第二章

第9話 先輩、もっと掘ってもいいですか(1)


「そう、いいよ。……あ、まだダメ! ゆっくり……、急に動かさないで……」

 先輩の焦ったような声……イイですね。そんなふうに言われたら、わざと乱暴にしたくなっちゃうじゃないですか。


「ちゃんと、根元持ってて。包むみたいに、しっかり握りこんだほうがいいよ」

「はい、わかりました」


 ああ、先輩のやわらかな手が、オレの手に重なって、一緒に握ってくれる。すごくイイ。むしろ先輩の手に根元を握らせて、オレがその上から包んであげたい。

 そうすればなめらかなこの手の感触を、もっと堪能できるのに。

 ねえ先輩、握ってくれませんか……。


「先端に意識集中しててね。……そのまま、揺するみたいに、ちょっとずつ動かして。ゆっくりね」

 先輩の手に導かれ、最初は小刻みな振動から、一緒に揺すって、揺すって……ああ、なんて言うんですかこういうの。初めての共同作業、みたいな……?


「……どう、感じる? 先端がどんなふうに、当たっているか……」

「ハ、ハイッ!」

 そりゃもう、ビンビン感じてますよ。だから、そんなふうにすぐそばで囁かれたら、ヤバいです。


「うん、その感覚を追っていてね。じゃあ、もうちょっと大胆に動かしてみよう?」

「ハイ!」

 もっと大胆に——先輩の言葉がオレの脳髄を震わせて、動きはしだいに激しくなり、

「そうそう、いいよ……。あっ、待って! それはちょっと強引すぎるから!」

「うわ、すみませんっ!」


 勝手なことをして、危うくキズつけてしまうところだったオレに、貴女は「大丈夫」と笑いかけてくれるんですね。ああ、やっぱり天使。

「うん、ここまでいい感じ。その調子で最後までやってみよう? ほら、しっかり持って」

 そんな天使を汚してしまう罪、許してください。


 いえ、許されなくていいんです。ひどくなじって、足蹴にされて、なんなら足の裏を舐めろとか言われたらそれはもう喜んでやらせていただきます。

 だから今だけは、この罪悪感と、背徳感と、いろいろごちゃ混ぜになった恍惚に浸って……ああ、貴女の手はもうドロドロだ。


「ちょっと、ひねりも加えてみようか。……んっ! ほら、中がゆるくなってきているの、わかる?」

「はい……、さっきより、動きやすくなって……」

「うん。もうだいぶ奥まで届いている感じだけど、まだダメだよ。このまま、もう少し先まで……」


 揺すったり、ひねったりの動きを加えながら、先輩、一緒にその先を目指しましょう。

 二人の動きが速くなるほどに、密着の度合いも増して。

 チラリと目を向けると、先輩の額にうっすら汗がにじんでいて色っぽいです。

 先輩、もうイッていいですか……?


「よそ見しないで。うんっ……、もうちょっと……」


 あ、ヌける――




「あ……、すごい。さっきのと、全然違うでしょ?」

 ほら、とエイミリア先輩が並べた羊草は、先ほどオレが一人で抜いたやつとは全然違って、根っこの先までキズのないきれいなものでした。


 え? だから、『羊草』という薬草の採取ですよ、今やっているのは。

 いやそんな、こんな爽やかな青空の下で、ヘンなことしませんよ。考えもしませんよ。するわけないじゃないですか、ハハハハハ。


 我々スティングス第4部隊は本日、任務に必要な薬草調達のため王都郊外の森に出張しております。

 それぞれ担当する薬草が割り振られていて、一年目の新人たちは比較的簡単な(というかほぼ体力勝負の)羊草担当と決まっているそうで。なんせ初めてのことなので、各々先輩方から指導を受けているわけです。


「ね、上手にできたじゃない」

「はい! ありがとうございます」

 えへへ、先輩に褒められちゃった。


 最初に自分だけで採ってみた一本目は、力任せに引き抜いたものだから、根っこの途中でブチッと切れてしまっていました。今しがた先輩に手取り足取り教えていただいて一緒に抜いた二本目と並ぶと、申し訳ないくらい無様です。


 ところでなぜオレが、所属小隊も違うエイミリア先輩に手取り足取り腰取りのマンツーマンレッスンをしていただいているのか……、気になりますよね? 気になっちゃう感じですよね!?

