第14話 はじめての訪問
うちがのりに叫んでから20分後に、のりは家にきた。
お見舞いやといって、近くのコンビニで、ケーキを買ってきたから、時間がかかったみたいや。
「あんまりうろうろできひんから、コンビニのもんで悪いけど。」
「呼びつけたんはうちやから、こんなんせんでもええのに。」
「いやいや、何も持ってけえへんかったら綾子ちゃんに、気が利けへんとかゆーて、怒られるやろ。」
のりは頭をかきながら、俯く。綾子は相当、強烈な印象をもたらしたみたいや。まあ、何も持ってきてなくてもお見舞いのお礼を言うと思う。わざわざ来てくれた人に、文句は言わんやろう。心の中ではどう思うかは、わからんけど
のりが家に来て10分後、会話が途切れて、奇妙な沈黙が流れてきた。お互い話たいのに、話せない。
のりは床に置いたクッションに座って携帯を見ている。うちはずっと寝転んだまま本を見ていた。見ているだけで、全然ページが進まない。間がもたないから、うちは起き上がって、2人分のコーヒーを入れた。コーヒーを飲んで落ち着いたのか、のりがやっと話しだした。
「純子、昨日は、ごめん。」
「えっ、なにがごめんやの?」
「昨日、俺、動揺してた。」
「そりゃ、別れ話してんから、そうなるやろ。なんでそうなったん?」
のりは、ため息をついて、また黙り込んでしもうた。気まずい雰囲気が流れる。うちはコーヒー飲もうとしてカップに口をつけた。
「実は、俺の方に、他に気になる人ができたんや。その事に気がついたんや。」
うちはコーヒーを思わず吹き出しそうになって、口を押さえて、無理に飲み込んだ。
「ちょっと待って。それ初耳やで。いつかららや。」
「いつからと聞かれても、わかれへんねんけど。」
確かふたりは付き合いだして3年目で、記念日の予定まで立ててたはずや。そんなふたりを簡単に壊す相手は、どんな魅力的な人なんやろう。のりが悩んでたのは、裏切った自分が辛かったからなんか。もっと辛いのは、彼の方やったのに。うちはそんなのりの為に泣いてたんか。そう思ったら、だんだんアホらしくなってきた。彼があまりにも可哀想や。野村君、綾子にもらったのりのお墨付きは、今日かぎり返上するからな。
「ひとつ大事な事を確認するで。その相手も、うちらみたいに、同性が好きなんか?」
「…ああ。そうやな。」
のりはぽつりとそう言った。
「のり、もしかしてその人と付き合いだしたから、彼と別れたんか。」
「そんなんできるほど、俺は器用やない。まだそいつには、告白もしてへん。それに…むこうは他の奴が好きで、俺の事なんか眼中にないねん。しゃーけど、そんな気持ちのままやったら、付き合ってきたあいつに悪いやろ。他の人に気があるのにそのまま付き合うのは、どう考えても、不誠実としか思われへん。純子が俺の立場やったとしたら、そのまま付き合えると思うか?」
「そうやな…。」
のりの言った事とは反対に、もしもうちが彼なら、どう思うか考えてみた。自分が好きでも、むこうの気持ちがないのに付き合ってたら…。それがかなり後で、わかったら。
聞いてるうちに、のりの言う事にも、一理あるなと思った。どちらに対する態度も、ええ加減やないという事やし。それに、片想いの相手に振られる可能性もあるのに。うちがのりやったら、付き合ってる人にも、片想いの相手にも、何も言えないかも。そんな経験はまだした事がないから、わからんけど。とにかくそういうずるい事が、のりにはできひんかってんな。
野村君、ごめん。のりのお墨付きやっぱりもらっとくわ。一瞬でも、あんたの目が節穴やと思ってしもうたうちを許してや。野村君の言う通り、のりはええ奴なんやな。
うちは、天気が気になって、窓から外を見た。土砂降りだった雨が、少しだけ柔らかい雨になっていた。
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