我は海の子


「……………………」


「……………………」


 き、気まずい。


 学園で着々と味方を増やしてはいるも、それはそれで悪感情が昇華も出来ず。学園の休みの日。私はカッホに遠出を提案していました。足の用意とちょっとした宿の把握。さすがにネット予約は出来ませんけども。で、ソレが何処から漏れたかは私が話したんですけど、クロノス殿とクオリア殿下までついてきて、ついでにオリビア殿下まで。それから馬車には男女で分かれ、これはオリビア殿下の指示。


「……………………」


 わたしゃ殿下の視線に晒されながら気付かないフリで馬車の窓から風景を眺めます。


「カノン嬢?」


 出立からしばらく。都市を離れて街道に出た頃。オリビア殿下が声を掛けてきます。妹御は普通に私に懐きまして。こっちもこっちでどうしたものか。


「貴方はクロノス殿をどう思ってらっしゃるので?」


「どう思う……」


 何を思えと。死んで欲しいと思われているのは知っていますけど、こっちからリアクションの応じは想定していません。


 馬車が走って旅の一路。


「例えば好意的だとか」


「有り得ないことを変数に加えればそうかもですね」


「好きじゃないんですか?」


「好ましい物件ではありますよ」


「そんな打算で付き合っているので?」


「なんにせよ関係ありませんし」


「というと?」


 普通に突っ込んできますねオリビア殿下。


「むにゃ~」


 そして妹御は私に懐きすぎ。


「立場も能力も各位も違いすぎるので、月でも見上げる印象ですよ」


「貴方も公爵令嬢でしょう?」


「元です」


「でも……」


「でも?」


「いえ」


 殿下は首を振りました。


「つまり諦めていると?」


「というか畏れ多いですね」


「ちなみに私はクロノス閣下を愛しています」


 きっぱり殿下はおっしゃいます。


「そうですか」


 血統以外は普通に釣り合っている。仮にクロノス殿が受け入れるなら王族にも好ましい縁談でしょう。


「なので彼を想う乙女は全て敵です」


「さいですか」


 かなり不敬罪だけど他に返しようもなく。馬車がガタゴト。私は隣から抱きついてくるクオリア殿下の頭を撫でます。シルクより繊細な髪は撫でるだけで幸せ。


「クオリア殿下もクロノス閣下がお好きで?」


「私は……お姉様が好きです……!」


「ありがとうございます」


 姉様。コレをどうかしてください。


「カノン嬢はクオリアも好きで?」


 も、って何です? も、って。


「偶像主義程度は口を挟める立場でも無いので」


 街道を眺めやる。自動車にはない風情が馬車にはありますね。


「お姉様となら……結婚できます……」


「その場合私の立場が危うくなるんですけど」


「全てねじ伏せます……」


 ここら辺は流石と言わざるを得ない。


「百合?」


「好きになってくれる人は希少ですよ」


「本当にそう思ってます?」


「それなりには」


「クロノス閣下は?」


「何故そこでその人」


「天然なのはわかりますけど」


 クロノス殿が? それとも私が? あるいはクオリア殿下が?


「たとえば死ねと言ったら死にますか?」


「無理っす」


 そこまで肝は据わっていない。肝臓の数値も平常値でしょう。


「殺したいなら正式な手順を踏んでください」


「お姉様は死んじゃいけません……!」


 ありがとうございますクオリア殿下。


「姉さん……。お姉様を殺したいのですか……?」


「可能なら」


 うわお。


 強い言葉が出てきました。


「むー……」


「クオリアは敵に回しませんよ」


「お姉様の敵は……私の敵です……」


「でしょうぞ」


 それもどうかな~?


 我ながら虚空を見つめてしまいます。


「とにかく」


 ホーンラビット。


「私は貴方には負けませんから」


「何を基準にでしょう?」


「あう……物語の構築力……?」


「それは負けます」


 いえ。私の手柄ではないんですけどね。


 じゃあなんだって話で。紅潮するオリビア殿下はまるで恋する生娘の如く。クロノス殿が好きって言っていましたけど、ソレで私と何を争うのか?


