第7話 先輩、構ってください
ある日突然、天使がオレの部屋に降臨されました。
美しいホライゾンブルーの髪をサラサラとなびかせて、オレのほうへと向かって来られます。
ああ、これは白昼夢なのでしょうか……?
あ、部屋っていっても、仕事の部屋ですよ。オレの所属するスティングス第4部隊F小隊の部屋です。
いや、でも、天使がオレに会いに来てくださった……なんてことは、ないですよね。はい、失礼しました。
そしてエイミリア先輩は、そのままオレの前を通り過ぎ、
「あれっ、ミリア。珍しいね。どしたの?」
「この人、お届けに来ました」
F小隊の女性騎士アイリーン先輩に尋ねられて、エイミリア先輩が指し示した背後には、カストロス先輩がへらへらした顔でついて来ていました。
しかもまた、先輩と距離近いし! もうちょっと離れて歩きましょうよ!
「カストロス先輩、まぁーたK小隊のほうに行ってたんですか?」
「えー、だって俺、去年までずっとK小隊だったんだぜ? あ、俺のことは『カルロス』でいいよ。だから俺K小隊好きだし、あ、もちろんエイミちゃんのこともな!」
ああまた、オレの天使に気安く触れないでください。お触り禁止! ……オレだって、少しくらい触れたいです。
しかもアイリーン先輩の口ぶりからすると、カストロス先輩がK小隊の部屋に出入りするのはどうやら常習犯のようですね。この前の昼休みのことといい、これは危険なニオイがします。オレが騎士として、エイミリア先輩をしっかりとお守りしなければ。
あ、ニオイといえば、先輩が通り過ぎられたとき微かに感じていた香り、何だろう。キツイ香水とかとは違う、ほんのりとやわらかな……天使の香り?
芳香の元はクルリとオレのほう——ではなくて、ちょうどオレと先輩の間にいたカストロス先輩を振り向いて、
「カルロスさん。居場所がないからって、いつまでもK小隊に来ないでください、邪魔ですから。F小隊に馴染めなくてみんなに構ってもらえないからって、仕事まで放棄しないでください」
「えーっ、エイミちゃんそれひどくない? 俺ら仲良くやってるし! なあ、コーディアス?」
「えっ? ……あ、はい……」
「一年目の後輩だったら反論できないって思ったんでしょ。ほら、後輩困らせてないで、さっさと自分の仕事してください。……ごめんね、コウくん。アイリ、この人のデスクどこ?」
はい、ご明察です。仲良くやっている、と言われても、ちゃんと話したことなんて片手で数え切れるくらいしかないですし。
このF小隊の部屋で仕事されているところも、あんまり見かけないんですよね。
「えー、俺仕事してるしぃ」
席に押し込められて、スネてみせるカストロス先輩ですが、
「討伐任務の報告書、まだなんですよね?」
「いや、今回さあ、エイミちゃんとか、魔獣捕獲のほうに行ってただろ? そのぶん基地が手薄で、けっこうバタバタだったからさあ。あんまし覚えてねえっていうか……」
「もう何回目の任務ですか? どんなに忙しくても、報告書に必要な項目は記録なり記憶なりするものでしょう?」
反論の言葉がなくなったところで、さっきからタイミングを見計らってそわそわしていたトーリス先輩が口を挟みます。
「そういやカルロス先輩、この前の討伐任務のとき、すごい活躍だったみたいっすね」
「おお、そうか?」
オレもだいぶわかってきたのですが、トーリス先輩という人は女性と権力にはめっぽう弱いようです。まあ、そもそも剣術もあんまり強くないみたいだし、何に強いのかはいまだ不明ですけど。
そんなわけで、実は結構上の先輩だったりするカストロス先輩には、機会があればせっせとゴマをすっていらっしゃるのです。
「治癒の件数もトップだったらしいし、特にあの……脚に大怪我したって言ってたじいさん? パックリ割れてたってやつ。あの治癒はすごかったって、医療チームも感心してましたよ。いやあ、さすがカルロス先輩っす!」
一方で、一般人の方なんかに対しては、ちょっと下に見るような発言も多いんですよね。
……って、あれ? 今の話ってもしかして、最終的にエイミリア先輩が治癒したおじいさん、マルコスさんのことじゃ……。
「おー、まあな。俺の手にかかれば、あんなもんラクショーだな。あ、エイミちゃん俺のこと見直した? ちょっと尊敬した? 俺、すごいだろ?」
「すげえっす! いや、治癒で医療チームに褒められるなんて、だいぶスゴイことじゃないっすか!? ねえ、エイミリア先輩!」
釣られたのは、オレと同期の魔道士ファーガウスくんでした。
後輩二人におだてられて、得意げなカストロス先輩。一方、真の功績者であるエイミリア先輩は、そのことに気付いているのかいないのか、相変わらずクールなお顔で、
「そうですね。じゃあその件も含めて、さっさと報告書仕上げてください」
「仕上げたら、俺とデートしてくれる?」
「無駄口叩いてないで、さっさとやる」
ピシャリとはねのけられて、ブツブツと何やらぼやくカストロス先輩でしたが、いつになく上機嫌で報告書に取りかかっているようです。
「うわー、これじゃどっちが先輩かわかんねえな」
近くの席からおどけるような声を挟んだのは、騎士のレンスラート先輩でした。
まあ、オレもそれ、ちょっと思っていましたけど。
あと茶化されたカストロス先輩がちょっと嬉しそうなんですけど、さっきの「F小隊のみんなに構ってもらえない」っていうの、もしかして結構当たりだったのでしょうか?