 それはもちろん、愛の力! ……ではなくて。

 本来ならやっぱりチューターのトーリス先輩が指導するはずなんですけども、あの人またまたアンセラ先輩のほうに行っちゃっているんですよ。


「だって俺、去年もアンちゃんの指導だったし。今回も2年目になって最初の採取なんだから、やり方の指導とか必要じゃん?」

 はい、意味が分かりません。最初の「だって」という接続詞からすでに、どこに接続しているのか皆目見当つきません。


 でも今回ばかりは、トーリス先輩のクズっぷりに感謝したいと思います。だって、見かねたエイミリア先輩が御自ら腰を動かし——じゃなくて腰を上げて、オレの指導に当たってくださることになったのですから!


 ああ先輩、オレなんかが貴女を独占しちゃっていいんですか? いや、ダメって言われても今日は一日先輩に密着して、薬草採取の手順をみっちり教えていただくことになっていますからね。

 今日の貴女は、オレの専属チューター。


「でもよく見たら、まだまだキズがあるでしょ」

 まずは褒めておいて、それから的確なダメ出し。飴と鞭。堪りません、貴女のそのスタイル。


「ほら、このへんとか……」

 そう言ってひげもじゃの羊草の根をサラリと撫でるものだから、先輩の白く美しい手はますます泥に汚れてしまうじゃないですか。


 先輩はそんなこと構わず、隅々まで点検しながら欠陥をオレに教えてくれるけど、正直言って何も頭に入ってきません。先輩、お願いですから、そんな舐め回すように見ないでください、ソレを。

 ちなみに羊草にはわりと長い主根があって、その周りに細かい側根が生えているんです。


「それから、一番大事なのはココ」

 白魚のような指先が、根の先端をそっとなぞって、離れるときにはねっちょりと白い液体が——そう、羊草の根や茎は、切り口からやや粘度のある白い汁が出てくるんですよ。

「ほら、千切れてるでしょ?」

 たしかに、そうやって汁を垂らしていると千切れた断端がどこかわかりやすいですけれども……。


「地面に埋まっていると根の長さは見えないけど、ちょっとずつ揺り動かしながら、手に伝わってくる感覚で、どの辺に先端があるか大体わかってくるの」

「は、はい……」

「さっき、先端の感覚に集中してって言ったのはそういうこと。無理な力をかけないように、こう……根元を持って、少しずつ揺すって、周りの土から引き剥がす感じで。それで、一番先端までゆるくなって根っこ全体が自由になったな、って思ってから引き抜くの。その前に引っぱってしまうと、まだ固い先端が千切れて残ってしまうから」

 身振りなんかも交えながら説明してくださるのですが……。根元とか先端とか、揺すってゆるくするとか、先輩のお口から紡がれるワードたちがオレの頭の中で勝手に踊りだしています。


「ごめん、わかりにくかったかな……」

「いやいや、そんなことないです! すごくわかりやすいです!」

 だから謝らないでください、いやむしろ謝らせてください。

 オレが集中できてなくて、解釈をぐにゃりと捻じ曲げてしまっているだけなんです。

 もはやその『根』が、男から生えてる『根』にしか思えないわけで。あのねのね。いやもちろん羊草の根です。わかってますよ、もちろん。

 だって、爽やかな青空の下で、男女が一緒になって汗を滴らせながら掘っているんですから、ねえ……。


「どうしたの? そんなに疲れた?」

 やばい。いまオレの顔、火照ってますよね。

 いや、そんな覗き込まないでください。余計悪化します。ていうかコレはその……、汗かくほど労働にいそしんだとか、勤勉にマジメに集中しすぎたとか、そういう健全なアレによるものではなくて、なんというかその、先輩の教え方がお上手っていうか、ものすごく、セクシーっていうか……。


