第三章

第18話 先輩、お相手いただけますか(1)


 人々がレジャーに興じる夏。


 我々スティングスも、森の奥に集まって、みんなでワイワイ騒いでいました。

 先輩方にはやし立てられながら、オレは揺らめく炎の舌先でステップを踏みます。右へ左へ舞いながら、次第に加速し、追い立てられてゆく緊迫感。それに、なんでしょう、焦燥感みたいなのも。


 いや、むしろ、焦げ……え、森の奥で火を焚いたら危ないって?

 わかってますよ! オレだって、好きで踊らされてるわけじゃないですから!


「コーディ、そのままこっちに誘い込んで! あたしたちで仕留めるから!」

「はいっ!」

 サラマンダーの吐く火炎ブレスをギリギリのところでかわしつつ、トラップの位置まで誘導します。簡易魔法陣にサラマンダーがかかると、アイリーン先輩の合図で騎士たちが一斉に攻撃しました。

 ふう、一丁あがりです。


 ちょうどレンスラート先輩らも、もう一頭のほうを仕留めたようで。

「うっし! 片付いたな。そっちも全員、怪我けがないか?」

 その掛け声に、みんなで周囲を確認しあったとき、誰かが空を指さして叫びました。

「何あれ!? こっち来てる。……ウォー・バット?」

 見れば、全長2mはありそうな巨大なコウモリが、その体格に似合わぬ静かな動作で羽ばたきながら接近してきます。


 その姿をみとめたレンスラート先輩は、すぐさま後ろの茂みを振り向きました。

「カスさん、魔法攻撃!」

「はあっ? 俺に言うなよ!? そっちでなんとか出来ねえのかよ」

「今、魔道士アンタしかいねえんだから!」

 えっと……。一応確認しておきますが、カストロス先輩のほうが、レンスラート先輩より上の先輩です。

「だったら、他見つけて来いよ! だいたい俺らは捜索を頼まれただけで……。魔獣の相手なんて、戦闘部隊の仕事だろ!」

 カストロス先輩、気づいてください。

 F小隊の中でも上のほうの先輩魔道士なのに、って理由で指名されたんですよ。


 ところで支援部隊である我々第4部隊が、なぜ今回、こんなに森の奥深くまで切り込んで多くの魔獣の相手をしているのか。順を追ってご説明しますと……。

 この森では魔獣の巣窟が発見され、近く大規模討伐が計画されていました。そのため一般人は立ち入り禁止になっていたのですが、なんと、警備の目をかいくぐって仲良し3家族が侵入してしまったというのです。


 今なら人が少ない! って思ってキャンプしに来ちゃったらしいのですが……。それが魔獣を刺激してしまい、暴れる魔獣、逃げる人々。スティングスは予定前倒しで、討伐作戦を決行することになりました。

 緊急出動自体はそれほど珍しいことじゃないんですけど、理由が理由なだけに上層部はおかんむり、しわ寄せで下もピリピリモードのまま、第4部隊にはくだんの一般人捜索という任務が急きょ追加されたのです。


 いつもなら作戦区域内に深く立ち入ることは、ほぼない第4部隊。魔獣と戦いながら広域を捜索するという今回の任務は、ほとんどの隊員にとって不慣れなものでした。

 しかもこのあたりには、飛行型など騎士だけでは対処しにくい魔獣が多いようで。もともと第4部隊には攻撃魔法を得意とする魔道士は少なくて、いつもより魔力の消耗が激しかったり、カウンターアタックで負傷したりと、次々戦線離脱していきました。


