第43話 純子の日曜日
昨日の騒ぎが嘘みたいに感じる穏やかな朝がきた。窓から差し込む光が眩しい。
今日は日曜日やから、学校は休みや。
この日曜日は、のりと野村君との勉強会やったけど、うちがお風呂で倒れたから、休ませてもらう事にした。その事については、昨日のうちに、綾子がのりと野村君に電話して、説明してくれたと言っていた。うちの家族は、スケジュールを家族カレンダーに書きこんでいるから、それを見た綾子が連絡してくれたんやって。ほんまに、妹の綾子は、しっかりしている。『姉ちゃんは、無理してでも行こうとするに決まってるから、あたしが連絡して、先に断っといたで』やって。ちょっと、のりとは顔を合わせにくいから、よかったのかも。明日学校で、顔を合わせるけど、1日開いたらうちの気持ちも少しは落ち着くかもやし。
それにしても、昨日はほんまにびっくりやった。まさか尾崎君が、のりの元彼で、和歌子の幼馴染なんて…。しかも、寂しそうな顔した尾崎君の罠にハマるとは、予想外やったし。襲われた事は、すごくショックで思いだしたら泣きそうになる。でも、昨日の尾崎君の寂しそうな顔は、嘘やなかった。ほんまにのりが好きやってんな。人の気持ちは思い通りになれへんから、辛いって事は、大泉さんに失恋したから、うちにもよくわかる。うちを襲った行為は、ほんまは、許される事やない。でも、のりが自分と別れる前から付き合ってたと誤解されてたから、仕方ないと思う事にできたのは、尾崎君が途中でうちを襲うのをやめたからや。あのまま進んでいたら、そんな風には思えなかったと思う。
尾崎君は、やっぱり変わってると思う。普通やったら、あんな事があって、うちに謝ってんから、顔あわせにくいやろうに。それがどうして、和歌子やのりの前で、また同じような事ができるんやろう。しかも、『君達のライバルです』って、なんや?!『純子さんは僕のものです』って…うちはのりと付き合ってるのに、なんでそんな事が言えるんやろうと頭が痛くなった。ほんまに不思議な人や。
もともと和歌子と尾崎君は、幼馴染やし、のりと尾崎君はつきおうてた。それぞれが仲良かったはずやのに。うちが原因でもめる仲になるなんて…。なんでこんな漫画みたいな事が起きるんやろう。布団の中で、丸くなりながら、うちはずっと考えていた。
明日はほんまにのりとどんな顔して、会えばええんやろ。尾崎君に、うっかりついていったうちを怒ってるんやろうか…。ついて行かへんかったら、あんな目に合わんかったかもしれんのに。でも、緑公園でみんなの前で、キスするような人やから、家に連れて行かれんでも、襲われた可能性あったんかもな…。ああ、のり。ほんまごめんやで。あんたはうちを大事にしてくれてるのに。油断したばかりに、尾崎君にキスされるわ、上半身むかれるわ…。思い出したらまた涙が止まらなくなった。
のりと尾崎君が付き合ってた頃、うちは尾崎くんの顔、写真も見た事ないから知らんかった。カモフラージュのうちに、自分がのりと会うたびに、お土産を持たせてくれていたのもあって、周りに気を使う人という印象が強かった。多分、のりの事が好き過ぎて、うちの前では、豹変したんやな。あの時うちが困ってたのりに、カモフラージュの提案しなかったら、良かったんかな…。でもあの時、同性が好きな〝同志〟として、ほっとけなかったんやから…。野村君に彼女みせてくれと言われて、困ってたのり。大泉さんに振られたばかりのうち。このふたつのカードがそろわなければ、カモフラージュのふたりは存在しなくて、きっとただのクラスメートですれ違っていたはずや。あのタイミングで、ふたりがおうたから、いまのふたりになった。そう思ったら、不思議な感じがするな。
いろんな事を考えながら、うちは布団から顔をだした。妹の綾子が、クラブに行く用意をしている。
「あっ、姉ちゃん、おはよう。今日はゆっくり寝ときや。うちご飯食べるけど、一緒に食べるか?」
うちがうなづいたら、綾子がいきなりお粥を持ってきた。
「お母さんが、姉ちゃんには、これだしてって。それ作った後、また寝たけどな。お母さんは、今日、お休みやから、安心して、クラブに行けるわ」
「綾子、心配かけて、ごめんな。いつもありがとう」
「姉ちゃん繊細やからな」
綾子は照れくさそうに笑った。
「あっ、テーブル持ってこな、姉ちゃん、食べられへんな。ちょっとの間だけ、このお粥持ってて」
綾子は布団のそばにテーブルを置き、うちはそこにお粥を置いた。そこで一緒にご飯を食べた。うちはシャケ入りのお粥、綾子はシャケと味噌汁と白ご飯。シンプルやけど、美味しい。
「姉ちゃん、テーブル片付けとくで。お昼はお母さんが用意してくれるから」
綾子は片付けしてから、出かけていった。
うちは綾子を見送りながら、いつの間に眠った。夢の中のうちは、緑公園の桜の下で出会ったのりと楽しそうに話していた。不思議な事に、その時には、まだ出会ってもいない和歌子と尾崎君も、そのそばで笑っていた。
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