第20話 先輩、お相手いただけますか(3)
「何で俺たちが、一般人の護衛なんだよ」
「まあ、そう言うなって。あれがなかったら、マジで今回の戦績ヤバいんだしさ」
第3部隊の人たちは、市民の親子を護衛してオレたちと一緒に基地に戻ることで合意したものの、やっぱり不満が尽きないようです。
たぶん、第4部隊の指示に従うかたちになったのも
「だいたい、一般人がここにいるのだって、支援部隊の不始末だろ」
母親の女性はどうやら、一度基地に保護されたものの、子供が心配で抜け出してきたらしいのですが。そして子供を探しているうちに道に迷い、魔獣に遭遇し、逃げているうちに怪我をしたとか。
それが第4部隊の監督不行き届きだという話になると(いや、実際は管轄が違うはずなんですけど)、さっきまで居心地悪そうに黙っていた女性騎士も声高に加勢します。
「そうだ、さっきのウォー・バットは、うちらの討伐としてカウントしていいわよね? もとはといえば、向こうの魔道士に邪魔されたんだし」
仲間に相談するような
槍玉にあげられたコーガさんは、大きな身体をしゅんと縮こまらせてしまい、それを横目に第3部隊はここぞとばかりに憤りを再燃させます。
「そう! アレはひどかった。あんな目潰しにしかならないような魔法、誰を攻撃しようとしたんだか」
「アハハハ、マジで。ウォー・バットに光なんて効かないし、むしろ人間にダメージだよな」
「どうせ支援部隊に魔獣の相手なんてできないんだし、邪魔するくらいなら大人しく一般人保護に専念してくれればいいのに」
なんでしょう。コケにされているというよりは……なんか、負け惜しみに聞こえてきました。
自分たちが仕損じた魔獣を、支援部隊のエイミリア先輩にあっさり討伐されてしまったのが心外だったんですよねえ。
何を隠そうこの御方、春の合同作戦会議で戦闘部隊のお偉いさん方を恐れおののかせていらっしゃったんですから。
そうとは知らないヒラ隊員たちは、調子に乗りますが……。
「……邪魔?」
それまで周囲の雑音など気にも留めない様子で、淡々と出発準備を進められていたエイミリア先輩が、初めて彼らのほうへお顔を向けられました。
おっと、これもしかして、スイッチ入ったんじゃないでしょうか女王様?
「おっしゃる通り、彼は目潰しを試みました。不測の事態があったとはいえ、ヴァンパイア・バットに対して適切な戦術だと思います。仮にあれが中途半端な火炎魔法だったら、安易に弾かれて被害は周囲に及んでいたのではないでしょうか。彼の指導をしているのはわたしです。至らぬところがあったなら改めますので、何がどうそちらの邪魔になったのかご教授いただければ幸いですが」
ふっふっふ、顔に出ていますよ、みなさん。
『え、ヴァンパイア?』『魔法を弾くって、どゆこと?』『あの閃光弾って、失敗作じゃないの?』
そうですよね。そうなりますよね。見下していた第4部隊に、論破されちゃったんですもんねえ。
まあ、このお方が第4部隊の中でも異次元的な存在だってことは、教えてあげませんけどねっ!
そんな第3部隊の面々を見据えて、フッと先輩の口角が上がりました。
あ、これはなんか見覚えあるやつですね。追加攻撃に備えてくださーい!
「ところで討伐報告については、どうぞご随意に。こちらもあるがまま報告させていただきますが、どのみち我々は討伐数上限に達していますので、特にこだわりません」
目が……目が笑っていません、女王様。
1回の任務で、業績としてカウントされる討伐数には上限があるんです。だからポイントの高い大物魔獣から順番に、討伐、アシスト討伐……と申告します。アシストだと、ポイントは低くなるので。
えっ、てことは……つまり?
討伐だけで上限オーバーなんて、聞いたことないんですけど!? しかもヴァンパイア・バットのような飛行型魔獣はけっこうポイント高かったはずなんですが。
そう思ったのはオレだけではないようで。やや時間をかけてその意味を理解した第3部隊の人たちは、顔を見合わせ、噛み合わない言葉を交わしたあと、うやむやにして出発することにしたようです。
全員が気まずそうに背を向けると、コーガさんとトーリス先輩が小さくガッツポーズをしあって後ろに続きました。
そのさらに後ろではオレもたぶん、いくらか顔がにやけてしまっていたでしょう。
だって、他のみんなから距離をとって、オレたち二人きりですもんね、エイミリア先輩!