 そうして残った魔道士が、カストロス先輩と一年目のファーガウスだけだったのですが……。

「捜索続けるためにも、まずはこいつら片付けないとでしょ!」

 他の先輩も一緒になって説得に当たりますが、のれんに腕押し。そうする間に巨大コウモリは頭上に迫っていました。

「くっそ……。しゃあねえ、オレが引きつけるから、降りてきたとこ攻撃して!」

 レンスラート先輩はあきらめて、足元の小石を拾って投げつけます。


 ところが、巨大コウモリは飛んできた小石なんて腹でポテンと跳ね返し、気にも留めない様子。ギリギリ剣が届かないくらいの上空で、バサバサと余裕こいています。

 巨大といっても、上空にとどまっていると標的としては案外小さくて、武器を投げるわけにもいかないんですよね……。

「くあーっ、腹立つ! おまえ、降りてきて勝負しろよ!」

「やっべ! レンさん、もう1匹来てる!」

 隣でトーリス先輩が叫びました。つられて見上げたオレの視界に、別の方向からも黒い影が映ります。

「いや、北と西から1頭ずつです! 合計3頭!」

「うあー、早く降りて来い! 他が着く前にコイツやっつけるぞ!」

 ヤケになったレンスラート先輩がもう1つ石を投げつけます。


 すると、ボゥッと炎が上がって、巨大コウモリは上空で燃え尽きてしまいました。しかも接近していた他の2頭まで。


 一体どんな技を使ったのか。周囲だけでなく、本人までもが呆然と見上げているところへ――

「K小隊3名、合流します」

 そう、コウモリたちを焼き払ってくださったのは、頼もしい我らが天使……いえ、天才魔道士、エイミリア先輩だったのです。


「助かった! って……おまえらだけ!? 残りは?」

 レンスラート先輩が焦るのも無理はありません。

 エイミリア先輩と共に駆けつけたのは、アリアンナ先輩とコーガさんの魔道士2人。セオリー的には、こういうとき騎士と魔道士セットで行動することになっています。

 しかも一年目のルーウィリアは原則チューターに同行するはずで、アリアンナ先輩と一緒にいないということは、負傷したという可能性が真っ先に考えられます。


 現にF小隊のほうも、ファーガウスのチューターを含む数名が負傷し、基地へ帰したところでした。

「大人3名、子供3名発見して護送中」

 エイミリア先輩はそれだけを告げると、こちらの状況、負傷者の有無を確認されました。そうなんです、魔道士の減ったF小隊は、治癒が心もとなかったんです!

「えっ、あー……。ファーガウス! そっち何人いたっけ!?」

 問われたレンスラート先輩は、そのまま少し離れた岩陰に向かって叫びます。そこではファーガウスと騎士2名が、発見した一般人の護衛にあたっていました。


 手早く情報交換し、負傷者を確認したエイミリア先輩は、アリアンナ先輩に止血と応急処置を指示されました。ところが、

「えーっ!? ミィ様、あたし一人じゃムリですよぉ」

「手が空いたらすぐ手伝いに来るから。できる範囲で進めておいて、

「早く戻ってきてくださいねえ、ミィ様ぁ……」

 アリアンナ先輩、気づいてください。『仕事中はダ・メ・よ』って言われていたこと、やっちゃってます!


 エイミリア先輩はというと、すぐにレンスラート先輩らのほうへ戻って来られて、

「ひとまず移動しよう。あっちのほう、川があるよね?」

「おう、じゃあオレら、ルート確保してくるわ。目標、川原でいいのか?」

 魔獣を倒してホッとひと息、とはいかず、どうやら早急に場所を移すようです。

 レンスラート先輩が数人を引き連れて、川原までの経路の安全性を確認しに行くと、残りのメンバーは移動の段取りにかかりました。


「あの……。他のみんなは、大丈夫でしょうか? 途中で、はぐれてしまって……」

 あっ、と思ったときにはもう遅く、救助中の一般市民の男性がエイミリア先輩に話しかけていました。

 エイミリア先輩はいつも通り、天使の微笑でお答えになります。

「我々の他にも、別の部隊が手分けして捜索にあたっています。既に基地のほうで保護されているかもしれませんので、着いたら確認しましょう」

「私のせいなんです! こんなことになってしまうなんて、私が……!」

「この人、さっきからずっと言ってるんっすよね」

 後ろで見ていたトーリス先輩がこぼしました。


 そうなんです、この男性は発見時からしきりに「自分のせいだ」みたいなことを訴えかけてくるのです。彼がみんなをキャンプに誘ったのか、あるいは他のみんなとはぐれたのが彼の判断ミスだったというのか……詳しいことは、わからないですけど。

