第41話 尾崎君の戸惑い

 尾崎君は肩からうちを引き寄せた腕の力を、さらに強めた。どんなに動いても、離れられない。そして、うちの唇を奪う。

 「なにすんの!!」

 尾崎君が悪びれもなくこう言った。

 「君と憲武が、いつもしている事さ。憲武もバカだよなあ。男の子の部屋にのこのこついてくるような女に惚れるなんて」

 今まで紳士だっただけに、その態度の豹変ぶりが怖かった。うちは震えて声がでない。

 「男の部屋に来てなにもないなんて、思ってたわけじゃないだろう…」

 尾崎君は、うちを強引に引きずって、窓際のベッドに転がす。

 「なにす…」

 尾崎君は上の服を楽しそうに脱ぎ始める。そしてうちに襲いかかってきた。

 「嫌やあ。こんといて!!」

 必死に叫んで、抵抗する。のり、のり、のり!助けて!!相手の力が強くて避けられない。うちのワンピースのボタンを外して、肩をあらわにする。上半身を脱がせにかかられ必死で動く。うちを値踏みするように、尾崎君が上から下までなめるように見た。

 「結構、胸はあるんですね。僕との違いはこれなのかな」

 何ゆーてんの、この人!あんたは男やから、胸なんかあるはずないやろっ!!

 それから改めてうちに襲いかる。

 「あかんってば!うちとのりがこんなんするはずないやろっ!!」

 尾崎君は鼻で笑った。

 「本当に?」

 「結婚するまでこんなんしたら、あかんねんで!!」

 「いま…なんて言った…?」

 尾崎君が驚いた顔をして、うちを見る。体が離れたすきにうちは体を起こす。

 「結婚するまで、こんな事やったら、あかんねんで…」

 うちは半ベソかきながら、そう言った。

 「純子さん、本当に…憲武と…した事ないんですか…」

 「のりがうちの嫌がる事、やると思うか?あんたが好きやった人はそうやったか?!」

 尾崎君は、目を伏せて、黙り込んだ。

 「だいたいここに来たのかって、あんたが知り合いおらへんで、寂しそうやったからやんか…それやのに…」


 泣いてる純子を見て、尾崎は、涙を指で拭う。この子は純真で綺麗だ…あの日、憲武が僕に言った言葉を思いだす。『ごめん、女の子を好きになってしもうた。』…あの時どうして憲武が僕から去ったのか、いまわかった気がする…。僕はそっとその綺麗な女の子を抱きしめた。

 「ごめん…純子さん…」

 純子さんは、ずっと泣いていた。

 「あの…純子さん、そろそろ服を着て欲しいんですが。今度は本当に襲いたくなりそうなので」

 「きゃあ!!」

 我に返った純子さんは、思いきり叫んで、僕を引っ掻いた。


 純子さんが服を着てから、僕は平謝りに謝った。憲武の事で妬くあまりに、いろいろと空回りしていた自分に気がついたから。憲武が純子さんと付き合いだしたから、自分を振ったのかと思い、逆上していた事を説明して目を伏せた。


 「尾崎君も辛かったんやなあ。でも、のりとはあんたと付き合ってる時には、うちらほんまにカモフラージュやったで。のり、あんたと別れた時、ほんまに辛そうやったし。うちらは和歌子が秋に現れてから、付き合いだしたから。それだけは、誤解せんといてや」

 そうだ。どうして忘れていたんだろう。僕が好きだった憲武は、正直で誠実な人だったのに。

 憲武が好きになったのは、すごい女の子ですね。訴えられても、文句が言えない事を僕はしてしまったのに、自分を襲った相手の心情を察する事ができるなんて。その時、僕の方が、振られるのは、仕方ない事だったんだと思った。この時、僕の中で、憲武との恋は、本当に終わりを告げた。


 それから紅茶を入れ直して、他愛のない話をした。憲武の思い出なんかも話したけれど、純子さんは笑って聞いてくれた。本当は、さっきの事をすごく気にしているだろうに。だけど、また謝ってしまうと、傷口が広がると思って、その事には触れなかった。


 尾崎君が紳士に戻ってから、うちらはいろいろと喋った。和歌子の事やのりの事が主だったけど。襲われた事はやっぱり気になるけれど、誤解されていたんやから、しょうがないと思う事にした。同性が好きな尾崎君が、女性を襲うなんて、よっぽどやろうし。


 夕方、尾崎君と一緒に家をでた。その途端、のりの顔が浮かんだ。のりにどんな顔しておうたらええんやろう。

 『純子が嫌やったら、しょうがないやろ。』

 そうゆーてくれて、キス以上した事がなかったのに…。うちはのりと会うのが怖い。


緑公園を抜ける頃、そこには仁王立ちする、のりと和歌子が立っていた。

 「ここでまっていたら、会えると思いましたわ」

 のりは黙っている。

 「やあ、久しぶりだね。ふたりとも」

 「おお、ほんまやな」

 「お元気そうね」

 和歌子の口調が怒っている。なんかめちゃ険悪な雰囲気や。

 「仲良くデートですか?」

 「おかげさまでな」

 「予定外でしたけれど」

 のりが尾崎君に話しかける。

 「こっちに来てるなんて、気づかなかったで。」

 尾崎君は涼しい顔して答えた。

 「そうだよね。いつも彼女を置いて、仲良く歩いてたもんね、君達は」

 「なにゆーてんねん、お前!」

 「誰と誰が仲良しですってぇ!!」

 尾崎君は、笑いながら言った。

 「ほらっ、同じ反応じゃないですか」

 「「一緒にすんなっ(しないで下さいなっっ)!!」」


 「まあ、まあ、落ち着いて。僕らはみんな元恋人じゃないですか」

 「わたくしとは幼なじみで、カモフラージュだったでしょう!!」

 和歌子の声がこだまする。夕方の空に1番星が光る。うちは3人の争いをなにも言えずにただ見ているしかなかった。

 



 

 

 

 

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