第34話 和歌子の宣誓布告

 月曜日。いつもと同じ時間に起きて、着替えて、顔洗ってご飯を食べる。それから学校に行く。いつもと同じように、のりと待ち合わせして…。ひとつだけ変わった事は、カモフラージュから、本物の彼氏、彼女になった事…。


 「純子、おはよう。」

 いつもと同じ待ち合わせ場所にいたのりの顔を見るのが、なんだかめちゃ照れくさい気がして、俯いてしもうた。

 「のり、おはよう…。」

 のりもなんだか照れてるみたいや。自分の頭を触りながらうちと同じように俯いていた。

 「純子、今日はくんの早いなあ。」

 「…のりの方こそ、今日は、めちゃ早く来てるやん。」

 「なんか純子に会えるのが嬉しくて、めちゃ早く起き過ぎたんや。時間間違えてないか、父さんにめちゃ言われたわ。」

 「…うちも綾子にびっくりされたで。あたしより早く出るの珍しいって。」

 綾子は、クラブの朝練に行くから、いつもうちより家をでるが早い。うちは、学校の行事の用意で、はよ行かなあかんとか言って、誤魔化した。

 「じゃあ、今日はゆっくり歩いて、学校に行こうか。」

 そう言いながら、のりがうちと手を繋ぐ。今までやったら、人がおるところでしか、繋がんかったのに。うちとのりは、照れながら歩きだした。そこで後ろから突然、誰かに呼ばれる。

 「純子さん、おはようございます。」

 そこには、美しい微笑みを浮かべた和歌子が立っていた。


 和歌子は、まるで土曜日の事なんか、忘れてるみたいに声をかけてきた。だからうちは、なるべくいつもと同じように挨拶した。

 「…和歌子、おはよう。」

 でも、うちの方は、なんだかぎこちない。のりが和歌子を睨んでいる。もしかして、朝から修羅場では…。

 「純子さん、実はわたくし、土曜日の事をきちんと謝ろうと思って…。」

 「えっと…和歌子、なんの事やろう。うち、覚えてへんわ。」

 うちは和歌子と話す為に、のりに合図して、繋いでた手をほどく。向こうがきちんと話したいんやったら、ちゃんとした態度せなあかんから。

 「…わたくし、純子さんに、いろいろと失礼な事言ったりして。松山君と本当に付き合ってるなんて、思ってもみなくて。」

 和歌子は、本当に申し訳なさそうに、頭を下げた。

 「そんなん別に気にしてへんで。あの日ごめんなさいって、言ってたやん。」

 「なら、純子さん、わたくしを許して下さいますか?」

 「許すもなにも、うちはなにも覚えてへんから。」

 和歌子の顔が、明るく光る。

 「純子さん…やっぱり貴女は、わたくしの思った通りの女の子でしたわ。この学校に来て、良かった。」

 その瞬間、和歌子が満面の笑顔で、うちに飛びついてきた。あまりにも可愛らしさに、固まるうち。そして、うちの頬に手を添えて…。和歌子の唇があっという間にうちの唇に触れた。うちはあまりの素早さに、びっくりして、声がでない。和歌子から、うちを引き離してのりの叫び声が響く。


 「三沢っ、お前なにしてんねんっ!!」

 「なにって…まさか、キスを知りませんの?パープリンですのね。」

 「お前、土曜日の事、謝りにきたんやないんか!なんでそんな事するねん!!」

 「わたくし、土曜日に家に帰ってから、いろいろと考えましたの。そして、反省いたしました。」

 「どのへんが反省してるねん。1ミリもそんな感じせんやんけ。」

 「わたくしが反省したのは、あのまま引き下がった自分に対してですわ。」

 「なんやそれ…普通は、純子に対して、ごめんなさいと言わへんか。」

 のりの顔が引き攣る。

 「わたくしは、純子さんが好きなのに、あの日は、あっさり引き下がってしまった事に謝罪しただけですわ。本当に付き合っているという言葉がショックで、敵前逃亡してしまった自分が恥ずかしくて。」

 「敵前逃亡ってなんや。」

 「わたくしあの日、純子さんをたぶらかすあなたの目の前から、逃げだしたでしょう。そんな事も察する事ができないなんて、やっぱりパープリンですのね。」

 和歌子の天使の笑顔が、黒い微笑みに変わる。たじろぐのり。うちは何も言われへんまま、ふたりを見つめる。

 和歌子がうちに近付いてきて、手を握る。

 そして、あの上目遣いで、うちを見て、はにかみながら笑う。なんて、可愛いんやろう。うちは動けないまま、その場で目を逸らす。

 「純子さん、好きです。この想いは、パープリンには、負けません。」

 そして、うちを抱き締めた。

 「純子!!お前、なんでそんな赤い顔してんねん。三沢、純子から離れろっ!!」

 それでも和歌子はうちを抱き締めたままやから、のりが強引に引き離して、うちを自分に引き寄せる。

 和歌子は、涼しい顔して、言い切った。

 「わたくし、このパープリンから、いつか貴女の心を奪ってみせますわ。」

 「寝言は寝て言え!!」

 「起きてる時に、寝言なんて、言えるわけありませんわ。こんなパープリンに純子さんは任せておけません。」


 のりと和歌子の言い合いは、歩きながらでも続く。ほんまに今日は、早く来ててよかった。まだ誰も通らない通学路を、たどりながら、そう思った。

 のりとの関係が、本物の恋人になっただけで、いままでとは変わらない日常が続いていくはずやったのに…。これから、うちの朝は毎日、騒がしくなりそうやな。



 

 



 

 


 




 

 

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