第19話 先輩、お相手いただけますか(2)
そんなわけで、エイミリア先輩とコーガさん、それにトーリス先輩とオレの4人は本隊から分かれて、捜索続行です。
え、そりゃあオレも、一緒ですよ。だってホラ、トーリス先輩はオレのチューターですし。忘れられがちですけど。オレだって忘れそうになりますけど。
それでも、一年目はチューターに同行するのが原則ですからね。この人がチューターで良かったと思う、数少ない機会です。ありがたく拝んでおきましょう。ナムナム。
するとその背中の向こうで、エイミリア先輩がふいに立ち止まって振り返られました。
「トーリス、どっちに行ったらいいと思う?」
え、突然のトーリス先輩頼み? ここまで黙々と先導されていたのに……もしかして、オレが拝んだりしたからでしょうか。
振られたトーリス先輩も驚いて、
「えっ!? いや、急に聞かれても、わかんないっすよ!」
「じゃあ、今わたしが負傷して離脱たらどうするの」
それはオレが全力で阻止させていただきます!
……って言いたいところですけど、そういう話じゃないですよね。エイミリア先輩は、たじろぐトーリス先輩を氷の眼差しでロックオンされています。ああ、オレもそんなクールな瞳で見つめられたい!
「え、えっと……、そん時はそん時で……?」
「うん、それで? 『その時』だったら、どうするの? 急に聞かれてもって言うから、1分くらい待ったよ。急を要する任務だから、これ以上待てない。早く決めて?」
うわあ、この人やっぱりドSだ!
淡々と畳みかける先輩に、トーリス先輩は周囲に助けを求める視線を向けますが……いや、オレに聞かれましても。
「時間切れ。こっちにしよう」
そうするうちに、エイミリア先輩は
「そうでなくても、例えば二手に分かれる必要が出たら、トーリスがコーガを率いることになるでしょ? そのための4人編成じゃない」
なるほど。……あれ、そうなったら、もしかしてもしかしなくてもオレはエイミリア先輩とペアですか!? いやここはむしろ、カップルという名称を使わせていただいてもよろしいでしょうか!
「そうなる可能性なんて、いくらでもあるんだから。いつでも心づもりしておかないと」
道が少し広くなり、縦列から散開します。そうしてオレがお隣に並んだところで、
「わかっていると思うけど、二人もだからね」
ぼぉっと聞いていたオレに、エイミリア先輩がチラッと視線を投げられました。その凛々しい流し目、たまりません!
「今だったらまだ間違えられる。でもいざ『上』になったら、責任がついてくる。今のうちから、ただ指示に従うだけじゃなくて、自分だったらどうするだろうって考えながら行動するといいよ」
ギクギクッ! 全然、わかってませんでした。ついさっき「オレに聞かれても」なんて思ってしまった愚か者です。すみません。
そこからは、捜索のスピードを緩めない範囲で時折トーリス先輩に判断が委ねられました。制限時間は5秒で、容赦なく打ち切りです。それでも繰り返すほどに、トーリス先輩も答えられるようになってきて。
もしかして、トーリス先輩を指名されたのは、集中指導で鍛えるためでしょうか?
オレも一応、心の中で「たぶんコッチ!」ってやっています。正答率は……まあ、半分くらいですが。
そして毎回、詳しい解説もしてくださいます。
その内容は簡単には要約できませんが――
事前に伝えられていた戦闘部隊の作戦計画(オレはそこまで覚えていませんでした)、出現の可能性がある魔獣の特性(しかも事前説明になかったものまで!?)、地形や他の動植物の生態(うっ……、もうついて行けてません)などなど。
それらすべてを掛け合わせて『もしもここにいたら最も危ない』という場所から優先的に、かつ効率的に調べられるルートを考える、ということのようです。
魔獣に遭遇しても必要以上に追わず、戦闘部隊へ合図を送って捜索を続けます。
「え、あれくらいだったら、俺らでやれるっすよ!」
そう言って
実は、魔獣討伐は市民救助よりも、業績として高く評価されるんですよね。
捜索対象の一般人を発見して、無事に基地へと連れ帰る――先ほどからずっと、エイミリア先輩の行動理念はそこに一貫しているように思います。だからこんなにも迷いがないのでしょうか。
セミナーよりも実用的な講義を傾聴しながら、オレもいつかはこんなふうに……なれるのかなあ、なんて。そこに自分の姿を重ねようとして、情けない気持ちになっていると、先輩がふいにオレのほうを見てニコリと笑いかけてくださいました。
はうっ。それはもしかして、ちゃんとお話聞いてたご褒美ですか!?
