Scene 2021. Across The Universe

 祖父大江容寺が、大江珈琲館に顔を出す頻度が少なくなった。腰痛が長引くらしい。それでも気丈だから、死ぬ迄コーヒーに携わるとは思っていた。

 しかし、2019年に施設に行くからよと、釣りに行ってくる様な感覚で三鷹の老人ホームに入った。皆が引き留めたが、世代交代ってお前さん知らないのかと諭された。それは正論だが。それと。


「あのよ。おまえさん達が、巡を助けてやるんだよ」


 さて、家族の事より、今や焙煎工房に出入りさせる、成宮巡さんの事が気がかりか。例の東日本大震災の事は分かってる。そうじゃねえだろう、感受性が強いって事は、困難を知ってて受け入れてしまうって事だ。深く肝に命じる。


 そして容寺さんの置き土産として、相模原にいる容寺さん筋の縁戚澁澤藍華が、大江珈琲館に勤めてくれる事になった。確かに娘の桜子よりは、藍華の方がコーヒーに積極的であり。藍華も1時間半掛けて丸の内のIT会社に通勤するのが限界に迫っていたので、容寺さんが辞めちまえで、そういう段取りになった。そして、容寺さんの空いた部屋に藍華が住み込む次第になった。

 藍華のマスターの素質は十分だった。コーヒー豆の種類は勿論、お店に寄った際は焙煎の工房に詰めていたので香りを覚えており、大江珈琲館のブランドは身についていた。ここにレシピと経営ノウハウをレクチャーしたので、俺にも若干の欲が出てきた。キッチンカーで出張営業しても良いかなだ。

 そして、キッチンカーの年次計画を、顔見知りにそれとなく場所の提供の打診はしていた。これだの年間計画表が出来た時に、それが始まった。


 2020年正月、東アジア発で、肺に達して死に至る流行病が発生した。テレビの一報では、また地域的な伝染病かだったが、その1月には、世界中で流行病に感染して死亡する罹患者が右肩上がりになり、病院施設を圧迫した。原因として空気感染が第一だったが、ここ迄広範囲に世界に伝搬するのは何故かで、原因不明の脅威、ひょっとしたら人類衰退もうっすら過ぎった。

 そして4月に、内閣府が緊急非常事態宣言を発して、外出を控える様に旨で、日本の経済は壊滅に向かう。同時に流行病禍補助金制度も定義付けられたが、謎の病で、お客さんがいつ来るかが見えない以上、商売をいつ迄続けて良いかが分からず、店を畳む方が多くなった。

 大江珈琲館は、またもの大ピンチになる。コーヒーショップにお客さんが来なかったら廃業しかない。しかも、東日本大震災被災のローンもあと半分はある。

 まあ地道にキッチンカーで返済するしかあるまいの時に、時期マスターの藍華が出来ましたと、スマートフォンを差し出す。それは大江珈琲館のポータルサイトだった。焙煎袋通販出来ますよ。そう、藍華は元IT会社勤めで、それは容易いものだった。俺も千代子も数分息を吸い続けた。

 祖父大江容寺の慧眼たるや。容寺さんの老人ホームは、面会ままならずでビデオ通話になるが、神様に感謝してから、藍華に感謝して、俺に感謝しろ。いや兎に角皆に感謝した。

 それからの大江珈琲館のポータルサイトは、お馴染みさんへの告知から、口コミサイトにも広がり始める。大きな焙煎袋がメインだが、一人暮らしの方も多いので、小分けの焙煎袋も商品開発した。これがスマッシュヒットして、ついには合天からもショッピングモール作りませんかとスカートが来た。発送業務も忙しくなったので、ここは話に乗る事になった。

 ここ迄で、時は2020年師走。大江珈琲館のショッピングモールも軌道に乗り、無事経営も乗り切っている。ただ実店舗としては、終わりのない流行病禍で、店は感染予防対策をした上で、昼間の営業のみになる。万全とはいえ、来客は両手で数えるのみだ。


 🎵


 それから2021年2月に、流行病対応ワクチン接種可能が発表され、4月から日本全国で順次接種の運びになった。ただ流行病対応ワクチンは感染予防であり、治療薬ではない。果たしてそれが有効かどうか、日本国のみならず世界は縋るしかなかった。

 俺達の大江珈琲館の飲食店小売店の危機もそうだが、エンターテイメントが壊滅の危機に陥った。ライブコンサートは三密で不可能。CDに製本は、その製作部門も出社出来ず発売すらままならない。テレビがあるだろうも、それさえも三密でテレビ会議出演という、終末の雰囲気を醸し出している。

 いつかは流行病が治るだろうも、2022年夏に大蔓延が起こった。人類の存亡は、もう神に祈るしかなかった。


 ただエンターテイメントはしぶとかった。兼ねてから、日本全国の映画館向けのライブ配信は行われており、それを一家庭に配信出来る仕組みが、試行錯誤されベターな仕上がりでチケット販売出来る様になった。

 そうなると、SNSでライブ配信要望として、成宮巡の名前も当然上がって来る。俺も何故か、巡さんと桜子のテレビ会議に都度呼ばれる。Omni Classicはスタッフの生活を守る為、出演のそこを何とか。巡さんとしては、世界中で物凄い勢いで流行病で死亡しているのに、どんな気持ちでピアノを弾いて良いか分からない。


「巡さん、背中を押しても良いですよね。巡さんは、そんな東日本大震災の被災直後でもピアノを探したり、仮設住宅でピアノを弾き続けていたのでしょう。今この世界中で、音楽が一切響かなくなって、これはどうなのかな。音楽に希望を寄せ、癒される方が絶対いるとは思う。巡さんなら、きっと希望を繋げられると思う」

「巡ちゃん。この瞬間にも、巡ちゃんのピアノ聴きたかったなって、亡くなった方がいたと思うよ。その願い。巡ちゃんは希望そのものなんだよ」

「でも私は。いいえ、ちょっと思い直しました。何か出来るなら、私はすべきなのです。そうとなればアッと言わせて、流行病も吹き飛ばしましょうかね」


 俺は、容寺さんに怒られると思うが、敢えて成宮巡の背中を押した。やらない後悔よりは、足掻いても前に進むべきが、心を穏やかにするだろうし。


 🎵


 2022年秋。オンライン配信動画サイトSong For Fanから、配信帯域を強化し進化したOpen Music Gateへと新装開店。配信チケット予約一覧に「Jun Narimiya Online Recital」のタイトルが浮上し、初動でチケット2000円を30万枚を売った。オンラインとアーカイブ、どちらでも2回入場はお得としか言いようがない。

 巡さん曰く、クラシックの初動で億単位の売り上げなんてと、Omni各局で切ない悲鳴を上がったらしい。ここ迄期待されると、相応の大掛かりの仕掛けにしないといけない。巡さんはさてどうしようかで、桜子と俺はテレビ会議に呼ばれる。俺は、巡さん一人で背負いこむ必要ないでしょう。桜子は、こういう時はバンドじゃない。巡さんは、それになった。

 そして配信チケット予約表には、いつの間にか「Jun Narimiya Presents Quiet as the cats BAND Live」とお値段据え置きでタイトルが変わった。ただ詳細はお楽しみらしい。このシークレットバンドの時点で話題性が加速し、配信チケットはトータル50万枚を売り上げた。脅威の10億円売り上げで、成宮巡の感謝のコメントが発表される。ライブ絶対頑張ります。収益の大凡は世界の医療体制にも再配分されます、と欲が一切無いコメントを残した。


 🎵


 2022年12月24日土曜日。この時点で、夏の流行病波は去ったが、冬の流行病波が新しく来ている。一体いつ終わるのか。肺病で対処もままならない内に死に至るものだから、感染対策を怠らず、兎に角用心を重ねる事でしか、自らを守り、家族も仲間も守るしかないのだ。

 その完全予防策に従い、実ライブからライブ配信へと、希望が流行病期間中に浸透して行く。

 これは副産物だ。普段ライブ会場に行きたくて行けない方々はいる。音を全身で浴びるも、それはそれの楽しみ方だが、席によってその質が違う事もある。これは会場の特質上やむ得ない。ただライブ配信は、自宅の音響への投資次第だが、どストライクの音質は届く。