 …………世の中には不思議が満ちている。


「南無三」




    *




 とりあえず学園から少し離れた別の街。潮の香りが出迎えてくれます。ここは海に沿った港町。我が国でも貿易に使われる要所と言えましょう。ただ私の目的はソレでは無く。


「うん。では港に」


「承知しました。お嬢様」


 カッホは阿吽の呼吸で案内してくれます。


「修学旅行?」


「何故に港に?」


「お姉様~……!」


 王宮に居座る三人組は関知しないとして。


「潮の匂いですね……。お姉様……」


「ええ。生命の香りです」


「にゃー……」


 生命は海から生まれまして。進化論をここで語って良い物か。


 足早に港を訪問。


「「「「「クオリア殿下……?」」」」」


 さすがの純真漁師も王家の血筋は知っているらしく。


「申し訳ありませんが」


 私から都合を申し出ます。


「お腹が空きました! 漁師飯をお願いします!」


「「「「「はあ……」」」」」


 ボンヤリと漁師さんたちは困惑の模様。そうですよね。貴族が何言ってんだって話で。けれどそこは誤魔化されず。


「今日とれた活魚を提供して貰います! 王族でさえ食べたことのない新鮮な奴!」


 もちろんお金は払いますけど。


「お姉様……?」


 クオリア殿下も首を捻っていました。


「カノン?」


「カノン嬢?」


 クロノス殿とオリビア殿下も。


「何故ソレを」


 とは漁師さんたちの戦慄。獲れたての魚の美味しさは、私だって知っている。ぶっちゃけると先の茶と同じだ。直産が最も光る。それだけのこと。


「活アジとイカと貝と! 無いとは言わせませんよ!」


「お嬢様?」


 カッホがちょっと距離を見失うくらい私は燃え尽きるほどヒートらしかったです。


「で。何時もは何を食べているので?」


「タタキとか海鮮スープとか茶漬けとか」


「グラッチェ!」


 まさにソレが欲しかった。学園の食堂では味わえないモノだ。


「そんなのがいいのか?」


 王宮代表のクロノス殿の御言葉。


「いえ。別に付き合わなくてもいいですよ? 私は勝手にこっちに来ただけで。頭下げるのはカッホにだけです」


「お嬢様の望みがわたくしめの本望ですので」


「鯛はありますか? アジは? エビのかき揚げとかイカの刺身とか!」


「お姉様……」


 磯の香りと海産物と。海藻と米も良く合い申し。


「此処でしか食べられない贅沢もあるのです」


 ポンポンとクオリア殿下の頭を優しく叩きます。


「そんなモノが欲しくて此処まで来たんですから」


「むにゃー……」








 そんなこんなで、至高の一品。


「「「――――――――」」」


 クロノスたちも絶句しておりました。だから言ったじゃないですか。王族でさえ出来ない贅沢を産地の人たちは享受していると。


「こんなに違うのか? 港の魚は」


「貝も。海苔も」


「むにゃー……美味しい……」


 ちなみに活アジはタタキにして貰いました。ゴマとネギで和えてダシを一振り。


「至福」


「本当に美味しいですね」


 カッホも驚いた御様子。


「海鮮は本当に漁師飯が至高なんですよ」


「なんでお前は知ってるんだ」


「海の子ですので」


 白波な。


「貴族の御令嬢ながらよく知っておりますなぁ!」


 で、塩の香り漂う港で、ちょっとした漁師の宴会。酒も飲んでいた。私たちは無理だけど。王族にも振る舞ったことがない自慢の一品が並んで、酒盛りの真っ最中。そしてそこに目をつけた私は感性の意味で漁師らに好意的に扱われていまして。


「あとカサゴの味噌汁とアワビの酒蒸しと……」


「よく御存知でいらっしゃる!」


 ハイタッチ。


「しかし本当に美味いな。王宮の干し魚とは雲泥だ」


「干し魚も美味しいですよ。コッチではおそらく王宮料理より数段」


「そうなのか?」


「日光の旨味も時間が経つと目減りするので」


 ガチで港町の海産物は干し物にいたるまで高品質です。


「お嬢! 分かってる!」


「それもこれも港町を守っている漁師の皆様方のおかげです」


「よし! 赤エビの踊り食いも追加で!」


「生で行くのか!?」


「これが海の本懐ですよ。クロノス閣下」


 サクッとウィンク。甘くて美味しいエビの新鮮さよ。


「米を」


「あいあい!」


 活魚を前にすると麦より米を選んでしまう。いや山の幸でも米が合うんですけども。


「いや、貿易じゃなく海産物を選ぶとは」


「世の中には分かっている御貴族様もいらっしゃるんですなぁ」


 むしろ貿易の方を知らないんですけど。他国ってどんな感じで?


「知らないのか?」


「寡聞なので」


 巻き貝の網焼きをお供に御飯をアグリ。


「ちょっと外交的に不穏なところも――」


「あぐ――」


 政治的な話をクロノス閣下がして、ソレを肴に私が御飯を食べると、




 ――――――――。




 盛大な爆発音が港に轟いた。海側だ。この港からは少し離れているけれど、あまり遠くとも言っていられない。閃光のする方を指して、


「あんな感じ?」


「…………多分……だな」


 クロノス殿も頷きました。もくもくと上がる黒煙が火焔の模様を映し出し、どこか現実味のない戦争の背景を露骨にしてしまう。


「津波……」


 見つめ合えば素直にお喋りが出来ない感じ。


「逃げろぉ!」


 さすがに漁師さんは海の脅威を分かっている御様子で。あれは多分、死者を出す。さてそうなると……。


「王女殿下! すぐさま逃げてくだせぇ!」


 たしかに責任問題にはなるだろう。


「お姉様……?」


「私は残ります」


 やることがあるし。創念イメージ呪文ソング


「ことほど然様に。暗黒の仕事もて隔絶を創りし。その全てを拒絶する」


 そして宣言コール


斥力結界パワーサークル


 超絶的な斥力が、壁となって海と港を隔てる。闇魔法の応用。暗黒エネルギーの運用だ。おおよそどうしても止められない大波を、斥力場だけは観念もなく止めてしまう。ただこの場合、反射して海に放たれた津波が何処に向かって昇華されるかと言うことで。エントロピーがそのまま海で拡散するなら良いけど、逆方向に土地があった場合はそっちに被害を押し付けるだけになってしまうのです。いや、今はそんな打算をしている場合じゃないんですけど。


「――――――――」


 またしても爆発音。同時に轟音。


「何が起きているので?」


「何でしょう?」


 私とカッホは首を傾げます。


「王女殿下。避難を」


 さすがのクロノスも焦っているもので。たしかに是は笑っていられない。津波は止めても状況の芳しさはどうにもこうにも。


「――――――――」


 そして遠吠え。一人の少女だった。ただしホモサピエンスと呼んでいいものか?


竜人ドラコニアン……っ!」


 ドラコニアン?


「水竜の巫女か!」


 だから何よ? とはいえども答えは出ず。


「――――――――」


 ルアッと咆吼が聞こえたかと思うと、圧力がまるで爆弾のように放たれた。とっさに私は直感だけで動いていた。反射神経というかなんというか。その結果として糸のような水が走り、私の左手の動脈をスッパリと切り裂いてみせる。痛くはなかった。けれども悲痛と驚愕と不信心を表わしたようなクロノス殿の表情はちょっと見物だった。

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