第14話 先輩、ランチしましょう


「おー、おまえら。昼メシ行くか?」

 まだ昼食には早い時間、F小隊の部屋に戻ってきたカストロス先輩が、中にいたメンバーを確認して声を掛けました。


 そこにいたのはオレとトーリス先輩、それにひとりデスクで書類作業をしていたファーガウスの3人です。

「あざぁーっす!」

「え、オレもいいんすか!?」

 嬉々として応じる2人。こういう場合の「メシ行くか」は概して「おごってやるよ」と同義です。

 でも、オレは……。


「いや、でもまだ」

「そんなもん、後でいいって。おまえ、大先輩のお誘い断る気かよ?」

 そう、オレはトーリス先輩をようやく捕まえて、研修計画について相談している真っ最中なのです。

 後でいい、後でいいと言われ続けてもう夏になんですけど。

「焦んなくても、どうせ二年あるんだし」

 残り1年8か月ちょっとですけど?

「ホラ、行くぞ」

 それにまだ、昼休みじゃないですけどー!?


 とはいえ、この時間でも食堂はやっています。もちろん午前の業務をサボって早めにお昼食べようって連中のためではないですけどね。

 この場合、弁当じゃないから「早弁」じゃなくて……何と言うのでしょう? 食堂だから「早食」? 早弁組って、けっこう早食いだったりもしますよね。


「で、トーリス。アンちゃんとは最近どうよ?」

「いやー、まぁー、ボチボチっすかねえ」

「あっ! やっぱ先輩、アンセラ先輩のこと狙ってるんすか!?」

「そりゃあ、オマエ。あのムチムチボディ狙わなかったら男じゃねえだろ」

 いや、その理屈はどうかと思いますけど。オレはどちらかというと、スラリと美しい天使みたいなお方のことが気になりますけど。

 いや、狙うとか狙わないとか、そういう話じゃあないですよ。そんな、畏れ多い。


「けどあんなグラマーで、剣構えるときとか、ジャマにならないんすかね?」

 ファーガウスは剣を構えるマネなのか、身体の前で両手を重ねるように握って振りますが……いやそれ、野球の素振りだから。

「そこがいーんだろー? こうやって、剣構えさせるだろ? そんで、こう、『もっと脇しめて』、『いやもっとしめて!』って……」

 トーリス先輩の薄い胸板では再現できていませんが、要するに、両腕を揃えて前に突き出し、ギュッと脇をしめ寄せて……ええ、ご想像の通りです。


「そんで次は、『オレの剣を握ってみろ』ってやんだろ!?」

「うあっ、ちょ、やめてカルロスさん!」

 テーブルの向こう側でじゃれ合う先輩2人。はぁ、オレはここで何をしているのでしょう……?

 あ、昼食でしたね。昼メシに専念しよう。


「でもやっぱ、騎士の女の人って、あんまおっきい人とかいないすよね?」

「だよなぁー。アンちゃんはマジ奇跡だよ」

「アイリーンとか、アレほぼ筋肉だろ」

 何が楽しいのか、3人はゲラゲラと声をあげて笑います。

「ファーグ、おまえ、先輩のことだぞ」

 目の前の先輩たちを注意することもできず、オレは隣にいるファーガウスに向けて言いました。

 こういうのを、無粋っていうのかもしれないですけど。


「いいって。どうせ他に誰も聞いてねえし」

 ファーガウスの代わりに、カストロス先輩がオレに返します。

 いや、ぼちぼち食堂に人増えてきてますけど? 本人いないにしても、こんな会話してる時点でアウトだと思うんですけど?

 ……そう思いながら何も言い返せないでいるオレも、結局のところ同罪なのでしょうか。


 こんなところに来るんじゃなかった。そんな後悔が胃の中からせり上がってきて、押し返すようにオレはご飯をかき込みます。

 いや、味噌カツ定食に罪はありませんからね。美味しくいただきますよ。


「ウチの部隊でいうと、Q小隊のクレア先輩とかけっこうデカいっすよね」

「いやでも、アイツのは子供産んでからだいぶ垂れてきてんだろ」

「え、なんでわかるんすか!? もしかして……ナマで見たんすか」

「いや、そんなもん、わかんだろ。デカいとそこが問題なんだよ。うちのヨメもなんだけどさあ」

「そーなんすかっ、師匠!?」

 そんなことですぐ師匠とか呼ぶなよファーガウス。また調子に乗るだけだから。

「あ、俺思ってたんっすけど、エイミィさんも意外とあったりしません?」

 はっ!?