 いや、何度か聞いてみたものの、要領を得ないんですよね。

 それで結局、モヤモヤしたものだけが残るというのを、既にF小隊の何人もが繰り返してきたのですが……。


「みなさんも、きっとあなたのことを心配されていますよ。まずは、無事に基地まで辿り着くことだけを考えてください」

 エイミリア先輩は、それだけ告げ、トーリス先輩にあとの処置を指示されました。

 既に6人発見されていることには、触れませんでした。のちに聞いたことですが、それを教えると人数のほうに目が向いてしまうからだそうです。


「立ち入り禁止になってるのに、なぁんで入っちゃうんすかねえー?」

 指示に従って一緒に応急処置をしていると、終わって手持無沙汰になったトーリス先輩が冗談めかして言いました。軽い調子ではあったけれど、男性の顔が強張ります。まあ、そうですよね……。

 そこへ、少し離れたところからエイミリア先輩の声が飛んできて、

「トーリス、終わったら次はこっち手伝って」

「了解っす! コーディ、行くぞ!」

 男性の移動を他の隊員に引き継ぎ、意気揚々と先輩の元へ駆けつけるオレたちでしたが……。

 

 そこには何も、お手伝いするようなことはありませんでした。

「救助中に、責めるようなこと言わないの。そういうのは、あとで上の人たちがやってくれるから。今は安全に避難することだけ考えてもらって」

「あっ……! すんません!」

 慌てて謝るトーリス先輩。もともと出来ないキャラだからか、こういうところは素直なんですよね。エイミリア先輩はそんなトーリス先輩の上腕をポンと叩いて、

「……まあ、気持ちはわかるけどね」

 ふっと微笑んで、別の指示へと戻って行かれるのでした。



 ほどなくして我々は、森を抜け、開けた川原へと移動してきました。

 青い空、照りつける太陽、涼しげな音をたてて流れる川。いやあ、夏ですね!

「あー、つっかれたー!」

「こら、気を抜くなファーグ」

 おっと、オレもアブナイところでした。


 代表でアイリーン先輩のおしかりを受けたファーガウスに、エイミリア先輩が慰めるような笑顔で問われます。

「どうしてここまで移動したか、わかってる?」

「え? えーと……。あ! 水があるからすか?」

「まあ、それも大事だけどね。この辺りにはヴァンパイアの巣がありそうだから」

「ヴァンパイア……?」

吸血コウモリヴァンパイア・バット。さっきの巨大コウモリ」


 へえ。さっきの、ヴァンパイアっていうんだ……と密かに納得するオレのそばでは、アイリーン先輩まで、

「げっ、あたしウォー・バットだって思ってた」

「うん、似てるよね。でも目の色とか翼の形が、ちょっと違う。ヴァンパイアは、攻撃性は低いけど、血の臭いに敏感で集団で襲ってくると厄介だね。でも視力はほとんどなくて、明るいところを嫌うから」

「あ……、だから、森を出て、開けた川原に移動したんですね。それと、止血を優先したのも」

 オレが思い切って会話に入ってみると、エイミリア先輩はうなずいて、百点満点花丸笑顔をくださいました。えへへ、やった。


 あ、でも、百点満点は先輩の笑顔のことであって、オレの回答じゃないです。

「それと、戦闘中はハイになっているから、自分の負傷状況を把握しにくい。市民の方も含めてね。戦闘が終わって、安全だと思って移動し始めたとたん、実は歩けないほどの負傷をしていたことに気づくとか、急に毒が回って来るとかは、よくあることだから」