「Jun Narimiya Presents Quiet as the cats BAND Live」の開演は、日本時間で14時。普通の画面はカウントダウン表示のみだが、その準備するスタッフも含めてライブだとばかりに、12時より、Omni Classicの自社スタジオ、小編成オケが入れるON-No.9の様子が窺える。スタジオはすっかりクリスマス仕様で賑やかだ。


 巡さんにはこそっと、 Quiet as the cats BANDのメンバーは誰なのかと聞くも、完全秘密ですとモニター越しに微笑まられる。

 そうON-No.9には、YAMAKIのハイグレードグランドピアノは成宮巡だろう。チェロケースが立てかけてあるので誰かと思えば、ウォーミングアップウェアを着た朝比奈左京が写り込んだので、そう来るかになる。

 猫科のチェリスト朝比奈左京は、World-Famous RecordのWF Class所属のプロ奏者だ。ただその変幻自在の奏法から、クラシックコンテストには成宮巡同様に弾かれ続け、日本でプロの道に進んだ。

 そうとは言え、その張り具合から映像音楽の客演に呼ばれ、ソリスト朝比奈左京がいないとスピード感が無いと、内外から逆説的な評価され続ける。今は客演が多い為、ソロコンサートは滅多に無いので、チケットは10分でソールドアウトになる。10分は発券システムのエラーを含めてだ。

 そこに、巡さんもウォーミングアップウェアで現れ、朝比奈左京と仲良くストレッチをして行く。音声はライブ配信のネタバレもあるのでオフにしてますのカンペが上げられる。左京の方が年齢上だがほぼ同年代とあって、眺めているだけで微笑ましい。


 ON-No.9のスタジオで動きがあってか、OKサインが飛び交う。画面が2分割になり、何処かの外国のスタジオが差し込まれる。

 字幕には、左側にはJapan/ON-No.9 studio、右側にはL.A./Front Prompt lounge studioが表記される。まさかの海外同時コラボかだ。東京とロスの時間差は8時間で成程と唸る。

 いや、Front Promptと言えば、西海岸の文化の聖地とも言われ、根を詰めてレコーディングしたいスタジオとして君臨している。現に日本のミュージシャンが何かと渡っては、キャリア最高の音源を作り上げるので、ああFront Promptかと、市井の俺でも一度は録音してみたいと思い浮かべる。

 そしてテロップが流れる。これ迄のYAMAKIのライブ配信技術グローバルゼロレスがグレードアップしており、「Jun Narimiya Presents Quiet as the cats BAND Live」では、気になる遅延は発生しませんのおことわりがアナウンスされる。

 いや、それはそうだろうが、それではLAは誰が出演者になる。LAのスタッフが写ってるぞのジェスチャーを示すと、皆がこぞって集まり、東京にエールを送る。そして東京も、イエーとスタッフが集まりエールを送る。

 いや待てよ。LA側にはどうしても知ってる顔が二つある。

 一人はシャム猫寄りの、今や大作映画の主題歌を連発する、世界的歌姫の リリアン・ジェリーグミ。更に言うと、全米の権威のグランディアス賞を4度獲得し、世界各国ドーム公演も完売する。そう、幅広い層に愛されている。

 一人は巨大猫そのままの愛嬌の、今も活動し続ける古参ファンクバンド:フライング・ナイト・バーズの名ドラマー:トレッド・ジェイミン。最近はスタジオミュージシャンが多く、まさか、生演奏を見れるのかと前のめりになる。

 そう、この Quiet as the cats BANDは、全音楽ジャンルにおいて、世界一のバンドの担保は貰った。


 そして開演時間2時間前に、4人が一斉に音を出し。グッドサインを連発する。本当に遅延は無さそうだ。そして何かしらの即興演奏らしきをしたところで、互いのスタジオのソファに沈み、太平洋を跨いで談笑しリラックスをしている。頼むから、この面子で世界ツアーに出て欲しいは、音楽ファンのみならずの一次感想だろう。

 談笑がひと段落すると、一旦捌ける。開演1時間前になり、字幕にはライブ準備に入りますと注釈が入る。

 この間、SNSは大賑わいだ。流行病の不安は、この時だけは吹き飛び、4者のファン代表が、This is unbelievable.を連発し、結託して行く。何が起こるんだ。I don't know, Brother and Sister。それはそうだ。その予習かどうか不明だが、動画アーカイブサイトのローディングが遅くなる。

