第35話 セイロン・ティー
いらっしゃいませ。
ようこそ、お越しくださいました。
あの……。
貴女にひとつ、お願いがあるのですが。
今日だけは、私にお席を決めさせていただけませんか?
ああ、ありがとうございます。
それでは、こちらへどうぞ。
本日は、とっておきのセイロン・ティーをご用意いたしております。
お淹れする間、少しばかり、私の独り言におつき合いいただけますか。
私はこれまで、少しでも貴女のお役に立てればと思って、様々なことを申し上げてきました。けれど、すべてその通りする必要などないのですよ。
どんなことだって、人によって「合う・合わない」はあるのですから。
例えば健康に良いとされる食材だって、アレルギーや好き嫌いもありますから、無理に食べる必要はないのです。
人は千差万別。だからこそ美しいと、私は思うのです。
「科学的に効果が証明されている」というのは、100人がそれをすれば100人全員に効果が認められる、ということではありません。
80人、90人に効果があれば、じゅうぶんに効果的といえるのです。
けれど貴女が残りの10~20%ではないと、どうして言えるでしょうか?
その10~20%は、効果がなかっただけでなく、マイナス効果だったということだってあり得るのです。
あるいはもっと効果が低かったとしても。効果があったと言えるかどうか、微妙なグレーゾーンであったとしても。研究データの統計の仕方によっては「効果があった」と言えてしまいます。
残念ながら、世の中にはそうした微妙な研究結果に基づいた情報が出回っていることもあります。
数年前に流行った健康情報が、現在では否定されているなんてことも、よくあるでしょう?
だから、余計な情報に惑わされ過ぎず、何よりもご自分の心と体に耳を傾けてあげることを大切にしてください。
貴女のお体のことを、一番わかってあげられるのは貴女自身です。
今の貴女の生活スタイルは、貴女自身が何年もかけて築いてきたものに他ならないのです。それを否定する必要はありません。無理に変える必要もありません。
意図してそうなったわけではなくて、気づいたらこうなってしまっていたという、好ましくない生活習慣もあるでしょう。
けれどそれだって、貴女のお体が見つけた妥協点です。
理由があって、そこに落ち着いたのです。
まずはそんな貴女自身を、認めてあげるところから始めてください。
そのうえで、貴女が変えたいと思うところ、無理なく改善できそうなところに気付けたなら、それは素晴らしいことです。
小さなことで良いのです。意識するだけでも良いのです。その積み重ねが、未来の貴女を形作るのではないでしょうか。
それから、女性は、周期的に体調が変化しやすいものです。
継続が大事とは言いますが、頑張れないときがあってもいい。
必要なときにしっかりと休むことが、何よりも大切なことです。
落ち込んだときは、好きなお菓子をたくさん食べて。
疲れている休日は、朝寝坊してしまいましょう。
そうしてまた、素敵な笑顔を取り戻して。
どうか、忘れないでください。貴女のその笑顔に、私がどれほど救われてきたか。これからも。そしていつまでも。
この先、どれ程の長い時を生き、どれだけたくさんの人に出会ったとしても……。貴女は私の大切な、そして特別な、たった一人のお客様。
……すみません。少し、湿っぽい話になってしまったでしょうか。
いえ、深い意味はないのです。ただ、貴女に一度、ちゃんとお話ししておきたかっただけですから。
さあ、紅茶が入りましたよ。
冷めないうちに、どうぞお召し上がりください。
セイロン・ティーの「セイロン」は、スリランカのこと。
インド洋に浮かぶ小さな島ながら、北部は比較的平坦、そして南部には山岳地帯が広がり、場所によって気候が大きく異なります。
本日はその中でも、南東の高地で栽培される「ウバ」をご用意いたしました。
インドのダージリン、中国の祁門と並んで「世界三大銘茶」と呼ばれます。
まだまだ、貴女のためにお淹れしたいお茶はたくさんありますが……。
そうですね。暑くなってきましたから、今度はアイスティーなども良いでしょう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます