第32話 カモフラージュの行方

 言われた事が、あまりにも衝撃で、うちはのりの顔を見つめていた。のりもそんなうちを見つめてる。またうちらの間に重苦しい沈黙が流れた。


 「えっと…のり。いまうちに、なんてゆーたん…。意味わからんねんけど。」

 「俺とのカモフラージュ、やめてもええってゆうたんや。このまま続けてたら、三沢が好きでも、よういかんやろ。それに、お前に頬にキスされた時、それ以上の事を望んでしまうかもと気がついたから…。そのままのふたりでおられたらそれでもええなと思っていたはずやのに。」

 「でも、綾子がなんてゆうか…。」

 うちとカモフラージュを解消して、たった数ヶ月で別れたと綾子に話したらのりが呪われるのに。カモフラージュしてた事は、綾子にも言われへんねんから。仮に正直に話したとしても、のりが悪もんになると思う。


 「綾子ちゃんに怒られるやろうな。でも、三沢も純子が好きやねんから、お前が告白したら、両想いになれるやんか。それがわかってるのに、俺とカモフラージュ続けてくれなんて、申し訳なさすぎるわ。」

 「のりは…ほんまにそれで、ええの?」

 「…ほんまは、めちゃ辛い。純子は女の子しか好きにならへんのもわかってるのに、カモフラージュでもそばにおったら、俺を見てくれるかもと思ったり、俺の事を、好きにならんでもええから、ずっと一緒におりたいとか思ってた。しゃーけど、純子は優しいから、好きでもない俺に同情してカモフラージュを続けてくれてたんやから…。」

 のりの視線がゆっくりと、うちから外されていく。のり、のり、のり…。声が出なくなって、うちは心の中で何度も呼びかける。

 

 「純子、いままで、ありがとう。」


 「のり、和歌子はうちにとって、憧れの女の子や…。ただそれだけやで。」

 その瞬間、うちは大きな声で叫んだ。

 「のりのアホ!!…同情なんかで、一緒におれるわけないやろ!!」

 驚くのりの顔が、うちを見る。

 「純子…。それって…。」

 うちはいま、なんてゆうたんや…。

 のりになんにも答えられへん。

 うちは思わずベンチから立って、家の方へ走りだした。

 いま、うちなにゆうた…まるで、うちがのりの事を、思ってるみたいな事、言わへんかったか。後から、うちを追いかけるのりの靴音が響く。いま捕まったら、きっとうちは逃げられへん。もっと早く走らなあかん。

 必死に走るスピードをあげようとした瞬間に、うちに追いついたのりが叫んだ。

 「逃げるな、純子!!」

 思わず立ち止まったうちを、のりが背中から、両手を回して抱き寄せる。うちは首筋に、のりの吐息を感じて、妙にドキドキしてしもうた。

 うちはそれから動けないまま、背中からのりに抱き締められている。のりも何も言わないままで、時間が止まった気がした。


 それからしばらくして、車が通り過ぎる音が聞こえきた。それを合図のように、のりがそのままの状態で、話し始めた。

 「なあ、純子…。さっき、〝同情なんかで一緒におられへん〟って、ゆーたよな。」

 「えっ…そうやったかな。」

 うちは、自分が言った事を、誤魔化そうとして、知らないふりをしてしまう。だけどのりは、それには合わせてくれない。いつもなら、笑って誤魔化しを聞いてくれるのに。

 「ああ、ちゃんと聞いたで。一瞬、都合のええ空耳かと思ってもうたけど。」

 「…のり。」

 のりは、うちを背中から抱いたまま、顔を覗いてきた。真っ直ぐな瞳が、なんだか恥ずかしくて、のりの顔から、目をそらす。

 「純子。その言葉、そのまま受け取ってもええか。同情なんかでなく、俺を好きになってくれたと思ってもええんか。」

 うちの鼓動がはやくなる。うちはなぜか、のりにカモフラージュやめてもええって、言われた時まで、のりが隣からいなくなる日が来るなんて、考えてもみなかった。あまりにもそれが普通になってたんやな。考えるうちに、なぜだか涙がこぼれてきた。


 「…うち、これまでのりから、カモフラージュやめてええでと言われるとは、思ってもみなかったんや。だから、さっき、動揺してもうた。うちもカモフラージュでええから、続けたかった事に、いま気づいたんや。のりがうちに知らん間に惹かれたみたいに、うちもそうなってしもうたみたいや。」

 のりが背中から手を離して、うちの正面に来た。それからはっきりと告白してきた。

 「改めて言うわ。純子、好きです。俺の本当の恋人になって下さい。」

 うちは赤くなって、俯く。

 「…のり、うちでよかったら、よろしくお願いします。」

 のりは嬉しそうな顔して、言った。

 「純子やないとあかん。」

 のりはうちを抱き締めて、うちの瞳を真っ直ぐ見つめた。それから瞳を閉じて…。

 

 この日からうちらは、カモフラージュを卒業して、本当の恋人になった。夜空の星がやけに輝いて見えた。

 

 

 


 

 

 


 

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