第3話 先輩、ウワサになっています


 魔獣の数が減少している昨今。


 おまけにスティングス以外にも魔獣討伐を行う私設団が増えてきているとあっては、先日のような大規模討伐なんて年に数回程度のこと。

 実際のところ我々の仕事のほとんどは、王都にあるスティングス本部で行う、いわゆる「内勤」なのです。


 新米騎士の日常業務は、一にも二にも鍛錬です。

 いざという時戦えるよう、騎士なら剣術、魔道士なら魔術スキルの向上。これは研修課題にもあげられていて、日々研鑽けんさんを積み、2年間の研修中に一定の技術を身につけなければいけません。


 そして、書類仕事。

 王立機関であるスティングスに勤める我々は、いわば国家公務員。適切な書式にのっとってお堅い文書を作成することは、必要不可欠なスキルです。

 研修報告書をはじめとした様々な書類を通して、こちらも日々向上に努めます。


 けれど騎士になりたての若者たちにとって何より重要なのは、学校では教えてくれない、あんなコト――いやべつに、あやしいコトとか、先輩のクドキカタとか、そういうんじゃないですよ(オレも教えてほしいですけどね)。


 魔獣討伐を至上命題とする我々ですが、肝心の魔獣については、騎士学校では基本的なことしか学んでいないのです。そこでスティングスでは頻繁にセミナーが開かれて、過去の討伐任務の実例や、魔獣の生態、個別の対処法など学びます。


 長い学生生活から解放されたと思ったら、ここへきてまた座学ですか。

 先輩の口説き方を教えていただけるというのなら、最前列で何時間でも傾聴して、腱鞘炎けんしょうえんになるまでノートとりますけど。


 セミナーは全団員を対象としたものから、騎士だけ、あるいは魔道士だけなど、様々なカテゴリーがありますが、本日午前中に行われたのは、一年目を対象とした新人セミナー。参加必須のやつでした。




 さて入隊からひと月余りがたち、少しだけ職場環境にも慣れてきた今日この頃。

そんなセミナーの直後、諸先輩方のいない食堂で少し早めの昼休憩をいただいている新人たちの話題は、自然と新しい職場のことになります。


 まあ、こういうときの話題といったら、仕事の話というよりも——


「そーなのよ! あたしの先輩、もう、ほんっとカッコイイんだから! イケメンだしさあ、背も高いし、しかも優しいの! あたしホント、第3部隊に入って良かったわぁ」

「もぉー、そればっかり言ってるんだから。言っとくけどあんた、惚れちゃダメだからねマジで! 先輩付き合ってる人いるんだし。しかもそのカノジョさん、私のチューターだよ? 職場内でドロドロとか、勘弁してよ?」

「うぅ……。わかってる、けど……。でもほんとカッコイイんだから!」

「ハイハイ。……ねえでもさ、あの女の人も、すごくなかった? ほらこの前の、合同作戦会議の時の」

「あ、あのソファとかテーブルとか出しちゃった人! カッコよかったよねえ」

 あ、その『出しちゃった人』、オレの先輩です。


「うちの隊長なんかさあ、もうタジタジになっちゃって」

「アハハ! そうあれ、ウケたよねー。しかも美人だったよね、あの人。髪もきれいな色だったし。アイスブルー、っていうのかな?」

「そう、なんか冷たそうな感じ。氷の女王様って感じしない?」

「あ、するする―! それすごい思う! クールな感じだったしね。あの人、名前なんていうんだろ? ねえ誰か知ってる?」

「えー、知らなーい。ちょっと誰か今度、第4部隊の子に聞いといてよ」

 フッフッフ、オレはそのお名前を知っていますよ。

 先輩の名は——



「ねえ、エイミリア先輩のこと、けっこう他部隊でも有名になってるよね」

「そりゃあ、あれだけのことやっちゃったもんねえ」

 他部隊に比べて人数の少ないオレたち第4部隊の新人は、当番で抜けているカイルくんを除く4人全員で固まって昼食をとっていたわけですが、チラホラと聞こえてくるエイミリア先輩のウワサに、同じ部隊の後輩として食いつかずにはいられませんでした。


「あーでも、そういうの抜きにしても、けっこう有名だぜ、あの人。オレ他部隊の同期とかけっこう知り合いいるんだけどさ、もう入隊初日からあの人のこと教えろ教えろって、うるせえの!」

「そりゃあ、美人でスタイルいいし、目立つよね」

「へえ、やっぱ女の子から見てもそうなんだ?」

「そりゃそうだよ! 魔力はすごいし、仕事とかテキパキしてて、何でもできるし」

「はああぁ、カッコイイよねえ。あたし憧れちゃうわ、ああいう人」

 はああぁ、カッコイイです。オレも憧れちゃってます、先輩。

「ねえねえ、エイミリア先輩ってカレシいるのかなあ?」

 え、かれし?