「それ、礼儀としては正しいけど、今はやらなくていいからね」
……え?
あっ! うっかりエイミリア先輩のお顔を注視していました。今は、周囲の警戒をしないとですよね。いやでも……先輩の存在は、いつでもオレの視線を惹きつけてやまないんです。
あ、ダメダメ。仕事に集中!
そうして、オレの担当である左側へと注意を戻すと――
「あっ、あそこ! たぶん人が……!」
森の奥には似つかわしくない鮮明な赤色が、遠い茂みに垣間見えたのです。その色は、先ほど川原で教えてもらった、捜索対象の男の子の服装にありました。
もしかしたら、見間違いかもしれない。一瞬そんな不安もよぎりました。けれどさっきまでのお話を聞いていたオレに、迷いはありません。
見間違いで恥をかくほうが、見逃して大事に至るよりずっといい。
呼びかけ担当のコーガさんが、オレの指したほうへ向けて男の子の名前を呼びます。けれど、何の反応もなくて。やらかした、と焦るオレをよそに、
「トーリスとコーガは、ここで待機」
エイミリア先輩は小道を外れ、さっさと茂みのほうへと向かわれます。
あっ、オレもお供します!
いや、接近戦こそ騎士の出番ですから、ここはオレが先導しないとね。魔獣が飛び出してきても、オレがキッチリお護りしますよ!
そう思いながら先輩の前へ出ると、あと数歩のところで茂みがガサガサと揺れ、
「待って、動かないでください!」
先輩の制止に、逃げるのを諦めて振り向いたのは――男の子ではなく、成人女性でした。大人は全員発見されて、基地へ向かったはずなのに。どうして……。
考えているヒマはありませんでした。
「エイミ先輩! 飛行型……たぶん
コーガさんの大声が森に響きます。エイミリア先輩はすぐに応えて、
「了解。弱点は?」
「えっ? えっと……火炎魔法、特に光に弱いので、明度を上げて……」
「うん、そうだね。対処は任せた。先に目眩ませしておかないと、魔術を弾き飛ばされるから気を付けて」
「えっ、あ……はい!」
突然大役を任されて、焦りながらも戦闘態勢に入るコーガさん。三人とも、やっぱりどこか、エイミリア先輩をアテにしているところがあったのでしょう。
かくいうオレも。……そしてたぶん、忘れかけていたのです、先輩が、オレたちと同じ人間であるということさえも。
「たぶんもう1頭近くにいる。援護に行ってくるから、この方の応急処置お願い」
「え? ……あっ、はい!」
先輩の華麗な処置を近くで見守りつつお護りする気満々だったオレは、予期せぬお願いにコーガさんと同じような返事になっていました。
そんなオレに先輩は、ローブの中から取り出した薬瓶を託され、サッと立ち上がります。
「……先輩?」
そのままコーガさんの元へ向かうと思われた先輩が、なぜか少し、立ち止まっていらっしゃったのです。
けれどオレが何かを聞くより早く、
「ママーっ!」
「あっ、子供!」
子供の声と、トーリス先輩の声が重なって。女性とおそろいの赤い服を着た男の子が、小道の反対側から飛び出してきました。
そして、上空に意識を集中していたコーガさんの前を横切り、
「えっ!? うわっ!」
驚いたコーガさんの手元から、閃光が明後日の方向に発射されました。
男の子のほうも、小道をまたいだところでつまずいて、派手に泣きだしてしまいます。オレのそばに居た女性がそれを見て駆けだそうとしますが、足首を怪我していて、すぐに押さえてうずくまります。
その時すでに、エイミリア先輩は動いていらっしゃいました。
「コーディアスは、その方の護衛」
それだけ言い残して、男の子の元へ。幸いにもかすり傷くらいだったようで、男の子はすぐに泣き止んで立ち上がりました。