 思わぬタイミングでその名を耳にして、視線をあげると、トーリス先輩は両胸の前に左右の手でそれぞれお椀を描くように上下させていました。

「そうなんすか!? いやでも、あの人スタイルいいっすよね。今度じっくり確認してみよ」

 いや、確認するなファーガウス! するならオレが……じゃなくてっ!!


「ね、ね、カルロスさん? そのヘンどーなんっすか?」

「いや、俺に聞くなよトーリス」

「まぁたまたー。ホントは知ってるんじゃないんっすかあ?」

「えーっ!? カルロス先輩とミリア先輩って、やっぱそういう関係なんすか?」

「お、おぅ……? まあ、俺とエイミィちゃんの仲だし? ちょーっとお願いすれば、見せてくれなくもねえっていうか?」

 そんなわけないでしょうが! ……ないですよね? ですよね!?


「うおー! すっげえ、師匠! なあ、コーディ?」

「おまえ、いい加減に――!」

 そこにちゃぶ台があったら、ひっくり返していたかもしれません。水の入ったグラスがあったら、ぶっかけていたかもしれません。

 でもオレの目の前にあったのは、食堂の長テーブルと、湯呑に一口ぶんだけ残ったうすーいお茶で。


 怒りの矛先も定まらないまま、見切り発車でファーガウスに食って掛かったとき、見覚えのある2人の姿が目に入りました。

 今しがた名前が挙がっていただけに、みんなも気づくのは早かったようで。


「アンちゃーん! アイリンさんも! こっちこっち!」

 人が増えてきた食堂で、まだこちらに気づいていなかった2人を、トーリス先輩が大声で呼んで同席を促します。

 そうしてアイリーン先輩とアンセラ先輩が、昼食の載ったトレイを持って隣に着席するのを、じっと見守っているのですが……。

 その、キョロキョロするの、やめませんか。カストロス先輩も。見比べているか、明白ですから。

 

「トーリス、あんた、あんまり稽古場にいるとこ見ないんだけど。ちゃんとコーディの指導もやってんの?」

「え、もちろんっすよ。今も剣技の話してたんっす。ホラ、理論も大事だしね。ねっ?」

 そういって、ファーガウスがやっていたような野球の素振りをしてみせます。いや、あんた騎士なんですから、もうちょっとそれらしく構えてくださいよ。

「あれ、コーディくん、もう戻るの?」

 アンセラ先輩がこちらを見上げて訊ねます。そういえばオレ、思わず立ち上がっちゃっていたのでした。

「すみません、当番の仕事があるので、お先に失礼します。……ごちそうさまでした」


 それだけ言うと、急いでその場をあとにしました。

 オレはただ、なんだか無性に腹が立っていて。そして、なんだか無性にエイミリア先輩にお会いしたいと思っていました。

 いえ、今日中にどうしてもお会いしなければなりません。

 いやもちろん、さっきのトーリス先輩の情報が正しいか確認しようっていうんじゃないですからね!?



 休憩室のドアを開けると、そこには一転、華やかオフィス・ライフが展開されていました。

 みんなで和気あいあいお弁当。

 エイミリア先輩と一緒にお弁当。

 いつも仲良しのアリアンナ先輩に、ルーウィリアさん……まではわかるのですが、カイルまで!? いつの間に、エイミリア先輩とお弁当友達になっていたんですか。

 しかもお弁当男子って、なんかちょっとポイント高くないですか?

