第30話 眠れぬ夜は・1
また、眠れなかったのですか?
辛いですよね。
じゅうぶんな睡眠をとらなければいけないと、わかってはいるのに、寝付けない。
寝ようとすればするほど、余計目が冴えて。眠たいけれど、眠れない。
今日あった、嫌な出来事ばかりを思い返してはいませんか?
過去への後悔や、未来への不安に囚われていませんか?
眠らなければならないと、ご自分を追い詰めていませんか?
だったら今夜は、私のことだけを考えながらおやすみなさい。
そうすれば自然と笑顔になって、肩の力も抜けるでしょう。
私が貴女を、心地好い夢の世界へ誘ってさしあげますよ。
え? 私のことを考えたら、かえって緊張して眠れない?
それは嬉しいですね。
ならば朝まで、二人で一緒に過ごしましょうか。
夢でお会いできるのも良いですが、貴女の頭の中を独占できるなんて、それこそ、私にとっては夢のようです。
一晩中、私のことを考えて眠れなかったなんて、貴女に言われてみたいものですね。
おやおや、そんなに怒らないでください。
真剣に悩んでいらっしゃることは、わかっておりますよ。
寝不足は仕事のパフォーマンスが落ち、健康や美容にも悪影響ですから、重大な問題です。
……いえ、私だって、冗談のつもりはないのですけれど。
ああ、こちらの話です。どうぞお気になさらず。
しかし、「眠る」というのは実際、難しいものですよね。
子供の頃は当たり前にできていたはずなのに、大人になるにつれ、眠りの世界の入り口はどんどん狭くなってしまう。
どうすれば寝付けるのかと考えてみても答えは見つからず、寝ようとすればするほど、眠りの世界は遠ざかってしまう。
それもそうです。睡眠だけは「意識して」できることではないのですから。
それでは、「入眠儀式」を定めてみませんか?
睡眠は考えてできるものではないかわりに、脳のもっと本能的な部分でコントロールされています。
朝日を浴びた何時間後に眠くなるとか、深部体温が下がると眠くなるとか。
ですから、無意識に行われる条件反射を利用してみましょう。
条件反射といえば「パブロフの犬」が有名ですね。
犬にある音を聞かせたあと、餌を与えるようにします。これを繰り返すうちに、犬はその音を聞いただけで唾液を出すようになるのです。
人間なら、梅干を見たり思い描いたりしただけで唾液が出てくる、なんていうことがありますよね。
そこで、入眠儀式――つまり寝る前のルーティーンを決めることで、条件反射的に脳を睡眠モードに導くのです。
キャンドルを灯したり、好きな香りをかいだり。
穏やかな音楽を聴いたり。
軽いストレッチや、お肌のケアも良いですね。
パジャマに着替える、というのも良いですよ。ちゃんとしたパジャマは睡眠中の体温調整や吸湿をしてくれて、眠りの質を高めます。
そして、これらは複数組み合わせるのが効果的です。
最初のうちは、それだけですぐに眠くなることはないでしょうが、毎晩寝る前にこれらの儀式を行うことで「寝る時間」の合図になっていきます。
この香りをかぐと眠くなる、この音楽を聴くと眠くなる――そうして脳に条件付けしていくのです。
さて、本日はホットミルクをご用意いたしました。こちらをどうぞ。
お気に召しましたか? それは良かった。
ええ、黒糖ときな粉を、少々加えております。
適度に温めたホットミルクには、リラックス効果もあります。
但し、寝る直前に飲むのは胃に負担となってしまいますので、一時間前までにされるのが良いでしょう。
それと、あとで歯磨きもお忘れなく。
今夜はこれでほっとひと息つきながら、貴女のナイト・ルーティーンを見直してみてはいかがでしょう?
そして早めにおやすみください。明日また、いらっしゃい。
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