第四章

第25話 先輩、オレも入れてください(1)


「コーディ、この前サンキューな。当番代わってもらって」

 お昼休みが間もなく終わろうという頃、ファーガウスがひょっこり休憩室に現れました。

「ああ、うん。べつに……」

「助かったぜ。なんかスイーツの店に誘われたんだけどさあ、月イチしかやってないらしくて」

 月イチのスイーツ店……って、もしやファーガウスもあの日、マリトカナントカのお店に行っていたのでしょうか。たしか、超重要な用事ができたから、どうしても当番代わってほしいとか言っていたんですけど。

 まあ、いいんですけどね。


「でもマジで美味かったよ。クリーム超濃厚! マトリッツォ? あれ、マリトッツォだっけ? まあ、どっちでもいいや」

「うん、そうだな」

 おかげでオレは、エイミリア先輩と二人きりのお弁当タイムを満喫できましたからね。まあ、緊張しすぎてあんまりよく覚えていないですけど。ああ、また火曜に当番回って来ないかな。オレに挽回のチャンスをください。


「アレは、食わなきゃ人生損するレベルだぜ。今度行ったら、おまえにも買ってきてやるよ! てか、一緒に行けるといいな。あー、来月は当番当たらなきゃいいんだけど」

「いいよ。当番だったら、また代わるよ」

 オレはマトリョーシカよりマリオネットより、断然先輩とのランチデートを取ります! ……え、デートじゃない?


「ええー。コーディ、おまえ超いいヤツじゃん! 神だよ! てか、よく言われない?」

「うん……?」

 そういえば、最近もそんなこと言われたような気はしますが。お察しの通り、オレは今それどころではないのです。生返事して、引き続き休憩室の一隅を睨みます。

「じゃあさ、明日からお前のこと、神コーデって呼んでいい?」

「いいけど……、仕事中はやめろよ」

 話半分に聞き流していたオレは、どこかで聞いたようなセリフを口にしていました。ていうか、なぜ『明日から』なのでしょう?


「えー。じゃあ仕事中は激ダサコーデって呼ぶ」

「うん、そうだな……」

「いいのかよ? マジで?」

 ファーガウスは、とうとうオレの視界に侵入の試みを開始しました。まあ、身長差があるから大して邪魔にもならないんですけどね。

 その頭越し、向かいの壁に見えているのは、各隊員の所在を示すボードです。


 それによると、エイミリア先輩のこれからのご予定は『魔術訓練場』。日頃のパターン解析から、今日は書庫へいらっしゃるんじゃないかと予測していたのですが……。

 こうなると、騎士のオレには不可侵領域です。ここは大人しく、中庭で剣を振っておくべきでしょうか。いやでも、魔術訓練場の用事はすぐに終わって、その後書庫へいらっしゃるという可能性も捨てきれないんですよね。

 だったらやっぱり、書庫で勉強していようか……。悩ましいところです。


 そんなオレの邪念を、吹き散らかすかのように。

「ごめん、お待たせ」

 当のエイミリア先輩が爽やかにご登場です。

 あれ? オレは先輩と待ち合わせして、今からデートでしたっけ?

 えっと、えっと……。「いいえ、全然待ってませんよ」? それとも「オレも今来たところです」のほうがいいですか? ああっ、心の準備が!


「あ、ミリア先ぱぁ~い!」

 狼狽するオレの隣で、ファーガウスが嬉しそうに手を振ります。いっ、いつの間に先輩とそんな仲に!?

 思わずそちらを向くと、ファーガウスもオレを見上げて、

「そんで、オレが代わりに当番やるのって、明日で良かったっけ?」

「え!? いや、まあ、えっと、そうだけど……」

 って、それどころじゃないぃっ! エイミリア先輩と待ち合わせなんていう暴利をむさぼっておきながら、オレなどに話しかけるなんて! アホですか? ファーガウスは、アホなのですか!?


 先輩はオレたちに気を遣うように、少し離れたところで背を向けて、備品の整理なんかをしてくださっています。ああ、そんな後姿も神々しいです。

 おや? 今度は所在ボードへ……。あ、ファーガウスのぶんまで『魔術訓練場』に変えてくださっている! なんてお優しい。気づけよ、ファーガウス。このバカ! 鈍感!