 いやもちろんそんなおつもりはサラサラないって、わかってますよ。わかってますけども、でもなんか、そういうこと全く意識していないぶん、かえってエロいっていうか……すみません。


「休憩する?」

「あ、いえ、大丈夫です! まだヤレます!」

「そう? 無理しないでね。でも大丈夫だったら、感覚おぼえているうちにもう一本やってみよう」


 先輩は比較的抜きやすそうな羊草を指示してくれて、それから近くでご自分でも羊草を採取されるんですけども、オレはやっぱりそのお姿を目で追ってしまうわけで。

 周りの土を少し掘って、出てきた根元をしっかりと握りしめ、キュキュッとしごいているうちに、スポンッときれいに抜けてしまう。こういうのは力の強さじゃなくって、かけ方にコツがあるんだよ、って先輩言っていたけれど、本当にそのあざやかな手つきに見惚れてしまいます。

 え、もちろん、テキパキと仕事をこなす『あざやかな』手つきですよ?

 あ、目が合っちゃった。


「よそ見していないで、手動かす」

 来たあ、鞭のほう! 



 ゾクッとするような冷たいお声に気合注入していただいて、オレは一生懸命手を動かして一本の根を丁寧にコキ上げ……ではなく、掘り上げました。

 その間に先輩は、スルスルともう三本ほどゲットされいて。ああ、なんてふしだらな。

 先輩に掘り起こされた幸せな羊草たちは、本当にキズひとつないきれいなものでした。まさか薬草に嫉妬する日が来ようとは。


「先輩、キレイですね……」

「うん……、でもまだまだ。ほら、先がちょっと切れてる」

 なんてその場所を示してくれるんですけど。……いや、見えません。神の眼でもなければ見えません。

 先輩は神なんですか? 天使なうえに、神なんですか? もう、欲張りさんですね。


 などと考えているうちに先輩は、さっき二人の共同作業で掘り起こした記念すべき羊草を手にとって、人目のつかない木陰へとオレを誘ったのでした。

 え、先輩、そんなところへ連れ込んでナニしようっていうんですか?

 いや別に、期待なんてしていませんよ。木陰にちょうど良い、大きめの石が転がっていたんですよね。


 先輩はその石の上に持ってきた羊草を横たえて、キラリと光る短剣を取りだすと「見ててね」と言って根の真ん中あたりを、

——ブツンッ。

 ひいっ、ごめんなさい! 思わず股間を庇いそうになりました。はい、正直に申します。さっき先輩が根っこを掘り起こされるのを見ながら、なんかいやらしい手つきだなあ、なんて、あの、『視姦』っていうんですかね? いやそんな、大それたことではないですけども。すみません。ちょっといろいろ妄想をたくましくしてしまったというか、そのお美しい手に弄ばれる羊草の根を別の何かに置き換えてしまったというか。いや、すみません。本当にすみません。


「わかった? 色が変わったの」

「はい、見事に換わりました。……え?」

 気づけば先輩は、手ずからその羊草をとって、オレの目の前に掲げてくれていたのでした。


「そう。根っこを切ったら、葉っぱもしおれて元気なくなったでしょ? それでね……」

 手の中のものをさらに高く持ち上げると先輩は、その白濁滴る先端へ、麗しいお口を——ああっ、そんな! だってまだ土にまみれていることですし、そんなもの含まれるくらいなら、あの、オ、オレのをどうぞ! 喉が渇いていらっしゃるなら、オレのほうがいくらでも出せますよ。まだまだしおれる気配ないですし、溢れるほどに満たしてさしあげますよ!?