ホッと一息。足を引きずりながらも再び歩こうとする女性に手を貸して、オレも二人の元へ向かいます。少し遅れて立ち上がったエイミリア先輩のうしろ姿が、少しふらついたかに見えた、その時でした。
コーガさんが、何かを叫びました。
つられて見上げた上空で、どこからか飛んできた火炎魔法が、ちょうどコウモリに弾かれて。そのまま、オレの少し前方へと落ちていき――
甲高い悲鳴が響き渡りました。
オレは、叫ぶことすらできませんでした。
高速の炎の塊が、エイミリア先輩の背を直撃します。
それをオレは、ただ見ていたのです。
ところが、その刹那。
エイミリア先輩と子供の周りに、白いモヤが立ち込めて、あっという間に二人の姿を隠しました。
飛来した炎が、ボッと激しく燃えたあとには……何でしょう、巨大な白い楕円の球体? 少しざらついた表面は、びっしりと糸が張り巡らされているかのようで、毛糸玉というか、まるで特大の
球体はすぐに解けて消失し、中から無事な二人の姿が現れました。
それを見て安心したとたん、女性は残り少しだった距離を走りました。オレも、さっき耳元で発せられた女性の悲鳴の残響を、今更ながらに自覚しつつ追いかけます。
反対側から、コーガさんとトーリス先輩も駆けつけます。
「せ、先輩……、今の、魔法なんですか……?」
震える声でそう聞いたのは、コーガさんでした。
母子の再会を温かく見守っておられたエイミリア先輩は、キョトンとされただけでした。
「いや、いきなりなんか、白いのに包まれて……、なあ!?」
「あ、はい。さっきのやつ、ミリア先輩の魔法だったんですか?」
オレは無知が幸いしたのか、そういう魔法もあるんだな、くらいにしか思っていなかったんですけど。コーガさんの慌てぶりからすると、よほど珍しいものなんでしょう。
「うん、バリア魔法……みたいなものかな?」
「いやいや! 僕、学生の頃、防御魔法専攻でしたけど、こんなの見たことも聞いたこともないですよ! 専門の魔導書にだって、見たことないですし」
「うん、わたしも」
……え?
「調べてみたんだけど、よくわからなくて。とりあえず『コクーン』って呼んでる」
あの、それってもしや……『ユニーク魔法』、すなわち大魔道士の証とも言われる、本人にしか使えないオリジナルの魔術なのでは!?
先輩、開発してしまわれたのですか……。
3人の驚愕をよそに、エイミリア先輩は女性のそばにしゃがんで状態を確認されます。
あっ、しまった。
「すみません! 応急処置、まだでした」
オレは預かった薬瓶を握りしめたままだったのです。
そこへ複数の足音が近づいてきて、現れたのは第3部隊の騎士と魔道士、計7人でした。ちなみに、制服のバッジで識別できるんです。
さっきの火炎魔法、この人たちのやつだったんですね。
「おい! こんなところで何やってんだよ? おまえら支援部隊だろ」
「作戦通り、捜索を最優先しています」
リーダーらしき騎士がいきなり高圧的な声を掛けてきましたが、エイミリア先輩は動じません。事実、市民の救出が最優先と、本部から通達されていました。
けれど支援部隊を見下すのが戦闘部隊のお家芸なのか、それとも部下に示しがつかないからか、そのケンカ腰を引っ込める気はないようです。
「……だったら、ウォー・バットに手出してんじゃねえよ」
「そうよ、支援部隊があたしたちのジャマしないで!」
あ、この人たちも間違ってる。
エイミリア先輩はそんなことには構わぬご様子。
「腕のお怪我は、この場では応急処置のみにしておくのが良いでしょう。足首のほうは、治癒をかけさせていただきますね。……コーディアス、お願い」
「えっ、オレ!?」
エイミリア先輩がいらっしゃるのに。コーガさんだっているのに。オレなんかでいいんですか? オレ、騎士なんですけど!?
