第4話 クッキーをどうぞ
いらっしゃいませ。
今日はそちらのお席になさるのですね。
ええ、どうぞ。ゆっくりなさってください。
ああ、そのランプ。気に入っていただけましたか。
ずいぶんと古いものなのですよ。
壊れて眠っていたものを、昨日ようやく修繕しました。
温かみのある淡い光が、落ち着くでしょう?
この世界は光が多すぎて。時折、目が
薄暗い中、目を凝らして、一生懸命探すくらいがちょうどいい。大切なものは、
そうそう、クッキーを焼いたのですが、召し上がってみませんか?
ええ、香りの良い茶葉を、砕いて混ぜているのです。
お口に合うと良いのですが。
食べやすいよう小さめのサイズにしておりますが、こぼさないようお気をつけて。
おや、そうですか。それは良かった。
お気に召したなら、いくつかお持ち帰りください。キャニスターに入れて差し上げましょう。
え? どうして急にこんなことをするのか、ですって?
ふふふ。さて、どうしてでしょう?
人は一方的に何かを与えられると、ある種の「負い目」を感じるものですね。
「借りができる」とも申しましょうか。
かといって、わざわざお返しをするほどのことでもない。でも、何もしないのは気が引ける……さて、どうしましょうか。
特に食べ物というのは本来、生命に直結するものです。「食べ物の恨みは忘れない」と同様に、食べ物に関する恩も、心の深いところに残っていたりするものです。
それほど親しくない相手ほど、ふいに親切にされると印象に残ります。
普段あまり関わらない相手から、ちょっとしたお裾分けをもらったり、声をかけられたりすると、なんだか少し、ハッピーな気持ちになったりしませんか?
貴女にだって、そうした小さな幸せを、誰かに与える力があるのですよ。
職場の休憩時間、近くにいた同僚の方とお菓子を分け合ったり。
大きな荷物やコピー機と格闘していらっしゃる方には、手伝いを申し出てみたり。
簡単なあいさつだけでも良いのです。
ああ、服装や小物を褒めるなんていうのも良いですね。
日本語には「心ばかり」という美しい言葉があります。
無関心ではなく、ほんの少し心を向けられれば、その心遣いこそが嬉しいものです。
大きなことをする必要はありません。
「春は出会いの季節」と申します。新しくお仲間になった方だけでなく、これまであまり接点のなかった方とも、関係性を見直すのに良い季節ではないでしょうか。
ただし、やりすぎは厳禁です。「しつこい」と思われない程度にとどめておいてくださいね。
過度に負い目を感じると、それはストレスとなるものです。
逆に貴女が親切を受け取った時は?
ええ、負い目に感じる必要なんてありません。貴女が先程してくださったように、「感謝」と「感想」を伝えれば良いのです。もちろん、笑顔を添えて。
そう、お礼を述べるだけでなく感想を返すことがマナーです。
貴女も「あげるほう」の立場を経験していればお分かりになると思いますが、相手がそれほど親しくない人なら特に、好きじゃないものだったらどうしようとか、社交辞令で受け取ってくれただけかもしれないとか、不安になることだってあるものです。
うっかり忘れてしまっても、次に会ったときに伝えれば大丈夫。
その際に、改めてお礼を言うことになるので、「しっかりした人」「丁寧な人」という印象を与えることもできます。
職場でお土産などをいただいた時も同じです。受け取った時のお礼だけでなく、実際に食べた感想や使ってみた感想を伝えるようにしましょう。
「美味しかった」など、簡単な一言で良いのです。
けれどその一言がなければ、「合わなかったから捨ててしまった」ととられても仕方ありません。
お礼を言われて嫌な気持になる人はいないでしょう。さらに感想まであれば、相手もちょっと、嬉しいはずです。
相手にもらったハッピーを、少しばかり、お返しできましたね。
また、それが会話のきっかけや、相手を知ることにつながったりもします。
ほんの小さなことかもしれませんが、きちんと誠意をお返しする。
そうした細やかな気配りを自然とできるのは、素敵な人ですね。
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