 視聴者の一部の過剰過ぎる興奮を解消すべくか、成宮巡のマネージャー渡辺光安がマイクをオンにし前説に入る。今回のライブ配信はOmni グループが総力を注いでおり、最大同時100万人の視聴に耐えれる仕様に上げた。ただその為に、この演奏時間は後方支援の為にOmni Movieの配信が一時的に止まっておりご迷惑おかけします。事前告知はあるものの改めて断りを入れる。


 そして開演時間が訪れる。日本時間14時。LA時間22時。約2時間だろうのステージだ。

 それぞれのスタジオには4人が入り、イヤーモニターでチェック音を確かめる。音質良好、遅延無しOKのグッドサイン。

 Japan/ON-No.9 studioには、グランドピアノ:成宮巡、チェロ:朝比奈左京の二人。それぞれ音が干渉しないように、最低限の透明な仕切板が建てられる。

 L.A./Front Prompt lounge studioには、ボーカル:リリアン・ジェリーグミ、ドラム:トレッド・ジェイミンの二人。ボーカルとドラムのやや不利な条件だが、透明な仕切板が三重にされているので、パワドラマーならそれはそうだろうだ。

 トレッド・ジェイミンのドラムは見た目ジャズセットだが結線されているので本格電子ドラムらしい、叩いているうちにチューニングがずれて来るだろうしここは近代的だ。カンカカンと、ブレイキンな試奏を始める。仕切りに良々と縦に首を振るので、PAからのゼロレスの戻り音なのだろう。


 そしてトレッド・ジェイミンのブレイキンが止むと、成宮巡のあの有名過ぎるイントロが流れる。「Bill Evans - Someday My Prince Will Come」。冒頭からジャズナンバーという事は、この配信ライブはジャズセッティングなのか。

 渋い選択だが、ジャズという事でとっつきにくいリスナーはどうしてもいる。でも、成宮巡なら奇跡は起こせるか。でも今日は4人編成だ、どう化学反応を見せる。

 ピアノのアンビエンスが、スタジオなのにやや小ホール寄りの響き。徐々に気になったが、YAMAKIのこれはどうやら電子グランドピアノらしい。

 海を跨いでゼロレス配信する為に、その都度電気信号も微調整している配慮なのだろう。デジタルだから固い印象は無い。むしろ4人揃いに揃って柔和な印象でファミリーコンサートにいる雰囲気だ。

 ジャージなテンポキープで、2曲目は「Peter Ilyich Tchaikovsky - Swan Lake」、これは成宮巡の十八番だ。トレッド・ジェイミンのドラムの跳ねと共に、成宮巡のピアノの心地良く跳ねる。リリアン・ジェリーグミの自作歌詞のボーカルもライドだが、その要所の得意な低音しゃくりで唯一無二を示す。

 何よりはチェロの朝比奈左京だ。テンポを感情のままに仕上げる技量は最もだが、音が被りそうになると、自ら音を間引いたり、オブリでコンパクトにする。俺としては、朝比奈左京はもっと踏み込んめるにもなるが、想像以上に皆の音を聞いて、最後方でベース奏者の様な安定度を見せる。東京とLAとあって合同練習する余地もないのに、なんて連中だ。側の千代子がSNSも覗いているが、ジャズフォロワーが、このヤバさに気付き始めて歓喜しているらしい。

 その後のナンバーは、クラシック曲のジャズアレンジが総メドレーになる。「Tommaso Giordani - Caro mio ben」「Vittorio Monti - Csárdás」「Astor Piazzolla - Libertango」「Bach - Cello Suite No. 1」「Edward Elgar - Salut d'amour 」。クラシック故に声楽もない楽曲もあるが、そこはトレッド・ジェイミンが自ら作詞をしたか、字余りも無く、普通に Quiet as the cats BANDの持ち楽曲かと錯覚してしまう。

