第26話 先輩、オレも入れてください(2)
「いやぁー。それにしても、ユニーク魔法って!」
程なくしてファーガウスが戻って来て、エイミリア先輩と二人きりの静かな時間は、オレが嫉妬していただけで終わってしまいました。ああ、もったいない。
そのまま、騒がしいファーガウスに先導されて、オレたちは魔術訓練場の裏口のほうへ向かっているようです。
「天才とは知ってたけど、ミリア先輩、スゴすぎじゃないすか? オレ、ホントに使える人初めて。先輩がオレの初めての人ってことすね!」
そこ、あえてリフレーズする必要性はありますか? エイミリア先輩の横顔も、なんだか少し曇ってしまった気がします。
この表情は、見覚えがあります。休憩室でトーリス先輩も含めて4人で話していたとき。あれもたしか、ファーガウスが……。
ここは同期として、オレが手綱を握っておかなければなりませんね!
「そんなに、居ないものなのか? 魔道士学校の先生とかは?」
珍しいとは聞いていたけれど、
「コーディ、おまえバカ? そんな簡単にいるわけないじゃん。ユニーク魔法だぜ?」
……すみません。オレには制御不能です。
「それは、ファーグが知らないだけなんじゃない? ユニーク魔法なら、学生に教えることもないし」
ですよね!? ファーガウスが、知らないだけですよね?
けれどファーガウスは、やけに余裕ぶっています。
「だって先輩、今までユニーク魔法使える人、どれだけ会ったことあるんすか」
「だから……、それもたぶん、わたしが知らないだけで。だって、使えたとしてもわざわざ周りに言うわけじゃないでしょ」
「いやいやいやいやいや! オレがもしユニーク魔法なんて使えたら、全員に自慢してまわりますよ!」
まあ、ファーガウスは実際、やるでしょうね。
そういえばコーガさんは、1年以上先輩について魔術を教わってきて、任務でも一緒に行動しているのに『コクーン』を見たのはこの前が初めてのようでした。あの時のコーガさんも、驚愕というか、畏怖ともいえるような反応で。
そんなすごい魔法が使えるのに、エイミリア先輩は、周りに言いたくならないものでしょうか? もしかして、何か言いたくない事情があるとか……?
「先輩、自分で自分のことスゲエって思ったりしないんすか? 『わたしって天才』とか、実は思ってたりするっしょ!?」
「べつに……、普通だと、思うけど」
「いや、全然普通じゃないし! 何言ってんすか、もう!」
興奮ぎみなファーガウスと対照的に、エイミリア先輩は嬉しくないというか、むしろ沈んでいくように見えます。
オレもなんか、だんだんイラついてきました。
それは、ファーガウスが先輩と楽しそうにおしゃべりしているからでしょうか? それとも、ファーガウスが先輩をベタ褒めしているから?
その原因すらわからないオレに、対策がわかるはずもないのに、
「なあ、おまえもそう思うだろ、コーディ?」
うわあ、こっちに振ってきた!
えっと、ここで否定するのはおかしいですよね。かといってファーガウスに同調するのも、たぶん先輩にとってはお嫌なんじゃないかという気がします。このまま何も言わずにいるのも、誤解されかねないし。ああ、どうしよう。
だけど先輩、これだけはハッキリ言えます。
誰がどう思っていようと、オレは、先輩のこと――
「オレは、ミリア先輩のこと、すごい人だと思いますよ」
「だよなあ! ほらね、先輩。もう素直に認めちゃいましょうよ?」
「でも、おまえの言い方はなんかイヤだ」
あ。本音が出ちゃった。
どどどどうしましょう。エイミリア先輩の御前で、今のはめっちゃ子供っぽい発言でした! オレがイヤだとかなんだとか、心底どうでもよかったですよね。
「えぇーっ、何がだよ? すごいからすごいって言ってるだけじゃん。ねえ、ミリア先輩」
こいつ! 先輩に同意を求めるとは卑怯な。これではオレが、先輩と対立する構図になってしまうじゃないですか。違いますからね、先輩!?