 ……って、ああ、お鼻ですか。匂いをかいでいらっしゃるだけですか。そうですか。ていうか興奮しすぎて喉が渇きそうなのはオレのほうですね、すみません。


「ほら、匂いわかる?」

「あ……、はい」

 差し出された断端から、羊草特有の優しい匂いが漂ってきます。

 さっきまで先輩がかいでいた香り……。先輩の香り……。


 その香りを肺の奥まで吸い込んで恍惚となったオレの表情を、先輩はまたとても素直に受け取ってくださるんですから。

「なんか癒されるよね、この香り」

「はい、癒されます」

 普段のオレにとって最大の癒しは貴女様なんですけれども。なのにどうしたことか時折こうやって、まったく逆の効果を発揮されるのです。あ、逆といってもイライラとかではなく……どちらかと言えばムラムラというか……。


「羊草の主な効果は、リラックス効果。薬草学で習ったと思うけど。……で、この液にその成分が含まれている」

 そう言いながら、切り口から滴る汁をすくい取る手つきが、またなんとも……。


「つまり羊草は、この太い根っこの中に必要な成分を蓄えているの」

 太い根っこ……。あの先輩、全力でお伝えしたいことがあるんですけど——オレのほうが、それよりずっと太くて立派ですよ?


「だから乾燥させる前に傷つけてしまうと、こんなふうに流れ出ちゃって。薬として使うのは茎と葉っぱだけでも、根っこも傷つけないように丸ごときれいに採取するのが大事なの。……わかった?」

「は、はい!」

 いや、だからその、あんまり顔を覗き込まないでください。オレからもいろいろ出ちゃいます。だから、あの、オレを見ないで……!


 すると先輩は急に視線を落として、

「手、洗いたいな……」

 そうれはもう、洗ってください! 徹底的に洗ってください! オレ以外の根の先端から溢れ出た白濁にまみれたあなたの美しい御手なんか、見ていられませんから! ……てかオレも、マジで手洗い行きたいです。


「先輩、そろそろ休憩にしますか?」

「ん、そうだね」


 ううっ。なんて清らかでまぶしい笑顔をされるのでしょう。

 そうですよ、羊草の汁はベタついてなんかちょっとキシキシするんですよ。一本目引き抜くときにだいぶ根っこキズつけたから、身をもって知ってますよ。単にその感触がイヤなだけなんですよね、先輩は。

 それにひきかえオレは……。ああ、高潔な天使に顔向けできません。



 でも連れ立って休憩場所へ向かう道すがら、やっぱり目を向けずにはいられないんです。

 先輩、すらっとして姿勢もいいから、実際より背が高く見えるんですね。並んで歩くと思っていたより小さくて、なんか、可愛いらしい感じがします。


「あの、先輩」

 気恥ずかしさに負けて話しかけてみたものの、「ん?」と見上げてくる先輩が、さっきまでと全然雰囲気違って、やっぱりその……、か、可愛いです。

「その……、誰にでもあんなふうに教えているんですか?」


 いや、だって、昨年オレの立ち位置にはK小隊の男性魔道士コーガさんがいたはずで。先輩と二人きりであんな……あんなレクチャーを受けていたかと考えると……。


「うーん、そうでもないかな。人によりけり、みたいな」

「あ、そうなんですか? よかった」

「たとえば去年はコーガに教えたんだけど、彼こういう繊細な感覚、みたいの、苦手っぽいし」

 ああ、たしかに。

 昨年先輩の指導を受けていたという、なんとも羨ましいかぎりのコーガさんは、魔道士なのに大雑把で体力が取り柄みたいな人なんです。


「だから、抜くんじゃなくて、掘るほうで教えたの。へきをキズつけないように注意しながら深く掘り進めて、先端をそっと包み込むようにして、周りの土ごと掘り出す……みたいな感じで教えたかなぁ」

 うっ。それでもじゅうぶん刺激的に聞こえるのはナゼでしょう。


「丸ごと掘り出してから土を払うのでも、同じことだからね。体力バカにはそっちのほうが合っているかなと思って」

 あれ先輩、今さらっとコーガさんのこと『体力バカ』って言いました?

 同感です。


「でもね、最初はそれで上手くできていたんだけど、途中からなんか、焦ってすぐ折っちゃうようになって。わたし教えるの苦手なんだよね」

 あの、それは……先輩のせいじゃないんじゃないでしょうかね。


 でもひとつ気付いたんですけど。オレはコーガさんと違って、先輩が本当に教えたいやり方を伝授するに値すると、認めていただいていたということですよね?

 それは光栄です。オレは貴女流を学びたいし、いくらでも貴女色に染まる覚悟はできていますよ。


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