二人になるのを待っていたのは、先輩も同じだったようで。
「さっきみたいなのは、ダメだよ」
しんがりとして最後に出発したとたん、待っていたのはご指導でした。
それが何を指しているのかすぐにわかる程度には、オレもそのことが頭の片隅に引っかかっていたのです。
女性の治癒を指示されて、せっかくお役に立てるチャンスだったところを、オレは
最後にはオレの治癒魔法で、先輩にはお褒めの言葉を、女性には感謝と尊敬をもらうことができましたが……。
「彼らにとっては、一年目とか、研修中とか、騎士だとか、そういうのは関係ない。わたしたちはスティングス。プロなの。頼りにされているんだよ。自信のないとこ見せたらダメ」
そうか、あのとき女性が不安そうだったのは、オレの不安がうつったから……?
「はい……、すみませんでした」
浮かれていた気持ちが、一気に引き締まります。
そう、今はまだ任務の最中だし、浮かれている場合じゃないですよね。それに、第3部隊だってオレたちの仲間。言い負かして、いい気になっている場合じゃないんです。
先輩はいつだってそれがわかっていて、きちんと現状把握していらっしゃる。
「どうせ、わたしがやるほうが早くて的確だし、あの人にとってもそのほうがいいとか思ったんでしょ」
うっ……、図星です。
だって実際、オレなんかに治癒されるより、エイミリア先輩にしてもらったほうが断然良いじゃないですか?
「魔術なんて、実践積んでいくのが一番上達の近道じゃない。そんなこと言ってたら、なかなか上手くなれないよ」
それは、まあ、その通りなんですけれども……。
なんて思ってしまったオレの内心まで、先輩はお見通しでした。
「出来ないことをやろうとして、失敗しろっていうんじゃない。あなたはもう治癒魔法の基礎はできている。もし上手くいかなくても、わたしがフォローするじゃない。そのためにわたしがいるんでしょう?」
「えっ……」
オレのために貴女がいる……。えへへへ。あ、そういうことじゃないか。すみません。
「それでもまだ自信がないっていうなら、わたしの腕でも何でも、切って練習台にしたらいい。いくらでも付き合うから」
「あ、いや、そんな!」
そそ、そんなことできるわけないじゃないですか! いやもちろん、お付き合いいただけるのならそれは嬉しいですけど。……って、そうじゃなくて!
情けなくて悔しくて、それに有難いやら何やらと……いろいろ混じって、オレはたぶん、相当ヘンな顔していたと思うんです。
それなのにエイミリア先輩は、厳しい表情をふいに和らげて、
「でも、その『申し訳ない』って気持ち、大事だと思うよ。そのぶん、もっと上達しなきゃって思うから。最初から根拠のない自信持っているより、ずっと成長できると思う」
はうぅ……。最後はおだててくださるんですから、オレの天使様ったら!
「ああ、それと。さっきも言っていたけど、その『すみません』って言葉、市民の方がいる前ではあまり使わないほうがいいよ。不安にさせるだけだから」
あうっ。まだまだ道は、遠いです。
こうして、魔獣たちを一網打尽にし、一般市民を無事保護し、第3部隊を従えて基地に凱旋してきたエイミリア先輩とオレたちでしたが……。
この日、先輩にとっておそらく最大の苦難は、基地に戻ってきてから起きたのです。
「大丈夫そうだね。うん、よく頑張りました」
男の子の怪我の状態を確認して、エライエライする先輩。オレも次は頑張ります。
まあ残念ながらオレは、派手にズッコケてすり傷を我慢しながら基地に戻って来たって、褒めていただけないでしょうけどね。
なんて、のん気なことを考えているところへ、突然怒声が降ってきました。
「なにやってるんですか! どうしてうちの子には治癒魔法をかけてくれないの!?」
エイミリア先輩の指示で、基地にいた別の魔道士から治癒を受けていた母親でした。男の子の怪我はここへ来る前に洗浄をしただけで、一度も魔法は使っていなかったのです。
さっきまであんなに大人しそうな女性だったのにと、豹変ぶりに面食らっているオレをよそに、エイミリア先輩はすぐに女性のほうへ向き直って説明されます。
「出血はおさまっていますので、あとは清潔に保てば自然治癒できれいに治ります」
「誤魔化そうとしても無駄よ! あたし、魔道士学校通ってたからわかるんです。あなた魔道士のくせに、治癒魔法の一つもかけてないじゃない」
「誤魔化すつもりなどありません。この怪我なら自然治癒に任せて大丈夫です。ここで魔法を使ってしまっては、本人の治癒能力を——」
「なんですって!? こんなひどい怪我をしてるのに! もういいわ、あたしが自分でやります。あんたたちがやってくれないって言うんなら……」
「お待ちください、ここで安易に魔法を使うべきではありません。お子さんご本人が、頑張って耐えてくれたのです。魔法の力を借りずに怪我と闘えるその強さを、どうか信じてあげてください」
