ちょっと風向きの変わり


「ほ」


 いつなんどきのなにがしかの如く。


「お茶が美味しいですね」


「恐縮です」


 そんなわけで学園でのこと。昼休みのシェスタに私はカッホの茶を飲んでいた。


「ん~……幸せ……」


「本望にございます」


 シートに正座して、湯飲みで紅茶を嗜む。今日は予定を入れていない。最近出版関係やサークル関連で忙しかったので、ちょっと冷却期間。なんでもロミジュリも好評で、語曲も流行っているらしい。前者は読んだ人間が賛否両論の神砂嵐。後者は楽器がなくても口ずさんで曲になるので人のイメージに焼き付いているとのこと。


「これって在る意味異世界無双?」


 コケリと首を傾げてみる。あまり勉強は得意な方ではないが、逆に嗜好の分野では一歩先行くダメ人間代表。


「ほ」


 天気もポカポカ風さやさや。


「最近は嘲笑も聞きませんね」


「お嬢様の変貌には当惑されていらっしゃるようで」


「うーん。無念」


 何をしているつもりもないのですけど。たしかにこっちをうかがうような視線は感じるんですけど検分のソレに近い。どうやら距離感を計りあぐねらっしゃって。


「くぁぅ」


 穏やかなりし日光よ。


「信頼は金で買えないのだから、コツコツ貯蓄するより他に無く」


「ベルナシオン先生……?」


「何でしょう?」


「ロミオとジュリエット。面白かったです。サインをください」


「サイン会に来てください」


 サラリと述べる。特に一般学生はこっちを見直す動きも見られるようだ。サインをねだられることも少しずつ多くなり、最近はこうやって断っている。


「王侯貴族もお嬢様の立ち位置には議論の余地在りと」


「死刑にまで持っていった連中が?」


 今でこそ往来歩いているけど、普通にカノンは王妃候補を暗殺しかけた凶悪犯です。それこそアンデルセン先生の人魚姫がなければ頭部が胴から離れていたでしょう。向こうの世界のフェアリーテイルってこっちでは大きな武器だ。


「他国の興味も大きいらしく」


「ソレこそ何故?」


「お嬢様の本がブームらしく……」


 カッホも困ったように青空を見つめていた。世に無常のありしは、偏に唯識の業なりき。


「そういえば国同士で戦争とかしてないんですか?」


「突発的には起こるらしいです」


「逆に不安を煽るなぁ」


 この学園もちょっと軍事寄りだ。


「この身にかえてもお嬢様を戦場に立たせることは致しません」


「それって権力の乱用では?」


「かすり傷でもついたらお嬢様の未来に差し障りが……」


「交通事故の心配の方がもっと有意義ですよ」


 茶を飲む。ほぅ。


「徴兵制度ってあるんですか?」


「平民には。貴族はむしろ将軍職ですね」


「クロノス様とか?」


「お嬢様も知っての通り麒麟児ですから」


 知らないんですけど……。幼馴染みらしいのは聞いていますけど。


「ん~」


「あの御方は一途に……」


「一途に?」


「いえ。差し出口を叩きました」


 はあ……?