 カレイ? ヒラメ? え、カレシ!?

「そりゃいるでしょー!」

「それオレもちょっと気になる。なあ、コーディ」

「え……? あ、まあ……」

 もちろん、ものすっっっっっごく気になります。

 ああ、オレとしたことが、その辺りについてはノーマーク……というよりも、意識することを意識的に避けてきた、といったところでしょうか? カレシ……。そうか、カレシですか……。

 いや、天使様なんだから、神様あたりとおつき合いされているんじゃないでしょうかねえ、きっと。


「えー、どんな人なんだろ? やっぱ年上かなあ?」

 え、いる前提ですか。まあ、そうですよねえ。

「ねぇもしかして、うちの部隊の誰かだったりして!」

「おおっ! 職場恋愛ってやつ? それ憧れるわー。オレのカノジョ全然職種違うしさ」

「だってさ、トルファウス先輩とカーリア先輩もそうだし、隊長の奥さんだって昔うちの部隊にいた人らしいし、けっこう多いみたいよ、そういうの」

「え、マジ? あの二人付き合ってんの?」

「え、そこ食いつく? だって有名じゃん」

「うそー、オレ知らなかった! なあ、コーディ」

「オレは知ってたけど? けっこうオープンだし」

「マジか! オレだけか! くそーっ。カイルン知ってんのかな? あーでも、あいつもQ小隊だもんあ。やっぱオレだけか、くっそー!」


「え、誰だろ? うちで結婚してない人って、誰がいた?」

 いや、だからなんで職場内、それも同部隊にいる前提なんですか。

「……あっ、レンスラート先輩とか!? だってほら、あの二人違う小隊なのにけっこう一緒にいない? レンスラート先輩、よくK小隊に来てエイミ先輩と話してるとこ見るもん」

「うわ、たしかにそうかも! ……え、でもさあ、あの人なんかチャラそうじゃない? そういうんじゃないと思うんだよね、エイミリア先輩って」

「あー、それで言うと、カルロス先輩もしょっちゅうK小隊行ってる気がするけど」

「カルロス先輩……って、誰だっけ?」

「あ、カストロス先輩な。F小隊の。あの人ってなんか、そう呼ばせたがってる感じじゃね? なあ、コーディ」

「え? そうだっけ」

 カストロス先輩はオレやファーガウスくんと同じF小隊ですが、同じ魔道士のファーガウスくんに比べて、オレは接点少なめです。正直、どんな人だったか、いまいちピンときていません。

 

「あぁー! あの人ね。……って、あの人奥さんも子供もいるじゃん」

「あれ、そうだっけ? でもオレ、こないだも休憩室であの二人がいるとこ見たんだけど、なんかすげえ距離感近いっていうか、そういう雰囲気だったんだけど」

「え、まさかの不倫?」

「そういえば、あたしカーリア先輩から聞いたんだけどさ、あの人けっこう女グセ悪いらしいよ。結婚して子供できてからもしょっちゅう浮気して、それで奥さんとケンカ絶えないんだって」

「えーっ! そんな人、エイミ先輩にダメ! 絶対やめてほしい」

 うん、それは絶対ダメ! いやどんな人だったら許せるかって、それはその。

「うん、だよねー。選び放題なんだし、もっとこう、イケメンで、背も高くって?」

「うんうん、エイミ先輩もけっこう背高いもんね。それで、仕事もバリバリできてさ、包容力とかあって、大人の余裕、みたいなの? えー、カッコイイー!」

「それ絶対並んだら絵になるよね。えー、見てみたぁい」

 見たくない。オレは絶対、見たくないです。


「うわ、あの人に釣り合う男とかハードル高そう! オレ絶対ムリだわ」

「そんなん当たり前じゃん。……あ、でもさ、逆にさ、あんだけデキる人なんだから、逆にカレシはダメな男だったりするかもよ?」

「えー、ダメな男にハマっちゃうタイプ?」

 えー、ハマっちゃわないでください先輩。ダメな男がよろしければ、ここに一人候補います!