「あんたねえっ……、子供産んだことないからそんなこと言えるのよ! 安易にですって!? 小さな子供が、辛い思いをしている——少しでもラクにしてやりたいって思うのが母親なのよ。女ならそれが普通でしょ!?」
「あのっ……!」
これ以上聞いていられなくて、オレは割り入るように一歩踏み出しました。けれどそれは、すぐにエイミリア先輩に制してしまわれました。
実際、何を言い返すかはまったく考えていなくて。もしも反論していたら、同じレベルの罵り合いになってしまったかもしれません。せっかく先輩が、毅然と対応していたのに。
その一拍で、少し落ち着いたオレをよそに、女性はなおも言いつのります。
「これだから仕事ばっかりの女は! 同じ女だと思えないわよ。……フン、女捨てて仕事ばっかりしてきた結果がこれってわけね。キャリアか何だか、偉くなったつもりか知らないけど、女としてはアンタ、全然負けてんのよ!」
負けって、何の負けですか? 言っときますけどエイミリア先輩は、オレからしたら最高の女性なんです。……それくらいは言い返しておけば良かったと、オレは後になって何度も後悔しました。
けれどオレには、そんな機転も気概もなくて。
こんな人、治癒するんじゃなかった――オレが一瞬でもそんなことを考えていたと知ったら、きっと貴女は軽蔑するのでしょう。
でも先輩、オレは気付いていたんです。
貴女のクールなポーカーフェイスに浮かんだ、ほんのわずかな
「先輩……」
「コーディアス、お二人を救護テントのほうへご案内して」
「……はい」
オレは悔しさを握りつぶして、女性と子供を先導しました。
オレは、プロだから。この人は一般人で、専門知識もないし、今は取り乱している。正論をかざして口論しちゃいけないんだ。そう、自分に言い聞かせながら。
ところが歩き出してすぐ、女性は近くにいた他の魔道士に頼ってしまったのです。
最悪なことに、その魔道士というのはカストロス先輩で。下手くそな治癒魔法をかけたあとは
かけてしまったものは、もう、どうしようもありません。
母親にはひどく感謝されて、いい気になったカストロス先輩は、わざわざエイミリア先輩のほうへ文句を言いに行きました。二人が相対するところを見るのは、ずいぶん久しぶりのように感じます。
「何やってんだよ! あんなもん、さっさと治癒かけちまえばいいだろうが! そんなんもできねえのかよ、いつも偉そうなクセに!」
「なぜですか」
勢いよく
「幼少期に治癒魔法を
「んなこと言ってもなあ、母親があれだけ言ってんだ。かけてやらなきゃ、収拾つかねえだろ! そんなちっせえことに拘ってたら、こっちまで迷惑なんだよ!」
「今、我々がわずかな時間を惜しんで安易に治癒を施したとして、これが積み重なったらあの子の一生にかかわる大事になるんです。目先の問題にとらわれて、それで本当に市民の役に立ったと言えるのですか」
もはや収拾がつかなくなっているのは、カストロス先輩自身かもしれません。最後は何やら悪態を散らしながら去っていきました。
エイミリア先輩は何事もなかったように、いつも通り、淡々とご自分の仕事をこなされます。少なくとも、傍目には。
もしもエイミリア先輩が、同じくらいの口調で返していたら、カストロス先輩を撃退したことは誰の目にも明らかだったでしょう。
けれど一方的に、高圧的に怒鳴りつけられていた様子は、遠巻きに見ていた者たちに誤解を与えるにはじゅうぶんだったようです。
「何あれ? 支援部隊のくせに、治癒もできないの?」
先ほどの第3部隊の女性隊員たちが、聞こえよがしに声をあげます。
「さっき、騎士の子でも治癒やってたよね」
「ていうか、あの時も騎士にさせて、横で見てなかった? 自分ができないんじゃないの」
いやいや! その時エイミリア先輩は、そちらのお仲間にもっと高度な浄化魔法をかけていらっしゃいましたけど!?
そんなことも忘れてしまったのか、先輩が子供に治癒魔法をかけなかったことを「できないからだ」と決めつけてしまうなんて。
なんで、みんな、わからないんですか。
エイミリア先輩にとっては、あの子の怪我を治すほうがよほど簡単だということが。
救助中に「お連れのみなさん見つかりましたよ」と言って安心させる。軽傷でも、とりあえず治癒魔法をかけて、感謝される。そっちのほうが、ずっと簡単で。
そうじゃないほうを選ぶのは、ずっと難しくて、勇気が要ることなんだと。
どうしてみんな、気づかないんですか。
先輩は、言い争うことを避けているだけで。
だから、言われっぱなしになっているだけで。
本当は……。
『目に見えている傷だけじゃない』
貴女の言葉が、頭の奥に響いています。
治癒魔法を教わった時、貴女はそう言って優しく微笑んでいた。
オレに心の傷が癒せたら……。
貴女をこの腕に包み込んで、丸ごと全部、すくってあげたい。
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