 それはそうだろう。「Vittorio Monti - Csárdás」なんてバイオリンの超絶技巧曲なのに、リリアン・ジェリーグミが超高速ラップを全開にさせる。ここ、SNSで一般も驚くもが、hip-hop界隈は瀕死だ。doubt。一体いつ息継ぎしてるんだ。気持ちは分かるが、よく考えようだ。このメンバーに呑まれないって事は、全てのキャリアを差し出す以外あるまい。


 怒涛の第一部が終了し。配信全ての方の肩の荷が降りる。リリアン・ジェリーグミが、隣接のバーでワイン飲みたいわ、30分休憩ね。トレッド・ジェイミンが、LAの飲食店は流行病で閉店中だの愛情のある突っ込み。

 そこから、ニュートラルに成宮巡と朝比奈左京の今回の「Jun Narimiya Presents Quiet as the cats BAND Live」の概況を告げる。現在の視聴者数は20万人。世界規模だと同時視聴はやはり難しい。その分のアーカイブを含めた2回視聴は正解だったと。普通に話しているが、ジャズ・クラシック分野に定義するなら、破格の視聴者数には違いない。


 第二部へと。始まりの曲は、電子コンガパーカッションが印象的な「The Rolling Stones - Sympathy For The Devil」。いきなり大ネタかだ。

 そう言えばになる。流行病禍になって、自宅配信者が多くなり、世界ミーティングから発した、音楽業界の無料カバーを容認するGlobal Shared Campaignが展開されている。エンターテイメントが会場でライブ出来ないなら、いやひょっとしたら半永久的な疎外感払拭の為に、音楽をどんな形でも継続させようの気概は重要だ。

 そして怒涛のメドレーへと。「CHIC - Le Freak」「The Beatles - All My Loving」「YMO - You've Got to Help Yourself」「The Style Council - Shout To The Top」「Billy Joel - Piano Man」「Bon Jovi - It's My Life」「Hikaru Utada - First Love」。

 どれも高揚感に溢れる曲で、浸ってる暇は無いからと、 Quiet as the cats BANDは無下に突き放す。それが許されるのは、半世紀に渡るバンド位なのに、 Quiet as the cats BANDはその溢れるバイタリティだけで、攻め押し寄せる。

 ロッキンメドレーが多いも、チェロの朝比奈左京は、ボーイングもそこそこに爪引きウッドベースの鳴りを示す。トレッド・ジェイミンも電子ドラムセッティングで、メモリからー周到に用意されたドラムセットをチェンジし、パワフルからパーカッションまで自由自在だ。成宮巡も電子グランドピアノセッティングの為、プリセットから、レトロ電子ピアノ、ハモンドオルガン、シンセリードと曲調に合わせて弾き倒す。待てよ巡さん、キーボディストのノリ分かるのかよ。

 Quiet as the cats BAND は、これぞバンドの醍醐味を示し、トレッド・ジェイミンの小刻みなシンバルで、第二部がしめやかに終える。


 再度MCが挟まる。東京もLAも関係者が、スタジオ内に堂々と集まり始めて、皆がwhyの顔になる。

 そして東京は成宮巡の成宮巡のマネージャー渡辺光安が、LAは名エンジニアリング:ホワイト・パレスが、発券システムサーバーのトラブルを伝える。

 確かに前売りで50万人の配信チケットを売ったが、第二部の快活メドレーで、発券システムサーバーに購買者が殺到しダウンした。推定18万人。現在のOmni グループシステムの運営上、復旧してもダウンは免れない為、このライブ配信中の発券は中止します。very sorry。

 リリアン・ジェリーグミが、でもライブ配信は続けていいのでしょう。ホワイト・パレスが、勿論世界中を歓喜させてくれ。


 リリアン・ジェリーグミが気を取り直し、そう言えば今日はクリスマスイブだけど、流行病あるけど忘れてないわよね。そこから第三部の幕が開ける。

 リリアン・ジェリーグミがアカペラで「William Sandys - The First Noel」を情熱的に歌い上げる。救世主を待望するその切なさは、深く沁みる。そしてブリッジになって気づくのだが、いつの間に成宮巡も朝比奈左京もトレッド・ジェイミンも輪に加わっている、一体どんなフェードインをしていたのだ、しっかり歌詞も韻も読み込んでのその効果は、パフォーマーの域を超えている。

