第10話 突然降り始めた雨

 毎日、同じような時間が流れて、6月になった。梅雨の時期のはずやのに、全然雨が降らなかった。うちとのりは、相変わらずカモフラージュの恋人をしている。だけど、最近、のりの様子がおかしい。彼氏とごたごたがあったみたいや。そのせいで、ぼおっとしてる事が多くなった。

 「のり、のりっ。のりってばっ!!」

 「…ああ、なんや純子。」

 「何回も呼んだんやで。もしかして、疲れてるんやないか。大丈夫か?」

 のりは力なく笑った。

 「まだ彼と仲直りしてないんか。」

 のりは俯いて黙り込んでいる。いつも月曜日は、楽しそうに彼との話しをしていたのに5月最後の日曜日、彼に会いに行って帰ってきてから、だんまりになってしまった。あんまりいつもと違うから、原因を聞いたら、ささいな事で、言い合いになったと言っていた。

 それから2週間。のりは日曜日に相手に会いに行くけれど、仲直りまでできていない。

 でも、それやのに、うちにくれるお菓子だけは、のりに渡してる。彼氏は、人に気を使える人やのに、そんな人をいつまでも怒らせたままなんて、何か逆鱗に触れる事でもしたんかな。でも、夫婦喧嘩は、犬も食わんとかいう言葉があるくらいやから、詳しい話は聞かん事にした。どんな理由があるかわかれへんけど、はやく仲直りしてくれたらええのになあ。カモフラージュで付きおうてから、ずっと彼と会う時の嬉しそうなのりを見てきただけに、ふたりが別れたら、うちもきっと泣いてしまう。うちらは、カモフラージュだけど、のりとは、理解しあえる親友みたいに思えるようになったから。


 そして、その日は、突然やってきた。

 いつもの月曜日、いつもと同じ待ち合わせ場所。のりは、暗い顔して、立っていた。

 「おはよう。のり。どうしたんや。昨日彼に会ったんやろ。月曜日やのに、暗いやん。」

 3週間前から暗いんやけど。普通に聞いたら一緒に沼に落ちそうやから、なるべく明るく聞いてみた。でも、のりはなかなか口を開かない。それからしばらくして、やっと話はじめた。

 「純子、あんな…。」

 のりは、そこから言葉が出てこない。

 「どうしたんや。」

 「実は俺、昨日あいつと別れ話してん。」

 あまりの衝撃に、うちは一瞬息を止めた。

 「えっ…嘘やろ。たちの悪い冗談なら、言わんといてや。ただの喧嘩で、なんでそんな事になるんや。」

 びっくりしたうちに、のりは、力なく首を振った。

 「しゃーから、もう…。」

 いつの間にか曇った空。のりは言葉を忘れたみたいに、黙り込んで空を仰ぐ。

 それが合図のように、なかなか降らなかった雨が降り始めた。

 のりはよほど辛かったのか、うちを一瞬、強い力で抱きしめた。

 「のり…苦しいねんけど…。」

 うちの言葉でのりは、我にかえり、ごめんとひと言だけ言って、走り去った。後に残されたうちは、少しずつ激しくなっていく雨に打たれて、しばらくはそこから動かれへんかった。

 この日、気象庁は、梅雨入り宣言をした。


 

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