 って、観察している場合じゃなかったです。

「すみません! 話し込んでしまって……」

「ん? いいよ、急ぎじゃないし」


 先輩はそんなふうに笑ってくださいますが。オレのために先輩をお待たせするなんてこと、お月様が西から上ってついでにジグザグ走行しようとも、絶対にあってはなりません!

 まあ、本音を言えば……もう少しだけ、一緒にいられたら嬉しいんですけれども。

「今からミリア先輩に、バリア魔法教えてもらうんだ!」

 のん気に告げるファーガウス。もしや、この前言ってた『魔法教えてください』ってお近づき作戦、早速実行に移しているのでしょうか? なんて手の早い……!


「じゃ、コーディ。また後でな」

 ファーガウスは、ひらひらと手を振って部屋を出て行きます。いや、そこはレディファーストで、先輩ファーストだろ!? ああ、もう! オレだったら絶対そんなことしないのに。どうしてあの位置にいるのが、オレじゃないのでしょう。


 いや、それはまあ、オレは騎士ですし。先輩は魔道士で、小隊も違って。だから、連れ立って歩きだす二人の背中を見て、オレは――

「あのっ!」

 思わず、呼び止めていました。

「それって、オレもついて行ったらダメですか!?」


 うぅ、わかっています。そりゃそうですよね。「なに言ってんだコイツ、騎士のくせに」って、思いますよね……。剣術稽古もロクにできていないくせに、魔術稽古について行くだなんて。

 でも、オレにだって譲れないものはあります! いや、先輩のお隣は、譲るもなにも端からオレのものじゃあないですけど。


「ほら、あの、前の任務のとき……。ヴァンパイア・バットとかって、魔法弾くじゃないですか。調べてみたら、他の飛行型にもそういうの、いるみたいだし」

「へえー、そうなんだ。おまえ、よく知ってんな」

 そう、あの夜は完全に天使の寝顔に見惚れたまま終了しちゃいましたけど、次の日からオレは、軽くおさらいなんかもしていたのです。

 

「オレたち騎士は、そういうの、まったく無防備だと思うんですよね。火炎ブレスなんかは、ある程度避けられるけど。でも、ああいうのは、どうしたらいいのか全然わからなくて。だから……」

 もう一度、あんなことが起きたら。何もできずにただ見ているのは、嫌なんです。

「あっ、いや、もちろん! 見学したからって、どうなるものでもないってことは、わかってますけど。それで魔法使えるようになるわけでもないですし……」

「当ったり前だろ! そんな簡単にできてたまるかっつーの。ねえ、先輩!」

「うん、でも、基本を理解するには、まず見てみるのが良いと、わたしも思うよ」

 あうぅっ。天使の笑顔が、眩しいです……。




「うわぁ……。魔術訓練場って、こんな広かったんですね」

 スティングスに入団して半年、オレは初めてこの建物の中に足を踏み入れました。

「けっこう広範囲な魔術もあるからね」

「急に飛んできたりもするから、気をつけろよ。通路は一応保護がかかってっけど、強い魔法だとたまに突き破るからな」

 騎士たちは中庭で訓練できても、魔道士はそういうわけにはいきませんね。外でやってコントロールミスったら、窓ガラス割って怒られる程度じゃすまないですから。


「だからコウくんは、わたしのそばを離れないでね」

 はうっ! そんなふうに言われたら、絶対離れません。ずっとずっと貴女のお側におります!

 空きスペースを求めて建物内を移動する間も、先輩はさりげなく、オレが安全な壁側になるように歩いてくださって。もしも一緒にお出かけする機会があれば、その時はオレが絶対馬車道側を歩きますからね、先輩!


 そんなことを考えているうちに、目的地周辺に到着したようです。

「防御魔法の基本形は、2種類に大別できるのは知ってる?」

「えっと……『シールド系』と『バリア系』でしたっけ」

 ちょっと自信なさげに答えてみますが、この辺はどの防御魔術の本でも最初に書いてあるようなことなので。案の定、花丸笑顔をいただきました。えへへへ。


「シールドは、騎士さんがたまに使う盾みたいなものだね」

 先輩のおっしゃる「たまに」というのは、スティングスの騎士たちは、機動性を優先するために盾を装備しないことが多いからです。騎士学校の対人訓練では、盾も使うんですけど。