振り向くと先輩は、ふっと笑みを浮かべて、
「……わたしは、生まれてからずっと、わたしだから」
誰にともなく小さくつぶやかれたその笑顔が、なぜだかとても、寂しそうでした。
それでもブレないのが、KYファーガウスです。
「え、生まれながらの天才ってことすか? さっすが!」
「やめろよ、ファーグ!」
「何だよ、コーディ。さっきから何を怒ってるわけ?」
ファーガウスが、怪訝そうに眉を歪めます。オレだって、それがわからないから……!
「あ、わかった! おまえ、嫉妬してんだろ」
ギクギクッ!? い、いや、そんなことは。
「でもさあ、ミリア先輩の才能に嫉妬したって、所詮オレらとは次元が違うし! まあ、騎士のおまえにはわかんないだろうなあ、先輩のすごさは」
「だから、そういう言い方……」
「えー、おまえだって、さっき『すごい』って言ってたじゃん。何がダメなんだよ?」
「そんな軽々しい『すごい』では、先輩のすごさを言い表せてないから。おまえの想定をはるかに超えたすごさだから!」
「だったら、説明してみろよ。400字以内で言ってみろ?」
そんな。エイミリア先輩の魅力が、たった400字に収まるわけがないじゃないですか!
まあ、オレだってまだ、その全てを知っているわけじゃないですけどね。その奥深い魅力の、ほんの入口というか。先っぽだけというか。もちろん、もっともっと奥まで掘り進めてみたいですし、オレの前に全てを曝していただけるなら、そりゃあ嬉しいですけれども。
い、いや、そんな……全てって。全てを知ってしまったら、オレはどうなってしまうのでしょう! いえ、どうなったって構いません、貴女の好きにしてください!
その時です、悩める愚民の元に、天使の福音が届きました。
「早く……、入れてよ」
ええっ!? どどドコにナニをですか!
思わず顔をあげると、先輩は、扉の陰でちょっぴり恥ずかしそうにお顔を背けていらっしゃるではありませんか。ぐふぅっ……。何ですか、この破壊力! バベルの塔だって、一瞬で瓦礫になっちゃいますよ。
あれ、ここってもう、神界の入口……じゃなくて、新館の入口ですよねっ!?
気づけばすでに渡り廊下を抜けて、新たな建物が眼前にそびえていました。
こうして、先輩のお隣を歩く幸せな時間は、ファーガウスと幼稚な争いをしているうちに終わってしまったのです。ああ、進歩のないオレ。
興奮して、ヘンなことまで口走ってしまわなかったでしょうか? そりゃあ先輩も、こんな連中と一緒にいたら、恥ずかしいですよね。
オレとしたことが、先輩にこんなお顔をさせてしまうなんて……今度ゼヒ、2人きりのときにしましょうね! 噓ですすみません。はい、可及的速やかに入らせていただきます。魔術訓練場新館の中にね。もちろんさっきの「入れて」は「入って」の
ああ、しかも先輩は、新館のドアを開けていてくださったのですね。今こそオレが、ジェントルマンとして、先輩のためにドアを開けてさしあげて、カッコよくエスコートする絶好の機会だったのに。痛恨のミス!
「それで、コクーンなんだけど」
エイミリア先輩の控えめなお声が、静かに響きます。広い館内では他に、上級魔道士らしき3人が、反対側の隅で魔術練習をしているだけでした。
「たぶん、バリアだけじゃなくて、吸収も混じっていると思う」
「吸収……?」
「相手が放った魔術から、魔力を吸い取るんだよ! すげえ高等魔術なんだぜ」
オレが素直に疑問を口にすると、先輩の代わりにファーガウスが、声量なんて気にすることなく答えてくれました。なんでそんなに得意げなんですか。
それから先輩のほうへ向いて、
「でもそれって、たしか効率悪いから実戦向きじゃないんすよね?」
「そうだね。部分吸収して自分の魔力に変換しようとすると、かなり変換効率が悪いね」
うぅっ。やっぱり、魔術談義になるとすごいアウェイ感です。
「――でも、魔力を丸ごと吸収してしまえば、攻撃魔法も消滅するでしょ。だから『シールド型』と『バリア型』に続く、防御の第三形態と言われることもある」
「おおーっ、『アブソリュート』ってやつ!? もしかして先輩、アレ出来ちゃうんすか?」
ファーガウスが、期待の眼差しでエイミリア先輩を見つめます。
「それはまた、他に人がいないときにね」
ええーっ。人がいないときに、何をシてくださるというのですか先輩ー!
