第8話 先輩、オレ頑張りますから
とある週末。休みの日だというのに、スティングス第4部隊の面々は王都の一角に顔をそろえていました。
その理由は――
「えー。今年はしょっぱなから、大規模討伐作戦やなんかが入って、例年より遅い時期になってしまったが。本日ここに、わが第4部隊の今年度の歓迎会をとり行いたいと思う!」
そう、ここは王都でもちょっと名の知られた酒場です。スティングスからもほど近く、こうしたイベントでは御用達なのだとか。
なんか、このためだけに夕方から出かけるのもちょっとメンドクサイなー、なんていつもなら思うところですけど。その中に一人、会いたい方がいれば、気合の入り方も違います。
休日なのに、エイミリア先輩にお会いできるなんて――職場の飲み会、バンザイです!
とはいえ、ここでもやっぱりテーブルは小隊別で。オレは遠くからそのお姿を
でも、今日もオシャレだなあ、とか、ビールじゃなくてワインなのですね、とか、遠くからなら冷静に観察できるのも良いものです。
そして隊長のありがたいお話は続き……、
「新入隊員諸君においては……、あ、いや、とりあえず飲もうか。では、乾杯!」
あれ? 続かなかった?
スタートといより合図自体がフライングという、難易度高めのやつですけど、みなさん見事な唱和で「乾杯」と呼応して、宴になだれ込みました。
さすが第4部隊のチームワーク。オレも精進します(今回は後れを取りました)。
「うちの隊長、いつもは話長いけど、酒の席だけは別なんだよ」
近くにいた先輩が、杯を
「いやー、さすが隊長っす! やっぱこういう時の乾杯の音頭って、絶対短いほうがいいっすよねえ」
「そりゃあキミ、泡のあるうちに飲まんとビールに失礼だろう」
敬意表明なのか、隊長は早速その泡で口ひげを飾っています。
そして宴が盛り上がってきた頃。
「ようーし! それじゃ、一年目整列!」
幹事であるK小隊長から、新入隊員全員に招集がかかりました。
うわあ、これって絶対、アレですよね?
「一人ずつ順番に自己紹介。それと、新入隊員としての抱負も言っとこうか!」
ああ、やっぱり!
絶対来るとわかっているのに、なぜか
いや、一応考えてはいたんです。要点をおさらいして……姿勢正しく、言葉遣いは丁寧に。これまでの経験と、それを踏まえた仕事への意気込み。長くなりすぎず簡潔に。ポジティブかつ謙虚に。
あ、違う、それは就職面接のほうだ!
えっと、こういう場合は……?
名前(フルネーム)、所属、出身を含めること。趣味などの人となりがわかることを盛り込むとなおヨシ。言葉に詰まっても、「えっと」とか「あのー」とか乱発しない(あ、今使っちゃった)。えっと、あとは……?
混乱し始めるオレの両サイドでは、さらに深刻な問題が勃発していました。
「どっちから行く? ジャンケン?」
「えー? 待たせたら悪いし、もうそっちから行ってよ」
右端に立っていたファーガウスくんと、左端に立っていたルーウィリアさんが、互いにけん制しあいます。『順番に自己紹介』というのが『右から順番』なのか『左から順番』なのかという問題ですね。
ちなみにオレは、真ん中だったのでどっちから行っても3番目です。
「いいのかよ。オレが最初だと、ハードル上がるぞ? 笑いの渦に巻き込んで、後続けにくくしてやるからな」
「もう、男らしくないな! いいからファーグ、始めなよ」
こういうとき、女子って結託しますよね。
オレの左隣のハンナさんがルーウィリアさんの援護射撃。一方男子チームは数で勝るものの、完全に傍観です。
「くっそー、みてろよ。……カイルン、こっちから行ったら、次おまえだからな? オレのあと、やりにくいからな!?」
「うん。早くやろうよ」
結局カイルくんにも背中を押され(というより突き飛ばされ?)、それに皆様をお待たせしていることも事実なので。
それでは右から順番に、自己紹介、スタートです。
「あっ、えっと……初めまして! スティングス新入隊員のファーギャウっ……、です!」
はい、ファーガウスくん、名人芸です。
「え? 『初めまして』? 俺らもう、二か月近く一緒に仕事してるけど!」
「自分の名前で
「てかスティングスってわざわざ言わなくても、わかってるし! 俺ら全員スティングス!」
「そうじゃなくて、所属小隊言わないと!」
宣言通り笑いの渦に巻き込まれたわけですが、ファーガウスくんは先輩方の温かいツッコみにタジタジです。
「えー、はい、改めましてー。騎士のカイルと申しぃーます。Q小隊でやらせていただいておりーます……」
続くカイルくんは打って変わって、落ち着きというか、貫禄みたいなものまで漂っています。おとなしめの人だと思っていたけど、こういう場では堂々としているものなんですねえ。
まあ、その妙な落ち着きのせいか、手を組んでちょっと肩を揺らしながら話す独特のスタイルのせいか「係長ー!」なんてヤジがあがってますけど。
え? そうこうするうちに、もうオレの番ですか?
