第4話

美羽はトイレ掃除を終えた。壁に貼り付けてある用紙に時間を書く。

時計を見ると「7:50」を指していた。

昨日掃除担当だった人の記録を見てみると、7時30分だった。

その前の人はなんと7時16分。美羽は途方にくれた。

美羽だって決して楽しようとわざとゆっくりやっている訳ではない。急いで、「7:50」なのだ。どうやったら、7時30分という記録がでるのだろうか。ましてや7時16分なんてどこかで手を抜いているとしか思えない。

いつか私も早くなるのだろうか、そんな気はしないけど、と思いながら紙を見ていると、店長が「早くなってきてるわね。」と横で言ってきた。

前回美羽が担当した日の時間を見ると、7時54分だった。4分短縮だ。4分でも早くなっていることは美羽にとっては嬉しいことだった。


「いらっしゃいませ。」


レジに入る。新聞を持ったおじさんが立っていた。

おじさんが、「ホットコーヒー、レギュラー」と言った。

「レギュラーですね。」美羽はそう答えると、新聞とコーヒーのボタンを押した。

バーコードを読み取るのではなく、このようにレジのタッチパネルを操作する商品もある。

バーコードを読み取る商品に比べて、時間がかかってしまう。新聞といってもたくさんあるので、その中からお客さんが持っているものと同じ種類のものを選ばなければならない。コーヒーもまた然りだ。最後には客層キーも押すのも忘れずに。

美羽はお客さんがお金を払っているのを見て、「ありがとうございました。」と言った。

お客さんは「ありがとうね。」というと、お辞儀をして去って行った。


大石さん(妹)が横で「川口さん、良い感じです!」と小声で話しかけてきた。


このように段々と出来るようになっていくものなのかもしれない、仕事って。と美羽は思った。


アルバイトを始めたばかりの頃はパニックになることがあったが、最近は減ってきていた。優しいお客さんがほとんどなので、助かっている。最初の頃のようにおにぎりも投げ飛ばさなくなった。


次のお客さんがやってきた。20代前半くらいの女性だ。髪を一つに束ねて、ふわふわしたコートを着ている。背中には黒いリュックを背負っている。

女の子はニコッと笑って、「肉まん一つお願いします。」と言った。


「肉まんですね。」


肉まんは、他の商品に比べると、時間がかかる。


まず画面の中から「肉まん」と書いてあるボタンを探し、指で押す。

次に、アルコール消毒をして、トングを持つ。蒸し器の扉を開ける。肉まんをトングで掴み、袋に入れる。袋に入れる作業は意外と難しくて、慎重にやらないと肉まんが入らない。

袋を折りたたみ、袋の先をテープで止める。美羽はこの作業が苦手で、時間がかかってしまう。

うまくテープで止められず、苦戦している。

それを見た女の子は、「テープ大丈夫です。」と言った。急いでいるのだろう。

美羽は急に申し訳ない気持ちになってきた。


「酢醤油はお付けしますか。」


なるべくもう話しかけたくは無かったか、決まりなのでしょうがなく尋ねる。

女の子は鬱陶しそうに「いらないです。」と答えると去って行った。たまにこういうことがある。始めは笑顔だったのにイライラしてくるお客さん。

美羽はこういう時、いつもバイトを辞めたくなる。







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