ええ、もちろん、高等魔術の『アブソリュート』とかいうやつですよね。話の内容から推測するに、先輩がここでその『吸収』を発動すると、向こうのほうで練習している難しそうな魔術まで全部吸収しちゃうのでしょうか?
「コクーンは、中からは外の様子がある程度わかるけど、外にはたぶん、視覚も聴覚も、あらゆる情報を透過しないんだと思う。詳しく検証していないから、推測にはなるけど、それが『遮断』というよりは『吸収』の感覚に近いかな……」
先輩にしては珍しく、あやふやな表現が多いのは、それだけコクーンが珍しい魔術だからでしょうか。
「そっか、任務のときも、中の様子が全然わからなかったですもんね」
「えー、じゃあ、中でエッチなことし放題じゃないすか」
「アホっ!」
「いてっ」
あ、思わずグーで殴ってしまいました。
「じゃあ……2人のどっちか、中に入ってみる?」
「ハイハイ! オレ、入りたいっす!」
さすが、手の早いファーガウス。速攻で挙手をして、先輩のお隣にスススと寄って行きました。
すぐに白い糸のような、モヤのようなものが現れて。しゅるしゅると2人を取り囲みます。高度な魔術は魔法陣を使うと思っていたけれど、先輩は、ほとんど手も動かしていないようでした。
「へへっ。先輩の中、失礼しまぁーす」
おいっ、言い方!
白いヴェールはあっという間に濃くなって。ファーガウスはオレにVサインを向けながら、そのまま姿が見えなくなってしまいました。
くぅーっ。こんなことなら、オレが先に中に入りたかったです!
べべべつに、ヘンな意味じゃないですからねっ!?
存在自体が騒がしいファーガウスが『コクーン』に完全に覆い隠されてしまうと、辺りは急にシンと静かになりました。
時折、遠い隅のほうで練習している魔道士たちが、言葉や魔術を発する音だけがして。だだっ広い空間に溶けていきます。
目の前には、真っ白な楕円形の玉。
見た目だけはインパクト大きいのに、音もなく、微動だにせず。ただじっと鎮座しています。
この中に、エイミリア先輩とファーガウスがいるんですよね? さっき、この中に取り込まれていきましたもんね?
……今も、いるんですよね? この中に……二人きりで。
先ほどのファーガウスの言葉が、嫌でも思い出されます。
「せん……っ、ファーグ?」
ざらついた表面に声をかけてみても、返ってくるのは静寂だけ。
中で今、何が起きているのか、全く想像がつかないというか。いや、だからこそ、おかしな想像ばかりがかき立てられてしまうというか。
「おいっ、ファーグ? おまえヘンなことするなよ!?」
それでも巨大な
触れてみると、いくぶん弾力があって。叩いても、叩いても、そのぶんオレの手に跳ね返ってくるだけです。
「ファーグ……?」
ジリジリと焦燥感がせり上がってきます。オレは一体、何を殴っているのでしょう。オレの前に立ちふさがる障壁? それとも、何もできないオレ自身でしょうか……。
もう一度拳を振り上げたとき、
「すっげぇー! コーディ、オレが何て言ってたか聞こえた!?」
突如、
おっと、オレは危うく、その脳天に思い切りゲンコツくらわすところでした。キラキラどころか、目の前にいっぱい星が飛びそうです。
「……なんだよ、何て言ってたんだよ?」
オレはエイミリア先輩のご様子をチラチラと確認しながら、ファーガウスに問いただします。先輩の前でオレの悪口とか、日頃のヘタレっぷりとか、暴露していないでしょうね?
「え? おまえのこと、カッコイイってウワサしてたの。ねっ、先輩!」
「えっ……、えと、うん……」
え、本当は何を話していたんですか? ていうか、何をやっていたんですか、こんなに長い時間二人きりで……って、そんなに長くもなかったかもしれないですけど。
10分とか、いや、もしかしたら5分くらい? 何なら、もっと短かったかもしれないですけど。
でもでも、1分もあれば、あんなことやそんなこと、いろんなことができちゃいますよね!? そう、1分あれば、たとえば……って、具体的に考えるな、オレ!