けれどエイミリア先輩は待ったなし、早くも次の行動に移られていました。第3部隊にも2人、怪我人がいたのです。
それでも仲間を治癒してもらっている横で、彼らの文句は止みません。
「だいたい、さっきの魔法は何? ウォー・バットにかすりもしなかったじゃない」
「当たったとしても、あれじゃ攻撃にならねえし」
特に魔道士たちが、
「すみません。それ僕が……」
コーガさんが名乗り出たものの、子供のほうをチラッと見て言葉に詰まりました。そこを第3部隊の人たちがさらに責め立てます。
「ほんと、支援部隊ってロクな魔法使えないのね。それで魔獣に攻撃しようなんて」
「おとなしく、一般人の保護と治癒だけやってりゃいいのに」
鬼の首を取ったよう、とはこういうのを言うのでしょうか。いや、鬼退治じゃなくて、今は魔獣討伐を……。いやそれよりも、オレは治癒をしないと。
怪我をしている女性も、オレを見上げて不安そうです。わかります、オレだって不安なんです。
ためらうオレと、文句タラタラの第3部隊、萎縮するコーガさん。離れたところで見守るトーリス先輩。現場はカオスです。
そんな中、黙々と治癒を続けていたエイミリア先輩が一人目の処置を終え、
「コーディアス」
呼ばれて振り向いたオレは一瞬、『仕事モード』の涼やかな目に
それは本当に、ほんの一瞬だったけれど。
『できるでしょう?』
瞳の奥が、オレにそう語りかけているように思いました。
「……はい!」
エイミリア先輩に言われたら、なんだか出来そうな気がしてきます。
「上手じゃない」
治癒魔法をかけ終えるやすぐ、後ろから先輩のお声がしました。
てっきりもう一人の治癒にかかりきりになられていると思っていたオレは、危うくヘンな声をあげそうになり、慌てて飲みこみます。その隙に先輩は、女性の前にしゃがんで、
「違和感はありませんか? 魔道士のわたしから見ても、きれいに治っていると思いますが」
「あっ、はい! なんともありません。すごい、騎士様なのに、魔法もできるんですね!」
女性は足首を動かしながら、感動の目でオレを見ます。えぇーっ、ホメすぎですよぉ。もっと言ってください!
先輩、オレ、やりましたよ! 『すごい』って!
……って、聞いていないですよねそうですよね。
「ではみなさんはこのまま、基地までご同行ください」
すでに第3部隊のほうへ向き直り、話をされているようですが、
「は? 護送は支援部隊の仕事だろ。怪我は治ったんだし、こっちは討伐を続けるぞ」
「勝手に何言ってんの? 今日はまだ小型8匹しか狩ってないし、戻るわけにいかないんだけど」
キーッ。何なんですか、その言い草は! それに怪我は治ったんじゃなくて、治してもらったが正解だとオレは思うんですけど!?
けれどエイミリア先輩は、怒るというより呆れたように、
「その毒……」
文句を言ってきた女性騎士の腕を見ながらおっしゃいました。
「魔術では、浄化しきれないものなんですよ。基地に戻って処置しないと、痕残りますよ」
騎士服が少し裂けていて、そのフチと、中の傷口が、青く染まっていたのです。
それが決め手となって、まだ不満をこぼしつつ第3部隊も我々と一緒に基地へ向かうこととなりました。
もともとは、捜索対象を発見したら、他の第4部隊メンバーに迎えに来てもらう予定だったんですけど。手間が省けましたね。
あれよあれよという間にカオスが収束し、出発準備を整えます。さっきまで遠巻きにしていたトーリス先輩もすり寄ってきて、
「いやぁー、やっぱ戦闘部隊の人って……アレっすよねえ」
まあ、言いたいことはわかりますけど。
でもそれは、すぐにエイミリア先輩にたしなめられました。市民の方もいる前で、身内で言い争っている場合じゃない。
ただ、それだけのことだったのです。
先輩にはいつも、とるべき道が見えていて。迷わずに進むそのお姿が、周囲にはたぶん、眩しすぎたのです。
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