第21話 こんな日もある


ああ……、いらっしゃいませ。



すみません。少々、店内が散らかっておりますが、どうぞ。


ああ、いえ、お気になさらず。はぁ……。


え? 珍しい、ですって?

私だって、失敗したり、落ち込んだりすることくらいありますよ。


けれど、今日のこれは……はぁ。


おや、何があったか、聞いてくださるのですか。

貴女はお優しい方ですね。



そう……、今日は、新しい紅茶を仕入れたのです。

ああ、いえ。それが外れだったというわけではありません。期待通りの、いえ、期待以上の良い品だったのです。


とても良い香りで、貴女にも気に入っていただけるのではないかと、さっそく試飲をしようとしたのですが……。


いえ、その、……ちょっと考え事をしていたと、申しますか。

ボーっとしていたら、ついついお湯を沸かしすぎていたのです。

気づけば水量が半分ほどに減っていて。


慌てて火を止めたのですが、出しておいたティーカップにぶつかって、落としてダメにしてしまいました。


そのうえ、せっかく入荷した紅茶のキャニスターまで倒してしまって……ああっ、見ないでください! 本当に、ひどく散らかっているのです。



え? 香り……ですか?

ええ。こちらの紅茶、何といってもこの華やかな香りが魅力的で。

薔薇やフルーツで着飾った、優雅な貴婦人のようでしょう?


そうですね、この茶葉は、せっかくだからアロマにいたしましょう。

こうして茶香炉に盛って、キャンドルで温めれば……ほら、紅茶の良い香りが漂ってきましたね。

それに、キャンドルの揺らめく炎というのは、とても心落ち着くものです。


カウンターに茶葉をぶちまけてしまうような、うっかりさんは私だけだと思いますが……、賞味期限が切れてしまった茶葉でも、こうして香りを楽しむことができます。


もっと簡単な方法なら、小さな器に入れてお部屋に置いておくだけでも構いません。

強い香りはしませんが、茶葉には消臭効果もありますので、お部屋の嫌な臭いを抑えて、そばに寄ればほのかに香ってくれます。

紅茶に限らず、緑茶やほうじ茶の茶葉でも効果がありますよ。


そうだ、この割れたカップは金継ぎにしてみましょう。

もともと、色味は気に入っていたけれどデザインがいま少し物足りなかったのです。だから、こうして試飲用のカップに。



それにしても、今日は散々な一日でした。

けれど一日の終わりにこうして貴女が来てくだされば、すべてが上手く収まって、悪くないと思えるのです。


こんな日も、ありますよね。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る