「じゃあ、コウくんも、中入ってみる?」
「ハ、ハイッ!」
いや、ヘンなことなんて考えてないですよ? 全然考えてないデスヨ? だから先輩、なんで急にオレのそばにいらっしゃるんですか。近い! 近すぎですって! オレに一体ナニをさせたいんですか!? ああ、イイ匂い。
沸騰したオレの頭から、白い湯気が吹き出してきて。もわもわーんと、あっという間に視界を埋め尽くしました。周囲の音も遠のいて、まるで別世界にイッてしまったかのような……。
あ、はい。オレたちを包んで、コクーンが発動されたわけですね。そのために、オレが先輩のお隣に行かないといけなかったんですね。すみませんでした。
コクーンは、外からは真っ白で何も見えなかったけど。中からだと、半透明という感じでしょうか。白く濁っているものの、外の様子はしっかり見えます。
それに、声も……。
「おーい、コーディ。聞こえるー? もしもーし!」
ファーガウスが、オレのいない方向を一生懸命のぞき込んで騒いでいます。さっきのオレの焦りも、こんなふうに中からは丸見えだったんですね。……う、恥ずかし。
「ははっ、ファーグのやつ、ヘン顔してる。おおーい、こっちからは丸見えだぞー?」
オレはファーガウスの顔のあるあたりを、内側からコンコンとやってみました。案の定反応はなくて。相変わらず、おかしな顔面体操を続けています。
それにも飽きたのか、今度はコクーンを叩きながら、
「コーディ? 返事しないと、おまえの性癖全国にさらすぞー」
や、やれるもんなら、やってみろ……と言いたいところですが。ここで暴露されると、一番知られたくない相手にだけは丸聞こえなんですよね。いやもちろん、隠さなきゃいけないような性癖なんてないですからね!?
「いいのか? おまえがロリコンってこと、バラしちゃうからな?」
いや、違うから!
返事をしたところで向こうには聞こえないはずだし、第一、必死で否定して余計に怪しまれても困ります。
反論の意味を込めて、オレはファーガウスが手を置いているあたりを少し強めに叩いてみました。だって、コクーンは先輩の魔法ですから。あんまり激しくして、壊しちゃうとイケナイですからね……?
「ヘンタイコーディ、ロリコーディ!」
「だから違うって!」
あ、結局言っちゃった。
「ロリロリコーディ、神コーディ!」
ファーガウスは奇妙な節をつけながら、コクーンをノックし始めました。
なるほど。こっちのことが全くわからない代わりに、あっちはあっちで一方的に好き勝手言えるというわけですね。ていうか『神』は悪口になってないですよね?
じゃあオレは、裏ビートで返してみましょう!
どうしてオレが、一生懸命ファーガウスの相手をしているかと言いますと……。視線はコクーンの外に向かっていますが、もちろん心は全て内に向いています。
だって、だって中を向いたら(さっきチラッと向いちゃったけど)、二人きりなのを意識しちゃうんですもん!
大人二人が余裕で入れるとはいえ、さして広くない空間。うっすらと見える外の世界とは、たしかに繋がっているのだろうけれど。景色も、音も、どこかずっと遠くにあるような感じがします。
その中で、オレは今、エイミリア先輩と二人きりなんですよ……? って、ダメ。意識したらダメ。 だから先輩、近いですよ!? オレのそばに来ちゃダメェ!
そんなオレの心のうちなどつゆ知らず、先輩はオレの隣に並んで立って、身を屈められました。そうして白く濁った外の世界を、ファーガウスの舞を、じっくりと観察されます。
あの、違いますからね? オレは、ロリコンじゃないですからね? どちらかと言ったら――
「外からだと、本当に全然聞こえないみたいだね」
「えっ? それは、だって……」
その時、オレは初めて気がつきました。
バリア魔法は術者の周りに形成されるもの。魔導書にもなく、他の魔道士たちも知らないユニーク魔法の『コクーン』は、先輩ご本人が外から見ることはないのです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます