第42話 尾崎君がうちに近づいた理由

 緑公園の出入り口にいたら、邪魔になるかもしれないという尾崎君の言葉に、みんな公園の中に入る。のりは戸惑っているみたいに尾崎君に話しかけた。

 緑公園の電灯が全部光始めた。空はだいぶ暗くなってきた。


 「三沢がバイト先に駆け込んで来て、お前が純子を連れて行ったと聞いた時はびっくりしたわ。慌てて、他の奴に時間変えてもろうたで…たか、苗字が変わったんやな。だから野村から純子と歩いてる男の話聞いた時、お前やと思わんかったわ。こっちに来るって連絡もなかったし」

 「君には振られていますから、連絡取りにくかったんですよ。ましてや、両親が離婚して、母についてこちらに来たからね」

 「俺と会うてる時から、仲悪いとゆうてたもんな。そうか…」

 「和歌子がこちらに来てた事は母から聞いて知っていたけれど、君と知り合いになってたのは意外でしたよ。まあ、和歌子が純子さんに憧れてるのは知っていたけれど。大人しい和歌子は、遠くで見てるだけだと思っていたから、3人の登校を初めて見た時は笑いましたよ。優しい憲武と大人しい和歌子が言い合いしてるのがびっくりでしたね」

 「お前、野村が言うように、毎日後ろから俺達を見てたんやな」

 「ええ。ふたりが歩きだす頃に純子さんに声を掛けて少しお話してから、僕はコンビニでパンを買うからと言って、離れていきした。ずっと一緒にいたら、振り向かれた時がやっかいですからね」

 さっきまで戸惑っていたのりは、尾崎君を睨みつけている。


 「なんで純子に声掛けたんや」

 「僕がこちらに来た理由は、先程お話した通りですが、憲武に会いたくて、同じ学校の編入試験を受けたんだよ。本当は、何度も声を掛けようと思ったけど…いつも君の隣には、純子さんがいて…純子さんと一緒にいる憲武は、僕と一緒にいる時とは違う顔をしていて…あの子と僕は、どう違うんだろう。君が離れられないほど、いい体してるのかなあと…それを確かめようと思って…」

 尾崎君の言葉を聞いた途端、のりと和歌子は叫んだ。緑公園に、激しい風が吹く。

 「お前、なんかしたんかっ!?」

 「貴明君!!いくら幼馴染のあなたでも、許せませんわ!!」

 尾崎君は、笑いながら、まあまあとふたりをいなす。

 「でも、こちらから話しかけたわけでは、ないんですよ。運命がふたりを引き寄せたんです。校内で迷ってた僕に、声をかけてくれたんですから」

 そして、うちに首に片腕を回して引き寄せてから、こう言った。

 「純子さんを見ているうちに気が変わりました。今日から僕は、君達のライバルです。純子さんは僕のものだ」

 のりと和歌子は、絶叫した。

 「「なんだとぉー(ですってぇー)!!」

 のりは尾崎君のシャツのえりを、思い切りつかんだ。その時、尾崎君から、逃れる事ができた。

 「お前なあー、どうしていきなりお前のもんになるんやっ!!」

 尾崎君はキラキラした笑顔で言った。

 「憲武、純子さんって、意外と胸が大きいんですね」

 「なにぃー!?」

 「嘘ですわあー!!」

 ふたりはショックで、それぞれ思い思いに叫び始める。

 「うぁー!!」

 「わたくし、信じませんわあー!!」


 うちは、尾崎君とちょっと距離を開けてから、さすがに口をはさむ。

 「あんたなあー、酷いやん!のりの前で妙な事言わんといて!!」

 この時、全身が逆立った気がした。

 「純子さん、恥ずかしがらなくていいんですよ」

 距離を開けて話してたはずなのに、尾崎君は、いつの間にかうちの後ろに回り込み、両手で顔に触れる。

 「泣いた君は、綺麗だったけど、怒ってる君は可愛いですね」

 びっくりして、動けないうち。そして、あっという間に、また唇を奪われた。あんた、さっきうちに謝ったんはなんやったんやあ。

 のりと和歌子は、また同時に叫んだ。

 「「純子おー(さんっ)!!」」

 ふたりは尾崎君に抗議する。

 「ちょっと、わたくしの唇になんて事するんですの!!」

 「お前なあー!!やっていい事と悪い事の区別もつけへんのかあー!!」

 「えっ、僕を裏切った君に、そんな事言われる筋合いは、ありませんよね?」

 のりは一瞬、言葉を失くしたみたいに、口を閉じる。逆に和歌子は、吠えまくった。

 そんなふたりを後目に、尾崎君が、うちに話しかける。

 「優しいのりと大人しい和歌子をこんなに変えてしまうなんて、本当に君は不思議な人ですね」

 「そのふたりがいま豹変しているのは、あんたが原因やろっ!!」

 尾崎君が小首をかしげて、笑った。

 なんでこの人、みんなにいろいろ言われても、こんなに笑えるんやろう。不思議なんは尾崎君の方やで。

 

 6時前に緑公園に来て、あれから2時間後。いつまでも続くと思われた争いが、尾崎君のひと言で、沈静化した。

 「さすがにそろそろ帰らないと、純子さんのご家族が心配するでしょう」

 うちは3人に送られて、家に帰った。疲れたせいか、誰も何も言わない。


 家に着いた時、部活から帰った綾子と偶然一緒になった。今日は綾子もいつもより遅かってんな。

 「こんばんは。姉を送って下さって、ありがとうございました。」

 綾子の前では、みんな何事もなかったように、にこやかに挨拶した。さっきまで、睨み合いしてたのに。

 綾子は先に家に入ってると言ってその場を離れた。その途端、飛び散る火花。

 「じゃあ、うちも入るわ。送ってくれてありがとう」

 うちがそう言うと、それぞれ優しい言葉を掛けてくれた。


 家に帰ると、なんだか体の力が抜けた。その夜は、お風呂に浸かりすぎて、のぼせてしまい、綾子に呆れられた。

 

 

 




 

 

 



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