第5話

「イラッシャイマセー!」

美羽がアルバイトを始めて一ヶ月半が経った。

もうすっかり仕事には慣れて、挨拶も様になってきた。


「イラッシャイマセー!」

ピッ。ピッ。ピッ。

「アリガトウゴザイマシター!ツギノオキャクサマドーゾー!」

美羽の動きは洗練されており、無駄が無い。


簡単なことだったのだ、と気づいた。

コンビニで起こる出来事は全て、そう、ただの「仕事」なのだ。

それにいちいち反応する必要はなかったのだ。

美羽はただ目の前にある仕事をこなす、それだけで良かったのだ。

それに、と美羽は思う。

私の仕事は、セルフレジが導入されればやらなくても良いものだ。

そんな仕事についてあれこれ悩んだり、落ち込んだりする必要は無いのでは、というのが美羽の持論だった。

賃金をもらうために、この三時間、目の前の仕事をこなす。

私がやるべきことはただそれだけだ。


前は時間がかかっていた掃除。

これも、最近は7時20分前後で終わるようになってきている。

美羽は「コツ」を掴んだのだった。

コツとは、手を抜くべきところは手を抜いて、それなりに掃除をする。ということだった。


美羽がやるコンビニの業務は他にもいくつかある。

フェイスアップや宅急便の受付などがその一例だ。コンビニの仕事は意外とやることが多いのだ。

しかし、できない仕事ではない。

その証拠に続けているうちに出来るようになってきた。

ということで、美羽は今や立派なコンビニ店員として働いているのであった。


「イラッシャイマセー!」

始めはよく注意されていた声かけ。

くぐもった声だったのが、今は透き通るような伸びやかな声が自然と出てくるのを自分でも感じる。


美羽は仕事になれてきたせいか、退屈すら感じるようになっていた。

「イラッシャイマセ。」

ピッ。ピッ。

レジをしながら思う。

この男は最近よく来ている。

若いのに丁寧で好感が持てる。

「アリガトウゴザイマシター。」


この前、外掃除をしていたときも、来店していた。

箒を持っている私を見て「お疲れ様です。」と声をかけてきたので、覚えていたのだ。

たまに、こうやって話しかけてくれるお客さんはいる。


大石さん(姉)が近づいてきた。

「これ、西村さんから差し入れだって。」

大石さんは缶コーヒーを二つ持っていた。


「あ、ありがとうございます。」

「西村さん・・・」


美羽が呟くと、大石さん(姉)は「深夜のバイトの人よ。さっき買いに来てたでしょ。」と言った。


あ、あのお客さん。


深夜のバイトの人だったのか。


好感が持てると思っていたあの男の人に、いつも会っていたのだ。しかも、美羽は、深夜のバイトの人に会うと、いつも「お疲れ様です。」とあいさつをしている。会っているだけではなく、挨拶もまでしていたのだ。しかも、自分から。



私が外掃除をしている時、いつも「お疲れ様」と声をかけてくれていた西村さん。深夜のバイトの人だったんだ。


それからも西村さんはたまに買いに来て、たまに差し入れをくれた。

いつも缶コーヒーだった。


ある日、バイトを終えて、外に出ると、西村さんがいた。


「西村さん!」

美羽が驚いて言うと、

「あ、えっとお疲れ。」と答えた。

「お疲れ様です。」

「今度よかったらご飯でも行かない?」と西村さんは言った。


それをきいて、美羽はそういうことか、と思った。

体の力が抜けるようだった。

なるほど、西村さんは、美羽に気があったのだ。

外で待っていたのは、美羽を食事に誘いたかったからだ。


こんな場面、どこかで見たことがあるな…と美羽は思いながら、「良いですよ。」

と答えた。


モヤモヤする。


美羽は西村さんは気遣いのできる優しい人、なのだと思っていた。

外掃除中に「お疲れ様。」と声をかけてくれたこと。コーヒーの差し入れをしてくれたこと。

全部、美羽に気があったからしたことなのだろうか。純粋な優しさでは無かったのだろうか。そう思うと、急に嫌な気分になってきた。

嫌に思いながらも、美羽は「良いですよ。」と答えた。

それは、暇だったからである。
















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