに動き回っていた『本部』の方たちは、隊長のもとに集まって何やら話し合いをされています。

 それが終わると、隊長の大きな声で「しばらくこのまま待機」のアナウンスが小屋の中にとどろきました。それから本部の方たちも、思い思いに休憩に入ったようです。


 エイミリア先輩は最後まで残ってお片付けをされてから、ドリンクコーナーへ向かわれました。

 おや、先輩はホット・ドリンクなのですね。寒いですか? 雨降って、ちょっと冷えてきましたもんね。

 寒いなら、オレの隣にどうぞ。あ、なんなら膝の上も空いてますよ? オプションで人間毛布のサービスも実施中です。

 ああ、こっちに来てくださらないかなあ……。


 なんて不埒なことを考えていたら、神様がお怒りになったようです。

 薄暗く曇っていた空に、ピカッと閃光が走って。小屋の中まで、色彩を奪うかのような青白い光に埋め尽くされました。

 雷鳴と隊員たちの悲鳴が重なります。


 そのざわめきの余韻の中、エイミリア先輩はおもむろにその場を離れると――え、こちらへと向かって来られるではありませんか!? そして、ちょこんと隣に座って……あ、オレの隣ではなくて、アイリーン先輩の隣ですけどね。

 アイリーン先輩はオレの向かい側のベンチに、斜めに腰かけていたんですけれども。その隣へ反対向き、つまりテーブルを背にして座られて。コテンと、アイリーン先輩の背中にもたれかかられたのです。


「ん、ミリア? どした?」

「んー? 寒いから、暖とってるの」

「こら、ヒトを湯たんぽにするな! こっちは暑いっての」

「だってアイリ、あったかいし」


 たしかにアイリーン先輩は、騎士だからか女性にしてはいくらか逞しい上腕をされていて、代謝が良いのか半袖でも暑そうにされています。

 一方エイミリア先輩は、長いローブに身をくるんで熱いお茶を抱えていても、……か、可愛い。ぜひともオレがあっためてさしあげたいです!

 ああ、せめてこっちを向いてくださいオレの天使。


「わたしのことは気にしないで。話続けなよ。大事な話でしょ」

「あ、だったらエイミも混ざれよ。剣技の話だしさ」

 アイリーン先輩の反対隣に座っていたレンスラート先輩が、身を乗り出して声をかけました。

「え? エイミリア先輩って、魔道士ですよね?」

「そうだよー。魔道士だから、剣術とか全然わかんないし」

 カイルが驚きの声をあげると、すかさずエイミリア先輩がおっしゃいました。

 あれ、この言いかた……。まさか、剣もできちゃったりするんですか?


「ですよね! ビックリした。あれで剣術までできるなんて言われたら――」

「いやいや、こいつ剣術できるなんてもんじゃねえから!」

「えっ!?」

「レン?」

 アイリーン先輩の広い肩からちょこっと顔をのぞかせたエイミリア先輩が、レンスラート先輩を睨みつけました。


 バツの悪そうな顔で黙り込むレンスラート先輩。それでも、言ってしまったことは取り消せません。

「え……、エイミリア先輩、本当に剣術できるんですか? 魔術もすごいのに?」

 カイルの問いかけに、レンスラート先輩が何か言おうとしましたが、エイミリア先輩の無言の圧力に封じられ(ああ、オレもそんなふうにじっと見つめられたい)、結局二人の間でアイリーン先輩が引き取るしかありませんでした。


「あたしとミリアは同期なんだけどね、あたしたちが1年目の頃、魔道士の先輩がホンット少なくてさ。そんで、新人のほうは魔道士4人いたから、チューターが足りなかったんだよね。で、なんでだか、ミリアには騎士の先輩がチューターについたの」

「そーそー。アレは非常事態だったよなあ」

 レンスラート先輩が、エイミリア先輩のほうを窺いながら話に乗ります。

「えっ……! 魔道士なのにチューターが騎士って、そんなことあるんですか?」

「いや、ねえよ普通は!」


「まあ、ミリアはほっといても魔術できるからってことなんじゃない? もちろんチューターの先輩も、魔術教えられるわけじゃないし。で、レンさんもその人についてたから、かわりにレンさん、時々ミリアに剣の稽古つけてたんですよね?」

「あー、いや、ていうか……」

「そう。それでに少しばかり剣技を教えていただきました。ね、せんぱい?」

「おいっ、エイミ――」


 レンスラート先輩が言いかけたとき、再び激しい雷鳴がして、小屋の中の隊員たちから悲鳴が上がりました。

「ちょっとミリア、そんなくっつかないでって! もう、寄りかかるな! 重いでしょーが」



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