「じゃあ、バリアとの違いは、ファーグ?」

「え? えっとぉ……、あ! バリアは、なんか、ぐるんって感じです!」

 なんだよ、それ。

「ふふっ、なにそれ」

 えっ、先輩がファーガウスの言葉で楽しそうに笑っていらっしゃる!? なんかちょっと、悔しいです。


「えぇー。だって、シールド張りめぐらしたら、バリアみたいなもんじゃないんすか?」

 ファーガウスはちょっとふて腐れます。そんなふうに口尖らせたって、言っときますけど可愛くはないですからね。

「もしかして、形状の違いだと思ってる?」

「えっ、違うんすか!?」

 ギクッ。オレもそんなイメージでした。


「例えば、ここの通路もバリアの応用なんだけど……」

 先輩は、さっきオレたちが通ってきた通路のほうに目を向けながらおっしゃいます。

 通路には、雨に濡れた窓ガラスのような、なんかモヤっとした透明の幕みたいなのがうっすら見えるんですけど。それが、人は自由に出入りできるけれど、流れ弾的な魔法は防いでくれるのだと、ここまで来る間に教わりました。


 先輩はそのうちの、人がいないあたりを指して、

「じゃあファーグ、あそこに攻撃魔法当ててみて」

「えっ?」

「何でもいいよ。雷撃とかがやりやすいかな?」

「いや、え……、いきなりっすか!?」

 焦るファーガウスを見て、先輩はキョトンと小首を傾げられます。もう、何なんですかその可愛らしいしぐさは! やっぱり先輩に教わったら、集中できないじゃないですか! ……あ、いえ、すみません。ちゃんと集中します。

「いきなりって言っても、魔獣はいきなり現れるでしょ? それともファーグの索敵能力なら、接近される前に常に余裕を持って対処できる?」

 やさしい天使のお声のままで、いきなり始まるドSタイム。たまりません!


 え、オレだったらもちろん、先輩のご命令とあらばすぐさま攻撃できますよ。何もない空間に向けてエイヤッと剣を振るうくらい、造作もないことです。ああ、でも、せっかくならカッコイイ剣術をご披露したいので、課題の応用剣術に出てくる大技「昇龍剣」とかがいいでしょうか?

 じゃあやっぱり、中級と上級の課題、早く終わらせないと!

 いやでも、こっちも大事ですしね。

 剣術稽古は、明日から。

 ってことで。


 オレが決意を固めたちょうどその時、ファーガウスも覚悟を決めたようです。ピカッとまぶしい光が筋を描いて、人のいない通路めがけて飛んでいきました。

 任務なんかで見かける諸先輩方の魔法に比べると、威力の劣る感じはしますが、ファーガウスもちゃんと魔道士なんですね。ただのお調子者だと思っていた同期が攻撃魔法なんて使うのを見ると、正直ちょっと、焦るというか……。


「うん、いいじゃない」

「やった! へへっ」

 そのうえ先輩にお褒めいただいて、得意顔でオレのほうを見てくるのです。

 ふ、ふん、どうせ今のは、基本的な魔術なんでしょ? 魔道士だったら、それくらい……。オレは騎士だから魔法はできないですけど、剣術だったらイイとこお見せしますからね! きっと……。たぶん……。


「それで? シールドとの違いは分かった?」

「えっ」

 調子に乗りかけるとすぐにシメてくださるエイミリア先輩、さすがです。オレも油断していました。そうそう、こういうのは、他人事と思わないで自分でも考えたほうがいいんですよね?

「あっ! 弾く……?」

 先輩のヒントから、剣で盾に打ち込むのを思い浮かべていたオレは、ファーガウスの放った雷撃が通路を覆う透明の幕に溶けていくように消えたのを見て、ちょっとした違和感を持ったのです。


 ついそのまま、口に出してしまったものの。単純な物理攻撃の剣術と、魔術ではいろいろ違うでしょうし……下手なことを言わないほうがいいでしょうか? ファーガウスも怪訝な顔でオレを見てきます。

 けれどその向こうで、先輩が頷いてみせてくださって。オレは自信を得て、ファーガウスに説明しました。

「シールド系が盾のようなものなら、攻撃魔法を弾き返すんじゃないかと思って」

「……まあ、そりゃそうだよな」

「だったら、正面から攻撃したら、おまえモロに食らってるだろ」


 器用に段違いに歪められていた眉が、さらに捻じ曲がったと思ったら、急にパッと開きます。

「あ、そっか! なんだよコーディ、おまえちょっと天才じゃんっ!?」

 へ、へへっ。まあ、どうせオレは、天才ですけどね。

 まあでも、正真正銘の天才が目の前にいらっしゃいますからね。あんまり褒められても、むしろ困りますからね。えへへへ。


「そう、シールド魔法は、攻撃を弾く。バリアは空間の遮断。『防御』と一括ひとくくりにされるけど、原理は全く違うものなんだよ」

 あ、聞いていらっしゃらないですか。そうですか。

 くっ。こんなことではめげません!