 だから、一旦近場の安全な場所で休憩をとってから基地まで移動するのだと、説明してくださるエイミリア先輩。


 すると、いつから聞いていたのか、

「あーっ、オレも昔、救助中にそれで立ち往生したことあるわ!」

 振り返るとレンスラート先輩がすぐ近くまで来ていて、ドカッと腰を下ろして話の輪に加わりました。腰巾着のように、トーリス先輩もそれに倣います。


「魔獣が近くまで来てんのにさあ、急に『もう一歩も動けない』とか言われて。え、今動けないって、どゆこと!? みたいな」

「あ! それ、俺もいたっすね。たしか、第2部隊の欠員補充に行ってたエイミさんが、気づいて救援に来てくれて」

「そーそー。あんとき、エイミ来てくんなかったらマジでやばかったわ!」

「……もう。その話、何回目?」

 エイミリア先輩は、呆れなのか、照れなのか、ちょっと困ったお顔で返されるけれど。レンスラート先輩は構わず、その武勇伝をみんなに披露します。


 明るい川原に腰掛けて、夏の陽射しを浴びながら、思い出話に花を咲かせる先輩方――こんな時は、いつも以上に距離を感じてしまいます。

 いくつもの任務を共に戦い、共に乗り越えてきた絆……。オレはまだ、半年足らず。オレもいつか先輩と「数年前の任務の話」で盛り上がれる時が来るのでしょうか。


「そういえば、ルイリは大丈夫なの?」

 話が一段落したところで、アイリーン先輩がたずねました。K小隊の3人に心配そうな様子もないので、問題ないとは思いますが、やっぱり気になるところですよね。

「うん。ルーウィリアはちょっと疲れが出てきているようだったから、基地で休ませてる。わたしたちは、こっちに吸血コウモリヴァンパイアの群れが向かっているのが見えたから、確認に来たの」

 なるほど、ムリなく早めに休ませる判断、さすがです。……と感心していたオレは、最重要ポイントを聞き逃していました。


「えっ、どこ!? 群れって、どれくらい?」

 レンスラート先輩が、飛びあがって周囲を見回します。ヴァンパイア・バットは数頭退治されただけで、はまだ確認していないんですよね。

 騒然とする一同を前に、エイミリア先輩は悠然と、

「え……? ああ、それはもう、途中で対処した。さっきの4頭は斥候スカウト。仲間呼んでたでしょ?」

 サラッと告げられた短い言葉の中には、いろいろと気になる点があると思うのですが。


 まずは「途中で対処した」。

 一緒に来たK小隊の魔道士たちが苦笑している気がしますが。オレたちが1頭に苦戦している間に、道すがら一体どれだけの巨大コウモリを焼き払って来られたのでしょう。

 それから「4頭」。え、3頭じゃなかったんですか?

 あと、最後の部分も……。


「標的がいるのに、上空にとどまって降りてこなかったでしょ? あの鳴き声は、仲間呼ぶときのやつ」

 思ったことをすぐ口にするファーガウスが率先して質問すると、エイミリア先輩はまた事も無げにお答えくださいました。

「え、コウモリって、超音波じゃないんっすか!?」

「あのサイズのヴァンパイアなら、人間の可聴域も含まれる。注意して聞けば、聞き取れるよ」

「へえー、そうなんっすね!」

 感心するファーガウスですが、エイミリア先輩の後ろでは、他の先輩方がブンブンと首を横に振っています。おそらくムリ、ということなのでしょう。



 そろそろ、一般市民の方たちもリラックスしてきた様子です。再度状態を確認して、ついに作戦基地への大移動を開始することになりました。

 けれど、エイミリア先輩には気がかりがあったようで。

「子供さんが一人、はぐれちゃった可能性があるんだよね……」

 K小隊が発見したという人数と、現在我々F小隊と一緒にいる人数。事前情報と照合してみると、たしかに子供一人だけが見つかっていないようです。


 しかも先輩は、いつの間にかその子の服装なんかも把握していらっしゃったようで。基地までの道中も注意するようにと、特徴を周知され、

「わたしたちはこのまま、奥まで探索続けてみる。騎士2人ほど、つけてくれる?」

「おう、だったらオレが行くよ。あとは――」

「バカなの? レンが離れたら、誰がこの隊の指揮とるの」

 即決で名乗りを上げるレンスラート先輩でしたが、これまた即行で却下されてしまいました。カストロス先輩があの調子なので、現在この小隊で一番上はレンスラート先輩なんですよね。

 ……って、そのカストロス先輩は、どこへ行ったのでしょう?


「えっと、じゃあ……」

 ちょっとキツめなお言葉も、お二人の間では軽口なのでしょうか(ちょっと羨ましい。いえ、オレはMじゃないです)、レンスラート先輩はポリポリと頭をかきながらメンバーを見渡します。

 そしてアイリーン先輩のほうへ視線を定めたところで、

「じゃあ、トーリス、一緒に来てくれる?」

「えっ、お、俺っすか!?」

 なんと、エイミリア先輩自らのご指名が入りました。え、なんでトーリス先輩なんですか!? その人、そんな役に立つとは思いませんけど!


「2人で大丈夫か? こっちは人数足りるし……」

 レンスラート先輩としてもこの人選には不安が残る様子ですが、「探索だけだから」と軽く流すエイミリア先輩にそれ以上何も言えず。トーリス先輩を呼んで装備を確認すると、

「ちゃんと守れよ」

 ポンとその背を叩いて送り出すのでした。


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