やばい、何言うか考えてない! オレもキャラづくりしたほうがいい? いや、もうそんな余裕ないです!
「えっと、F小隊配属になりました、騎士のコーディアスです。よろしくお願いします」
ペコリ。
「出身は王都です……って言っても、ギリギリ王都ってくらいの端っこですけど」
はい、ここ。わりと重要です。「王都」って言って、あとで「王都のどのへん?」って聞かれて、詳しく話したら「それもはや王都じゃないじゃん!」ってツッコまれる……子供のころから、幾度繰り返してきたことか。
と思って、今回は先手を打ったつもりなんですけど……あれ? なんか、ちょっとウケてる? ナゼ?
「あ……、えっと、出身校は、ロイヤルアカデミーです。あと、抱負は……」
オレの抱負? それはもちろん、憧れの先輩とネンゴロになることです!
クールで美しいオレの天使なエイミリア先輩とお近づきになって。それでなんか、いい感じになっちゃったりして……オフィス・ラブ、みたいな?
『先輩、いまお時間大丈夫ですか?』
『大丈夫だけど、どうしたの?』
『あの、教えていただきたいことがありまして。ちょっと一緒に来ていただけますか?』
『いいよ。仕事熱心だね、何を知りたいの?』
『オレが知りたいのは……先輩のことです! オレに先輩の全てを教えてください!』
『ちょっと、こんなところに連れ込んで何するの!? まだ仕事中だよ!』
『じゃあ、仕事終わった後で、オレに時間くれますか?』
『えっ……、うん。後でだったら、いっぱい、いろんなこと教えてあげるから』
『今夜もオレと秘密の勉強会、しましょうね……』
グフフフフ。
おおっとイケナイ。
「……偉大な先輩方を見習って、自己
最後に深々と頭を下げてから、顔を上げると、諸先輩方が温かい拍手をオレに向けてくださっていました。
その中には、エイミリア先輩も。
オレが話している間、チラチラとそちらへ目を向けるたび、先輩はいつでも笑顔でオレのほうを見ていてくださっていて。それが、なんか、嬉しくて。
……まあ、オレ以外の4人に対しても、同じようにされていたんですけどね。
一見クールで、人のことになんて感心なさそうだけど、エイミリア先輩って実はよく見てくれていると思うんです。
オレたち5人の名前も、最初の書庫説明の時から全員覚えていてくださいましたよね。そういえば、あの時たぶん、所属小隊まで把握していらっしゃったのではないでしょうか。
接点の少ない、F小隊の騎士であるオレのことまで、研修の状況とか気にかけてくださって。
仕事に関しては厳しくて、先輩や戦闘部隊のお偉いさん相手にもビシッときついことを言えてしまうけど。相手のことをよく見ているから、適切な指摘や指導ができるんじゃないでしょうか。
オレたち新人に接しているときや、任務で一般人とかかわるときなんかは、いつもやさしく微笑んで。ちゃんと耳を傾けてくださるんですよね。
さて、多少の事故はあったものの、無事に全員の自己紹介が終わりました。
それぞれの席に戻る間、新人たちは一層大きな拍手で包んでもらって。オレは、オレたちは、本当にこの人たちの中に迎え入れられたのだと――そんなふうに思うのは、まだ気が早いでしょうか?
まだまだ新人で、わからないことばかりです。
役に立つどころか、足を引っ張ることのほうが多いと思います。
それでも、いつかは……。
えっと、いつかは……何だろう?
