第16話 人の心はわからない
どうされたのです?
また、お仕事で何か嫌なことがあったのですか?
なるほど、自分ばかり損している気がする、と……。
同期はいつも先に帰って、長く休憩して。仕事も手抜きで、サボってばかりいる……。
それは確かに、良い気持ちはしませんよね。
ではその方は、どうして貴女のように仕事を頑張らないのでしょう――いえ、頑張れないのでしょうか?
え? 「ズルして、ラクしているだけ」なのですか?
なるほど、そういう方もいるものなのですねえ。
いえ、私などは、好きでさせていただいているお仕事ですから。
仕事を早めに切り上げるなんて、考えただけで悲しいです。
もしかしたら、その方だって何か――例えばご家庭の事情で、早く帰らないといけないのかもしれませんよ。
ご自宅に帰ってから、仕事の続きをしているのかもしれません。
そんなことはない、いつも気楽そうで、オシャレやグルメの話ばかりしている、ですか?
楽しそうな話ばかりしているのも、もしかしたら辛いところを見せないようにしているだけかもしれないですよ。
周囲に心配をかけないように、明るく振舞っているだけかもしれません。
あの人は、そんなキャラじゃない?
けれど、絶対にないと言えますか?
では、確かめてみましょう。
明日職場でその方に会ったら、こう言ってごらんなさい。
「最近いつも帰りが早いようだけど、もしかしてお家のほうが大変なの? 困っているなら、仕事手伝うし、手を貸すから言ってね」
ええ、あまり嫌味っぽくならず、あくまで本気で心配しているように聞くのが重要です。
そういうことの言えないような相手なら、もうその方のことばかり考えて、時間を無駄にするのはおやめなさい。
そんなに人のことを構っている場合ですか? もっと自分に目を向けてあげて。
実際にはその方も、楽をしたいだけかもしれません。
けれど万が一本当に、ご家族の病気など、何か事情があって困っていらっしゃったら?
それを知った時、一番傷つくのは、貴女なのですよ。
そうではなくて、仕事に最初の頃のようなやりがいを見出せず、楽なほうに逃げてしまっているだけなのなら……案外貴女と分かり合えて、良い相談相手になるかもしれませんよ。
おや、不服そうですね。
しかし、本当に仕事に打ち込めている人は、他人の「サボっている部分」に気をとられたりはしないものです。
自分がどこまでできたか。もっとやれたのではないか。
そうして、自分より努力している人の姿が、自然と目に入ってくるものです。
「類は友を呼ぶ」と言うでしょう?
陽当たりの良い岩に腰掛け、優雅にヴァイオリンを弾き鳴らす――そんなキリギリスにばかり目が向いてしまうのは、貴女がそちら側へ堕ちかけているからではないでしょうか。
しかし、まあ、キリギリスだって、理由があってそうしているのかもしれません。
それぞれに、役割というものがありますから。
アリが楽しく労働できるように応援しているのか。秋のヴァイオリンコンテストに向けて猛特訓しているのか。それは本人に聞いてみなければわかりません。
事情を知らないアリたちにとっては、ただサボって遊んでいるだけですが。
他人の心の中を、すべて知ることはできません。
行動の裏にある心理は、貴女や他の誰かの物差しで測れるものではないのです。
自分の都合で解釈するのは子供のすること。
相手の立場で、相手の都合の良いように、解釈してあげるのが大人です。
例えば上司に怒られたとき。「怒られた」ではなく「怒ってもらえた」と考えてみてください。
怒るというのは、結構気力がいるものです。それでも貴女のために、貴女なら改善できるはずだと信じているから、怒ってくれている――そんなふうに解釈しておけば、貴女も余計なストレスを抱えずに済むと思いませんか?
「怒られた」という外側にいつまでも囚われていては、貴女にとってマイナスにしかなりません。その中身に目を向けて。
言われた内容を冷静に吟味して、少しでも貴女に反省すべき点や改善できる点が見つかったのなら、それはもう貴女にとってプラスです。
同じ出来事を、貴女の力で「マイナス」から「プラス」に変換したのですよ。
まあ、中には理不尽に怒る人もいます。怒ることで一時的にストレスを発散できる人もいます。
よく考えても中身のない話だったと思う時は、「内容はアレだけど、まあ、わざわざ時間を割いて怒ってくれたんだよね」と気軽に受け流しておけば良いのです。
いつまでも引きずるのは、貴女の健康と美容に良くありませんから。
怒られた後に「ありがとうございました」とでも言えれば、たいしたものですよ。理不尽な上司も、少しは反省するかもしれませんね。
どんなときでも、まずは相手にも事情があるのだと考えてください。
誰にだって、何かしら、あるのです。
どんなに素敵で、輝いて見える人だって、本当は人知れぬ悩み・問題を抱えているかもしれない。
貴女だって、そうでしょう?
心の奥に孤独を抱え、時には押し潰されそうな不安に耐え。それでも日々、一生懸命に生きている。
そのことを、貴女の同僚・友人・家族の、どれくらいの人が知っているでしょうか。
ね? そういう部分は、簡単には人に見せられないものです。
誰にだって、人に言えない悩みや苦しみはあるのです。多かれ、少なかれ。
え? 私、ですか?
そうですね……、まあ、しかし、貴女の悩みに比べれば、些細でつまらぬものでしょう。
本日は「アール・グレイ」をお淹れいたしましょう。
この華やかな香りをかげば、モヤモヤしたお気持ちも少しは晴れるのではないでしょうか。
アール・グレイは、紅茶に柑橘類の一種である「ベルガモット」で香りをつけたフレーバー・ティーのこと。ダージリンのような、茶葉の種類のことではありません。
華やかなベルガモットの香りで装った下に、どんな茶葉が隠されているのか――貴女はお分かりになりますか?
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