ところがレンスラート先輩のほうも、のん気に傍観していられる立場ではありませんでした。
カストロス先輩の処置を終えたエイミリア先輩の、次のテコ入れ先だったのです。
「ミーティングの資料、レンのぶんだけまだ出てないって、シルヴィア先輩が仰ってたよ。締め切り昨日でしょ?」
「あ、それだったらさっき仕上げた。えーっと、たしかこの辺に……。あれ? こっちか?」
レンスラート先輩が散らかったデスクの上をガサゴソと探りますが、エントロピーが増大していくばかりで資料は一向に出てきません。
「『さっき仕上げた』書類がどうやったらこんなすぐ行方不明になるの? せめて業務に支障をきたさない程度には、デスクの上片付けておいてよね」
「いや、さっきまでホントにここにあったんだって、マジ」
「そもそも、ここは自分の部屋じゃなくてみんなが仕事している空間なんだから。周りに不快感を与えないように最低限整えておくのがモラルでしょう?」
そういえば、この前K小隊を訪ねたときも、なんかキレイに片付いているなあ、という第一印象を受けたんですよね。まあ、そのあとすぐに天使のお昼寝を発見してしまったオレは、他のことなんて頭から消し飛んでいましたけど。
F小隊は他の小隊と比べても若干男性比率が高いせいか(あと女性もわりと男勝りの方が多いんですよね)、服が脱ぎっぱなしだったり、通路にまで荷物を積み上げていたり、雑然としているのです。
「いや、F小隊ではこれが普通なんだって! なあ、アイリン?」
「えー? あたしも人のこと言えないけど、レンさんのはちょっとヒドイでしょ。この前なんか、雪崩起こしてあたしのデスクまで書類に埋もれたんですからね」
「今も注意報発令中だよね? レン、ちょっと片付けていい?」
「うわ、マジで? 頼む! いや、それホント助かる!」
「いいなぁー。レンさん、この前もミリアに片付けてもらってませんでした?」
楽しそうに会話する三人を眺めながら、オレはちょっとした違和感を抱いていました。
たしか、アイリーン先輩はエイミリア先輩と同期で、レンスラート先輩は一期上だったかな? でもエイミリア先輩はレンスラート先輩にタメ口なんですよね。
タメ口で、仲良さそうで、時々デスクを片付けてくれる……え、それってどういうご関係なんですか!?