「そっかあ。シールドぐるんってやったら、下手すりゃ味方がやられちゃいそうすね」

「うん、そうだよね。不意の攻撃にはシールドのほうが出しやすいと思うけど、周囲の状況に気を付けないと。他にも、建物の破壊とか、森林火災につながることもあるからね」

 今度は、ファーガウスのほうにポイントが入りました。オレだって、それ思っていたのに。先を越された……!

 やっぱり、邪念を抱いていたらダメってことですね。はい、ちゃんと集中します。


「あれ、じゃあ、シールドのほうが簡単なんですか? 何となく、バリアのほうがよく使われてるイメージでした」

「当ったり前じゃん! 魔獣がいきなり襲い掛かってきたら、おまえ、いちいちバリアで防ぐかよ?」

 いや、オレは、剣で防ぐけど。

 オレはもしかして、めっちゃアホな質問をしてしまったのでしょうか? エイミリア先輩も、なんだか難しい顔をしていらっしゃるように思います。


「それは……『簡単』の定義によるかな」

 え、『簡単』の定義? それは……『簡単』ってことでは、ないのでしょうか? ファーガウスの眉も、再び捻じ曲がっていきます。

「バリアは形成時に消費する魔力は大きいけど、維持はわりと簡単。だから、敵に接近する前に予防的に張ったりもするの」

「あー、たしかに! バリアのほうが長持ちすよね」

 魔術談義を始めると、なんか、ファーガウスでもカッコよく見えてきます。うう、オレも混ざりたいです。


「うん……『長持ち』っていうより、そもそもシールドには維持という概念がないかな。魔力量に応じて自然消滅するものだから、持続的に用いるためには、繰り返し形成し続けないと」

 なあんだぁ。ファーガウスも、わかってないんじゃないですか。……まあ、オレもですけど。

 えっと、つまり……『シールド』は作ったら終わりってことでしょうか。対して『バリア』は、維持できる。持続性の盾……? いや、盾はそもそも、消えないですね。魔法って難しい。

「簡単に言うと、『単純過去』と『半過去』みたいなものかな……?」

 なるほど。『簡単』の定義は、簡単ではないようです。


「そういえば、この前の任務のときに先輩が使われた『コクーン』も、バリア系でしたっけ?」

 あの時、第3部隊の魔道士が放って、巨大コウモリが弾いた火炎魔法。先輩が使われたのがシールド系の魔法だったら、オレたちの誰かが被弾するか、周囲の木が燃えていたかもしれないってことですね。

 こんなところでも、オレは知らないうちに貴女に守られていたなんて。オレもいつかは、貴女を守れるように……

「えーっ、何それ!? 『コクーン』? それって、魔法?」

 もう、KYファーガウスめ。


 オレが仕方なしに、その時に見た巨大な繭玉まゆだまのような魔術について説明すると、

「スゲー! オレも見てみたい! 見せてくださいよ、ミリア先輩!」

 キラキラと小動物のような目を先輩に向けます。こういう人懐っこいところ……なんかちょっと、ズルくないですか?

 先輩はそんなファーガウスに困ったように、

「ここじゃちょっと、目立つかな……。今日木曜日だし、新館のほう使えるかも」

「あっ、じゃあオレ、ちょっと行って見てきます!」

 それだけ言うとファーガウスは、ピューッとどこかへ走って行ってしまいました。脱兎のごとく、という言葉が、小柄なうしろ姿にしっくりきます。


「新館のほうは、上級魔法の練習に使われるから、あんまり人が行かなくて」

 それを見送りながら、エイミリア先輩がオレに説明してくださいました。

 ここより奥にある『魔術訓練場・新館』は、使う人が少ないかわりに、団体訓練や大技の練習のために貸し切られていることがあるそうです。

 なるほど、それで『新館』が使えるかどうか、ファーガウスが確認しに行ったんですね。

 さっきの短いやり取りだけで、素早く行動できたなんて。オレはちょっと、妬ましいです。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る