「案外、年下だったりして! だってほら、意外と面倒見いいし。ねえ、ルイリ」

 ハイハイ、オレ年下です! もうオレにしとけよ、先輩。……なんちゃって。

「そうなの! わたしこの前、エイミ先輩に魔術指導してもらったんだけど、教え方すごい上手いし、すごい優しいの!」

「マジかー、今度オレも教えてもらお」

「あ! しかもね、その時見ちゃったんだけど、先輩、緑スライムくんのグッズとか持ってるの! なんかすごい意外で、ちょっと可愛かった」

「えー、それチョー意外! いつもあんなクールなのに? 緑スライムくんってあの、間抜けな顔したキャラクターだろ? なにそのギャップ!」

「じゃあやっぱ、年上かなあ? みんなの前ではクールだけど、カレシさんの前でだけニャンニャン甘えてたりして!」

「え、それ見てみたいー!」

 え、それはオレも見てみたいです。あ、でもできればカレシにじゃなくて、オレに……?


「うわ、なんか、両方ありそう。……え、待って、両方? とっかえひっかえ、みたいな?」

「モテそうだもんね! アンタなんかもう要らないわ、ポイ! ってあのクールな顔で言われて捨てられちゃうんだよ? かわいそうー」

「うわ、それ怖ぇ! ゾクッときた!」

 うわ、それちょっとゾクゾクしちゃいます。されてみた……くはないけど。

 あれ? でも、捨てられるってことは、一度は拾っていただけるということですよね?

 くっ……、それだったら……、そんな奇跡があるのなら、オレはポイされたって構いません! 何ならリサイクルされて貴女の元に戻ってきます!


「いやもしかしたら、もう結婚してるとかもあり得るかもよ? 同期のアイリーン先輩だって、婚約者いるらしいし」

「すでに子供もいたりして!」

「わー、それ絶対可愛いよね」

「しかもあの人の子供とか、絶対秀才じゃね? 将来は大魔道士も夢じゃねえな」

「いやむしろ、相手の人が騎士だったら王宮仕えの魔道騎士すらあり得るかもよ?」

「うわあっ、自分の子供が魔道騎士とかスゲエ! え、先輩って妹とかいんのかな? いたら紹介してほしー! 親戚でいいから、あの人とお近づきになりてえ。なあ、コーディ」

「えっ!? い、いや……」

 いや、お近づきになりたいのはもちろんですけど……。結婚? 子供? ナニソレオイシイノ? 

 ああ、もはや思考が追い付かないです。

「何よそれ。あんた、カノジョいるんでしょうが?」

「いやでもさあ、甥っ子が魔道騎士とか、チョー自慢じゃん! 魔道騎士だぜ? 最強の勝ち組じゃん」

「まぁ……、そりゃそうだけど」


「……あ、でもやっぱそれはないと思うな。先輩、けっこういつも遅くまで仕事してるし。旦那さんとか子供いたら、そんな毎日遅く帰るわけにもいかないでしょ? シルヴィア先輩とか、お子さんまだ小さいからわりと早く帰ってるみたいだけどさ」

「そっか。たしかにエイミリア先輩って『プライベートより仕事!』って感じするもんね。じゃあやっぱ、仕事にも理解あって、優しくて、包容力のある人じゃないと」

「むしろカレシさんにサポートしてもらってるから、あんなに頑張れるのかなあ? 家事とかさりげなく手伝ってくれて、帰り遅い日とかはごはん作ってくれてさ。わたしあそこまでバリバリ仕事するの、絶対ムリだと思うもん」

「お互いのこと尊重して、支え合ってるんだ、きっと。いやもう、エイミリア先輩の支えになるとか、それだけですごくない?」

「いやもう、あの人に惚れられてるってだけで、同じ男としてソンケーするわ」

「だよね! あのエイミ先輩を射止めるって、どんな人なんだろう?」

「えーっ、気になるぅ! ちょっとルイリ、今度聞いといてよ」

 えーっ、気になるぅ! 結果はゼヒ、オレにも……けど、知ってしまったら立ち直れないかもしれない。

「あ、それオレも知りたい! さっき言ってた同期のやつらが知りたがってたし」

「そんなこと知ってどうすんのよ。あんたたちみたいなガキが、相手にしてもらえるわけないでしょ!」


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