いつかは一人前に? 認めてもらう? 対等な立場になる?
……まあ、とりあえずは、仕事をおぼえて無事に研修を終えることでしょうか。
憧れの先輩と、同じ職場の仲間として過ごす――社会人となったオレのこれからの日々が、明るく楽しいものになりますように!
山場を越えると、宴会場の雰囲気はさらに打ち解けたものになっていました。
「エイミィさん、最近どうなんっすか? イイ人とか」
あ、またウワサになってる。いや、ウワサというより本人直撃ですか?
ていうか、トーリス先輩? いつの間に! あんたF小隊なんだから、こっちのテーブルじゃないんですか!?
「ん? どうって?」
グラスを傾けながら、サラリとかわす先輩、ステキです。
「だからぁー、付き合ってる人とか、いないんっすかあ?」
「さあ、どうなんだろうね」
「あー、またはぐらかしたぁー! エイミ先輩、いっつもそうなんだからぁー」
そばにいた女性隊員も加わって、「ひどいよねぇー」とか「知りたいよねぇー」とか、クネクネしながら盛り上がるトーリス先輩は、正直ちょっと気持ち悪いですが……。
もちろんオレは、人間の限界まで耳を広げてエイミリア先輩のお言葉を待っています。
そして気になる、先輩のお答えは……、
「じゃあ、トーリスはどうなの?」
おっと、そう来ましたか。
「聞いてくれますか、オレの話を!?」
いや、興味ないです。
「うん、興味はないけどね」
あ、エイミリア先輩と答え被った!
遠い席で密かに喜ぶオレをよそに、トーリス先輩は
その内容は明らかにアンセラ先輩を指したもので、F小隊が集まるこちらのテーブルにチラチラと視線まで投げかけてきます。
いや、そんなことより、オレはエイミリア先輩のお話が聞きたいんですけど……。
「コーディアスくんは、カノジョとかどうなの?」
「えっ?」
遠くの会話に全力集中していたオレのもとにも、至近距離から火の粉が飛んできました。
酒の席って、こういう話出やすいもんですよね。
ええっ……、この場合、どう返すのが正解なのでしょうか? 『気になっている人はいます(すぐそこに)』?
まあ、すぐ近くでも、遠い存在なんですけど。
でも突っ込んで聞かれたりしたら、上手くかわせる自信はないです。
よくあるパターンですよね、とりあえず『わたしたちの知ってる人?』って聞くやつ。
ここでそれ聞かれて『はい』なんて答えた日には、ほぼほぼ第4部隊確定じゃないですか?
かといって『いいえ』と答えても、それが他の人にまで知られて……なんなら、エイミリア先輩のお耳に入ってしまったら……。『へえ、アイツよそに好きな子いるんだ』って思われちゃう?
いや、もちろん、それでどうなるわけでもないですけど。
むしろそのまま、何も引っかからずに反対の耳から抜けていくんじゃないかってくらいですけど。
「あたしも気になるー! どうなの? カノジョいるの?」
見栄はって『います』って言っても、『あ、いるんだー』って思われ……たからどうなることもないですけど。
ああ、正解がわからない!
「え、さあ……、どうなんでしょうね?」
ああ、情けないオレ。
「じゃ、他にこっち方面のヤツいねえな?」
宴がお開きとなり、みんなで隊長を見送ると、店の前でカストロス先輩が振り返って確認しました。
その傍らにはエイミリア先輩とレンスラート先輩ら、数人のお姿があります。
オレもご一緒したいのは山々ですが、どうやら全く逆方向ということが今しがた判明しました。
運命の神様、あなたもドSなんですか……?
「じゃあ、お疲れさまーっす!」
「お先に失礼します」
それぞれにあいさつをして、先輩方が去ってしまうと、残った者たちも帰る方面を確認し合います。
「コーディアスくんは家どのへん?」
隣にいたアンセラ先輩が聞いてくれて、
「カーリア先輩、コーディアスくんもあたしたちと同じ方向ですって」
「そうなんだあ。あたしとトルル、9区なの。近くだから一緒に帰ろー」
そうしてオレたちは、家が同じ方面の者同士で集まって、三々五々帰って行ったわけですが。
ああ、今日は先輩と、一言もお話しできなかったなぁ……。
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