「お嬢様はクロノス閣下をどう思われます?」


「ん~」


 ちょっと困惑。


「御尊顔は貴いですよね」


「現にお付き合いの名乗りは多いらしいですよ」


「どっちかってーと仕事が恋人っぽいですけど」


「不思議な例えですけど的を射ています。なんでも誰にも靡かないのだとか」


「モーホー?」


「お嬢様はそっちの趣味を疑っていますよね?」


「乙女は夢を持つ物です」


「うーむ」


「王子殿下と内密だったら尚のこと」


「よく分からない世界です」


「身分と性別と立場の垣根を越えて禁じられた恋。ジ・アンタッチャブル!」


「お嬢様の場合かなり他人事ではないかと」


「ぐ……」


 ブーメラン。


「懸想文も届いていますし」


 しかもかなり着々と。国王の娘御。姫殿下クオリア。何をとち狂ったか完全にこっちに幻想視している。


「鏡花水月もいいところなんですけど」


「義理の姉になって欲しいと」


「乙女には時折かかる一種の風邪ですけどね」


「お嬢様の美しさなら普通に有り得そうですけど」


「カッホも大概言いますね」


「恋愛云々は置いておくとしても、王族の覚えが良ければお嬢様の復権も近しいかと」


「望んでいないんですけどね~」


「無欲の勝利ですか?」


「いったい誰と戦っているのかって話です」


 トランクスは萌え萌え。けれどコルド大王の扱いはあんまりです。


「嫌いではないんですけどね」


「クオリア殿下は純情でいらっしゃる」


「あの純情さでは後々苦労するでしょうし」


「オリビア殿下も見守っていらっしゃるので」


「あっちはあっちで大変そうですけどね」


「お分かりになりますか?」


「あからさまですし」


 嘆息。


「クロノス閣下も罪なお人です」


「……………………」


 ピタリとカッホが停止凍結しました。


「何か?」


「いえ。オリビア様の慕情の方向は分かっていらっしゃるのですよね?」


「クロノス殿だろうことは」


 ピンクの矢印が刺さっているような。


「クロノス閣下の懸想は?」


「妄想くらいは出来るんですけど」


「お嬢様。お嬢様。それはございません」


「?」


「お嬢様は閣下をどう思っていらっしゃるので?」


「中々アレで立派なお人と」


「是がロマンス……」


「?」


 よく分からず首を傾げる私でした。


閑話休題それはともあれ


 コホンとカッホは咳払い。


「午後は魔法の講義ですよ」


「月光蝶とか使えたら良いですよね」


「何でしょう。その耳に優しい詩的な単語は?」


 世界を滅ぼす禁忌の兵器です。シド・ミ○ドは私の敬愛するデザイナーで。




    *




「これはカノン御令嬢」


 魔法の講義でのこと。女子の一団がコッチに声を掛けてきた。復学して真っ先に不遜とビンタをぶつけてきたかたき役。瞳の濁り具合でカノンの負の遺産であることは分かる。刺されないだけ悪役令嬢としてはマシか。


「何か?」


「最近御活躍のようで」


「それなりに」


「まさかギターを嗜むとは。育ちが知れますわね」


「照れる」


「褒めてませんわよ!」


「それは残念で」


 この程度の嫌味は元の世界でも言われ尽くした。


「調子づいていませんこと?」


「調子はいいですよ?」


「この傍若無人!」


 あなた方が仰いますか。


「男爵風情が侯爵様になんて態度ですの!」


「もしかして悪役令嬢って叩いても叩いても真っ直ぐに伸びる麦なんでしょうか?」


「???」


「何でもないです」


 あんまり人のことは言えませんしね。


「それでご用件は。調子を控えろと仰るならそうしますが」


「なんでもクロノス閣下に色目を使っているとか」


「絶好調で嫌われてございます」


「クオリア殿下まで」


「そっちはその通りで」


「不敬罪ですわね」


「やっぱりそうですよね?」


 どうしたものでしょうか。


「ちょっと灸を据えて差し上げましょうか?」


「痛いのはゴメンなんですけど」


「これも魔術の鍛錬ですわ」


 そう言う捉え方もあるんですね。


「炎の瘧よ。火の幟よ。輝かしきは人の御業。ただここに熱を求め灰燼と為す」


 いきなり呪文ソングうっちゃってるよ。しかも内容から察するに熱殺する気だ。


「まだ見ぬ混沌。宇宙そらの果て。ここに時空は寄り集まりて」


 私も呪文を唱える。とっさなのでかなり適当。


「フレイムハンマーストライク」


斥力結界パワーサークル


 超常的な斥力場が炎の鉄槌を散らした。


「「「「「っ!?」」」」」


「これは一応宣戦布告で?」


 あまり闘争は得意じゃないんですけど。むしろ逃走が得意。


「不遜ですわ!」


「これは失礼をば」


「あなた方! この暴虐を殺しなさいませ!」


「「「「「――ですが!」」」」」


 たしかに不遜だけで殺人罪に塗れるにはリターンが足りないですよね。侯爵の御令嬢の一喝も取り巻きにはかなり無理筋のようで。どうしたものかな?


「見えざる剣。捉え能わぬ刃よ」


 端的な呪文を唱える。そして宣言コール


暗黒明斬ブラックソード


 ザクッと斬撃が講義の場所である広い空間を縦に切った。


「「「「「――――――――!?」」」」」


 侯爵令嬢以下略。ついでにこっちを遠巻きに見つめていた生徒らまで瞠目していた。


「ふむ」


 斬撃痕がそのまま修練場を裂いて切り拓く。


「何を……しました……?」


「然程のことでも」


 暗黒物質を固めて剣の形に押し込めただけです。まったく観測できない質量なので傍目には透明な剣としか認識できない。重力式まで含めればかなり高エネルギーの力場を構築しているんですけどね。侯爵令嬢の炎を散らしたのは暗黒エネルギーの斥力場だ。闇属性なので暗黒物質や暗黒エネルギーとは相性がよかったのです。ブラックホールは先述の如く実験でも怖いので封印しており。


「化け物……」


「ひどい言われようです」


 よよよ。


「生徒ベルナシオン?」


 講師がこっちに待ったを掛ける。


「冷静に」


「冷静なんですけど」


 かなりょゅぅ。


「あの……政治的にかなり危ういので」


「傷の一つもつける気はございません」


 ハンズアップ。


 こと防御に関しては底無しです由。


「ちなみにソレらは闇魔法で?」


「もち」


「後で記録室に来ること。委細を聞きます」


 言っても分からない気もしますけどね。暗黒物質がどうのより、地動説から入る必要がありますような……。


「あれがカノン様」「ベルナシオン先生ですわ」「綺麗で優雅で誇り高いですわね」「音楽の嗜みもあるそうですわ」「わたくし聞きましたわ。とても耳に残る清浄な旋律を」


 あまり持ち上げると調子づくのですけど。どっちかというと態度より心情が。


「カッホに逢いたいような……」


 彼に言われれば熱に浮かされることもないんですけど。惚れはすれども。

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