 クリスマスムードが高まると、そこからはクリスマスメドレー一色になる。

「Nat King Cole - The Christmas Song」「Jo Stafford & The Starlighters - Let It Snow, Let It Snow, Let It Snow」「Mariah Carey - All I Want For Christmas Is You」「Michael Jackson - Heal The World」「hymn - Angels We Have Heard on High」のハイアベレージ。

 まだ、そのキャリアに伸び代があるのかと言う程にリリアン・ジェリーグミが高らかに歌い上げる。待てよ、スタジオで観客いないのにそのテンションは何だ。しかも4人編成で足りないパートもあるのに、それでも突き進む獰猛ぶりって何だよ。いやだからこそ分かる。現時点で、Quiet as the cats BANDは世界最強のバンドだ。

 そして、最後の一斉ブレイキンの中、リリアン・ジェリーグミがそれでもクリスマスなのよと、俺達に淑やかに微笑み掛ける。


 照明が全て点灯し、予定の公演は終えた。

 4人皆が深いお辞儀で終えるも、それぞれのスタジオで談笑する。楽屋裏に行かないのが、自由過ぎるQuiet as the cats BANDらしいと言えばらしい。流行病で表立って会えないも、こういう電子上の挨拶は出来る。これが浸透するかどうか、このまま流行病が平行線ならこれがスタンダードになるだろう。良いきっかけか。コミュニケーションは多い方が良いでしょう。

 そしてアンコールはどうするどうなる。配信の尺上、出来て1曲でしょう。それじゃあThe Beatlesにあっさり決まった。


 皆が各々の配置場所に戻り、ナローな雰囲気で「The Beatles - Across The Universe」が始まる。

 原曲のインドの上擦った音階はチェロの朝比奈左京が縦横無尽に引き倒し飛ばす。それでも冷静で芯を残すのがQuiet as the cats BANDだ。的確もフラミングのあるスネアをトレッド・ジェイミンが弾く。リリアン・ジェリーグミもジョン・レノンが存命なら、これだけのブレス音とコーラス入れるかのサービスを入れる。成宮巡のピアノは、情緒に流されない付点がちなタッチで、「The Beatles - Across The Universe」の重力を忌避し、軽く昇華させて行く。The Beatlesのライブで今も演奏されているなら、こうかもしれないのリスペクトは存分だ。

 皮肉なものだ、ユニバースなんて途方もない世界観だったろうが、インターネットが図らずも使い方次第で、皆が繋がって行く。この瞬間も。容寺さんも三鷹の老人ホーム視聴しているらしいので、巡さんを通じて、繋がる絆って可視化されるものか。「The Beatles - Across The Universe」はこの時点から、本来の歌詞と違うニュアンス、不安要素の否定として、新たな価値観をもたらし始める。

 もっと聞きたいは当然ある。名残惜しいが、Quiet as the cats BANDの4人のモニター越しのカーテンコールで、ライブ配信は終了する。


 いや、今すぐもう一回見ようかになった。ライブ配信チケットは明日の12時迄売っている。2000円はどう考えてもお得過ぎる。そして、Open Music Gateのトップ画面から再入場しようとしたが、入場規制が掛かっていた。どうやら、リアルタイムライブ配信観覧の方は、後日再入場らしく、新規のアーカイブ配信観覧者優先へのリソースを割いている。

 それならチケットあと2枚を買おうかだが、こちらはライブ配信中に発券サイトが飛んだとかでそのまま、まだ回復に至っていない。

 止む得ない。「Jun Narimiya Presents Quiet as the cats BAND Live」を一緒に見た同士のSNSの意見を見る、思いの外多種言語が飛び交い、翻訳ボタンをポチッとクリックすると、称賛の声しかない。ここだな。どんなに卓越した技術を成し遂げていても、一般人にはその一片が伝わり難い。称賛、その優しさとは、そこに情動を乗せて感動させてこそが芸達者であると、今日の配信ライブで証明してしまった。

 そして、Open Music Gateは配信サーバーのチューニングをやりくりしながら、とうとう、トータル配信チケット発券が100万枚を超えた。当然リピーターも多いが、クラシック引いてはジャズの配信では驚異的な数字を残す。その上潮っぷりに、音楽記事も称賛しかなかったので、相乗効果をもたらしたのは事実だ。