数分後。レンスラート先輩のデスク中央には、書類の山から発掘された、ペン、クリップ、おやつ、フィギュア、その他諸々が、種類別に整然と並んでいました。
「こっちは文具、こっちは食品、この辺は仕事に関係のない雑多な物。仕分けしたから、あとは自分で引き出しとかにしまってね」
そればかりではありません。デスクの両端にうずたかく積み上げられ、再び雪崩を起こしそうになっていた書類や本も、分類され、キチッと角をそろえられて書棚やデスクの上に収まっていたのです。まるで魔法ですね。
「これは全部、資料室からの借り物でしょう? みんなが使うんだから、終わったらちゃんと返して。書庫の本はここにまとめたけど、これも一応、貸出期間は最大一か月が目安なんだからね。で、こっちが書きかけの書類と、参考資料。一応大まかに分類した」
「すっげー! 魔法使ったのか?」
「で、これがお探しのミーティング資料だよね。戻るついでに、Q小隊寄って渡してこようか?」
「サンキュー! マジ助かるわ!」
いいなぁー。オレのとこも、お片付けしてくれないかなぁー。
いや、でも、片付けのできないだらしない男と思われるのは……ちょっと問題かもですね。もっとマトモなことで構っていただけるよう、頑張ります。
そもそも、入隊してまだ日の浅いオレは、デスクが散らかるほどたくさんモノがありませんでした。
そんなオレに代わって、わりと大雑把な性格のアイリーン先輩が、散らかった自分のデスクを示して魔法のお片付けを依頼しました。
「ミリア、こっちもお願い!」
「高くつくよ?」
「『サニー・レイン』のプチガトー奢る!」
「乗った」
え、先輩って甘いものに目がないの? 意外な一面……と思ったけど、女性はわりとそういう方多いですよね。
「でもまだ勤務時間中だから、あとでね」
はぅっ!? 「あ・と・で・ね」なんて……、あとでナニをしてくださるとおっしゃるのですか先輩!?
あ、はい、お菓子につられてアイリーン先輩のデスクのお片付けですよね。
そうしてF小隊のちょっとだらしない先輩たちに喝を入れたエイミリア先輩は、颯爽と部屋をあとにされます。
待って先輩、行かないで……。オレのことも構ってください。
「あ、そうだ」
オレの想いが通じたのか、先輩は戸口でふと立ち止まって振り返られました。
「ところで、この部屋の責任者、誰だっけ?」
「あ、ハイ! オレです!」
最後のチャンス! とちょっぴり期待したものの、御用があったのはこのF小隊の部屋の管理責任者。それはもちろん新人のオレなどではなく。
たしか4年目くらい(?)の魔道士の先輩が、緊張の面持ちで応えます。
「通路に物を置かない。消防法に引っかかるから、立ち入り検査があったら困るよ。それから、予備のデスクは物置じゃない。他施設から出向してくる人が使うこともあるから、常に使える状態にしておいてね。あなたが責任者なんだから、先輩だろうと誰だろうと、従わせたらいいんだよ」
へえ、そんな事情があったんだと、ポロポロ鱗を落とすオレの目の前から、先輩はついに去ってしまわれるのでしたが……。
あれ? 今この部屋にいる中で、発言してないのってもしかしてオレだけじゃないですか? いやまあ、かろうじて「はい」とは言いましたけども。
とはいえ、オレはまだ入隊して一か月ちょっとです。これからどんどん仲良くなって……。
「あ、エイミ先ぱぁーい!」
ドアが閉まった向こうの廊下で、トーンの高い声が響きました。
「ルイリちゃんが、タルト持ってきてくれたんですよ、ほらっ。一緒に食べません?」
「もらい物なんですけど、先輩もよかったら……」
「へえ、美味しそうだね。ありがとう。……あ、でも、あと30分で勤務時間終わりだし、それから頂くのでもいい? 終わらせておきたい仕事があって」
「あ、そうですよね。わたしも研修報告書やらないとですし、終わってからのほうが、ゆっくりできますもんね」
「うん。ちょうど、終わったらお茶にしたいと思っていたから、楽しみにしてるね」
「あっ、もしかしてお手製のハーブティーですかぁ? あたしも飲みたいですぅ! ルイリちゃん、先輩のハーブティー、すっごく美味しいんだよ。お願いしたらもらえるよ」
「ホントですか? わぁー、楽しみです!」
はうぅっ。オレと同期入隊のルーウィリアさんは、すでに先輩のお茶友達になっている!?
そして部屋の中では、聞き耳を立てていたらしいファーガウスくんが、
「えー、なんか楽しそうだなー。オレも行こっかなぁー」
あれっ? またしてもオレだけ出遅れてる!?
『書庫説明の悲劇』再び――みんないつの間にか先輩と仲良くなって、オレだけ取り残されるってパターン……? そんな、そんなの……、
「ダメ! ファーグはダメ! あんたはその報告書、終わらせなさい」
「えー、なんでですか、アイリーン先輩。ケチー!」
「ミリアのハーブティーは、先着4名なの。だからあたしが行く!」
……オレも、頑張ります。
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