第3話 それぞれの味わい


いらっしゃいませ。

また、来てくださったのですね。

ありがとうございます。


では、どこでもお好きな席へどうぞ。

すべて貴女のための特等席です。

けれど選ばれるのは一つだけ。


どこになさいますか?

おや、そちらになさるのですね。




今宵はまた、ずいぶんと降っているようですね。

お体が冷えてしまわないよう、温かいものをご用意いたしましょう。


ここまで、迷わず来られましたか?

ふふふ、そうでしょう。

何しろここは「迷った者だけが辿り着ける場所」なのですから。


それにしても、こんな小さな明かりをよく見つけてくださったものです。

その荷物では、大変だったでしょう。


え? 荷物なんて持っていない、ですって?

では貴女のその華奢な両肩に、たくさんのしかかっているものは何なのです?

ええ、んですよ、私には。


すみません、怖がらせてしまいましたか?

ご心配なく。霊的なものではありませんよ。

第一、貴女には強力な守護神がついていますから。


ああ、お湯が沸いたようです。少々お待ちを。

貴女もその重い荷物を降ろして、茶葉の奏でる音楽に耳を澄ませてみませんか?

大丈夫。貴女が背負ったのだから、貴女にはそれらを降ろせます。


ええ、当店ではBGMは流しておりません。

コポコポとお湯の沸く音、注ぐ音。食器のかすかに触れ合う音。茶葉の囁き。遠い雨音。

そして何よりお客様との会話が、最高の音楽です。


良い香りがしてきましたね。

では、召し上がれ。ダージリン・ティーです。


え? この前もそうだった、ですって?

覚えていてくださったなんて、嬉しいですね。

もちろん、私も忘れていたわけではありませんよ。


本日ご用意いたしましたのは、春摘みのダージリン。「ファースト・フラッシュ」と呼ばれます。

新芽の芽吹く季節に収穫され、若々しくフレッシュなエネルギーに満ちた紅茶です。

青葉を思わせる爽やかな風味に、ほのかな苦みも併せ持っています。

色合いも紅茶らしい「茶色」とは異なり、淡く輝くゴールドイエロー。

まるで春の息吹に祝福されたかのようですね。

さあ、その祝福を貴女にも。


先日お出ししたのは、夏摘みの「セカンド・フラッシュ」。

同じダージリンでも、ずいぶんと違うでしょう?


ダージリンには年に3回の旬があり、残る一つは秋。「オータムナル」と呼ばれます。

春摘みの若々しい「ファースト・フラッシュ」とは逆に、円熟した深みのある味わいが特徴です。

秋になり、気温が下がるにつれ、茶葉は甘味を増します。寒さに耐えるためには、甘さが必要なのですね。

風味も穏やかで、まろやかな甘みに、深いコク。


いかがです? シーズンごとに異なる顔がまた、魅力的ではないですか。


同じように、人生にも「青春」「朱夏」「白秋」「玄冬」の4つの季節があります。

それぞれに、他では出せない味わいがあるのですね。



おや、先ほど申し上げた「守護神」のことがまだ気になっていたのですか?

大丈夫。貴女がその名を知らなくても、いつだって貴女は護られています。


そんなことより、その荷物はちゃんと持って帰ってくださいね。

貴女の荷物なのですから、ここへ置いて行かれても困ります。

捨てたいのならそうしてくださって構いませんが、貴女はご自分で背負った荷物を放棄できるような、無責任な方ではないでしょう?


え? 「守護神は持ってくれないのか」ですって?

困ったお方ですねえ。守護神は、荷物持ちではないのですよ。

貴女の荷物は、貴女にしか背負えない。

しかし、まあ、少し軽くしてさしあげるくらいなら、できるかもしれませんね。


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