「Jun Narimiya Presents Quiet as the cats BAND Live」は当初年内閲覧のみの予定だったが、度々の配信サーバーのチューニングも有り、1月中旬迄延長され、その都度の熱狂は続いた。


 🎵


 想像もしてなかった出来事が起こる。米国の音楽賞で最も権威のあるグランディアス賞の1月のノミネートに、Quiet as the cats BANDがジャズ部門に上がる。いや、先月のライブなのに、滑り込めるのか。とは言え、来年ではノミネート期間圏外なので、それはそうかと。


 そして迎える2022年3月のグランディアス賞の授賞式。この流行病禍で開催自体が信じられないが、感染予防対策でLAの観客席に誰もいないホールに、最大限に努力したリモート授賞式になる。 

 スピーチをするアーティストは、俺達私達が勇気を与えないでどうする。レコーディングと公演が出来ない苛立ちより先に、そこはさすが人格者であると感じ入る。

 進行はジャズ部門に。Quiet as the cats BANDはアルバムを発表していないので、そうだろうなの通り、ジャズパフォーマンス賞を受賞した。そして発起人成宮巡が代表して、瑞々しい英語でスピーチをする。


「私達、そして皆さんを繋いだのは、諦めない心でしょうね。困難になればなるほど、自分の事で精一杯になります。ましてや、つい流行病になって、拗らせて重症そして死亡する事が過ります。接種ワクチンは出回って来ましたが、自分を律して不要不急は守るべきと思います。自宅で楽しめる何か、そこで浮かんだのがオンラインでのライブ配信です。Thank you, All Stuff, All Friends。何か出来ないかなと、知り合いを辿ってメールでやり取りし、その中でも最低限のリソースで構成出来ると、スタッフさんからGoが出たのが、私成宮巡、朝比奈左京さん、トレッド・ジェイミンさん、リリアン・ジェリーグミさんです。オンライン会議で音出しはしましたけど、実はリハーサルは無いんです。あのクリスマスの日が一発勝負です。そんな無謀も、入念に、そこのニュアンス私無理、だったら私、それだったらユニゾンしようかで、音楽って言語化出来る事も学びました。Exciting works, incredible.Unglaublich!。そうそう、師匠がしてやられたと悔しがってました。そうとは言え、いや一応言っておこうかな。私クラシック系の音楽家なのですが、初トロフィーがジャズは、どうなのでしょうです。本当に貰って良いのでしょうか」


 ここで番組が、爆笑で吹っ飛ぶ。グランディアス賞の受賞と言えば、No,No,の歓喜の過呼吸ぎみになるのだが。この冷静さは何なの、巡は何歳なの、巡はこの先グランディアス賞いくつ取れると思ってるの、God bless the lamb.を司会に半ば呆れられる。


 そのQuiet as the cats BANDのジャズパフォーマンス受賞速報は、他部門の受賞を押し除け、速報で爆笑を誘った。と同時に、記念バンドの再結成を求める声が広がる。

 ただそれも流石はレーベル大手のOmni Classicだ。受賞発表その翌日の新聞一面広告で、Quiet as the cats BANDのライブレコーディングパラデータ編集アルバム「Habitat of a Cat」が今週末発売と発表される。

 受賞の結果予想はどうあれ、世に出すべき名盤なので、セールは踏み切って正解だ。そう、オンラインライブ時に、不思議と1曲ずつ区切っていたので、遅延の確認かと思っていたが、ライブレコーディングもしていたのかと納得した。

「Habitat of a Cat」は配信を中心に大ヒットした。カバー権利関係を全クリアし、全曲収録のCD2枚組相当。そして4人各人ソロ曲も追加収録された。全25曲はボリューム満点だ。


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 配信サイトで、Quiet as the cats BANDの「Habitat of a Cat」は聞ける。ただ、どうしてもCDが欲しかった。この流行病禍で、あらゆるCDの全ラインがほぼ休止状態で有り、CDショップは勿論、Omniの通販サイトですら入荷未定になっている。いや、欲しい理由はどうしてもあるんだ。