 草も生えない早食男子会の裏で、こんな展開になっていたとは……。


「コーディくん、お疲れ。お昼は?」

「あ……、食べてきた」

「そっか、今日当番だっけ?」

 そうなんです、当番の1年目は昼休みにも仕事があるので、昼食を早めにとることが暗黙の了解で認められているのです。


 騎士も魔道士も、身体が資本ですから。業務や訓練で疲れた隊員のみなさんのために回復ポーションを準備しておくのも、当番の仕事の1つです。

 特に暑くなってきたこの時期、朝イチで用意したぶんは半日でほぼ無くなっています。昼休みにもたっぷりヤカン2つぶん、回復ポーション(別名・麦茶)を沸かすのです。


 早速その準備にかかると、奥の席からエイミリア先輩がそっと「ありがとう」と声をかけてくださいました。

 ああ、もうっ! そんなふうに微笑まれたら、張りきってエリクサーまで作っちゃいそうですよ! いや、作り方知らないですけど。


 とりあえず、お湯が沸くのを待ちながら、しれっと同席しちゃいます。

 いつもなら火力MAXでガンガンに行くところですけど、心持ち弱火にしておきましょう。

 いや、この時間帯は人が多いので、あんまり火を使うと暑いですからね。それにほら。一酸化中毒とかも、心配ですし。……などと心の中で言い訳しつつ。

 華やかお弁当組の方たちは、もう会話の質からして違います。


「わあ、ミィ様の、卵フワフワですねぇ!」

「あ、ホントだ。わたし、この前卵スープつくったんですけど、シャバシャバっていうか、卵の溶き汁? みたいになっちゃったんですよね」

「そういうのは、一旦火強くして煮立たせたところに入れて、かき混ぜ過ぎないようにするといいと思うよ」

「へえー、そうなんだ」

「逆にスクランブルエッグとかなら低温でじっくりがいいけどね」


「ミリア先輩、お仕事も忙しそうなのに、よくお弁当作る時間ありますよね」

「うーん、ほとんど作り置きだけどね」

「それでもスゴイですよ。僕は実家通いなんですけど、慣れてきたらひとり暮らししたいなって思ってて……。でも、料理とか全然やったことないんですよね」

 ああ、なんだ。そのお弁当はカイルが自分で作ったわけじゃないんですね。

 いや、でも羨ましいです。エイミリア先輩とお弁当。オレも次回から、売店のお弁当で参戦してもいいですか?


「コーディくんは? ……あ、家、王都だっけ?」

「そうだけど、ちょっと遠いから、春からひとり暮らし始めた」

 ええ、王都の端っこですからね。騎士学校にはまだ比較的通いやすかったものの、スティングスはほぼ王都の反対側になってしまうのです。

 まあ、頑張れば通えないこともないですが……ひとり暮らしに憧れるお年頃ってやつですかね。

 ……ええ、まあ、週末になると洗濯物と共に帰省しています。すみません。


「へえ、すごいなあ。自分で料理とかしてんの?」

「いや……まあ、たまに……?」

 先生、納豆かけご飯は料理に入りますか!?

「うわあ、僕も練習しないと」

 ああ、オレも練習しないと……。

 いや、それよりオレは剣技を練習しないと! 課題の達成度でカイルにだいぶ後れを取っているんです。


「いいなあ。わたしは家出るつもりないけど、料理はできるようになりたいです」

「ミィ様、料理上手だよぉ。今度教えてもらったら?」

 え、それはオレもゼヒ! ていうか、エイミリア先輩の手料理、食べてみたいです!

「アリリン先輩は、ミリア先輩の料理食べたことあるんですか?」

「あたし家近くてぇ、よくお邪魔してるのぉ。ねぇー、ミィ様? あ、この前はありがとうございましたぁー。あれ、すっごく美味しかったですぅ。あたしもマネして作ってみたんですけどお、上手くできてるかなぁ? ねぇ今度食べてみてくださいよぉ」

「えー、どんなの作ったんですか? わたしも教えてほしいです!」

 そうして結局、話の流れはアリアンナ先輩の料理のことに切り替わってしまって。


 そのやり取りを微笑ましく見守りながら、上品にお弁当を口に運ぶ先輩。そのご様子をこっそり盗み見ていたオレは、思い切って声を掛けてしまいました。

「あの、ミリア先輩……」

 手料理、食べさせてください! いえ、お料理教えてください!

 いや、じゃなくて……、

「……説明会の出張、来週ですよね?」

「あ、そっか。あれ、お二人とも? 月曜からでしたっけ?」

 隣にいたカイルが、エイミリア先輩とアリアンナ先輩を見比べながら尋ねます。


 そうなんです。明日は土曜日、そして週が明けたらそのまま2日間のご出張。

 だから今日のうちに、じっくりたっぷりこってりと、お顔を拝んでおかなければならないのです!

「そう、だからルイリもコウくんも、チューターが留守の間のこと確認して、チェックが必要なことは今日中に済ませとくんだよ」

 あ、そっちは全然考えていませんでした。


 

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