第28話 和歌子の変化
あれから毎日がゆっくり過ぎて、紅葉が舞う11月になった。うちらとのりは相変わらずカモフラージュを続けている。後、変わった事と言えばうちと三沢さんの名前の呼び方。3人であちこちうろうろした日から、三沢さんを和歌子と呼ぶようになった。三沢さんは、うちの事を、純子さんと〝さん〟付けやけど。
それからのりがバイトの土曜日なんかに、時々和歌子に会うようになった。別に日曜日でもええで、のりも一緒でよかったらとうちはゆーたけど、和歌子は、しょっちゅう、2人の邪魔をしたくないし、駅前くらいなら、ふたりとも迷いませんわと笑った。その笑顔が眩しくて、うちは目を伏せた。
土曜日。和歌子とお昼前に会って、ファミレスでご飯を食べた。その後は、ドリンクバーのジュースを飲んで、たいがい夕方まで喋る。
和歌子はうちがおらへん時に見ていた、のりの話しなんかをよくしてくれる。あんまりそういう話しが多いから、和歌子に言った。
「和歌子、あんたのりの事、よう見てるなあ。ほんまはのりが好きやったりして。」
和歌子は驚いて、顔が赤くなった。
「和歌子…?」
次の瞬間、和歌子は気をとり直して、反対にうちに聞いてきた。
「…純子さん、松山君の事、本当に、お好きなんですの?好きじゃないなら…。」
「好きも何も…。彼氏やからな。」
ほんまは、カモフラージュやけど。仲良くなったからと言って、簡単に打ち明けられる事やないから。和歌子の顔が、少し歪む。
「まさか、ほんまに…。」
和歌子は顔を緩めてふきだした。
「ごめんなさい。純子さんが、おかしな事を言われたから、ちょっと意地悪したくなったんですの。そんなわけありませんわ。松山君を好きになるなんて、絶対、ありえませんもの。」
和歌子はそう言って、うちを上目遣いで、チラッと見た。あかん。この顔に、うちは弱いんや。赤くなってまう。
「わたくしと、松山君を噂してる人達がいるのは存じておりますが、それも根も葉もない事ですわ。だから安心して下さいね。」
「う…うん。」
三沢さんの気持ちは、ほんまのところわからんけど、のりの方は、好きやないのは知っている。うちの事で、和歌子にライバル心燃やしてくらいやし。この天然小悪魔に動じひんのりは、ほんまにすごいと何回も思う。三沢さんの上目遣いを、スルーやもんな。のりの元彼はすごい魅力的な人やったんかなあ。男性の方が、セクシーな事もあるし。うちはセクシーさのかけらもないから、そこが気楽なんかな…なんて考えてしもうた。
今日はボディガードがおらんから、暗くならへんうちに、ファミレスをでた。
明るい時は、緑公園の前で、うちらは解散する。大泉さんに振られた場所やから、あまり通りたくないんやけど、駅前から家の途中にあるからしょうがない。
いまは、紅葉に彩られた公園を、うちはチラッと見た。
和歌子も公園を見て、ぽつりと呟いた。
「綺麗…。」
「そうやな。春の桜もええけど、紅葉の綺麗さは、また違うな。ちょっとセンチになるって言うか…。」
うちの目の前に映るのは、あの日の風景…降りしきる桜の花びらに、黒髪で、切長のキリッとした瞳…。
『純ちゃん、貴女の好きとわたしの好きは違うみたい…。』
うちはなぜだか涙がでてきた。今まですっかり忘れていたのに。
和歌子がうちのそばに来て、白いハンカチで、涙を拭いてくれる。
「ごめん。和歌子。白いハンカチやから汚れるで。」
「純子さんの美しい涙で、汚れるわけがありませんわ。」
「和歌子、でもっ…。」
「純子さん、ハンカチの汚れが気になるんですのね。…それでしたら…。」
和歌子は、ハンカチの代わりに、自分の唇で、うちの涙を拭う。一瞬、何が起きたのかわからないくらい、自然やった。
「和歌子…。」
「純子さん…。わたくしの気持ちを、受け止めて下さい。」
だんだん近づく和歌子の顔。動けないうちの体。唇が触れかけたその瞬間、叫び声が聞こえた。
「三沢、純子に何するつもりや!!」
のりが勢いよく、和歌子からうちを引き離す。温和なのりが珍しく怒ってる。
「純子は、俺と付き合ってるんやで。」
「松山君、その嘘に付き合うのも、あきてきましたわ。純子さん、わたくし、知っていますのよ。ふたりがカモフラージュの恋人って事。」
和歌子の天使のような笑顔が、魔女のような黒い微笑みに変わる。うちとのりは、夕陽に染まっていく公園で、和歌子の姿をじっと見つめていた。
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