 祖父大江容寺の状態が、ここの所調子がすぐれないの連絡を、入居先の三鷹の老人ホームから受けた。会いに行きたいが、この流行病禍で、医療療養機関の面接は固く閉じられている。

 容寺さんが珍しく可愛がる、巡さんのライブ配信「Jun Narimiya Presents Quiet as the cats BAND Live」は施設関係者の協力もあって見れたが、そこから目に見えて体調が落ちているらしい。見守って安心したが大凡の見方だ。そこに、容寺さんがCD欲しいと。確かに容寺さんのジャズの選書は結構な量だ。ジャズ好きだったら、手元にどうしても置きたいだろう。

 どうすれば良いかだ。巡さんに直談判したいが、これは個人的過ぎるので俺と千代子は溜め息がままだ。察した娘の桜子が、巡さんとビデオ通話したらしいが、これはままある直談判で、Omniの生産ラインが動かない以上、どうにもらしく、そのまま平行線で終わったらしい。


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 その一週間後、成宮巡のマネージャー渡辺光安が、大江珈琲館を訪れた。まさかのお土産を持って。渡辺光安が持参したのは、4枚組レコードの「Habitat of a Cat」だった。

 いや、レコード発売あったかな。光安さんは、アメリカではレコードの方が売れているのでこの先のサンプルですと、018のシリアルの入ったサンプル盤をお受け取り下さいと。いやシリアル入ったら、流石に数十万円、しかも未発売だったらプライスレスだ。そこは御内密にと区切られた。

 早速レコードパッケージを捲ると、見開きにそれぞれいるよ、成宮巡、朝比奈左京、トレッド・ジェイミン、リリアン・ジェリーグミの近影写真だ。そして、成宮巡の見開きに戻る。確か26歳だったかな、もう立派な大人か。不意に、近影下を見ると大きなサインがある。これはと思って、4人の見開き写真を見ると、それぞれに大きなサインがある。

 光安さんがそうなんですよ。これは転写シートで刻印しましたが、4人直筆のサインです。光安さんのその先は、きつく口を結んだ。そう、祖父大江容寺が長く無い事を、どうしても皆が知っている。巡さんに気を使わせるな。


 🎵


 そして翌日、三鷹の老人ホームに、4枚組レコード「Habitat of a Cat」を持参し差し入れた。容寺さんは、短い言葉でありがとうよと何とか繰り出したらしい。その2日後の3月25日に、大江容寺が、心肺停止で息を引き取った。


 流行病禍中で、容寺さんの葬式関連は手間が三重に掛かったが、無事終わった。最後を見とれなかったので、今でも生きて、老人ホームで啖呵を切っているのでは無いかと、どうしても錯覚してしまう。

 そんな時は、焙煎工房の容寺さんの事務スペースに、以前巡さんから送られた。碧い折り鶴陶器の箸置きをセッティングする。

 そして、生前の容寺さんの馬鹿野郎の照れた光景が、再び思い起こされる。今も鮮明な光景。巡さんが、コーヒーをより知りたいと容寺さんに懐くので、とうとう焙煎の指導迄至る。おいおい、俺でも三十路をとうに越えてからなのに、その待遇はだ。まあ巡さんも、容寺さん前では、リラックスして素直になるので、そうだろうな。それは最後の可愛い弟子にもなるか。

 不意に店内に、「Habitat of a Cat」の成宮巡のソロ曲「End of winter bracelets」が掛かる。千代子が、小さくグスンとする。

 タイトルの通り、冬の終わりの優しい日差しの中、目覚めると同時に生の渇望を表現されるタッチが鮮やかだ。鮮やかと言っても、圧倒する油彩の様な世界では無い。キャンバスに油彩の白の画材のみで書かれた日輪の様だ。そんな絵画の世界があるかだが、成宮巡独自の世界はそこに達している。


「どうだ。格別だろう、この野郎」


 野郎扱いはどうかだが、容寺さんの焙煎コーヒーは、確実に巡さんを笑顔にしている。

 この荒廃している世界で、巡さんは輝き、皆も連れられる。その巡さんのエレメントに、容寺さん、あなたが今もいるんだよ。



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