第13話 平凡な人生はつまらないですか?
おや、なんだか浮かないお顔をされていますね。
何か嫌なことでもあったのですか?
もしよろしければ、お聞かせくださいませんか。
え? 何もないことが嫌……ですか?
自分の人生が平凡すぎて嫌になる。
漫画やドラマにあるような、大恋愛をしたこともなければ、冒険もしたことがない。
このままずっと、何もないまま時を重ね、つまらない人生を送るのだろうかと不安に駆られる――。
では、その物語の当事者たちは、貴女より自分のほうが幸福だと思うでしょうか。
波乱万丈の人生の渦中にあって、自分はなんて幸せだろうと、思える自信が貴女にはありますか?
大怪我をして、死にかけて、常に危険と隣り合わせ。大切な人を、大切な場所を失い、絶望に追い立てられ、心も体もボロボロになって……ああ、考えるだけで、痛そうです。
どうです? そんな目に遭わされている人たちからすれば、平凡で平和な人生のほうが羨ましいと思いませんか?
ああいうのは、他の人が経験してくれて、それを安全な場所から傍観していられるから良いのですよ。
幸せのかたちは人それぞれです。
貴女は、貴女自身の人生の中に、貴女だけの幸せを見つければ良いではありませんか。
その両手いっぱいに、受け止められるだけの幸せを。
無理して広げても、指の間から零れ落ちてしまいます。
ほら、貴女のその手を、よく見てごらんなさい。
そこにあるのは、貴女が他の誰とも違う、唯一無二の生きかたをされている証。
占いにも用いられる手相は、生きかたと共に変化します。そしてそれは指紋と同様、誰一人として同じではありません。
貴女は貴女にしか生きられない、特別な人生を歩んでおられるのです。
それに……。
ここに辿り着いた貴女なら、もうじゅうぶんに、特別な体験をされているのではないでしょうか。
しかしまあ、貴女が少しばかり刺激を欲していらっしゃるというのなら、私が一肌脱がせていただきましょう。
準備いたしますので、少々お待ちを。
何をするのかって?
それは、まだヒミツです。
まあ、そう焦らないで。こういうのは時間をかけて丁寧に行うのが大切ですから。
え? もう我慢できない、ですって?
仕方ありません。魅惑的な香りが、貴女を誘っていますものね。
さあ、それでは。
甘くて刺激的なひと時を貴女に。
スパイスたっぷり、マサラ・チャイです。
チャイは、インド式に濃く煮出したミルクティー。そしてそこにスパイスを加えたものが、マサラ・チャイと呼ばれます。
カルダモン、クローブ、シナモン、ジンジャー、ペッパー、……そして、コクのあるミルクをたっぷりと。
しっかり煮出した茶葉の味わいが濃く深く引き立ちます。
本場インドではお砂糖をたっぷり入れて作るものですが、甘すぎるのは、貴女のお好みではないでしょう?
甘いだけではない、程好い刺激を、当店では目指しております。
かつて植民地インドで作られた茶葉は、良質なものだけが本国イギリスへ送られ、紅茶として楽しまれました。
そうして紅茶になれなかった残り物の茶葉は、渋味や苦味が出やすいもの。
そこにミルクとお砂糖、スパイスを加えて、美味しく飲めるよう工夫されたのが、チャイの始まりだとか。
どんな茶葉でも、ひと手間かければ、こんなに素敵な飲み物に変わるのです。
こうしてゆったりとお茶をできる。
これもまた、他の時代や場所にあっては、できない贅沢ですよ。
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